無くした想いのカケラ
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瞼を閉じると浮かび上がるものは、一人で立ち尽くす主の姿だった。

(……俺は…)

何をすれば良いのだろう。光博士は外にさえ出なければ自由にして構わないと言った。ならば適当に歩いていても誰も文句は言えない筈だ。

椅子から立ち上がるとぼんやりぼんやり、廊下を歩き出す。時折擦れ違う人を見遣ると、誰もが忙しそうな表情だった。…どうやら、何もすることが無いのは自分だけであるらしい。

(…ライカ様は…)

何をしていらっしゃるのか。淋しげにしていなければ良いが−

思考は突如聞こえてきた、金属のぶつかり合う音にぷっつり切れる。いったい何だ。

真横に顔を向ければ、大きく張られたガラス窓の向こう側、見下ろす形で見れば、そこには激しく動き回っている二人組の姿。片方は膝程までも有る長い白銀の髪を括ることもせず、動きのまま左に右に広げさせている男。もう一方は肩よりもやや長い群青の髪をやはり適当に流して、軽やかなステップを踏みつつ右に左に動く男。

彼等が閃かすものはスラリと長い、刃の潰された剣。実際には斬れない形だけの刃。カンカン、打ち合う音が時折聞こえる。

(……?)

斬れない剣で真剣に戦う二人。どうしてそんなことをしているのか。思考を巡らす。……、

(分からん…)

剣は、いやそれを含めたあらゆる武器は他者を殺傷する為に存在する物。ならあの二人がしていることは殺し合いなのか。それなら刃が潰れているのはおかしい。あんな粗末な武器では叩いて殴るだけが精一杯で、致命傷などまず与えられない−

(……、俺は)

いったい何を考えている。まるで戦いの中で生きてきたのかのような思考になるなんて、どうかしている。

…本当に?

(俺は、戦っていた?)

自分は武器の一つ、銃を象徴として誕生した精霊だ。戦う術は本能が知っている。だがそれは、今自分の手の平に蘇った感覚とは…、多分、関係していない。

本能ではなく、経験で知っている。

(…どうして…?)

あの小さな村から移動する際、魔物に襲われた時は何時も何時もバレルが戦って、自分達はカーネルに守られていた。戦う力は持っていたが使ったことは無い、筈だ。

となると、更にその前…?

「さっきからどうしたんだい、君?」

背後から突然聞こえた声にビクリ、肩が跳ね上がる。

振り返ると、先程まで眼下で戦っていた二人組。青髪の方が人の良さ気な笑みを浮かべている。銀髪の方は如何にも興味なさ気といった風体で視線を逸らしていた。

「ずっと俺達の訓練、見てたんだろ?」

「…訓練……?」

「そ。大事な人達を守る為に、強くなる為に、ね。何も無い時は欠かせないよ」

「興味が有るから見ていたんじゃないのか」

初めて銀髪の方が口を開く。表情には出していないが、実に不思議そうだ。

だがそんな様子よりも、青髪の言葉に強く、強く惹かれた。

(守る為?)

あの二人の様に、誰かを守る為に、刃を振るうと。

ぼんやり、遠くを見ていた深紅の瞳に初めて、僅かな光が灯った。

「…強くなれば、守れる、のか?」

「…は?」

胡乱気な返しに、ゆっくり、もう一度、言う。

「強くなれば、大事な人を、守れる、のか?」

目に見えない毒に侵されないで、綺麗な心のままで、…笑顔を失わないで、あの子を、一人ぼっちの主を。

「…守れるさ」

ほとり、言葉を零したのは青髪の青年ではなく、白銀の髪の精霊。

「口で言う程簡単ではないがな。…少なくとも、守りたいという気持ちをずっと持てば、強くはなれる」

「……本当、に?」

「ああ」

俺はそうだったから、と付け加えて。再び、彼は黙る。

(…俺が強く、なれば)

ライカ様はもう、泣かなくて良い。傷付かずに済む。そうしたらきっと、笑って下さる筈。一度も見たことは無いけれど、だからこそ、見たい。

「それなら光博士に許可を取らないと。君、えーっと」

「…サーチ」

「サーチ、か。ちょっと着いて来てくれないかな。ブルースは後片付けよろしく」

「ああ、分かった」

ブルースと呼ばれた精霊が頷く。それを確認した青髪の青年はサーチの手をそっと掴んだ。

「俺は暁シドウ。よろしく、サーチ」

「……ああ」

連れられて、歩き出す。少し振り向くと、ブルースが微かな笑みを浮かべていた。

(…大丈夫)

強くなる。何からも守れるぐらい、強くなるから。

だから、ライカ様。再会の時はもう少し、待っていて下さい。…出来るだけなら、その時には。誰か、心を許せる人が自分以外に一人でもいれば、良いですね−



11/04/03
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久々更新。シドウさん初登場。彼は良きお兄さんですね。
サーチが戦うことを選んだ日。以降彼女は主よりも一足早くセイバーになるのです。タイムラグのある組は多分ここだけ。因みに二人が別れてる理由は有るには有ります。大したことじゃないけど。
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