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デンサンタウンからコダマタウンへは、デンサンシティ内を張り巡らされているメトロラインを利用すれば、ものの三、四分程度で辿り着く。展望台へはプラス五分程。どの道、そう遠くは無いし時間もかからない。
主の気配を正確に辿るブルースはコダマ駅を出ると脇目も振らず、展望台へ向かう。言いつかった仕事は終わらせたので、早く合流したいのだ。
一度落ち始まれば、日が落ちるのは早い。空を染めるオレンジが群青色に塗り替えられていく。
(しかし、炎山様が自ら休憩を取られるとは…)
他人に取っては取り留めも無いことだが、主とは長年の付き合いとなる彼には晴天の霹靂だった。
基本的に他人にも自分にも厳しく、時に冷酷でさえある炎山だが、スバルにだけは妙な優しさを見せる時が有る。
彼女達の共通点。−混血。
(…まさか、な)
ただそれだけで優しくする程、主は甘くは無い。
だから、自分の心の内を走った不安も杞憂だろう。そう結論付けたブルースはふと、耳を澄ませる。
「……歌…」
自分達の操る悍ましい呪歌とは違う。何の変哲も無いポップソング。なかなかの腕前と思われる。
「……」
歌声の出所と、主の気配の出所が近い。
目を伏せたブルースは数瞬考えると、結局は何の躊躇いも抱かずに足を運ぶ。敬愛する主の元へ−
高く澄み渡った歌声が途切れる。歌の終わり。
「上手いな」
ポツリ、炎山は呟く。嫌味でも何でも無い。素直な賛辞だった。
「そうかな?…ありがとう」
歌い手の少女−響ミソラは照れたように笑った。
炎山とスバルの耳に届いた歌。それを辿った先に、この少女はぼんやり立っていた。何処か遠くを見詰めながら、自分で作詞作曲したという歌を口ずさんでいたのだ。
「こんなに気持ち良く歌えたのは、久しぶり」
とても楽しそうに、同時に悲しそうに、彼女はそう言った。
「病気だったママの為に、歌ってたの。昔から、ずっと。…ママはもう、天国にいるんだけどね、届くかなって」
突如明かされた過去に、二人は狼狽する。
次いで眉を潜めた炎山は、低い声で尋ねた。
「…何故そんなことを、今遭ったばかりの俺達に?」
「………」
少女の深緑の瞳が炎山に、スバルに向いて、最後に星空を見上げる。けれど見ているのは何処か、違う場所。
「…同じに見えたから、かな。私と一緒、二人共……」
「…!」
何かを言おうとしたスバルの口が、閉ざされる。
それに気付いたのか、否か。ぼんやりしていた深緑の瞳は真摯な光を帯びて。
ピリピリ、恐らくは通信石の音−が鳴った途端、ミソラの顔色は青ざめていく。
一体何なのか。推測する間も与えず、彼女はとんでもないことを宣った。
「突然だけど、私を匿って!お願い!」
「「「はぁ!?」」」
炎山とスバル、更に物陰に隠れて様子を伺っていたブルースの驚愕した声が見事に重なった。
余程切羽詰まっているのか、ミソラは第三者の存在には気付いていないようだ。
「お願い!私…帰りたくないの!」
「って言われても…」
何処に匿えというのか。…セイバー本部?
流石に一存では決めかねる。困った金の瞳が同じく困惑しているらしき青玉の瞳に向けられ、更に姿を現したブルースの黒曜石に向かう。
「仕方ないな…」
何か嫌な予感は明後日の方向にぶっ飛ばし、渋々ながらも三人は響ミソラ、後日の護衛対象をセイバー本部へ連れて行くことにした。
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