記憶が優しく降る場所で
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吹き荒れる吹雪と何処までも広がる白銀の世界、その中にポツリ、妙に豪勢な屋敷が一軒。
生きて帰れた者はほんの僅か(自分が知っている中では二人だけ)と言われる、北の大国シャーロの北東部に広がる「死出の雪原」と呼ばれるこの地は、愛しい人の故郷であり、全てが変わってしまった場でもあった。
綺麗なのは外観だけで、中に一度入れば血塗れの光景が広がるアンバランスな世界の中、ライカはぼんやり突っ立っていた。−此処は彼にとっては生まれた家で、同時に全てを無くした忌まわしい場所。
もう二度と見たくない筈なのに、それでも時々、本当に時々セイバー本部を抜け出して、此処まで来ていることを知っている。今だってそう。熱斗が無理を言って着いてきたこと以外は何にも変わって無い。
「なあ、ライカ…」
そろそろ帰ろうぜ。続きは言わないで、熱斗は何かを探すように辺りを見回しているライカを見詰める。さっきまでは熱斗も色々見て回っていたがその内飽きて、今自分達がいる玄関ホールに戻ってきたばかり。何処もかしこも血塗れで、正直滅入る。ライカの心情を考えれば、口に出しては言えないけれど。
熱斗の声には答えず、ライカは玄関ホール中を歩き回り、やがて立ち止まった。
彼の前には、二人の男が刺し違えている壮絶なシーンを再現した銅像が立っている。聞けば、彼が生まれた頃には既にあったというから、相当古い物だろう。
「何かあんの?」
「………多分、な」
心此処に在らず。そんな表現がピッタリ合う返し。
身じろぎ等などする訳も無い銅像を眺めていたライカは突如、行動を開始した。
すらり、長い右足が唸る。がぁぁん、響く音。
見事な回し蹴りを決められた銅像はぐらり傾き、そのまま重い音を立てて倒れた。
「ちょ、ライカ!?何してんだよ!!」
「……いいから、見てみろ」
白い指が、つい先程までは二人の銅像を乗せていた台座を差す。
そこにはぽっかり穴が開いていて、しかもRPGなんかでよく見るような、地下へと真っ直ぐ続く隠し階段があった。
「すっげぇ…」
明かりは無いのだろう、先は見えず黒々と闇が広がるのみで、しかも幅は狭い。一人通るのがやっとだ。
驚きのあまり呆然としている恋人を置いて、屋敷の亡主は階段に足を運ぶ。躊躇いは無い。いっそ清々しい程に。
ま、待てよ!そんな叫び声は無視して進むライカ。妖魔とは違い夜目の効かぬ天使である熱斗は手の平にちろちろ揺れる炎を呼び出し、慌てて彼を追い掛ける。
一つ一つの足の踏み場が狭い。急ぎながらも注意深く降りていく。……長い。
『熱斗君、大丈夫?』
「う、うん。心配しなくて良いよ、ロックマン」
流石に疲労が滲み出てきた頃に、唯一無二の相棒が声をかけてきた。反響して意外と響く。少し前に、動きを止めたらしい気配。
「大丈夫。先に行けよ、ライカ」
じゃないとこっちも進めない。
…そうさせてもらおうか。低い声が聞こえた。数瞬の間の後に、動き出した気配。
『……それにしても、この先に何があるんだろう?』
「それはこっちが知りたいよ」
何処まで深く潜り込んでも、炎に照らされる左右の壁には目印らしき物も無く、目に入る光景も全く変わらない。正直、飽きてきた。
が、口に出せばブリザードを通り越してダイヤモンドダストが襲い掛かってくるのに違い無いので、口はつぐんでおく。俺まだ死にたくないし。
それから暫くの間響いたのは足音だけ。炎は時折揺らめき、熱斗の、汗の浮いている白い顔を、先を行くライカの碧翠の髪を時折浮かび上がらせる。
やがて、段の終わりが訪れた。
「うへ〜、疲れたぁ…」
思わず本音を漏らしてしまう。実際、人間とは体力が桁違いの天使とは言えど、一時間程度は階段を降りっぱなしだったのだから、仕方ないだろう。
見れば、流石の吸血鬼様にも多少は厳しかったようで、白い頬には僅かながらも汗粒が浮いている。こちらは「疲れた」などとは決して口には出さないだろうが。
『此処は…』
『地下室の入口、だそうだ』
これまで一言も喋らなかったサーチが短く言う。対して何も言わないライカの表情には何処か緊張感が漂っていて、主の影響を受けやすいサーチも同様のようだ。
闇に慣れた瞳で辺りを見回し、最後に正面を見ると、確かに重厚な扉。幾重にも彫られた紋様は封印であろう。−階段の入口が銅像で隠されていたことといい、扉が封印されていることといい…
「絶っ対何かある!」
「それは分かっている。−まあ、「どんな物か」までは知らんがな」
ということは、地下室の存在は知っていた、と言うより思い出したのだろう。
指先だけで扉に触れたライカの傍にサーチが顕現すると、彼の耳元で何事かを囁き、直ぐに姿を消す。彼女のスキャン能力はロックマンよりも遥かに上だ。封印の種類でも確認して伝えたのだろう。
僅かに頷いたライカは右袖に仕込んでいた投げナイフを取り出し、左の手の平に刃を押し付けた。そのままスウ、と右腕を引く。白磁の肌に浮かび上がる赤いライン。
熱斗が見守る中、ライカは血の滴り落ちる左手を扉に描かれた紋様の中心に押し当てる。
瞬間、複雑に彫られた紋様が鈍い赤色に輝き、次いで重い音を立てながらゆくりと開いていく。
『DNA感知式みたいだね』
ロックマンがポツリと呟いた。辛うじてその呟きを拾った熱斗も意味を理解し、頷く。
DNA感知式の封印は扱いが非常に難しい分、最高の強度を誇る。更に、キーとして設定されたDNAの持ち主にしか解除することは適わない。
今この世界に残された吸血鬼は一人だけ。DNAの持ち主も彼以外にはいない。
つまり、この扉はライカ以外には開けることが適わない、と言うことだ。
「行くぞ」
「ああ」
二人は無言で顕現した精霊を引き連れて、地下室へと足を踏み入れる−
地下室は満ち満ちている氷の魔力によって完全に凍り付いていた。
寒さに耐性を持つ精霊使二人はともかく、精霊達は僅かに身を震わせる。気付いた熱斗が、移動式の簡易結界を二人の周囲に創成する。彼女の炎の法力は寒気を完全に遮断する。
「ありがとう、熱斗君」
「……すまん、光」
「良いって、ロックマン、サーチ」
言いながら熱斗はちらちら、黙りこくったままのライカの様子を窺う。−反応無し。普段なら皮肉の一つでも言いそうなものだが、一体どうしたんだか。
何処か心配そうに見守る三人の様子には気付かないのか、ライカはフラフラとある一点に向かって歩き出す。
「ライカ様?」
足取りも覚束ない主を案じたサーチが早足に、しかし氷で滑らぬ程度に慎重に追い掛ける。
「……熱斗君、気付いた?」
「え?」
「………この部屋を覆ってる魔力、自然発生したものじゃない。何か凄い力を持った物がある筈だよ。ライカ君は多分、それに惹かれてるんだと思う。この魔力は…ライカ君のものに凄く近い、から」
「へ?……ああ、そういうこと!」
「……んもう」
本当に理解しているのだろうか。生憎、ロックマンは元は双子の兄であるとはいえども、本人になれるわけではないので分からない。
傍観者となりつつある二人を置いて、緑の二人は部屋中央に置かれていた台座の側近くに立っていた。
「………これは…」
氷属性の精霊石サファイア。ペンダントに加工されているそれは、ゼロの心臓に埋め込まれていたものよりも遥かに強い魔力を放っていた。
余りに強く輝いているように思えるそれに見入っているサーチの前で、白い指が動く。宝玉を摘み上げる。
「………母さん達の言っていた物は、これだったのか…」
「…?」
「…昔、な。両親が話していたんだ。御祖母様の形見を地下深くに封じた、と」
先日ふとそのことを思い出して、それが何なのか気になって。いても立ってもいられなくなった。だから屋敷に戻って来た。そう長くはいられないから、何度かに分けて地下への入口を探した。
「…まあ、熱斗が着いてくることは考えていなかったがな」
「そうですか。…ところで……それは、どうなさるのですか?」
静かに問う自らの契約精に、苦笑しながら答える。
「−御祖母様は活発な方だったらしくてな」
「…」
「こんな場所に閉じ込められていたのでは、やっていられないだろうさ」
言いながら鎖の止め金を外し、自らの首にかける。強烈な魔力を放ち、同時に強く輝いていた光が収まっていく。−あるべき所に納まった、ということだろうか。
「ライカ、終わったの?」
一連の事態を静観しつつ、割り込むタイミングを見計らっていた熱斗が声をかける。
高い声に、ライカは珍しくも微笑みで返した。
一年に何度あるか分からない珍事に目を瞬きながらも、熱斗はやがて破顔する。
「じゃあさ、早くニホンに帰ってMaha壱番にカレー食いに行こうぜ!」
「軽い嫌がらせか?…まあ、お前には悪くは無いだろうが」
完全にライカの体質を忘れている熱斗である。普段なら怒ったり何やったり、取り敢えずマイナス方面に感情が傾くライカだが、今日ばかりは苦笑だけで流す。
四人が立ち去った後。部屋には氷の風が一瞬吹いて。そして、消えた。
10/12/04
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ライ熱要素を出したくて書いた話。しかし甘くならないのはライカの家族に対する執着が中心だからかそれとも二人共鈍感だからか…。それにしても隠し階段って何かロマン感じますよね、場所自体はベタにしたけど私的にはこれで良いと思ってます