宵越しはかなきかな君
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つい数刻前まで封印の間で眠っていた筈の"眠り姫"が、現界から妖魔の幼子を連れ帰って来た−

ある種の凶事で騒然としている宮殿内を、駆け足で移動する精霊が一人。

「セレナード!」

勢い良く開けられた扉、王の間−ではなく、王の寝室になだれ込んでくる、身につけた羽根飾りとバンダナが鮮やかな少年の姿を認めた物質精霊王セレナードは思わず息をついた。

「トマホークマン。…やはり、気になるか?」

「当ったり前だろ!」

何せ、"眠り姫"の世話をしていたのは自分なのだ。彼女が"外"に出て行ってしまうなど、あってはならないこと。それに気付かなかったのだから、何かしらの咎めがあっても仕方ない。

そんな覚悟を知ってか知らずか、セレナードはふっと微笑む。

「別に、お前を咎めるつもりは無い。"眠り姫"には誰かの命令石が埋め込まれていたんだ。彼女はそれに従っただけだから、その点は問題ではない。…だが…」

「問題はその命令の内容、ですな」

「おわあっ!?」

背後からいきなり。心臓に悪い(彼は精霊なので心臓など無いのだが)。

低い声で発言したのは、何故かゼリー(色からしてオレンジ味だろう)とスプーンを持っている槍の精霊、ヤマトマン。…正直、その厳つい容貌に、持ち物は似合っていない。

セレナードの腹心である彼は直々に命令を下されることも多く、この二つもその一環、なのかもしれない、が…

(やっぱ似合わねえ…)

何せ、大戦時にはぶんぶん槍を振り回して、率先して血を被っていたような奴である。ゼリーなんて可愛いおやつ、なあ。

「で?連れ帰って来た子供は何処だよ」

「ああ、そこだ。ソファの上」

セレナードの指差す先。瞳を向けると、確かにそこには子供がいた。

肩に届かない程短い碧翠の髪。ぼんやり遠くを見ている紅玉の瞳。儚さを引き立てる雪白の肌。

深緑のフード付きパーカーと茶色の長ズボンは小綺麗で、元々はそれなりに良い所の出なのだろうと窺える。靴は履いておらず、黒の靴下は剥き出し。坊ちゃんぽい感じなので、まさか靴を履かずに外に出ることはないだろう。"眠り姫"は直接、何処ぞかの室内に侵入し、子供を引き連れて帰ってくるという"重罪"を犯したのである。

(とは言え、"眠り姫"にはこれ以上罰なんか与えられねえし、そもそも命令じゃあしょうがねえ気もするし…。やっぱ、こいつの正体が問題、っつー訳か…)

何にも認識出来ない筈の"眠り姫"が、突如連れ帰った謎の子供。

「王様はどんな推測してんの?」

「……分かって言っているだろう」

「まあな。……瞳と肌の色だけが根拠になっちまうけど」

−吸血鬼。

唇の動きでそう伝えるトマホークマン。肯定するように、セレナードは目を伏せる。

「取り敢えず、ヤマトマン。ゼリーを食わせてやってくれ。未覚醒なら食べ物を受け付けるだろう」

「承知!」

意気揚々と答え、ずずいっと厳つい顔を子供の眼前に近付ける。

と−

虚ろな瞳が途端に光を宿し、同時に涙も溜まる。

「……っ」

ぼろぼろとこぼれ落ちる水滴。次いで、幼子はわあわあと声を上げて泣き始めた。

「あーあー…。あんのなあ、ヤマトマン。お前みたいな厳つい顔のオッサンがいきなり近付いて来たら子供泣くに決まってんだろ!!」

「お、おっさ…」

「ま、俺に任せとけって」

忍び笑いを浮かべている性格悪い王様を視界の隅に追い出し、密かに老け顔(元々若くは無いが)を気にしている武者を子供の前から引っぺがし、適当にその辺の引き出しから引っ張り出したハンカチで、涙を拭いてやる。

まだふえふえ言っている幼子は、どうやら単語以上の言葉が喋れないようだった。

「ほらほら、取り敢えず食べろよ」

落ち込み度マックスのヤマトマンの手からゼリーとスプーンをむしり取る。そのままオレンジ色のそれを掬い、幼子の口を開かせる。

瞬間、真珠色の、まだ未発達の牙が見えた。

(やっぱし)

吸血鬼だ。

確信に至った喜びを内心に押し止め、紅玉の瞳を見てみると、不思議そうに瞬いていた。新しい涙は、無い。

「で、セレナード。こいつどうするんだ?」

「…まあ、放り出す訳にはいかないな。何せ、記憶が無いようだからな」

「…加えて子供、強大な力を持つ吸血鬼。外に出せば、欲深い者共に狙われる可能性が高いですな」

「何が現界で起きたのかは知らねえけど、"眠り姫"が連れ帰って来たのは取り敢えず正解っぽいってことか」

「そういうことだ。…で、結論を出そうと思うのだが」

ニヤリと笑っている。…何かを企んでいる、間違いない。

案の定、この王様は言ってのけた。

「トマホークマン。この子供の世話はお前にしてもらおう」

「……………………それマジで言っちゃってくれてます?」

「ああ、大マジだ」

「…俺二人も面倒見切れないからお断りっ…」

「"眠り姫"には精々定期的に水を飲ませるぐらいで暇なんだろう?私はそう聞いたぞ?」

(誰だぁバラしやがったの!?)

心中で絶叫しながら推測。−十中八九メディだな。次会ったら絶対抗議してやる、うん。

幼い子供の世話は手間が掛かることは知っている。赤子でないだけマシと無理矢理納得するべきなのか、徹底的に拒否して別の誰かに押し付けるべきか。

先程、ヤマトマンの顔を見ただけで大泣きした幼子の様子を思い出し、…彼は深々と溜め息をついた。

「……分かったよ。見れば良いんだろ、面倒」

「良く言った。じゃ、後は任せたぞ」

あっけらかんとした言葉。これがセレナードという精霊なのは承知していたが、やっぱり多少は腹が立つ。忙しいのは分かってるけど自分でやれることは自分でしてくれよ。

トマホークマンと幼子を置いて、セレナードはヤマトマンを伴い部屋を出ていく。煩い連中の待つ王の間に向かうのだろう。

取り残された少年精霊(実年齢4000以上)は、またぼんやり、ゼリーを突き回している幼子を見遣り、慌てる。

「それ玩具じゃねえから、食べるもんだから!!突くの禁止だ、き・ん・し!」

「…………?」

…どうやらトマホークマンの「子育て」は、前途多難のようである。



10/11/11
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ヤマトマン初めてダシタヨ!筋金入りの武人なイメージで。トマは何時になってもオカンなのであった。セレナードは面白がってるけど一応色々考えてますよ、と弁明だけしときます(何)…え、"眠り姫"はって?敢えて何も言いません、はい(設定読めば分かるしね)
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