艶めく
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ニホン科学省におけるCF状態での訓練が終わり、残りの短い休暇でデンサンシティを散策しようと考えていたところを、炎山にいきなり拉致された。

抵抗する間も無くリムジンに乗せられたライカの脳裏に浮かび上がるのは、IPC本社のあの部屋。炎山の悪趣味が凝縮された、恐ろしき魔窟である。

どこと無く楽しそうな彼に聞けば、どうやら光や桜井も集められているようで。何を考えているのか…。

思う間に目的地に到着して、あれよあれよという間に部屋にまで連れられる。魔の衣装部屋ではない。が、また別の衣装部屋なのは確かだった。

本能で危機を察知し、くるりと振り返り−

ガチャン。

「……っ!」

扉の鍵に、電子ロックがかかる音。『済まない、ライカ…』とブルースの詫びる声が聞こえた。そして、不敵に微笑む炎山が衣装箱の一つを開ける。

中に入っていたのは、絹で織られ、鮮やかな緑に紅い桜の花びらが散らされた、美しい一着の振袖。

「光の母に着付けの方法を学んでな。ついでに古い着物を譲ってもらったんだ」

その台詞に続くのは、「だからお前で試してみる」だろう。

「断る!」

炎山には以前、ゴスロリ服を嫌になるほど着せられた経験のあるライカである。以来、着せ替え行為が軽いトラウマになっていた。故に心から拒絶の叫びを上げた。

が、IPCの副社長は既に対策し済みである。

「先日、サーチに聞いたんだがな。お前、この前ニホンに来た時、呉服屋に飾られていた着物の前から暫く動かなかったそうだな?」

「ぐっ…」

事実である。PETの中から『申し訳ありません、ライカ様…』と謝罪するサーチマンの小さな声。

サーチマンは極秘重要事項などについての口は非常に堅い。が、個人的にどうでもよい、もしくは重要でないと感じた事に関してはあっさり喋ってしまう傾向があった。一般人との付き合いが浅いからかもしれない。

ニヤリと笑う炎山の前に、ライカは敢え無く敗北してしまったのであった。



数十分後。

「思ったより似合うな」

「煩い黙れ口聞くな」

すっかり振袖美人となっていたライカと、満足げな炎山。

初めて着せられた振袖は、一言で言えば「動き難い」。後、胸辺りがキツイ。普段はサラシを巻いているので誤解され易いが、彼女の胸は結構ある。だが、振袖を着る際には胸は一重に邪魔で、下着やら何やらでかなり無理矢理押さえつける羽目になっている。

それでも、見目は良いし一度は着てみたかったのも確かだから文句は言わないが。

「裾が少し足りんな。…まあ、しょうがないか」

ニホンの成人女性の平均よりも、ライカの背は確実に高い。それに、裾は足りなくとも合わせて修繕すれば問題無い。

『似合っていますよ、ライカ様』

「…そうか」

自分のナビは例え相手が主だろうとお世辞を言ってくれるほど優しい性格をしていないので、事実そうなのだろう。

全身の映る鏡には、数年振りに女性らしい格好をしている自分の姿。

「……」

彼女の、自分自身の性別に対する意識は非常に低い。自分を男だと思い込んでいた時期もある。しかも男性社会になりがちな軍部の中で育ってきたというおまけ付き。私服も男物の方が多い、と言うよりそれしかない。

そういえば一度だけ、着替えている時に(その当時はまだ自分を女だと知らなかった)ディンゴがうっかり部屋に入って来てしまい、彼は青少年らしく鼻血を出して倒れてしまったが、自分は大して気にせずに着替えを続行した…なんてこともあった。

やはり、少しは気にした方が良いのだろうか。

「……」

『どうした、ライカ。ぼんやりして、らしくない』

「あ、ああ……」

現実世界に引き戻されたライカは、心なし楽しそうな炎山が化粧道具を用意しているのを見、総毛立った。化粧まで施す気か、コイツ−!

そろ、と後退し始めた彼女の様子に、炎山が気付いたふしはない。

無いくせに。

「桜井、ライカを押さえといてくれないか」

「まかせて!」

背後から響いた声に、頭中が一瞬、真っ白になった。

途端、両脇の下に、腕が通る。そのまま、羽交い締めにされた。少女とは思えない腕力で拘束される。

「……何時入って来たんだ、桜井…」

「さっきよ。化粧品持って来たんだけど、ライカ君気付かなかったの?」

「……」

事実なので、否定はしない。

ぼんやりしていて気配に気付かなかったなんて、軍人にあるまじき失態だ。

「…前回は逃げられたが……今回は逃さんぞ、ライカ」

その一言で、炎山が何故メイルを呼んだのかを完全に理解した。

前回はサーチマンを前もってサイバーワールドへ送り込んでいたおかげで扉のロック解除が出来たのだが、PETを取り上げられている今ではそういう訳にはいかない。それに、メイルは見た目は普通の少女だが、流石はCFメンバーなだけあって、意外と身体能力が高いのである。今現在も、軍人であるライカを完全に押さえ込んでいるのだから侮れない。それに、一般人を相手に、ライカが本気を出せないと言うのも炎山は計算に入れていた。実際、嫌がっていても抵抗はしていない。

「さあ、観念なさい、ライカ君!」

「大人しくするんだな、ライカ。……こちらの手元にはサーチもいるんだから、な」

彼等にとって現在のサーチマンは体の良い人質、ということである。

好きにしろ、とだけ呟いたライカががっくりとうなだれたのを見て、ブルースとロールは思わず合掌してしまった。それぐらい、今のやけっぱちライカは可哀相に見えたので。



更に十数分後。

「炎山、メイル!何時まで待たせる、ん、だ、よ……?」

先程までこそ副社長室でじぃっと待っていた熱斗だったが、いい加減暇なのに耐えられなかったので、ロックマンに炎山達がいる部屋を突き止めてもらい、ついでに電子ロックも解除して踏み込んで来たのである。

途端に、彼の目は文字通り点になった。何でママの振袖をライカが着てんの?

「何だ、今頃来たのか…」

「意外と遅かったわね」

二人はもっと早くに来ると考えていたのである。熱斗の辞書に忍耐力の三文字が無いことを良く知っているからだ。

「もっと我慢しろ、とか言うのはそっちじゃん。…っていうか、何でライカが振袖なんか…」

「俺が着せたかったから着せただけだが、何か文句でも有るのか?」

「……いや、うーん…えっと……な、何でも無いデス…」

趣味に突っ走る副社長様の迫力に負けてしまった。

あはははは、と渇いた笑い声を上げながら目を逸らす。

とその時、ライカが唐突に振り向いた。尻尾の如くちょろりと伸びた髪が揺れる。

北国特有の白皙の面にも、水晶色の瞳を縁取る長く、豊かな睫毛にも特に変化は無い。

が、その唇はふんわりとした桜色ではなく、艶やかな紅色だった。よくよく見れば、炎山が手に、メイク用の筆と口紅を持っている。

突然の熱斗登場に、ライカの顔は思いっ切り引き攣っていたが、彼はそんなことには気付いていないようだった。

桜の散る緑の袖からすっと出ている白い手をがっしり掴み上げる。

「ライカ。結婚、しよ」

「はあ!?」

健全なる男子小学生の、あんまりにも突然過ぎる告白に、この場の全員が度肝を抜かれた。

「熱斗、お前、正気で言ってるのか!?」

「うん。俺、冗談でこんな事言わないから」

『な、ななな、何で!?』

「だって、さあ……。……今のライカ、すっごく綺麗なんだもん…」

ポスッと胸にうずくまりながらの一言に、ライカは暫し、瞬いた。…綺麗?

白い頬に赤みが注す。恥ずかしいからなのか、嬉しいからなのかは自分でも分からない。

ただ、今度からは少しぐらい女の格好をしても良いか、と思ったのは、確かだった。



10/05/23
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無理矢理な終わり方。熱ライも好きです、はい。♀化させたのは単に着物を着せたかったというだけでさあ。
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