黒い海に沈んだ僕は覚えていない | ナノ





息が苦しい。
目の前が真っ暗だ。
体が痛い。
腕も足も動かない。
全身が言うことをきかない。
全身が重い。
まるで重力が何倍も何百倍もかかっているようだ。
全身の骨がギシギシと軋んでいく。痛い。すごく痛い。
肺の空気も残り少ない。
酸素たちが海水に呑み込まれていくのが分かる。
ここはどこなんだ。水の中?海中?海の底?深海?
黒くて青い。光の無い空間。全身が冷たい液体に浸り、そして押しつぶされそうだ。
ここは地獄なのか。闇なのか。悪夢なのか。








「おい、花京院」
「…っえ?」

目が覚めたのは真っ暗い真夜中で。
でも承太郎が焚いた火があったからまだ明るい方だった。
承太郎の顔が暗闇の中でもよく見える。

「なんか魘されてたようだな?」
「え…ほ、本当かい?」
「あぁ。」

承太郎は帽子をかぶり直す。
普段、誰にも見せることはないであろう帽子の下を、僕の前では平然と見せる。
それは僕に気を許しているということなのか、はたまた只の気まぐれなのか。

「…なんか嫌な夢でも見たのか?」

どうだろう。自分でもよく分からない。
僕は悪夢を見ていたのか。そうでなかったのか。
というか、夢自体見ていたのだろうか。
曖昧な記憶をなんとか思いだそうとするがいつまでたっても思いだせず、結局夢のことは諦めた。

「どういう夢だったかな…思いだせないや。ごめんね、」
「なんで謝る必要があるんだよ」
「いや…、なんとなく?」

フフ、と承太郎は小さく笑った。そんなに僕の言った言葉がおかしかったのだろうか。

「…なにがおかしいだよ?」
「いや…安心したんだよ」
「な、何がだい?」

僕がそういうと承太郎はゴロンと寝転がった。
ずっと胡坐をかいていて疲れたのだろうか。
承太郎は目を閉じたまま。しかし起きているのはわかる。
彼の長いまつ毛の影が焚き火の火でユラユラと揺れ動いている。

「お前が嫌な夢でもみて魘されてたと思ってたけど…その見ていた夢すら覚えてない、っていうからな、」

彼は言いながら瞬きをした。暗闇から覗ける青い瞳がすごく美しい。彼の瞳にはユラユアラと揺れる火が映っている。まるで鏡に映したようだ。
僕はイマイチ意味がわからなかった。その表情を見て彼は小さく笑った。どこか小馬鹿にしたような、そんな表情で。

「もう思い出すことはないんじゃねーかと思ってな。」


今、彼の瞳には僕が映っている。僕の方を見て僕に笑顔を向ける。なんなんだろう、この状況。なんか恥ずかしい。
だって承太郎にずっとみつめられているのだから。

「もうお前が怖い思いしなくてもいいからな」
「な…。そ、そんな理由で、」
「そんなもクソもねぇ。俺にとっては大事なことだ。お前に嫌な思いなんてしてほしくねぇからな。」


何なんだこの男は。

どこまで男前なんだ。

どこまで格好いいんだ。


これなら女子にモテル理由もわかる。確かに不良はちょっと危険な香りがしていいという子もいるが、ハーフでルックスも最高だという子もいる。というか、やはり承太郎にはモテる理由がいくらでもあるのだと改めてわかった。


(でもどの子も承太郎を外見でしか判断していないわけで、)

承太郎の内面を、本当に格好いい彼の中身を知っているのは僕だけなんだ。
そう思うとなんだか、僕は他の女子と違い特別なのだと思えた。

なんだろう。すごくうれしかった。
思わず笑みがこぼれ落ちる。


「おい、」
「ん?なんだい?」
「なに笑ってるんだよ。」

思わず頬が緩んでしまっていたのがバレていたらしい。
僕は咄嗟に自分のブランケットで顔を隠した。しかし承太郎をごまかせるわけがなく、彼はそんな僕をみて笑っているだけだった。


「わ、笑ってなんかいないよ、」
「いや、思いっきり笑ってたじゃねーか」
「笑ってないてば!」












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シリアスを目指した結果がこれだよ
てかシリアスは冒頭だけだよ。
そして花京院がただ幸せな話になってしまった…。