ニューワールド | ナノ


(社会人×学生)





ガタンゴトン、と揺れる電車に身を任せ、振動を身体で感じながら乗るのはいつものこと。毎日、決まった時間に乗り、決まった駅で降り、そして帰る。これが俺の日常。それがある日、突然変化することなんて無いし、あったとしても特別な用事か、もしもの事態だけの話だ。
とにもかくにも、どうでもいい話かもしれないが、俺の日常が変わるなんてことは滅多にないことなのだ。たとえ神様が俺の人生にちょっかいをしかけたとしても、変化なんて微塵も生じない。そうとだけ言っておこう。

どうして急に、こんな意味不明な話をしているのか。理由は…俺にもよくわからない。ただなんとなく語りたくなっただけだ。




今日の授業もいつもと変わりない授業だった。内容は進んではいたが、授業の進行速度も、くぐもった聞き取りづらい声で授業を進めていく先生も、冬場の寒い教室も、キャーキャーうるさい女子の声も。全部がいつもと代わり映えしないものばかりで。俺は退屈で仕方がないのだ。こんなんならもっと面白い高校に入学するんだった、と俺は後悔するばかり。自分のレベルよりも遥かに低い一般の公立校を受けたものの、授業のレベルの低さや、教師、生徒たちの頭の悪さに、苛立ちというかそれを通り越して、もはや呆れてすらいた。周りのヤツらに会わせておこう、という考えが招いた結果である。一度、転校しようと思ったこともあったが、親がそれを許してくれるわけがなく、むしろ今の優秀な成績をキープすればいいじゃない、と言われてしまった。まぁ成績は良い方だし今のところ優秀な生徒扱いされているし、今の状況に悪いところは見られないから良いか。
しかし、退屈なのには変わりない。いやむしろ、これが退屈なのだ。

俺がなにか道を踏み外したりすれば、この平凡な日常から脱出することは可能なのだろう。例えば不良になるとか。不良と言ってもなにがある?喧嘩する?薬やる?それとも女に孕ませたりでもする?それとも…だれかを殺す?
いや、ダメだろ。当たり前なのだが。常識の範囲内だ。頭の良い俺じゃなくてもわかるだろう。もっと簡単なことでもいいじゃないか。どうして俺はこんな度が過ぎたものばかり思いつくのだろうか。例えば恋をするとか。…恋をするとか?


考えてみたら、馬鹿馬鹿しかった。自分で考えて思いついたくせに、それが馬鹿馬鹿しくて。矛盾しているが、それすらも面白く思えた。

俺が、恋だって?どうして?なぜ?だれに?
この俺が、誰に恋をするっていうんだ。今まで人のことを好きになったことなんてない。興味を持ったことすらない。あまり人に干渉したくない俺には似合わなさすぎる言葉であった。恋の「こ」の字すら存在しない俺だ。一体何に愛情を向けるというのだ。面白すぎて逆に反吐がでそうだった。



ふと我に帰ると、電車は終点についていた。車掌のアナウンスに耳を傾けると、ここは間違いなく終点。俺がいつも降りる駅。
いつまでも座ってるわけにもいかなくなり、俺は立ちあがって出口に向かった。
電車の昇降口はいつも人が混むものだ。終点だから人は減るだろう、と数ヶ月前の俺は思っていたが、現実はそうでもなかった事に後から気付かされた。
会社帰りのサラリーマン、女子高生、高齢者もいればOLもいた。皆これから自分の家に帰るのだろう。それか親友の家に遊びに行ったり、はたまた恋人の家に遊びに行ったり。皆それぞれ行き先がある。まぁそんな俺は、家に帰る意外他にないのだが。
ぞろぞろと人が流れていき、ようやく俺も降りることができた。駅の硬いコンクリートの地面に降り立つと、ビュゥっと冷たい風が吹いた。数十分の間、息苦しい車内に閉じ込められていたからか、外の空気がすごく気持ちいい。やっと解放された気分だ。

ふと辺りを見渡すと、相変わらず人がごった返していた。さすが駅。ちょうど人々が帰る時間のせいだろう。みんなそれぞれ階段やエスカレーターを上っていき、改札口へと向かっていく。俺もそろそろ向かわねば、そう思って歩き出す。



「オイ、ちょっとアンタ」

聞き覚えのない声がした。自分が呼ばれたかは分からないが、思わず振り向いてしまった。
振り向いた先には、赤い髪の毛が印象的な男がいた。男は細く鋭い目で俺を見つめている。そんな俺は何故か胸の奥でなんとも言えない感情が沸き上がっていた。誰なんだろうこの男は。俺になんのようなのだろう。金か?カツアゲ?それとも昔どこかで会った知り合いとか?いや俺はこんな男なんて知らない。じゃあなんだろう。もしかして俺の鞄のチャックが空いてたとか?背中になんか張り付いてた?それともデートのお誘い?いやいやまさかそれはないだろ。ないない。俺も相手も男だし。きっと俺がなにか落としたんだろう。落とし物でもしたのかな。
つくづく俺は考えすぎな男である。見ず知らずの男に一声かけられただけで、ここまで想像できるとは。あるいみ妄想の領域だなこりゃ。


「あのさ…これ…」

そういって男は腕を差し出してきた。何事かと思い男の右手を見ると、そこには電車の定期券。

「アンタ落としたぞ。」
「あ…すいません…。」
「いいよ。今度から気を付けな。」

そう言って男は急ぎ足で先を行ってしまった。男の足は長く、一歩一歩が大きかった。真っ赤な髪がだんだん向こうへと消えて行くのを確認して俺は手元の定期券に目を移した。
そう言えば、どうしてあの男は俺の定期券だってわかったのだろう。俺の鞄から落ちた瞬間を見たんだろうか。まぁいいや。


そのまま改札口に向かい、定期券を係員に提示し駅から抜けた。


冬の冷たい風が俺の短い癖っ毛を靡かせる。頭皮に冷たい風を感じながら、俺は家への道を歩いていく。
そういえば、まだ定期券をてに持ったままだった。鞄に入れようとした、その瞬間。


なんと定期券から、パサっと白い紙が舞い落ちた。
俺は何なのか分からず、その紙を拾い上げた。紙は二つ折されていて、開くと中には字が書いていた。



これを見てしまった俺は、数分間その場に立ち尽くしてしまった。



まさかそこには、連絡先が書いているなんて思いもしなかったから。

誰からなのか分からない。ただそこには、『連絡待ってる』という文と、数字の羅列とメールアドレスが書いてあるだけだった。

言われてみれば男の字だし、女の字にも見える。しかし今日俺は女と話す機会なんてなかったし、女に定期券を触らせるときもなかった。今日一日で誰かに定期券を触られたのは、むしろさっきの真っ赤な髪の男ぐらいで。




…待てよ


まさか、さっきの、男が?







(これが俺が望んだ非日常だったなんて。
代わり映えしない毎日から、新しい日々へ。)




(new world)







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20130310
年上なキッドくんはめったに書かないですね…もっと書きたいです。