詰め込み処


 後日譚




「そういえばさ、コンちゃんって結局…僕のこと好きなの? どうなの?」

おなまえの部屋に上がり込んだ五条が、可愛らしい箱に詰められたチョコレートガナッシュを口に運びながら疑問を浮かべる。おなまえは一瞬硬直したのちに「なんですか、突然」と僅かに頬を染めた。
その反応が答えを物語っているのだろうが、五条は気付かぬフリをして「だってさあ」と言葉を続けた。

「結構脈アリだと思ってたんだけどな。何せこの超絶イケメンの僕が十年間も献身的に守ってあげてたんだよ、ヤンデレ化しても無理ないね」
「そういうとこですよ」
「監視の任務は終わりって言われた時、コンちゃん随分あっさりしてたな〜って」

五条はその時の事を語り、そして未だに彼女に謝罪の言葉を告げていなかった事を思い出した。…当のおなまえは既に微塵も気にしていないようだが。

「わ、私だって、嫌でしたよ。でもワガママ言ったら先輩に迷惑がかかると思って」
「え、何、そんな可愛いこと考えてたの」
「ただでさえ十年間ずっと迷惑かけ続けてるんだから、物分りくらいは良くなくちゃと…嫌われたくない、ので」

すっかり赤く染まった頬を隠しているつもりなのか、プイッとそっぽを向くおなまえ。五条は胸の中で大蛇でものたうち回っているかのような衝動に襲われた。

「へ〜、僕に嫌われたくないのかあ! 何で?」
「ごっ…! 五条先輩、わざと聞いてますね?」
「ほらほら、質問を質問で返さないの」

サングラス越しに僅かに見える瞳が、おなまえを見てにこにこと笑んでいる。これはとうとう逃げ道を失ったな、と察したおなまえが「そりゃ、好きな人に嫌われるのは、誰だって嫌でしょう」と小さく呟いた。

「ふ〜ん、へぇ〜、あ、そう〜」
「見ないでください。それより、あの、なんで私はチョコレートを大量生産させられているんですか…」

部屋の冷蔵庫から銀色のトレーを取り出して来たおなまえ。その上にはココアパウダーがまぶされたチョコレートガナッシュが所狭しと並べられている。五条は手元の可愛らしいピンク色の箱を差し出し「きたきた、ハイこれに詰めて!」と意気揚々と言った。

「コンちゃん、問題です。妲己の一件があった昨日は何月何日でしょうか?」
「十年前と同じ、2月13日…ですよね?」
「正解。じゃあ、翌日の今日は?」

おなまえはそう問いかけられ、そして部屋のカレンダーに目を移す。2月14日、世間で言うところのバレンタイン・デーだ。

「…あっ!?」
「コンちゃんってば、この十年間ずっとバレンタイン無視してたよね。すぐ近くにこんなに格好良くてお世話になってる甘党の先輩がいるのにさ?」
「いや、だって、その、13日のイメージが強すぎて…」

おなまえの言っていることも無理はない。己の人生を変えるような出来事があったのだから、恋人たちが色めきだつようなイベントに目が向かなくて当然だ。しかし五条は不服そうにふんぞり返り「だからこうして十年分貰おうと思って持ってきたの、材料と箱」と言った。

「ええ…今からデパートで買ってきましょうか?」
「それはまた来年ね。あ、僕下戸だからアルコール入ってないヤツで頼むよ」
「はい、承知しました」

五条の口から何気なく紡がれた「また来年」という言葉。その一言が、来年もその先も隣りにいて良いのだと許されているかのような心地を与えてくれた。

「でも、いいんですか? 私から十年分のチョコレートを受け取るということは、来月の五条先輩は私に三十年分のお返しをする計算になりますが」
「え! 僕が材料用意したのに!?」

新しいチョコレートの湯煎に取り掛かったおなまえがころころと笑いながら「こういうのは気持ちです、気持ち」と言う。五条は箱の中からもうひとつ、ガナッシュを摘んで口に放り入れた。
味は普通、自分が用意した材料以上のものではない。でも、彼女が作ってくれているというのがこのチョコレートの価値を高めていることは彼が一番分かっている。
五条は簡易キッチンで業務用チョコレートの塊をザクザク刻むおなまえに向かって「じゃあ、良いものあげるよ。五条姓とかどう?」と告げた。

「せ…いや…それはちょっと…色々複雑すぎます、今はまだ」
「なあんだ、残念」

とは言え、この調子ならばそう遠くない未来に受け取ってくれそうだ。と五条は感じ入る。今はまだ、その一言を共に噛みしめるかのように、彼は再びガナッシュを口の中に入れた。



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