詰め込み処


 twst/ジャック夢【ふわふわのきみが、すき】 2





とある日の放課後。校内を歩いていたジャックは友人のおなまえを見つけた。彼女は小さい体を更に小さく丸めて何やらごにゃごにゃと喋っている。ゆっくりと近づいていけば、彼女の視線の先に黒い猫が居ることが分かった。

「ルチウスさん、私はまだ動物言語学とやらを習得していないので、ルチウスさんとお話しできないんです。いつかお話してみたいですねぇ」
「ぶにゃあ」
「うーん、私に動物言語を操る術があれば、直接撫でさせて下さいとお願いができるのですが…どうでしょう、ちょっとだけ、撫でてもよろしいでしょうか」
「にゃーう」

魔法史の担当教諭であるモーゼズ・トレインの愛猫であるルチウスに必死に語り掛けるおなまえ。彼女の言葉に何らかの鳴き声を返すルチウスだったが、肝心のおなまえはそれを聞き取れていないようだ。見かねたジャックは、適当に「撫でても良いらしいぞ」とおなまえへ伝えた。ジャックもネコ科の動物言語学に特別明るいわけではないが、おなまえの前に座るルチウスがリラックスした様子でゆっくりと瞬きをしていたのを見て「大丈夫そうだ」と判断したのだ。
ジャックのその一言に反応したおなまえは、希望いっぱいといった表情でジャックを見上げた。

「ほ、本当ですか。ジャック君はルチウスさんの仰っていることが分かるんですか?」
「何となくだ。言葉は覚えてねえが、まぁ、声色とか鳴き声のニュアンスなら読み取れるだろ」
「なるほど…ジャック君もチームふわふわですものね」
「…チームふわふわ?」

怪訝な顔で首を傾げるジャックだったが、既におなまえの意識はルチウスの長く豊かな体毛へと向いていた。よく手入れされてツヤツヤと輝く毛並みを前に、おなまえは「お言葉に甘えて失礼します、ルチウスさん」と礼儀正しく告げてからそっと触れた。丸くて小さな頭をゆっくりと撫でれば、その柔らかく温かい手が心地よかったのかルチウスはゴロゴロと喉を鳴らして目を細めた。

「ああっ…! かわいいです、ふわふわです、ふわふわとツルツルが共存しているようなこの毛並み、素晴らしいです」

その後もおなまえの手はルチウスの頭を撫でたり耳の後ろを掻いたり、あごの下をくすぐったりと止まることなく動き続けた。細くて華奢な指が慈しみを込めてゆっくりとルチウスを撫でる様を見ていたジャックは、いつの間にか自身の耳がピクピクと動いていることに気が付き、勢いよく頭を振った。
ルチウスがとうとう床に寝転がり、腹を見せて「うなぁん」と鳴きだした頃。愛猫の行方を追っていたのだろうトレイン教諭がその場に現れたのだ。

「おや、君たちは…」
「トレイン先生、こんにちは」
「…っス」

愛猫に群がっている生徒を見て一瞬身構えたトレインだったが、当のルチウスが心地よさそうに寝転がっている事や、ルチウスの周りに居るのが新入生の中でも非常に授業態度のよい二人だったことが分かると僅かに表情を緩ませた。

「随分と心地良さそうではないか、ルチウス」
「うにゃあ」

ごろんごろんと寝転がっていたルチウスだったが、トレインの声に反応してゆっくりと起き上がり、彼の足に擦り寄った。トレインがルチウスの体を優しく抱き上げれば、ルチウスは満足気な表情で「ぶふぅ」と鼻から息を吐いた。

「では、失礼するよ」
「はい。ふわふわさせて頂き、ありがとうございました。ルチウスさん」
「ふっ…どうしてもルチウスを撫でたくなったら、授業開始前の教室に来なさい」

ほんの少しだけ表情を和らげたトレインがそう告げると、おなまえは輝くような笑みを浮かべて「はい!」と元気よく返事をした。その姿を見ていたジャックは、おなまえに尻尾が生えていたら今頃は風が立つほどにブンブンと振っていることだろう。と思った。
トレインとルチウスが去って行った後、まだ何かを撫で足りない様子のおなまえがジッとジャックの尻尾を見つめる。しばらく気付かないふりをして歩いていたジャックだったが、あまりの熱い視線に観念し「触りたいのか」と問いかけた。

「いえ…そんな、私はそんな誘惑には負けませんから。ええ、負けませんとも。断りもなく触れるだなんてことはいたしません」
「一体何と戦ってるんだ、お前は」

珍しく狼狽えているおなまえを面白がったジャックが、自身の尻尾をわざとフサフサと横に揺らす。彼の長くて豊かな毛を携えた尻尾が揺れるたび、おなまえからは「ああーっ」「ずるいですジャック君」と声が上がった。
やがて、とうとう我慢できなくなったおなまえが「…あの、ジャック君、ほんの少しだけ…」と遠慮がちに言ったのだった。

「…1分だけな」
「わぁい!」

間違っても毛を抜かないようにと、細心の注意を払った手つきでジャックの尻尾を撫でるおなまえ。撫でるたびに指がふかふかと沈み込むような触り心地の尻尾に、彼女はすぐに夢中になった。普段のジャックであれば自身の尻尾を触らせるなんてことはしないのだが、おなまえがあまりにも幸せそうな顔をするので「まあ、いいか」と心の中で呟いた。
おなまえは約束通りに1分ちょうどでジャックの尻尾を開放し、ほっこりと満ち足りた顔で「今日はとっても幸せです」と言った。

「そうか、良かったな」
「ジャック君もルチウスさんもとってもお優しいです。グリム君をふわふわするには、一回につきツナ缶ひとつ捧げなくてはならないんですよ」
「有料かよ」
「ええ、既に何缶貢いだか分かりません」

ふわふわ愛好家のおなまえからしてみれば、ツナ缶ごときで撫でさせてくれるならばお安い御用だ。とでも言うだろう。しかし、あまりツナ缶をあげすぎると監督生であるユウから「グリムがデブ猫になるからダメ」と禁止令が発令されるのだ。対価を求めることもせず撫でさせてくれたルチウスとジャックに、おなまえは感動すら覚えた。

「…成程な。俺も何かと引き換えにするか」
「ええっ、事後清算のタイプでしたか」

一体何を請求されるのかと恐々しているおなまえを見つめていたジャックはおもむろに、彼女のふんわりと丸くて小さな頬を掴んでぷにぷにと動かした。手のひらで容易に覆い隠せてしまうほどの小さな顔や自分のものとは全く違った触り心地の肌に、ジャックは「マジで別の生き物みてえだ」と感じた。柔らかさこそマシュマロのようだが、しっとりと水分を含んだその感触は何物にも形容しがたい。思う存分こねくり回したくなるような魅力に後ろ髪を引かれながら、ジャックは手を放して「これで等価交換だ」と言った。

「いいんですか? ふわふわの体毛が無くても…」
「いや…体毛は…いらねえ」
「そうですか」

おなまえのふわふわへの飽くなき探求心に、ジャックはそのうち彼女がクルーウェルに「そのコート、撫でさせてくれませんか?」と詰め寄るのではないかと一抹の不安を覚えた。


おなまえとジャックがそれぞれの寮へと戻るために校内を歩いていると、廊下の向こう側からジャックの同寮生二人が姿を現す。「あ、ジャック君じゃないッスか」と声をかけて来たのは、ジャックの先輩にあたるラギー・ブッチ。その後ろにはサバナクローの寮長であるレオナ・キングスカラーも立っていた。

「女の子連れとか、硬派なフリして意外とやるッスねぇ〜ジャック君」
「…ただのダチっすよ」

出会い頭にニヤケ顔でからかってくる先輩に、ジャックは少し眉を顰める。しかしおなまえは少しも気にした様子はなく、ジャックの半歩後ろに控えたまま「チームふわふわの…」と小さな声で呟いた。

「チーム…なんスか?」
「いや、こっちの話なんで大丈夫っす」

ジャックはおなまえに「チームふわふわって、サバナクロー寮のことだったのかよ」とひそひそ声で聞く。おなまえはラギーやレオナを見つめながらこくこくと何度も頷いた。

「初めまして、先輩がた。おなまえ・グッドフェローと申します」
「入学式の時に居たッスよね。オレはラギー・ブッチ、サバナクローの二年ッス」
「で、もう一人の先輩がうちの寮長のレオナ・キングスカラー先輩だ」

レオナの性格からして自己紹介などしないであろうと察したジャックは、先読みをしておなまえへとレオナを紹介した。まるで直接言葉を交わすことを許されない「王の謁見」のようであると感じたおなまえだったが、にこりと愛想よく微笑んで「よろしくお願いいたします、ブッチ先輩、キングスカラー先輩」と挨拶をした。
レオナはともかくとして、ラギーの方はフレンドリーに「ファーストネームでいいッスよ」と返していたのでおなまえを邪険に扱うつもりは無いようだ。

「おなまえちゃん、学園長の言ってたことってホントなんスか? 共学化検討のためのって…」

ラギーが口にしたのは、入学式の日におなまえを紹介したクロウリーの「言い訳」についてだった。彼が口にした通り、おなまえは「共学化を検討しているため、試験的に入学を許可された女子生徒」という扱いになっている。もちろん、ナイトレイブンカレッジが共学になるなどという予定は全く無い。
しかし生徒たちはその言葉に色めき立ち、もしかしたら自分たちが在学中に共学になるのではないかという期待に満ちていた。それと同時に、これはおなまえと接する男子生徒たちへの牽制の意味も込められている。この試験入学生にもしものことがあれば、共学化という話は白紙になるぞ、という抑止力になるのだ。そのかいあってか、今のところおなまえは誰に迫害されるでもなく平和な学園生活を送っていた。…最も、彼女の礼儀正しく低姿勢な態度であったり、そもそもあまり他の生徒とコミュニケーションを取らずに図書室へと引きこもっていることも大きな要因ではある。

物言わずおなまえを見つめていたレオナは、ふと「こいつと並ぶと小せえな…」と呟いた。女子の中でも低身長なおなまえと、男子の中でも特に高身長なジャック。その二人が横並びになれば、体格差が浮き彫りになるのは当たり前のことだ。

「いや〜、おなまえちゃんが居るとオレが小さく見えなくていいッスね」
「実際小せえだろ、お前」
「あんたらが規格外なんスよ」

ラギーにピシャリと言い返されたレオナは、特に気に留めることもなく眠たげな目をしてゆっくりと歩きだす。すれ違いざまに「じゃあな、小動物」と言うと、彼は一足先にサバナクロー寮へと続く鏡の間を目指して去って行った。レオナの眠たそうな顔を見ていたラギーは「あーあ、もうすぐ夕練だってのに。あれ絶対昼寝しに行ってんなぁ」と呆れ声を出した。

「ま、マジフト大会も近いし適当な時間に来るでしょ。オレたちは真面目に練習行くッスよ、ジャック君」
「うっす」

そうか、二人はこの後部活動か何かへ行くのか。と察したおなまえは二人に「部活、がんばってくださいね」と告げてヒラヒラ手を振る。しかし、何かを思いついたような表情のラギーがおなまえを引き止め「おなまえちゃん。練習見学、来ないッスか?」と提案した。

「ジャック君ね、普段は陸上部なんスけど…今はマジフト大会に備えてサバナクロー寮としての練習に参加してるんスよ」
「へえぇ…マジフト、見てみたいです!」
「…ラギー先輩、いきなりどうしたんすか」
「ほら、うちの寮生ってチョロいじゃん? 女子が居れば無駄に張り切ってトレーニングすると思うんスよね」
「なるほど」

ラギーの言うことは一理ある、とジャックは感じた。サバナクロー寮は個々の選手の身体能力こそ高いが、寮長をはじめ自分勝手な行動をする生徒が多い。多すぎるのだ。しかも今日は寮長であり部長でもあるレオナが遅れて来ることはほぼ確定している。いつも以上に纏まりのない練習になる恐れがあるのだ。

「わぁ、お邪魔にはなりませんか? ご迷惑でなければ、ぜひ見てみたいです。マジフト」
「ぜーんぜん大丈夫! むしろ来てもらった方が助かるッスよ」
「気にすんな。退屈かもしれねえけどな」
「いえ、楽しみです」

社交辞令ではなく本当に楽しそうな顔をするおなまえに、ラギーは「じゃ、三人で行きましょー」と緩く声をかけた。



サバナクロー寮のマジフト場に訪れたおなまえは、目の前で繰り広げられる模擬戦に釘付けになっていた。おなまえの故郷にも似たようなスポーツはあれど、実際にプレイしているところを見るとルールなどはかなり違っているようだ。特におなまえの目を引いたのは、やはりジャックとラギーのプレイだった。
誰よりも機敏にコートを駆け回り、鮮やかな手さばきでディスクを掠め取るラギー。そして恐ろしいほどのスピードとパワーで相手チームを圧倒するジャック。この二人が同じチームに居ることで、上級生チーム相手でも点数をリードしていた。

チームメイトを交代させながら何戦かの模擬戦が終わったその時。部活動が始まってから二時間ほど経ったあたりで、ようやくレオナがマジフト場へと姿を現した。
彼はベンチに座って夢中でコートを見つめるおなまえに「どうだ、マジフトは」と問いかける。

「すごいです、見てるだけでも楽しいですね」
「もうしばらくすると寮対抗のマジフト大会がある。普段のマジフト部には他寮生も居るが、その大会が終わるまでは寮対抗ってことでサバナクロー寮生しかいねえ」
「いいなあ…寮対抗だと、私は出場できませんね。残念です」
「あ? …出場してえのか? お前が?」

こんなに小柄で見るからに非力そうなおなまえの口から、まさか「出場できなくて残念」などという言葉が出るとは思っていなかったのだろう。レオナは一瞬目を丸くすると、クックックと小さく笑いながらベンチに置いてあったラギーのジャージをおなまえへと投げた。

「面白え、やってみろよ」
「えっ? あの、これ、どなたの…」
「ラギーの私服だ、気にするな」

おなまえが状況を飲み込めないでいるもの気にせず、レオナは休憩中だった寮生を集めて適当にチーム分けをした。
今回も上級生チームvs下級生チームに分かれ、おなまえはラギーやジャックと共に下級生チームへと編成された。上級生チームの中にレオナは入っていないので、今回は彼を相手に戦わなくても良いらしい。

制服の上からラギーのジャージを羽織ったおなまえは大きいせいでズリ落ちて来る袖を捲り、コートの中へと入って行った。

「あの、ラギー先輩、勝手にすみません、ジャージ」
「普段あんま着ないんで大丈夫ッスよ。おなまえちゃんは今回"ライダー"をやってもらうッス。箒に乗るポジションね」
「分かりました。えっと、あまり細かいルールは分かってないんですけど」

不安げに言うおなまえに、レオナが「ディスクを敵陣のゴールに入れる、それだけだ。多少のルール違反があっても構わねえよ」と告げた。おなまえに対してのハンデなのだろう。

「おなまえちゃんは自由に動いていいッスよ。ディスク持って飛んでもいいし、魔法で相手の妨害しても良いし」
「そっか…魔法、使っても良いんですものね」
「そりゃね。"マジカル"シフトだし」

簡単すぎるルール説明もそこそこに、おなまえたちは早速試合を始めることにした。
下級生チームがディスクを持った状態からスタートした試合は、試合開始のホイッスルが鳴ると同時に動き出した。最初はラギーがディスクを持って走り、それを妨害しようと魔法を放ってくる上級生チームをなんとか防ぐ。ジャックはその体躯を活かし、うまくラギーと上級生との壁になっている。

おなまえがラギーの近くを通ると、ラギーはニヤリと笑って「ホイ、おなまえちゃん」とディスクを投げ渡してきたのだ。そのディスクを受け取ったが最後、標的はおなまえへと切り替わった。

「大丈夫大丈夫、オレらが援護するッスよ」
「ああ、気にせず飛べ」
「は、はい!」

二人だけでなく、同じチームの選手たちに援護されながらおなまえは箒を前へと進めた。普通、初心者は片手にディスクを抱えた状態での飛行でバランスを崩す事が多い。しかしおなまえは少しもバランスを崩すことなく、中々のスピードを保ったまま敵陣へと果敢に攻めていった。
ゴールに近づくにつれて上級生チームの防御が固くなったのを感じたおなまえは、地面すれすれを飛行してジャックとラギーの間をすり抜ける。そして前屈姿勢のまま突然浮上し、猛スピードでゴールへと向かった。

「いいッスよー、そのままゴール狙っちゃえ!」

本来であれば箒に乗った選手はシュートを決めてはならないというルールだが、先ほどレオナやラギーに「好きにやればいい」と言われたおなまえは許されることだろう。そう判断した上級生チームは一斉におなまえの後を追い、その動きを止めようとマジカルペンを構えた。
しかし、ゴール直前まで進んだおなまえはくるりと鮮やかに方向転換し、自分を追ってきた上級生と対面する。にっこりと笑う彼女の手に握られていたのは、ディズクではなくマジカルペン。いつの間にか姿を消したディスクを探す間もなく、上級生チームはおなまえの光魔法によって目くらましを受けた。

「おなまえちゃん、シュートッスよ〜…なんつって、ね!」

おなまえのもとにあったはずのディスクを握っていたのは、少し後方を走っていたラギーだった。彼は素晴らしいコントロールでそれをジャックへとパスする。完全にノーマーク状態になっていたジャックはその長い腕を悠々と振りかぶり、見事なロングシュートを決めて見せたのだ。

「やったぁ! やりましたね、ジャック君、ラギー先輩」
「ビックリしたッスよ〜。まさか急にディスク渡してくるとは思わないじゃないッスか」
「ふふ、だって"ライダー"はシュートを決めちゃダメなんですよね? 知ってるルールはちゃんと守りますよ、私」
「知ってたのか」

先ほど、おなまえがラギーとジャックの間を猛スピードで通り抜けた時だ。彼女は一瞬のうちにディスクをラギーに託し、そのまま前屈姿勢を保ってあたかもディスクを抱えているかのように敵陣のゴールまで飛んだ。そのままおなまえがゴールを決めると思い込んだ上級生チームは、後ろに控えるジャックやラギーをフリーにしてしまったのだ。
箒でスイスイと飛行するおなまえに、ジャックが「経験者か?」と問いかける。彼がそう感じる程度に、おなまえが箒での飛行に慣れていたからだ。

「いえ、マジフトは今日が初めてです。箒に乗ったり、似たようなスポーツは少しだけ経験がありますが」
「それでか…妙に飛び慣れてると思ったぜ」


その後も意外な奮闘を見せるおなまえやラギー、ジャックが主体となってゲームは進み、最後には下級生チームの勝利という形で幕は閉じた。

日が傾いた頃に部活は終了し、部活動を共にしたサバナクロー寮生とおなまえはすっかり打ち解けていた。最初こそ荒っぽく見えた彼らだったが、今やおなまえを気遣ってタオルを貸したり飲み物を分けてやったりといった面倒見の良さを見せている。おなまえの邪気の無さやマジフトを楽しむ姿に絆された者も少なくはないだろう。

「おなまえちゃん、すっかり人気者ッスねぇ。マジサーの姫ってやつ?」
「ありゃ獲物にむらがる獣の群れだろ」
「どっちでも良いじゃないッスか。オレの思った通り、みんな面白いくらい張り切ってくれたし」

ラギーとレオナがそんな会話をしている最中、背の高いサバナクロー寮生に囲まれて埋もれそうになるおなまえのもとに、片づけを済ませたジャックが現れ「送ってく」と短く声をかけた。そのままおなまえを引っ張っていくジャックの耳が不機嫌そうにペタリと伏せられているのを見たラギーは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら「あらら〜」と楽しそうな声を出した。




サバナクロー寮の喧騒を抜けたおなまえとジャックは、夕食前に一度オンボロ寮へ戻りたいというおなまえの希望によりオンボロ寮へ続く道を歩いていた。
運動により温まった体に、秋の心地よい風が吹く。それと同時に、おなまえが「ジャック君、今日はありがとうございました」と口を開いた。

「ん? ああ、いや、こっちも良い練習になった」
「とっても楽しかったです。またお邪魔しても良いですか?」
「ああ。先輩たちも喜ぶと思う」

そう言ったジャックは、おなまえにデレデレと愛想を良くする同寮生たちの顔を思い出した。すると、爽やかだった気分が一転して、何やら自分の中にずっしりとした重い感情が広がっていくことに気づいた。ジャックは自分の中に広がるモヤモヤとした感情に疑問を抱きながら、徐々に近づいてくるオンボロ寮をぼうっと眺めていた。

「初めてジャック君がマジフトをしているのを拝見しましたが、ビックリしたんです。他の方とはまるで動きが違っていて」
「そうか?」
「ええ、それにあのジャンプの高さといったら。箒で飛んでいる私も捕まってしまうかも、と思ったくらいです」

味方同士なのだから、捕まえられるはずがないのですが。と言ったおなまえは楽し気にからからと笑う。

「ジャック君と同じチームで良かったです。普段以上に格好良いジャック君を見れました」
「…そうかよ」
「はい」

さらりと放たれたおなまえの言葉に、ジャックは己の尻尾がフサフサと横揺れするのを感じた。それを必死に押さえつけるジャックの胸中に、先ほどまでのどろりとした嫌な感情はもう残っていなかった。
やがてオンボロ寮のすぐ近くまで来た二人は、おなまえの「では、私はここで」という一言によってお別れをする時間となった。おなまえは思い出したかのように「ジャック君、ラギー先輩にジャージはお洗濯してからお返ししますと伝えて頂けますか?」と告げた。

「あ、ああ。わかった」
「何から何までありがとうございます」

ジャックに一礼したおなまえがオンボロ寮に向かって歩いていく。その後ろ姿を見ていたジャックは、無意識のうちに「なあ」と彼女の背中に向かって声を上げた。


「はい、ジャック君」
「次来るときは、俺が貸してやる。…ジャージ」
「え?」
「俺は部活の時もこの運動着だから、使わねえんだ」

ジャックは心の中で、態々呼び止めた上で何を言っているんだ。と思った。おなまえもいまいちジャックの意図が分からなかったようで、きょとんと大きな目を見開いている。だが、おなまえはクスクスと笑い声を漏らし「ジャック君のジャージをお借りしたら、きっとロングスカートのようになりますね」と自分の膝あたりを指さした。

「う…動きにくい、か」
「ふふふ、でも、ありがとうございます。また今度お邪魔した時にはお言葉に甘えさせてくださいね」


目を細めたおなまえがそう言うと、ジャックは「ああ」と淡く笑って頷いた。
今度こそおなまえを見送ったジャックは、そのまま夕食を食べるために広間へと向かって歩き出す。彼の胸の内には、先ほどとは正反対の温かくてふわふわとした感覚だけが残っていた。




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