詰め込み処


 twst/ジャック夢【ふわふわのきみが、すき】 1



魔法士養成学校の中でも名門校であるナイトレイブンカレッジにて、新学期初日を飾る入学式が執り行われようとしているその時だった。校内のとある場所で、自身のトランクケースに覆いかぶさるようにして倒れ込んでいる生徒が居た。
集合した新入生が足りなかったために校内を奔走していた学園長、ディア・クロウリーはその生徒を発見し「ちょっと君、大丈夫ですか!?」と焦った様子で駆け寄った。

「う、うう…」
「気が付きましたか。どうしたんです、こんな所で」
「あの、んん…? 私、どうして…ここはどこですか…?」
「ここはナイトレイブンカレッジ、君がこれから通う学園ですよ。君は気を失っていたんです」
「学園…? でも私、在学中で、あれ?」
「まだ少し混乱しているようですねぇ。まぁ良いでしょう、立てますか?」

床にペタリと腰を下ろしている生徒の手を取ったクロウリーは、その手が驚くほどに白く小さい事に気が付いた。まるで女子の如く綺麗に楕円形に整えられた爪が、壁にかけられたランプの光を反射してつやつやと光った。

「ええと、君は…マールヴォロ・グッドフェロー君ですね?」

クロウリーは自身の脳内でこの生徒の顔と名前を照らし合わせ、目の前の生徒に名前を確認する。…が、当の本人はキョトンとした表情でクロウリーを見つめるばかり。

「どうかしましたか?」
「あの、それ、ミドルネームなんです。私、おなまえ・マールヴォロ・グッドフェローと申します」
「おなまえさんですか。これは失礼いたしました、きっと入学手続きの際のミスですね」
「いえ、遠い先祖の名前らしくて…紛らわしくてすみません」

クロウリーの手助けによって立ち上がったおなまえは、たっぷりとした布地をふんだんに使った式典服をじっと見つめ、そして「うわぁ、綺麗なローブ」と呟いた。おなまえという可愛らしい名前、そしておなまえの高くて柔らかい声を聞いた瞬間、クロウリーは己の中に嫌な予感が走るのを感じた。

「おなまえ君。ひとつ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「はい、何でしょうか」
「無礼を承知でお尋ねしますが、君は…男子ですよね?」
「え? いえ…女です」

おなまえがパチパチと瞬きをするたびに、目を縁取る長い睫毛がその存在感を際立たせる。
数秒間の沈黙の後、クロウリーは「何故…」と頭を抱えた。当のおなまえはクロウリーが何故そこまで落胆をするのか分からず、ただひたすらに彼の言葉を待っていた。

「君、この学園のことはご存知です?」
「ナイト…レイブン、カレッジ、ですよね…すみません、全く存じ上げません」
「にわかには信じられませんね、まさかこの世界でナイトレイブンカレッジを知らない子がいるだなんて。君はどこの出身ですか?」
「イギリスです」
「…ほう、それはどの国に属する…?」
「え? あ、イギリスという、国です」

おずおずと告げられた言葉に、今度こそクロウリーは言葉を失った。ただでさえ大切な式典に新入生が2人も遅刻した上に、そのうちの1人は未だ見つからず、もう1人の新入生であるおなまえが女子だということが発覚してしまった。クロウリーはおなまえの全身を改めて確認し、そして心の中で「そうですよね、こんなに華奢な男子生徒は見たことが無いと思ったんですよ私」と呟いた。
身長は150センチあるか無いか程度だし、丸くて大きなどんぐり眼は小動物のような愛らしさがあるし、式典服越しにも分かるほどに華奢な体型をしている。

どうしたものかと考え込むクロウリーだったが、もう1人の新入生を探して入学式に連れて行かねばならぬことを思い出し、おなまえへと語りかけた。

「色々お話しなくてはいけないことが山のようにありますが、まずは私の用事を片付けさせてください。君のように逸れてしまった新入生を探さなくてはならないのです。その道すがら、説明をしましょうか」
「はい、ありがとうございます。あの、何とお呼びすればよろしいですか…?」
「これはうっかり。私はこの学園の学園長を務めております、クロウリーと申します」
「学園長先生だったんですね。そうとは知らずに失礼しました」
「気にしてませんよ。私、優しいので」

仮面越しにも分かるほどにニッコリと笑んだクロウリーに、おなまえも微笑を返す。彼女の言うことが悪ふざけでない場合、おなまえは見ず知らずの土地に突然投げ出され、見たことも会ったこともない男が目の前に居るという状況下にある。それでよくここまで落ち着いていられることだ、とクロウリーは密かに感心の息を吐いた。

もう1人の生徒とやらを探す道中にクロウリーはこの学園の事や、ツイステットワンダーランドという世界のことを説明した。そのどれもがおなまえには聞き馴染みの無い言葉ばかりだったが、おなまえは急くことなくクロウリーの話に耳を傾けた。

「君の知識の少なさや、生まれ育った環境や地名などから推察するに…もしかしたら、異なる世界から引っ張られてしまったのかもしれませんね」
「異なる世界から? 前例はあるんですか?」
「実際に目にしたことはありません。見覚えがあるとしても、大抵はフィクションの類ですよ」

クロウリーが発したその言葉に、おなまえはようやく不安そうな表情を見せた。突然「異なる世界」だなんだと言われてしまっては不安になるのも無理は無い。クロウリーはせめてものフォローとして「その中のどれかは、もしかしたら実体験を元にした物語かもしれませんね」と希望を持たせるような言葉を添えた。



もう1人の新入生と共に入学式に参加したおなまえは、疲れ切った様子で寮への道を歩いていた。
世界中の様々な場所に通じているという魔法の鏡をもってしても「この者たちの行く場所は無い」と断言され、ついにこの学園に身を置くという選択肢しか無くなってしまったのだ。
この学園の事を解説しながら2人を先導するクロウリーに続いて、広い敷地内を歩く2人の異質な新入生。おなまえはクロウリーの話に耳を傾けながら、隣を歩く男子生徒へと目を向けた。

クロウリーが探していたもう1人の新入生であるユウ。彼もおなまえ同様にナイトレイブンカレッジのことやツイステットワンダーランドの事を知らない人間だった。彼とはその点で意気投合することができたが、問題はその後。
入学式でユウに魔力の類が一切無いことが判明し、鏡の間にどよめきが走ったこと。
そして堂々と「本校初の女子生徒」と紹介されたおなまえに向けられた視線の数。
最後にはグリムという灰色の体毛をもった猫が乱入し、そこら中に青い炎をばら撒き始めたのだ。
幸いにも上級生数名が対処にあたり、負傷者等は出なかったが。それでもおなまえたちの気力をゴッソリと削ぎ落とすには十分すぎる出来事だった。

クロウリーの話がひと段落したころ、ユウがおなまえに「大変だったね、入学式。火傷とかしなかった?」と声をかけた。

「はい。ご心配ありがとうございます、ユウ君。どうして私たち、この学園に呼ばれたんでしょうね」
「うーん…俺は魔力が無いし、おなまえさんは女の子だし、2人とも条件に合ってないのにね」
「不思議です。魔法の鏡はまるで他人事でしたし、私たちの故郷も存在しないなんて」

ハァ、と物憂げな溜め息を吐いたおなまえだったが、ユウの方を向いて「でも、同寮生がユウ君で安心しました。これからよろしくお願いします」と言ってにっこり微笑んだ。
おなまえは兎も角、魔力を持たないユウはナイトレイブンカレッジには在籍することができない。のだが、身寄りもなく無一文状態の少年を放り出すわけにもいかないと判断したクロウリーの温情によって、寮での生活を許可されたのだ。

ユウと違い、魔力を有しているおなまえまでもがこの寮に振り分けられた理由。それは彼女が女子生徒であるということが理由だった。
既存の七つの寮に所属するとなると、どうあがいても大人数の男子生徒との共同生活を送らなければならない。普段の授業くらいはいいかもしれないが、風呂やトイレ、寝室などを新たに増設することはできない。
使用されていない寮をユウとおなまえで使えば、2人で相談をしながら快適に過ごせるのではないかというのが学園長であるクロウリーの考えだった。
ユウもれっきとした男子生徒であるが、幸いにもこの学園では珍しいほどに物腰が柔らかい好青年だ。そのお陰でおなまえも特に警戒を抱くことなく今に至る。

「まぁ同寮生と言っても俺は雑用係だけど。困ったことがあったら何でも言ってよ、何も知らない同士で助け合っていこう」
「ええ、ユウ君も。何でも相談してくださいね」
「さてお2人とも! 到着しましたよ」

実に晴れやかなクロウリーの声に導かれて顔を上げた2人は、目の前に聳え立つ寮を目にして硬直した。
風が吹くだけでギシギシと軋む寮、あちこちに張り巡らされた蜘蛛の巣。どこからかコウモリでも飛び出して来そうなその寮に、ユウは引きつった笑みで「これ、趣がありすぎるよね」と言った。

寮の中に入って真っ先に目に飛び込んできたのは、ふわふわと雪の如く舞うホコリ。それからギィギィと鳴る床板に、台風でも過ぎ去ったかのように荒れ果てた家具類。
外側も内側もまさしくお化け屋敷のような状態で、この寮が「オンボロ寮」と呼ばれる所以が一瞬にして理解できた。
談話室に2人を案内したクロウリーは「調べ物がある」と言って席を外してしまうし、残されたおなまえもユウも埃まみれの室内では椅子に座ることすらままならない。と、溜め息を吐いた。

「そうだ、私先に荷物を置いてきますね。お二階のお部屋、使ってもいいですか?」
「うん、じゃあ俺は1階の部屋を使うよ。荷物、大丈夫? 手伝おうか?」
「お気遣いありがとうございます、軽いので大丈夫ですよ」

そう言って談話室を出て、そのまま2階へと続く階段を上っていくおなまえ。2階の一番手前側の個室に入れば、そこは談話室と何ら変わらない酷い有様だった。

「これじゃ、荷物を解くこともできないわ…」

とりあえず手に持っていたトランクケースを床に置き、おなまえは袖口から細長い杖を取り出した。そして小さな声で「Scourgify」と彼女が唱えた瞬間、部屋の中に降り積もった埃が一瞬にして消え去った。
湿ってペッタリとしていたベッドもフカフカとした質感を取り戻し、寝心地が良さそうだ。
ベッドをじっと見つめていたおなまえは、思わず衝動のままにその場所へと飛び込む。身体を柔らかく包み込むふかふかとした感触だけでなく、洗濯したてのような良い香りまで漂う布団に、彼女は自身の魔術の腕を褒め称えた。

心身ともに疲れ切ったおなまえはあっという間にゆるゆるとした眠気に襲われた。談話室でユウが待っているのだから戻らねば。じきに学園長も戻ってくると言っていたし。
そんな思いとは裏腹に、睡魔に耐え切れなくなったおなまえの体はピクリとも動こうとしない。やがて、数分しないうちにおなまえはスウスウと安らかな寝息を立てて眠りに落ちてしまった。

階下で、先ほどのトラブルメーカーが再び姿を現したことも知らずに。

***

波乱万丈な入学式から幾日か経ち、おなまえやユウはやっとの思いで学園生活を送っていた。
入学式の日から変わったことと言えば、ユウが正式にナイトレイブンカレッジへの入学を認められたことや、式典で大暴れしていたモンスターのグリムが同寮生になったことくらいだろうか。入学式で「大魔法士になる」と息巻いていたグリムがオンボロ寮に現れたり、翌日早々に問題行動を起こしていたりと大騒ぎだったようだ。
彼らが大奮闘している頃、おなまえはというと早朝から図書室へ行き、この世界に関する知識を着々と吸収していた。そのおかげで退学だなんだという騒ぎに巻き込まれずに済んだのだ。

今日も授業が終わるや否や図書室に籠ったおなまえは、机に数冊の分厚い本を重ねていた。
夢中でページを捲っているおなまえの傍に一人の男子生徒が近づいて行ったが、集中している彼女は気付く素振りもない。おなまえが手にしている本を覗き込んだ男子生徒が「あ〜、ジェイド、探してた図鑑あったよ」と声を上げた。

「ひゃ」
「ったく、何でオレがこんなお使いしなきゃいけない訳?」
「おやフロイド、彼女が驚いていますよ」

いつの間にかおなまえの真隣に来ていた背の高い男子生徒、それから本棚の向こうから顔を覗かせたもう一人の男子生徒。おなまえはその二人の顔があまりに似ていることに驚き、二人を交互に見つめた。

「あは、そんなにキョロキョロしてどうしたの?」
「いえ…あ、もしかして、お探しなのってこの図鑑ですか?」
「そーだよぉ? アズールが探してんだ〜」

目当ての本が見つかりニコニコと笑うフロイドだったが、明らかに読んでいる途中であることを察したジェイドが「いえ、出直しましょう。彼女が読み終えたらで」と言う。しかしその言葉に素直に納得するフロイドではなく、彼は不満げに「ええ〜、また取りに来なきゃいけないじゃん」と文句を口にした。

「そうは言いましてもね、読んでいる途中のものを取り上げる訳にはいかないでしょう」

普段は契約云々で情け容赦のない取り立てをしている彼だったが、流石に何の罪もない新入生から本を巻き上げるような真似はしないだろう。しかし、おなまえは納得いってなさそうなフロイドに「あと1分頂ければ読み終えます」と声をかけたのだった。

「ハァ? 1分?」
「少しだけお待ちくださいね」

おなまえはそう告げると、20ページほど残っていたページを驚くほどのスピードで捲り始める。1ページあたりにかけている時間は僅か数秒、おなまえは宣言した1分後には全てのページに目を通し終え「お待たせしました、どうぞ」と図鑑を差し出した。

「え〜、今のでほんとに読めてんの?」
「はい、試してみますか?」

にこりと笑ったおなまえに、フロイドは面白い玩具を見つけたような表情を浮かべる。そして今しがたおなまえから受け取った図鑑の適当なページを開き「じゃあ、523ページ」とページ数だけを告げた。内容の確認ならまだしも、それは少々意地が悪いのではと思ったジェイドだが、次の瞬間に淀みなく返された「特殊環境下で群生する植物のページですね。右上から『火炎菊』『雷霆根』『氷柱キノコ』の順番で記載されています」というおなまえの言葉に驚愕した。

「すっげー! 合ってんだけど!」
「これは…驚きましたね。余程記憶力が良いらしい」
「はい、瞬間記憶能力という特技です」

何気なく告げられたその言葉に、フロイドとジェイドは揃って目を開いた。そういう能力を持った人がいるというのは知っていたが、こうして実際に対面するのは初めてだったからだ。
おなまえは目で見たものをそのまま写真のように記憶することが可能で、一度インプットしたものはいつでも自在に思い出すことができるらしい。そのため、こうして図鑑のページをそのまま記憶してしまえば、頭の中に本を複製したように自分の記憶の中だけで読み返すことができる。

物怖じせずに穏やかに微笑むおなまえに興味をそそられたらしいフロイドは、彼女の頭や頬をつつきながら「こ〜んなちっちゃい中にどれだけ入ってんの〜?」と問いかけた。

「どれだけって聞かれますと、ちょっと覚えてないですね。このペースで毎日本を読むので」
「クラゲちゃん真面目だね〜」
「く、クラゲ?」
「ああ、フロイドはこうして何かとニックネームを付けるのが好きなんですよ。お気になさらないで」
「白くてプニプニでちっちゃくて、そこら辺をフワフワ泳いでるクラゲみたいじゃねえ?」

すっかりおなまえの顔を片手で包み込み、自身の指でプニプニと彼女の頬の感触を楽しんでいるフロイド。ジェイドはそんなフロイドを止めることもせず「おやおや」と笑っているばかりだ。ファーストインプレッションこそ対照的だと感じたが、根本的な部分は似ているのだろう。とおなまえは静かに結論付けた。

「あの、先輩がた、お急ぎのようでしたが大丈夫なんですか?」
「そうですね、そろそろ戻らないと…ラウンジの支度もありますし」
「めんどくせ〜。クラゲちゃん、今度うちのラウンジ来なよ。気が向いたらオレが飲み物持ってってあげる」
「校内にラウンジがあるんですか?」
「ええ、学園長の許諾を得て運営しています。ご来店をお待ちしていますね」

そう言った二人は先ほどの図鑑を持ち、おなまえに手を振って立ち去って行った。嵐が過ぎ去ったかのように静かになった室内で、おなまえはようやくホッと安堵のため息を吐いた。
夕食までまだ時間があるし、とおなまえは読み終えた本の山を抱えて本棚をグルグルと回り始める。読み終わったものを戻すのと同時に、新たな本を探しているようだ。

しばらくしておなまえの腕が新しい本でいっぱいになった頃、おなまえは自身の遥か頭上にある分厚い本を見つめていた。気になっていた錬金術の書籍で、原材料となる薬草の図鑑を読んだ今ならば内容を理解できるのではないだろうか。そんな、ウズウズと疼く好奇心がおなまえの胸に広がった。
自分の腕では到底届かないであろう場所に収納された本を取るため、おなまえは辺りを見回して梯子や踏み台が無いか探した。すると、どこからかその様子を見ていた男子生徒が現れ、おなまえの目当ての本をヒョイと手に取った。

「これか?」
「あ、ありがとうございます。助かりました。君は、ハウル君ですよね」
「俺を知ってんのか」

ハウル君、と呼ばれた男子生徒はおなまえと同学年のジャック・ハウル。同学年とはいえ寮の違う自分をおなまえが知っているという事に、ジャックは驚いた顔をした。

「新入生の皆さんは寮分けの儀式でお名前を呼ばれていたでしょう? お顔も拝見できたので、何とか覚えられました」
「ああ、さっき言ってた瞬間記憶ってやつか」

ジェイド、フロイドとの会話を聞いていたのだろう。ジャックはそう言ってから、ハッとしたように「悪いな、聞き耳立てたわけじゃねえんだが」と付け加える。そんな彼の優しさにおなまえは自然と笑みを浮かべ「いえ、こちらこそ図書室で騒がしくしてしまって、すみません」と返した。

「謝るなよ。話しかけたのは先輩たちだし、無視するわけにもいかねえだろ」
「でも、私もつい得意になって。ハウル君はお耳も良いでしょうし、騒がしかったでしょう?」
「…なんかその呼び方、慣れねえな。名前でいい」
「はい、ジャック君」

おなまえとジャックは小声で話しながら本棚をぐるりと巡り、ジャックの腕にも大量の本が積み重ねられた頃にようやくデスクへと戻ってきた。

「ありがとうございます、運ぶのまで手伝って頂いて」
「構わねえが、こんなに読むのか?」
「ええ。明日の授業までに、歴史についてもう少し予習しておきたくて」

果たしてこの大量の本を見て「もう少し」と思う人間がどれほど居るのか。ジャックはそんな事を考えながら、いそいそと嬉しそうに本を開くおなまえを見た。そして、自身もこの図書室で課題をやるつもりだった事を思い出し、同じデスクで白紙のレポート用紙を広げた。
同じデスクに座っているというのに、二人から発される音といえばページを捲る音とレポート用紙にペンを走らせる音だけ。一言も会話をしないまま、気づけば外は完全に暗くなっており、もうすぐ夕食の時間だということに気が付いた。
ちょうど最後の一冊を読み終えたおなまえが「そろそろ夕食の時間ですね」と呟けば、レポートの仕上げに没頭していたジャックも顔を上げ「ああ」と返事をした。

「本当に読み終わったんだな」
「ええ、どれも大変興味深いお話でした。史実ですが、下手なフィクションよりもドラマチックで。ジャック君はどうですか? レポート、進みました?」
「予想よりも進んだ。お前が参考資料を探してくれたおかげでな。礼を言うぜ、グッドフェロー」
「ふふ…おなまえで大丈夫ですよ。長いでしょう、ファミリーネーム」

ふわふわとした笑みを浮かべるおなまえを見て、ジャックは彼女から醸し出される穏やかな雰囲気を気に入っている自分に気が付いた。女子特有の柔らかい声だが、トーンは高すぎずボリュームも抑えめで、聴力の優れたジャックでも苦ではない声色。所作のひとつひとつが緩やかながら洗練されており、あまり物音が立たないのも良い所だとジャックは思った。

「私、本棚に返してきますね」
「手伝う。二人のほうが早く終わるだろ」
「ジャック君…ありがとうございます、お言葉に甘えます」

おなまえの二倍ほどの本を軽々と抱えたジャックを見て、おなまえはため息交じりに「私もジャック君くらい背が高ければ、梯子も踏み台もいらないのですが」と呟いた。

「本棚が基準なのか…?」
「すごく不便なんですよ、背が低いのって」

ぷう、と頬を膨らませながらそう愚痴を吐くおなまえに、ジャックは確かにこの身長では不便が多そうだと感じた。おなまえは150センチあるか無いか程度の身長で、192センチという高身長のジャックとは40センチ以上の身長差がある。二人が並んでいるところを見るとまるで大人と子供のようだ。
しかしおなまえはそんなハンデをものともせず、ヒョイヒョイと素早く本を棚へ戻していく。元々の配置を完璧に記憶しているおなまえだからこそのスピードだ。

「ジャック君、こちらを上から二段目の右端に入れて頂けますか?」
「わかった。…本当に全部覚えてんだな」
「ええ。本の内容よりもまずは本棚の配置から覚えるんです。そうすれば、図書室に居なくても『次は何を読もうか』って選べますでしょう?」

まるでハウツーを語るように言うおなまえに、ジャックは「それができる人間は、多分この学園でお前だけだ」という一言を飲み込んだ。おなまえが非常に楽しそうだったため、水を差すのをやめたのだ。



一緒に大量の本を戻し、二人で大広間へと向かう。そして互いに「それじゃあ、また授業で」とそれぞれの友人が居るテーブルへと向かって行った。
おなまえは夕食を受け取ってから同寮生であるユウとグリムを見つけ、彼らの居るテーブルへと腰を下ろした。

「おなまえ、また図書室に行ってたの?」
「ええ、ユウ君。明日の魔法史のために少し予習を」
「スゲえんだぞ、おなまえ…オレ様、最初の5ページで寝ちまうんだ」
「グリム君は本どころか、教科書だって寝ちゃいますものね」

そもそも読書以前の問題なのだが、モンスターであるグリムがこうして授業に参加しようとしているだけでも素晴らしい、とおなまえは言う。

「相変わらずグリムに甘いよな〜、おなまえ」
「エース君、こんばんは」

ユウやグリム、おなまえと仲の良いハーツラビュル寮のエース・トラッポラが夕食のトレーを持って現れる。彼の後ろには同じく友人のデュース・スペードも立っていた。彼らはおなまえたちと同じテーブルに座り、早速夕食に手を付け始めた。

「おなまえは今日も図書室だったのか?」
「ええ…ふふ、先ほどのユウ君と同じ質問ですね」
「毎日毎日、よく飽きねえよな〜」

本なんてうんざり、と言いたげなエースが首を横に振る。おなまえからしてみれば、毎日違った本を読んでいるので飽きが来るはずも無いのだが。エースとは対照的に、デュースはおなまえへと尊敬の眼差しを送って「勉強熱心なとこ、見習わないとな」と言った。

「今日は一段と楽しかったんですよ」
「良かったね、良い本に出会えた?」
「それはもう。本だけじゃないですけど」

ニコニコとご機嫌で言うおなまえに、ユウは首を傾げた。もしかしたら新しい友人でもできたのかも、と結論付けた彼は嬉しそうに夕食を口にするおなまえを微笑ましく見守った。



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