詰め込み処


 pkmn/ワタル夢 【貴方が立つ頂まで】



34番道路にあるポケモン育て屋前。まさかここで熾烈な戦いが繰り広げられているだなんて、誰が思うだろうか。
ポケモントレーナーのおなまえは、ぼんやりとそう思いながら容赦なく襲い掛かってくる相手のポケモンに応戦する。黒い服を着た2人のトレーナー…胸に刻まれた「R」の文字が、彼らが何者なのかを如実に語っている。
ロケット団。そう呼ばれる組織は、ポケモンを使って世界制服を企む組織だ。
未だ謎のヴェールに包まれたボスに忠誠を誓った団員たちは、各地でポケモンの強奪事件を起こしている。

何故この育て屋が彼らに狙われたのか。それは、トレーナーに代わってポケモンの世話をする育て屋に貴重なポケモンが預けられたという情報が漏れたせいだった。
ようせいポケモンと呼ばれるピッピと、ピッピのタマゴから産まれるというピィ。どちらも目撃情報は非常に少なく、どこに分布しているか、どうやってゲットするのか、都市伝説なんかも流れているほどだ。
その希少性と、女性に人気の高い可愛らしい外見。その2つを併せ持ったこのポケモンは、ロケット団にとっては格好の餌食だった。

ピッピとピィ、親子ともども強奪しようと目論んだロケット団がこの育て屋を強襲したところに、偶然ポケモントレーナーであるおなまえが居合わせ、応戦を始めたのだ。
最初こそ善戦していた彼女だったが、隙あらば育て屋の奥に居る赤ちゃんポケモンを狙おうとするロケット団の攻撃を防ぐあまり、どうしても防戦一方になってしまう。その間に団員は徐々に増え、今や3人の団員を同時に相手取っていた。

「バクフーン、かえんほうしゃ! キングドラはれいとうビームよ!」
「フン…いい加減、抵抗をやめてもらおうか」

一瞬の隙を突き、鍛え上げられたポケモンで次々とロケット団の団員が使うポケモンを倒していくおなまえ。
しかし、そのうちの1人がニヤリと怪しく笑みを浮かべてモンスターボールを投げた。
次はどんなポケモンが現れるのか。そう身構えていたおなまえは、ボールの中から姿を現したポケモンの姿を見て動きをピタリと止めた。

「ビリリダマ…!」
「流石はお強いトレーナー様だ。コイツがどんな技を得意としているか、知ってるだろ」

ニヤニヤと笑う団員の言葉は、猛攻していたおなまえを止めるのに十分すぎる効き目があった。
このビリリダマは能力値自体はさほど高くないが、自らを爆発させて広範囲に大ダメージを与える「だいばくはつ」という技を覚えるのだ。
育て屋のすぐ近くでそんな技を使われたら、きっと建物はもちろん、奥に居るであろうポケモンたちも無事では済まないだろう。
硬直するおなまえに対して団員の1人が「ポケモンを仕舞ってもらおうか」と要求し、おなまえは苦い顔でそれに従った。

「とはいえ、散々抵抗して俺達をイラつかせてくれたからな。お返しはキッチリしなくちゃならねえ。ビリリダマ、トレーナーに向かってスパークだ」
「きゃああ!」

団員が下した命令によって、無抵抗のおなまえに激しい電流が降り注ぐ。
技としてはそこまで高威力ではないが、それはあくまで対ポケモンの話。人間がポケモンの技を受ければ、予想だにしないダメージを負ってしまう。
全身を駆け巡る痛みが過ぎ去ったと思いきや、まともに四肢を動かせないほどの痺れがおなまえを襲う。
声を上げることすら儘ならないおなまえは、床に倒れこみながら一粒の悔し涙をこぼした。

「もう一発だ! スパーク!」

再び襲い掛かるであろう激痛に身を構えたおなまえだったが、突然背後から「カイリュー、まもる!」という男性の声が響いた。
すると、倒れこむおなまえの目の前に青白い壁が出現し、ビリリダマが放った電流を全て弾き飛ばした。

「だ…れ…?」
「カイリュー、反撃の隙を与えるな! はかいこうせん!」

おなまえを庇うように立ちはだかり、間髪居れずにビリリダマへの攻撃命令を下す男性。彼が操るカイリューは「ぎゃうう!」と鳴き、その口から真っ白に輝く光線を放った。
カイリューのはかいこうせんをまともに食らったビリリダマは見事に一撃で瀕死状態になり、団員は突如現れたトレーナーに恐れ戦いたようだ。

「1人の女性に対して3人で襲い掛かるとは…余程、個々の実力に自信が無いようだ」
「まさか、お前は…」
「自信があるならば、今度は俺の相手をしてくれないか」

そう言って好戦的に笑んだ男性は、ジリジリと気圧される団員たちに向かって言い放った。

「セキエイ高原ジョウトリーグチャンピオンのワタルが、貴様らの相手になろうと言っているんだ! さあ、かかってこい!」
「ちゃ…チャンピオンだと!?」

目の前の男性がカントー・ジョウト地方で最も強いトレーナーであると判明した瞬間、ロケット団の団員たちは一瞬で戦意喪失したらしい。攻めることも逃げることもできないまま、呆気なくワタルのカイリューによってその身を拘束された。


「君、大丈夫かい」

暴れまわっていた団員を拘束したワタルは、急ぎ足でおなまえの元へと駆け寄った。
そしてぐったりと横たわるおなまえを優しく抱き起こし、心配そうに顔を覗き込む。

「だ、だいじょうぶ、です…少し、痺れますけど」
「そうか…念のためコガネ病院に行こう。カイリュー、そいつらを見張っていてくれ」
「ぎゃう」

ワタルは自身のマントでおなまえを包み込み、そっと横抱きにして病院へと向かった。幸いにも育て屋は大都市であるコガネシティに近しい場所にあるため、歩いて行ける距離なのだ。

「君があの場所でロケット団を防いでくれたお陰で、育て屋に居るポケモンたちが無事だった」
「いえ、そんな…私は何も出来ませんでしたし」
「何を言うんだ。君が居なければ、俺があの場所に駆けつけたところで手遅れだったんだぞ」

優しく微笑みながらそう言うワタルに、おなまえは心が救われるような気がした。
結局自分は倒されてしまったが、その努力はしっかりと報われたのだと、ワタルは言っている。
その優しい気遣いと安心感に、おなまえの目からじわりと涙がにじみ出た。

「よく頑張ったな、ありがとう」
「は、はい…!」

きゅう、と苦しくなる喉をこじ開けて、おなまえは何とか返事をする。そのか細くなった声に、ワタルは「泣かないでくれよ」と少しだけ困ったような笑みを浮かべた。



ワタルによって病院に運び込まれたおなまえは、治療と診断を終えてすっかり元気になっていた。病院を後にした彼女の手には、一枚のメモが握られている。

治療後に支払いをしようとしたおなまえに、看護師から「先ほどワタルさんに頂いております」という言葉と共にこのメモが渡されたのだ。

【君の行動に敬意を ワタル】

簡潔にそう書かれたメモを見つめ、おなまえはドキドキと高鳴る胸をギュッと押さえた。
ピンチの瞬間に駆けつけてくれたこと、誰も寄せ付けないほどの圧倒的な強さ、バトル以外で彼が見せる優しい微笑み、どれもがおなまえの脳裏を巡って離れない。

幼い頃からポケモン一辺倒だったおなまえでも、この感情が「恋」であることはすぐに分かった。
どうにかして、彼にお礼を言いたい。そしてこの気持ちを伝えたい。
だがしかしワタルはポケモントレーナーの頂点という高みにいる存在。気軽に会いに行ける存在ではないし、おなまえは彼の連絡先すら知らない。しかし、おなまえはそれですごすごと諦めるような惰弱な精神構造ではなかった。


「トレーナーなら、チャンピオンに会いたきゃ…ポケモンリーグよね」

強い意志を宿した目で、1人呟くおなまえ。
今まで「まだ力不足だ」と自分に言って避けていたポケモンリーグへの挑戦を決意した。


全ては、彼が立つ頂に手を伸ばすために。


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