詰め込み処


 pkmn/キバナ夢@




ナックルシティに住む1人のトレーナー、おなまえは今日もルーティンワークをこなしていた。

「はぁ…今日も見れた…朝日に輝く聖地…」

そういって彼が見上げたのは、眩しい朝日に照らされるナックルスタジアムだ。毎朝のランニングも兼ねて、彼はこの『聖地』を眺めることを日課としている。
彼がこの場所を聖地と呼ぶ所以…それは、このスタジアムの主であるキバナというトレーナーの存在。
ドラゴンタイプのエキスパートであるキバナは、同じくドラゴンタイプ使いであるおなまえの憧れの象徴だった。
最初こそ彼のバトルの荒々しい美しさに惚れこんだおなまえだったが、いつしかキバナ自身にも好意を抱くようになっていったのだ。
そして今ではキバナファンの間でも一目置かれるほどの、熱烈なファンの1人として日々過ごしている。

朝日に照らされて荘厳な雰囲気を出すナックルスタジアムを背景に、ポケットに入っていたスマートフォンで自身の写真を撮る。
片手を鋭い爪のような形にし、犬歯をむき出して不適に笑うそのポーズ。キバナが写真撮影の際によくするポーズだ。
撮れた写真を眺めて嬉しそうに笑うおなまえに、通りがかった2人組の女性が声をかけた。

「あの…おなまえさん、ですか?」
「えっ、あ、そうです」
「わぁ! 本物、初めて見た! 私たち、いつもポケスタ見てます!」
「私たちもキバナさんのファンなんです」

ポケスタ――ポケスタグラムの略称で、世界中の人々が写真をアップしたりコメントを交換し合ったりというSNSサイトのことだ。
このおなまえは、ポケスタで少しばかり有名な人物だった。
彼自身がキバナのファンであり、そのキバナもこのSNSをよく利用している。そして、おなまえはそんなキバナのSNSに上げられた場所に自ら赴き、キバナの真似をして写真撮影をしたり。ある時はキバナがプロモーションを行った製品をいち早く入手して、自身のアカウントで紹介したり…と、かなり熱の入ったファン活動をしているのだ。

加えて、おなまえが有名になった理由はその外見も関係している。
ガラル地方では珍しい艶々とした黒髪に、驚くほど小さな顔。その造りも実に整っており、クールな表情の美少女のような風貌をしているのだ。
そして控えめだが穏やかで優しい人柄。そういったいくつもの要素に惹かれる人は少なくない。


「昨日のボーマンダとのツーショット、すごく可愛かったです!」
「あ、ありがとうございます…へへ、嬉しいです」

手持ちのポケモンを褒められ、心から嬉しそうにへにゃりと笑うおなまえ。
その笑顔に、2人の女性も釣られて笑みを浮かべた。

「あの、もし良かったら一緒にお写真撮ってもらえませんか?」
「は、はい、自分でよければ、喜んで」

そうしておなまえは、2人のキバナファンと共に聖地で「がおー」のポーズで写真を撮る。
二言三言会話したのち、晴れやかな表情で手を振って別れた。


「ボーマンダ。オレたち褒められちゃったよ、嬉しいね」

腰のベルトに収まっているモンスターボールに向かって、おなまえはそう呟いた。
中には先ほど話題に上がったボーマンダが入っているようで、なんだか嬉しそうにボールがカタカタと小さく跳ねた。

「さて、帰ってシャワーを浴びて…ご飯食べようか。今日は昼からキバナさまの試合を観戦するんだからね」

うきうきといった足取りで帰路に着くおなまえ。彼は数時間後にこの場所へと訪れる時を思い、心を躍らせた。





***





時は流れて夕刻。おなまえは1人、興奮気味にその手のスマートフォンをいじっていた。
人気の少ない公園のベンチに座り、先ほどまで観戦していたバトルの余韻に浸っているようだ。

【キバナさまの試合見た。最高だった。まだ手が震えてる。本当にすごかった】

まとまらない文章のまま、おなまえはSNSに観戦チケットの写真と共にその一文を投稿する。
レベルの高いポケモンバトルを見て感情が昂ぶってしょうがないのだろう。彼は紅潮した頬を両手で包み、深い深いため息を吐いた。
そして何かを思い立ち、スマートフォンを数回タップして通話を開始した。

「イブキちゃん!」
『あら、どうしたの。随分元気ね』

おなまえが電話をかけたのは、ジョウト地方でジムリーダーをやっているイブキだった。2人は同じドラゴン使い、ジョウト地方出身者として前々から仲が良いのだ。

「さっきまでキバナさまのバトルを見てたんだ!」
『ああ…例の、ガラルのドラゴンつかいね?』
「うんそう、最高だった…本当に…なんであんなに格好良いバトルができるんだろう…窮地に追い詰められたフライゴンの動き! それをしっかりキャッチして最大限に力を発揮させてあげる、キバナさまのトレーナースキル!」
『はいはい、つまりいつも通りってことね』

イブキは、おなまえが時折こうやって興奮状態のまま電話をかけて来る事にすっかり慣れていた。
おなまえがジョウト地方に居た頃は、無気力な猫のような静かさだったのに…と、電話の向こうで小さく笑う。

『アンタが楽しそうで何よりよ』
「うん、オレ、楽しい! 明日も聖地巡礼してくるんだよ。可愛いナックラーを手持ちに加えたいんだ」
『いいわね。捕まえたら、今度会ったときに見せてちょうだい』
「わかった! 今度はイブキちゃんもナックルシティにおいでよ! あ、次回のチャンピオンカップ観に来る? 多分またキバナさまが出場するよ!」
『行きたいのは山々だけど、私もジムリーダーだって事を忘れないでちょうだい。結構忙しいのよ?』

サックリと断られてしまったおなまえは、しょんぼりと肩を落とす。
同じドラゴンつかいだからこそ、キバナのバトルを友人であるイブキにも観て欲しいと思ったのだろう。

「そっか…そうだよね」
『感想ならいくらでも聞くわ』
「えっ! いいの、イブキちゃん。オレ、キバナさまの事喋りだすと止まらなくなっちゃうよ?」
『もう知ってるわよ』

毎回興奮状態で電話をかけて来ては、バトルのここがすごかったキバナさまの戦い方はここが本当にすごい真似できない! と矢継ぎ早に捲くし立てるのだ。キバナの事になると止まらないという事など、遠い昔に気付いていて当たり前だ。

「えへ…今日のキバナさまも凄かったんだよ。チャレンジャーがすごく筋の良い子でね、キバナさまもそれに釣られてテンションが上がってて」
『筋の良いチャレンジャー…羨ましいわね』
「それで、もう、ほんとに、言葉にできないくらいに格好良かったんだ!」


そうしてワァワァと一気に喋っていたおなまえだったが、ふと背後に人の気配を感じた。
興奮のあまり声が大きくなってしまっただろうか。と不安になり、背後に立っているであろう人に「すいません」と言おうと振り返る。

「よう。あんまりオレさまの事ばっかり話してるからさ、つい聞いちまったぜ」

そこに立っていたのは、おなまえがつい数秒前まで熱く語っていたキバナその人だった。

「…キ、バナ、さま?」

ずるりと力を失った腕に握られた電話。その向こうからはイブキの『あら、珍しく挑戦者だわ。また後でかけ直すわね』という、最後の声が聞こえている。
しかしおなまえの耳にはそんな声など届かない。いつの間にか通話が終了した携帯電話を握り締め、口をぱくぱくと開閉した。


「何だァ? 喋れなくなっちまったの?」
「あっ…あ、あの、あぅ、キバナさま…」

パニック状態になり完全に言葉を失ってしまったおなまえを、キバナはニヤニヤと面白そうに眺めている。そして、おなまえの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていくのを見つめた。

「すげえ、オクタンみたいだぜ」
「はわ…は…? キバナさまが…いる…喋ってる…」
「オレさまを何だと思ってんだよ。喋るっつーの」

キバナはそう言って、真っ赤になったおなまえの顔を至近距離で覗き込んだ。おなまえの「ひぇ」という小さな悲鳴を無視し、彼の華奢な顎を持ち上げてまじまじと見続ける。

「ああああの、キバ、キバナさま、なな、なに、あにを」
「あー、お前の事知ってるぜ。オレさまのファンなんだろ?」
「ひゃい!?」

混乱し続けるおなまえの脳内に、ぽこんと『本人巡回済み』という言葉が浮かび上がる。
そして、今までの熱心なファン活動を見られていたのかという事実が、更におなまえの脳内をパニック状態へと導いた。

「な、なんで知って」
「そりゃ…毎朝スタジアムの前で自撮りして、オレさまのバトルは毎試合観に来てて、プロモ商品は全部買ってくれてんだろ?」
「恥ずかしい…知られてたなんて…」
「いやー、まぁ、嬉しいもんだよな。そういうのってよ」

おなまえは混乱しながらも、目の前のキバナが嬉しそうにしている事に安心した。
彼が一番恐れていたのは、この熱烈な行動の数々をキバナ自身が嫌悪することだったのだ。
だがしかし、根っからのスター気質であるキバナは見られることや憧れの的になることに対して抵抗が無かった。それが幸いしたようだ。

ホッと安心したおなまえは少し落ち着きを取り戻し、先ほどから自分の顔を持ち上げている手を「あのぅ…その、手は…なぜ…」と遠慮がちに聞いた。


「ン? ああ、お前すぐ顔隠そうとするじゃん。誰かと喋るときは目を見て話さなきゃダメなんだぜ」
「だだだってキバナさまが…キバナさまと目を合わせて喋るなんて、自分にはできません…」
「いや、フフッ、できてたじゃねーか、今」

途端にキョロキョロと視線を泳がせて挙動不審になるおなまえに、キバナは笑みを溢し「お前、かわいいヤツだなぁ」と言った。
そんな表情を見たおなまえは再び動きを停止させ、極々小さな声で「尊…」と呟いた。

「なぁ、聖地巡礼ってどこ行くんだ?」
「あの…えと…6番道路です…ナックラーを育てたくて…」
「ああー、オレさまと同じポケモンが欲しいんだな?」
「はぅ、そ、それもありますけど、自分もドラゴンつかいなので、将来的にフライゴンが欲しいなと…」

観念して、必死にキバナの目を見ながら喋るおなまえ。
キバナも彼がドラゴンつかいであることを知っていたらしく「そういやそうだったな」と頷く。

「なぁ。この間、新しくナックラーが孵化したんだけどよ」
「えっ」
「いるか? お前」
「ナ!? そだ、エッ!? 育てたいです!!」

真っ赤な顔を輝かせて、おなまえは何度も頷く。キバナは嬉しそうに口角を上げると、ポケットからモンスターボールを取り出した。

「ほら、こいつだ」

キバナがボールを掲げると、中からオレンジ色の小さなナックラーが姿を現す。
おなまえの膝の上に出てきたナックラーは、そのキラリと光るつぶらな瞳でおなまえのことをじっと見つめた。

「はあぁ可愛い…かわい…おめめが…つぶら…」
「やっぱコイツの可愛さを分かってくれるんだなぁ、お前!」
「うええぇ〜本当に良いんですか…嬉しいです、ありがとうございますうぅ」

ナックラーを優しく撫でながら、両方の瞳からボロボロと大粒の涙を流し始めるおなまえ。
感動と混乱が入り混じってしまい、感情の制御ができなくなっているようだ。アワアワと慌てる姿を面白がっていたキバナだったが、まさか泣き始めるとは思っていなかったらしい。
珍しく戸惑いながら「オイオイ、泣くなよ。オレさまが泣かしたみたいだろ〜?」とおなまえの横に腰掛けた。

「ふあ!?」
「泣き止めってホラ、お前の大好きなキバナさまだぞ〜」
「うああぁずぎでずぅ」

おなまえを宥めるために隣に座ったというのに、その行動は全くの逆効果を発揮していた。
更に近くなった距離に、おなまえがとうとう両手で顔を覆って大泣きし始めたのだ。
どうしようもなくなったキバナが次に取った行動。それは隣で肩を丸めて小さくなるおなまえを、己の腕ですっぽりと抱き締めることだった。


「………!?」
「泣くな泣くな〜、オレさま、ファンの子が泣いてるのは見たくねえのよ」
「はっ…!? えっ…な…なにが? 起き、えっ?」

人生最大級の混乱に襲われたおなまえの瞳から流れていた涙が、一瞬にして止まった。
それに気付かないキバナはおなまえの頭を撫でながら「お前、頭ちっさいなぁ!」と感心している。

「自分は死んだんですか?」
「何でだよ」

あまりの幸せに、とうとう自身の命の有無について考え始めたおなまえ。
これは死後の夢なのではないか…と本気で考える程には判断力を失っている。
おなまえを抱き締めたままポケットからゴソゴソと何かを取り出したキバナは、ようやく体を離しておなまえにポケットティッシュを手渡した。

「ホラ、これもやるよ」
「はっ…? やさし…! あ、ありがとうございます」
「よーし、泣き止んだな。じゃあオレさまは戻るから、お前も気をつけて帰れよ」
「多大なご面倒をおかけしました…」

膝の上のナックラーを抱き締めながら、おなまえは深々とお辞儀をする。
ゆらゆらと揺れるおなまえ腕の中が楽しいのか、ナックラーはクゥクゥと鳴きながら笑っていた。

「それと、そいつの事で困ったらいつでも電話して来いよ」
「はい? で、電話?」

去り際に、キバナは人差し指をクルクルと裏返して見せる。
おなまえが先ほど貰ったポケットティッシュを裏返すと、袋の裏にはキバナのものと思われる電話番号が油性マジックで書かれていたのだ。


「ハァ〜〜〜〜〜〜無理〜〜〜〜〜!!」

ズンズンと歩き去っていくキバナの後姿を眺めながら、おなまえはベンチシートにベッタリと横たわった。
彼の腕の中のナックラーは、相変わらず楽しそうにおなまえのことをキラキラと輝く瞳で見つめていた。





【選択式の感想フォームはこちらから】