詰め込み処


 グラブル/ラカム夢




グランサイファーの操舵士、ラカム。彼はここ数ヶ月、ずっとある悩みを抱えていた。
同じ騎空団に所属するおなまえに只ならぬ感情を抱いてしまっている事だ。
騎空団に所属するもの同士で恋情を抱くのは、よくある事だ。共同生活を送りながら、互いに協力し合って困難を乗り越えるのだから、その中で恋が芽生えても何ら不思議ではない。

そんな状況下でラカムが頭を悩ませている理由。それは、ラカムが想いを寄せるおなまえが年頃の"男子"だということだった。
おなまえという名の19歳の青年。色が白く、細く引き締まった体躯を持ち、猫のように生意気そうな目をした彼。口数が多いほうではないが、決して無愛想ではない。
何よりこの騎空団で活躍する実力や優しさも併せ持っているのだ。老若男女問わず、彼は評判が良い。

この広い空の世界、同性間での恋だって無いわけではないが…相手の恋愛対象が異性だった場合、その想いは成就せず終わることが殆どだ。
おなまえが同性愛者だという話は聞いたことがないし、この騎空団には目を見張るような美女が多く所属している。

ラカムは絶望的とも言える状況の中、日に日に膨らんでいく恋情や劣情を持て余すことしかできなかった。



とある日のことだった。今日は団長からの休日宣言があったため、騎空艇グランサイファーはポート・ブリーズの停泊場に鎮座していた。
団員たちはというと、皆思い思いの休日を過ごしているようだ。その殆どが艇を降り、街中へと繰り出している。

ひと気の無くなった騎空艇では、休日返上でグランサイファーのメンテナンスをしていたラカムがぼんやりと煙草を吸っていた。
フーッと勢い良く吐き出した紫煙が、ポート・ブリーズの爽やかな風に混じって消える。そんな光景をいったい何十分見ていたのだろうか。
ラカムが持つ携帯用灰皿にはビッチリと吸殻が詰め込まれており、煙草の残り本数がかなり乏しくなっていた。

「あ〜…ちくしょう、希少品だってのによ」

彼の好む煙草はファータ・グランデ全域で流通している物とはいえ、やはり入手経路は限られてくる。
荷の流通が多い街か、この騎空団がよく利用するよろず屋くらいでしか買うことができないのだ。
そもそも航空中は騎空挺に積んだ食料・物資でやりくりしなくてはならない。いつでも好きなだけ手に入るという物でもないのだ。
そんな煙草を無意識下でこんなに浪費してしまった、そんな後悔の念がジンワリとラカムの頭を蝕んだ。

こうなったら出港前にもう一度買い足しておくしかない、とラカムがそう思った矢先だった。
誰も居ないはずの騎空挺で「コツ」と小さな足音が響いたのだ。

敵襲か、侵入者か、一瞬にして表情を引き締めたラカムが振り向いた先には、ここ最近彼の脳内を支配していたおなまえその人が立っていた。


「おあっ…」

ラカムの戸惑いが、なんとも間抜けな声となって宙に溶ける。
おなまえはその澄んだ色の瞳をパチパチと瞬かせ、調子のおかしいラカムを凝視した。
突然のおなまえの出現に驚いたラカムは立ち上がりかけた中腰のまま硬直し、更には手に持っていた携帯用灰皿を床に落としている。
勢い良くひっくり返った灰皿から、灰となった煙草がはらはらと風に舞う。

「あーあ、せっかく掃除して回ったのに」

小さくため息を吐きながら言うおなまえは、その手に持っていた箒と塵取りでラカムがこぼした吸殻をサッサと集め始めた。
そんな彼の姿を見て、ようやく硬直状態から回復したラカムがアワアワと口を開く。

「わ、悪ぃ!」
「別にいいよ、気にしないで。それよりラカム、ちょっと煙草吸いすぎじゃない?」

確実に10本以上はある吸殻を眺め、おなまえが呆れ顔でそう言う。
嗜好品とはいえ、吸いすぎれば体に毒となるだろうに。そう言いたげな表情でおなまえがラカムをじとりと見つめた。
ラカムはラカムで、まさか「お前の事で悩んでいたらこんなに吸ってしまった」などとは口が裂けても言えないため、曖昧な苦笑いで場を濁した。

「それより、お前は出かけなかったんだな?」
「うん、特に用事も無いし。気になってた所の掃除でもしようかなって」

そう言ったおなまえの髪には小さな綿埃が付いており、風を受けてふわふわとなびいている。
全く気付く気配の無いおなまえを見たラカムは、胸に謎の高鳴りが響くのを感じた。この感情を言葉にするとしたら「かわいい」としか言えない。
ラカムはついニヤニヤとしてしまいそうな口元を手で隠し、咳払いをしてからおなまえの頭部に絡みつく埃をそっと払った。

「なっ、何?」

ビクリと過敏なまでに驚き、身を縮ませるおなまえ。その小動物のような動きに、ラカムは再び胸が締め付けられるようなくすぐったさを感じた。

「いや、埃がついてたからよ」
「埃…あ、何だ、埃…そっか、ありがと」

小さな声で「埃か…」と呟いたおなまえ、何故か彼の白い頬にふわりと赤みが差す。
今度はラカムが首をひねる番だった。様子のおかしいおなまえの顔を覗き込んだラカムが「どーした?」と問いかけると、おなまえは数秒モゴモゴと言葉にならない声を出した後に「な、撫でられるかと」と言った。
ラカムから視線を外し、恥ずかしそうに斜め下を向きながら頬を赤らめるおなまえに、ラカムは三度目の息苦しさを感じた。
彼はその息苦しさを振り払うかのように豪快に笑い、わしわしと勢い良くおなまえの頭を撫でる。

「うわぁ!?」
「そうだなぁ、休み返上でグランサイファーを綺麗にしてくれたんだ。褒めてやらねえとな!」

自分の感情を隠し「良い兄貴分」になり切ろうとするラカム。彼がおなまえの目を見て「ありがとうな」と言った瞬間、恥ずかしそうだったおなまえが顔中を綻ばせて「うん」と笑った。
可愛らしくて、健気で、眩しいほどに純粋なその笑みを真正面から見てしまったラカムが、平静でいられるはずが無かった。眩暈に似たクラクラという感覚が彼の全身を襲う。
そして、ラカムの脳内にある仮説が浮かんでしまった。おなまえも、自分に恋心を抱いてくれているのではないか? と。
自分に都合の良い解釈だ、そんな筈は無い、といくら頭で言い聞かせても、勝手に早鐘を打つ胸が思考回路を停止させる。

「あ、あのよ」
「うん?」
「お前…その」

確かめたくとも、その後に続く言葉が見つからない。
お前、俺のこと好きか? なんて、とてもじゃないが聞けはしない。
かといって自分の想いを伝えることもできない。拒まれてしまったらと思うと、いつもの彼らしからぬ臆病さが姿を現してしまう。
そもそもこんなに純粋な若者に、綺麗なだけじゃない好意を寄せていること自体に負い目を感じているのだ。きょとんとした顔でラカムの言葉を待っているおなまえを見れば見るほど、ラカムの口は思うように開かなくなっていった。

「どうしたの、ラカム。何か今日、調子悪いね」
「え、ああ、そう見えるか?」
「体調不良? それとも悩み? 俺でよければ相談してよ。団長とかパーシヴァルさんに比べたら頼りないかもしれないけど…俺だって、ラカムのために何かしたいから」

そう言ったおなまえは真っ直ぐにラカムの目を見つめ、力強く拳を握る。素直に自分を心配してくれるおなまえにラカムが感じたのは、行き場の無い愛おしさだった。
何ヶ月も耐えていた気持ちが雪崩のように溢れ出し、ラカムは衝動のままにおなまえを己の腕の中に引きずり込んだ。

時が止まったかのように静まった二人。ラカムは腕の中で大人しくしているおなまえの感触や匂いを記憶に刻み付けていた。夢にまで見たおなまえとの距離、こんなチャンスはもう二度と来ないと思ったからだ。


しかし、ラカムが腕を緩めた時だった。離れかけた体を再びくっつけるように、今度はおなまえがラカムの背中に両腕を回して力いっぱい抱きついたのだ。
予想だにしないおなまえの行動に、ラカムは「どっ、お前、ど、どうした」と分かりやすくうろたえた。

「だって、離れたら、もったいないって思って、その、俺、嬉しかったから」

たどたどしく、単語を繋げただけの言葉で紡がれた彼の気持ち。それはラカムの感情を高揚させるには十分すぎるものだった。
ラカムの胸に顔を預けたままのおなまえだったが、彼の首筋や耳に至るまでが真っ赤に染まっている。ラカムは、それらが意味するものを感じ取れないような野暮な男ではない。

黙ってしまったおなまえを再び抱きしめ、今度はゆっくりと小さな頭を撫でた。


「一応聞くが、嫌じゃねえんだな?」
「…今言ったじゃん、嬉しいって」
「そうか」

自分がこの青年に抱いている気持ちと、彼が自分に対して抱いている気持ち。
それが完全に一致しているかどうかはまだ分からないが、今はこれで十分だと、これ以上無いほどに幸せだとラカムは思った。

「あー、とりあえず、飯でも行くか?」
「…うん、行く」
「それから、煙草買いてえな」
「付いてく」
「ついでにどっか寄りたいとこ、あるか?」
「ラカムと二人で、どこでもいいから出かけたい」

パッと顔を上げたおなまえは、赤くなった頬を隠しもせずにそう言う。好きな相手に猪突猛進になれるのも、若さゆえなのだろうか。
その真っ直ぐさに救われたラカムは、安心したように柔らかな笑みを見せる。不敵な笑みを浮かべることは多いが、こうしたリラックスした表情は珍しい。

「じゃあ出掛けるか。まだ半日はあるしな」
「うん。あ、でもラカム、あんまり煙草は買いすぎちゃダメだよ」

目ざとく注意するおなまえに、ラカムが苦笑いを浮かべて「口寂しいとな〜…つい火ぃ点けちまうんだよ」と言い訳をした。

「…俺が口寂しいの、紛らわせてあげようか」
「ばっ、か、お前、どこでそういう台詞覚えて来んだよ?」
「ラカム、俺19だよ? そこまで子供じゃないよ」

グランサイファーを降りながら、おなまえがそう言う。確かに19歳は未成年ではあるが、子供ではないことは確かだ。
ラカムは彼の言葉を聞き、ニヤリと不敵に笑いながら「へぇ、子供じゃないなら遠慮もいらねえな?」とからかいの混じった声色で言った。
おなまえは数秒考え込み、その言葉の意味を理解したのだろう。先ほどよりも赤い顔で「ちがっ! や、やっぱ多少は子供でいい…」とそっぽを向いた。



この日、おなまえが休日を返上してまでグランサイファーの掃除をしていたことも、全ては憧れるラカムに褒められたい一心からだということ。それをラカムが知ることになるのは、これから数日後のことだった。






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