詰め込み処


 第6話




2日前、ネオアンブレラという組織の売人からウィルスを押収することに成功した降谷達。彼らは、多方面への報告書やレポートの作成に追われていた。元々デスクワークが苦手なクリスは大量の報告書作成に四苦八苦した挙句、要点のみ纏めたものをピアーズに投げていったようだ。クリスに代わってピアーズがパソコンと向き合って、難しい顔をしている。
降谷はというと、デスクワーク自体は苦手ではないが聞き慣れない用語が多い分、データベースと事実を照らし合わせながら進めなくてはならないためタイムロスが非常に多かった。ただでさえ何でもかんでも書面にしなくてはいけない日本という国の公安警察なのだ、彼の作成しなくてはならない書類は今回の一件だけでも山のようにある。
みょうじはというと、さっさと極東支部への報告を終えて優雅にコーヒーを飲んでいる。先ほどピアーズがスターバックスに寄って買って来たものだったが、喫茶ポアロのお気に入りの味に慣れてしまったみょうじが「苦い…」と不満げに文句を垂れたものだった。

「それでもちゃんとシロップ追加してもらったんだぞ」
「ショット、少なくしてくれてない」
「ああしてない。細かい事言うな」

態々買ってきた物に文句を言われたピアーズだったが、慣れた様子でみょうじの不満を受け流す。降谷はピアーズが買ってきたアメリカンを飲みながら、穏やかに笑って「君はミルク多めが好きでしたもんね、ハウンド」と言う。みょうじは尚更彼のコーヒーが飲みたくなったのか「これが片付いたら、久しぶりにポアロに行きますね」と返した。

「それより、フルヤは休憩しないのか? さっきからぶっ通しだろ」
「ええ、仕事が3日4日続くことも少なくありませんし、このくらいは」
「ウゲェ…日本人ってマジでそうなんだな」
「私はしない」
「知ってる」

こういった任務が終わると、必ずロングバケーションを取得するみょうじ。彼女は有事の際にこそ真価を発揮する能力の持ち主なので、日々のデスクワークはある程度免除されているのだ。元々がストイックな性格をしているので、訓練やトレーニングなどは自主的に行っているようだ。
確かにデスクワークの腕も良いが、根を詰めすぎていざという時に動きが鈍ったらそれこそ任務に支障をきたしてしまう。エージェントとして優秀な彼女だからこその措置である。

「降谷さん、レポートならば私の作成したものがありますので、それを流用することも可能です」
「良いんですか?」
「はい。それと、B.S.A.A.から日本の公安へ『こちらの後処理や手続きもあるので、あと一週間は時間が必要』と伝えてあります。降谷さんの作業スピードならば、3日程度は休息が取れるかと」

自身の作成したレポートのデータを渡しながら、テキパキと伝達をするみょうじ。ちゃっかり降谷の分の休みまで確保しているあたり、休みを取得し慣れているのが見て取れる。
降谷はその気遣いにジンワリと感動し、つい「ハウンド、やっぱりうちで僕の部下として働きませんか?」と漏らした。

「確かに元々は警察を目指していましたが、日本は公務員ですら色々とブラックなので嫌です」
「ハッキリ言いますね。しかし、よく公安部に一方的に主張を通せましたね? 日程を短くしろと要求されたでしょう」
「大丈夫ですよ、クリスに通話して頂きましたから。あの人、言葉の裏側を読み取るのって苦手なので」
「ああ…」

日本人の、言葉に逆の意味を含ませた物言いはアメリカ人には通じにくい。イギリスやフランスであれば皮肉文化が根強いため、通じやすくはあるが。
降谷は『時間を短縮して降谷零を早くこちらに戻せ』という要求を含んだ「そちらの作業にそんなに時間がかかるのか?」という問いかけに対して「ああ、かかる!」と素直に頷くクリスの姿が容易に想像できた。

「だから、多少休憩しながらでも時間の猶予はありますよ」
「それがわかると、もっと早く終わらせて休暇をゆっくり過ごしたくなりますね」
「ええ…」
「フルヤ、オーバーワークに慣れすぎてないか?」

猛烈な勢いでキーボードを叩き出した降谷に、みょうじもピアーズも顔を引き攣らせた。

「そういえば、取り調べ中の売人から少しずつ情報を引き出せているらしいな」
「思ったよりも口を割るのが早かったですね、何て言ってるんです?」
「ウィルスの研究施設がパンク寸前で、早いとこウィルスやB.O.W.を手放してしまいたかったらしい。ネオアンブレラの幹部は数年前に全員死亡しているから、とうとう管理しきれなくなったんだろ」
「パンク寸前って、あまり良い状況ではありませんね。早いところ所在を突き止めないと」

降谷が眉をしかめてそう言った瞬間、ピアーズとみょうじの携帯電話が同時に鳴り響いた。みょうじは「イヤな感じがします」とため息を吐き、ハンズフリーで通話に応じた。

「はい、ハウンド」
「俺だ。北部にあるフィンヴィレッジという農村でバイオハザードが発生、ネオアンブレラの残党がいた研究施設が原因だ。至急現場に向かう、準備をしてエントランスで待機していてくれ」

携帯電話からはクリスの真剣な声が響き渡る。ピアーズも同様の件で招集がかかったのだろう、スタスタと部屋を出て行った。

「クリス、僕もそこに同行することは可能ですか?」
「フルヤか? 不可能ではないが、君にメリットなんて無いと思うが」
「2日前の一件で、僕は大した戦力になれず終いでしたから。対処法を学んでおきたいんです、こんな恐ろしいものが日本に入ってきてしまった時のために」
「そうか…正直、動ける人員が足りていないから助かる。フルヤ、君とハウンドで臨時のS.O.A.として動いてほしい」
「了解しました、ありがとうございます」

今回の事件の指揮権がクリスにあるお陰で、すんなりと同行に許可が下りた。みょうじは降谷と共に準備をするべく、早歩きで武器の格納庫へと彼を案内した。


格納庫の中はありとあらゆる武器で一杯だった。壁一面にかけられた銃火器、棚には銃弾や手榴弾いりの箱が山のように積まれている。
降谷はその中から銀色の銃身に黒いグリップの拳銃を手に取った。ベレッタM84という銃で、日本では麻薬取締官の持つ銃として採用されているものだ。降谷が普段から使っている拳銃と似た作りのものなので、これならば咄嗟の時に素早く使えるだろう。

「目ぼしいものは見つかりましたか?」

そう言って格納庫に入って来たみょうじは、短時間の間に着替えを済ませてきたようだ。ピッチリとした厚手のボディスーツではあるが腕や足が出ていて、クリスやピアーズのような防具は見当たらない。彼女はボディスーツの上から装着したガンホルダーとナイフに加え、いくつかの手榴弾や爆薬を棚から取った。

「ハンドガンだけでは威力に不安があるので、高威力の武器は何か持って行くと良いですよ」
「どれも扱った経験が無いので、何とも…」
「降谷さんは見た目の割に腕力がありますし、大型拳銃はどうですか? いわゆるマグナムです」

みょうじがそう言って手渡して来たのは先ほどの拳銃と似た色の大型拳銃、デザートイーグルだった。これならば使い方自体は普通の小型拳銃と変わらないし、特にこのデザートイーグルは自動拳銃なので弾を装填する時も素早く行えるだろう。

「こっちにあるのはリボルバー式なので、戦場で手間がかかるのは危険ですし…自動拳銃で構いませんか?」
「僕にこだわりは無いので、使いやすい方で構いません」
「じゃあこれと、弾薬は大目に持って行った方が良いです。あと、小型でいいのでナイフも。何かと役立ちますから」

次から次へと手渡される銃やナイフを抱えた降谷は、自前のガンホルダーではこの大型拳銃が仕舞えないという事を思い出した。ナイフを差し込んでおくホルダーも無い。
それを言うと、みょうじはキョトンとした顔で「まさかその恰好で行くつもりだったんですか?」と返した。
今の降谷は、スーツの背広を脱いだままの姿だった。前回の任務はウィルスの取引と言う名目だったためスーツだったが、今回はバイオハザードの鎮圧が目的だ。彼のこの軽装では呆気なく攻撃を受けてしまうだろう。

「T-ウィルスは噛まれるだけでなく、爪で引っかかれただけでも感染します。B.S.A.A.のものですが、装備を用意してあるので着替えてください。隣の部屋に移動しますか?」
「ああ、いえ、後ろを向いていてくれればそれで。しかし、君はその恰好で良いんですか?」

降谷がそう言うのも無理はない。クリス達が着ていた隊服は防刃加工が施されていてかなり厚手だったし、その上から防弾のベストや膝あてを棒着していた。だが彼女は、普通の布よりも多少は厚手素材のボディスーツではあるが、それだけだ。袖も丈も短く、ホットパンツのようなつくりになっているため、太ももが大胆にも丸々出てしまっている。

「私は動き易いものが好きなので」
「かすり傷でも感染するんでしょう?」
「いえ、私やクリスはT-ウィルスに対して抗体を持っているので、感染はしません」

みょうじの言葉に、降谷は着替えの手を一瞬止めて「抗体?」と聞き返した。狛江は降谷に背を向けたまま説明を続ける。

「T-ウィルスは、10人に1人の割合で完全な抗体を持つ人がいます。最も、抗体を持つだけでは喰い殺されてしまうのですけど」
「なるほど…じゃあ致命傷さえ回避すれば大丈夫なんですね?」
「はい、そういう事です。私は防御よりも回避が得意なので」

そうは言っても、全ての攻撃を回避し続けるなんて並大抵のことではない。それができるのだから、彼女の身体能力と危機回避能力がいかに高いのかがわかる。降谷は彼女と会話しながらも、着慣れないミリタリーユニフォームの上から防弾ベストや防刃素材のネックウォーマーを装備した。

「OKです、着替え終わりました」
「似合いますね、降谷さん」

緊張をほぐすためか、珍しく軽口を言いながら格納庫を出るみょうじ。降谷もその後に続いて部屋を出る。
いよいよ、本格的なB.O.W.との戦いが始まる。降谷はジンジンと熱くなる手をギュッと握り、心の中で「任務に対してこんなに緊張するのは、いつぶりだろうか」と呟いた。



***

第6話 補足


【ベレッタM84】
通称チーターと呼ばれる自動式拳銃で、日本の麻薬取締官が使っている。

【デザートイーグル】
拳銃としては最も口径の大きい銃部類の銃で、尚且つ安定した射撃が行える。マグナム弾を使用する大型拳銃は圧倒的にリボルバー式の方が多いが、この銃は珍しくオートマチックであるため人気が高い。
映画やアニメなどにもよく登場する銃で、映画版バイオハザードではジル・バレンタイン、カルロス・オリヴェイラ、L.J.、アルバート・ウェスカーとかなり使用人数が多い。ゲーム版ではレオン・S・ケネディがバイオハザート2で使用していた。
ちなみにデッドプールは映画において、この高威力の銃を二丁拳銃として持っている。




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