詰め込み処


 刀剣カウンセリング1





篠谷 伊月 
しのや いづき

審神者としての才に目覚めたが、霊力はそこまで高くは無い。
信心深いので「普通の人間として育った自分が神の力を使う」という事に抵抗を感じ、辞退する。
その後は役所勤めとなり、総務部本丸改善課へと着任する。







総務部本丸改善課。そう呼ばれる、少数人構成の課がある。

新設されたばかりの課ではあるが、仕事量は他の部署の何倍にも及ぶ、と異動してきた先輩が吠えていたのを聞いた事がある。
それもそうだ。今まで他所でたらいまわしにされてきた面倒事や、ボーダーラインが曖昧で宙ぶらりんになっていた雑務などが寄せ集められる場所なのだから。
本丸改善課、などというふんわりとした名称も問題だ。もっとこう、明確にしてほしかった。

当初の予定では、私達は「ブラック本丸撲滅」または「政府担当者による審神者への妨害、パワハラ、セクハラなどのコンプライアンスライン」の二つに重きを置く予定だったらしい。

確かにまあ、そういった内容の仕事も少なくは無い。
特に後者においては、被害報告が相次いでいるのだ。特に若年の審神者、女性審神者からのSOSが多い。
その中の3割ほどは「こんなにきつい仕事だとは思っていなかった」だの「担当者の小言がうざい」だのといった只の文句であったりもするが。


無駄に幅広い仕事内容。それが積もり積もって、所員全員が息も絶え絶えなデスマーチを行進することもよくある。私もつい先日、連日連夜徹夜アリ泊まり込みアリのデスマーチを抜け

だし、ようやく日常が舞い戻ってきた。といった今日この日。

私の本能が嫌って止まない上司から、新たな施策の中心となってほしいというお達しを受けたのだ。



「詳しい事はここに書いてあるけど、簡単に言うと歪んじゃった刀剣を再教育して、また戦えるような精神状態に戻すってことだねえ」
「再教育って…」

いやいや、相手は仮にも神様だよ? 人間が神様に対して再教育ってそれは流石に不敬ってものではないんですか課長。

「審神者が教育に失敗した刀剣をこちらで預かり、鍛え直す。君は審神者の力があるにも関わらず辞退したそうだね? 適任じゃないか」
「私は、神様の力を人間の都合で使う事が嫌だから、お断りしたんです」
「まあまあまあ、やりもせずにNOと言うのはさぁ。君、社会人としてどうなの」

この上司、まったくこちらの意見を聞くつもりがない。どうせこの仕事も、上から言い渡されて安請け合いしてきたのだろう。
だったら自分でやれやボケコラカス!!! とは言えないのが社会人の悲しい所だ。
私は嫌味を込めて思いっきり、やけくそのように笑顔を作る。どうも、にっかりみょうじです。

「ははは、みょうじならやってくれると思ってたよ」

悲しいかな、若者のささやかな皮肉はこの中年男性には通用しなかったらしい。
彼は私が心を入れ替えて快く引き受けたと思っているかもしれない。豚畜生めが。死んでしまえ。



***



「みょうじさぁん、例の刀剣預かってきましたよぉ」

語尾を伸ばした喋り方で私に話しかけるのは、後輩の女性職員であるミヤコさん。
宮子さんでも美也子さんでもなく、都さんだ。生憎私と彼女は、名前で呼び合うような仲良しこよしではない。

今日もバッチリ内巻きにカールしたミディアムヘアがさらさらと揺れている。
この激務続きの改善課で、何故か毎日アフターファイブを謳歌している謎の人だ。どこぞにコネでもあるのだろうか。

彼女はガラガラと引いていた台車をこちらへ向ける。
そこには、業務用の青いコンテナに山と積まれた日本刀が鎮座していた。
いや…この運び方って…と、突っ込みたい気持ちを押し込めた私に、ミヤコさんはしれっと紙束を読み上げる。

「えっとぉ、なんか審神者がパワハラし過ぎたらしいですよぉ。んで刀剣から危害を加えられたため全振政府預かりになったんですってぇ」
「それパワハラってレベルじゃなくない?」
「リストあるんで見てくださいねぇ。まだ短刀も脇差もごっちゃなんでぇ、マーカー引いてあるやつが再教育指示出てるやつです」

つまり、仕分けも私がしろという事か。日本刀の扱いなんか講習で習ったきりなので、不安しかない。

「マーカー引いてない刀剣は、どこへお持ちすればいいの?」
「さぁ? 折っちゃうらしいですよぉ」
「はぁ!?」

あまりにもさらりと言われた言葉に、私は思わずミヤコさんを凝視する。
彼女は何食わぬ顔で「詳しい事は知らないですけどぉ」とだけ返す。

「折っちゃうって、あんまりじゃない?」
「私に言われてもぉ…あっ、副課長〜! なんか、みょうじさんが聞きたい事あるらしいですよぉ」

ミヤコさんの呼びかけに反応して、副課長がこちらに歩いてくる。
この女、よりによって私が嫌いなクソ上司その2を召喚しやがった。課長よりも幾分若いこの副課長は、私が出会って来た中で最強最悪のパワハラ野郎なのだ。


「あ?」

それ見たことか。そもそも第一声が「あ?」の人にいい人など居ない。

「あの、再教育プログラムの件で…マーカーの引いてない刀剣が刀解処分とお聞きしたのですが」
「当たり前だろ、上が色々考えて指示出してんだよ。短刀にそこまで資源とコストかけて再教育しても、実戦ですぐ折れんだろうが」
「それは使い手の問題では…」
「お前は言われた事だけやってりゃいいんだよ! 言っとくけど持ち出したら横領罪だからな。ボロ剣盗んでムショ行きになりたきゃやれよ」

臓腑の奥底から溶岩でも湧き出しているような気分だ。腸が煮えくり返る程度の騒ぎではない。

確かに、この男の言っていることは人間目線では正しいかもしれない。
でも、その人間が神たる彼らを荒御霊へと貶めた張本人だというのに、コストを掛けたくないから刀解するとはどうだろう。

今すぐにこの刀剣全振りを顕現させ「全員斬り殺してしまえー!」と命じたい気分だ。
このパワハラクソ上司の首を捻れるならば、その後で私が殺されたとしても本望だとさえ思える。

いやいやいや、一時のテンションに身を任せるのは危険だ。


悲しいかな、私も社会人。

就職難のこのご時世に生まれ、幸運にも公務員としてそこそこの給金をお国から頂いている身分だ。
ここでキレたら私が20年ちょいちょいかけてきた人生が台無しになる。ここまで私を育ててくれた両親への恩返しだって、まだできていないのに。今はその時じゃない。耐えるんだ。

とりあえず、この再教育プログラムを上手く遂行すれば、私にもいくばくかの発言権が与えられることだろう。


それまで、耐えるしかないのだ。
末端役人とはかくも辛い。




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