詰め込み処


 一撃目








『過去に審神者二名が殉職した要注意本丸で、新たな審神者が就任してから三ヶ月経った。一部の刀剣からは未だ反感を買っているものの、三代目の審神者は殆どの刀剣を本来あるべき姿に戻し、本丸を健全な状態で維持している。』



定例報告書を書くための文書ファイルに、そう打ち込んでから次の文章を考える。
小型のノートパソコンとにらみ合っているのは、政府指定の制服を身に付けた小柄な女性、小町だ。

今日は久々に自身の部署へと出勤し、いくらか溜まってしまった書類と格闘しているようだ。


その中の一つに『要監視』とされていた本丸の定例報告書もあった。
三月が経った今も大きな事件は起こらず、それどころか中々に良い戦績も残しているらしい。
今まで良い審神者に巡り合わず、問題を抱えた本丸ばかりを押し付けられてきた小町が、漸く通常業務を進められるまでになったのだ。



「やあ、久しぶりだね、小町さん!」

明朗快活を音にしたような、朗らかな声が響く。
小町が振り向くと、そこには黒い髪をキッチリと撫でつけた、いかにも真面目そうな青年がニッコリと笑みを携えて立っている。

「あ、お久しぶりです、陽さん。長いこと留守にしてしまって、スミマセン」
「いやあ、君が気にする事じゃあないよ! 何せ君は、あの要監視本丸の立て直しに成功したんだろう? 素晴らしいことさ!」


ヨウさん、と呼ばれたその青年は小町の同僚だ。
彼も仕事の途中なのだろうか、片手に書類の入った茶封筒を抱えている。

小町はと言うと、真正面から褒められたというのに、何故か表情が芳しくない。
話の内容と言うよりは、この青年に対してあまり良い感情を抱いていないようだ。

しかし青年――陽は、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、特に何も言及することなく話を続けた。


「君の、本丸を立て直そうと言う熱意はとても凄かったよ。やはり、一度倒れてしまったものにもチャンスを与えなくてはいけないね!」
「あ、いや、私はその、そういう本丸ばかりを押し付けられ・・・聞いてます?」
「君は主に歪んでしまった本丸を健全な状態に戻すことに取り組んでいるようだけど、僕は少し違うんだ。知っているかな、審神者再教育システムの話は何度か議題に出した事はあったと思うけれど」
「あのう・・・」

小町の返答を一切聞かず、自身の話ばかりをすすめる陽。
これでは、ビシリと言い返すのが苦手な小町が嫌な顔をする筈だ。

そもそも小町は好き好んでブラック本丸ばかりを担当しているわけではなく、厄介な本丸を抱えたくない同僚や先輩に押し付けられた結果、そうなってしまっただけ。
今回の事もスカウトした審神者がたまたま、物理でどうにかできる人材だったから立て直しに成功したのだ。
それを、自ら進んでブラック本丸を担当したかのように言われるのは、些か真意ではないだろう。


「そこで、君に一件依頼したい案件があるんだ!」
「いやっ・・・私は今の本丸でちょっと手一杯かなぁ、って」
「この審神者なのだけれどね」
「聞いて!」

この男、見事に小町の話を聞いていない。
驚くほど鮮やかに、彼女の発言権をはく奪した彼は、抱えていた茶封筒からズルリと書類を引き出した。

履歴書のような様式のそれは、審神者の管理台帳の一ページのようだ。
写真欄にはなんとも美しく優しげな女性の写真が貼られており、過去の本丸の様子や戦歴、手に入れた刀剣などのデータが事細かに記載されている。


「とある事情で一度審神者を解任されてしまったのだけれど、本人に反省の意識が見られるというので、僕の所まで再教育の話が上がって来たんだ」
「それはよかったですね・・・でも私」
「そこで、君の所の本丸に彼女を任せたいと思ったんだ。そちらの審神者も新米だろう? だからこの彼女から先輩として学ぶ点もあるだろうし、きっとwinwinの関係を築けると思うんだ」
「いや全然winwinじゃないです、いらないです」
「課長には既にお話を通しているから、あとはここに印鑑を貰えるかな? 提出期限は明後日だから、明日には僕の所に欲しいな」

驚くことに、彼は既に外堀を固めて来ていたようだ。
小町はあんぐりと口を開き、目の前の青年を化け物か何かを見るような視線で見つめた。
まるで人の話を聞かないどころか、この男は端から小町の意見など聞くつもりも無いのだろう。
兎に角自分の案件さえどこかに押し付けてしまえるならば、誰でも良い。いや、だからこそ押し付け易そうな小町のところへ来たのかもしれない。


ひらり、と記入済みの書類が小町のデスクに舞い降りる。
小町の脳内には、それに対する不安感よりも、あの審神者にこの一件をどう説明しようか。それだけがグルグルと渦巻いていた。





















「大変大変、まことに、申し訳、ございませんッッッッ!!!!!」


ズシャァ、と地面に五体投地しながら、小町が叫ぶ。
土下座ですらないその行動に、流石のおなまえですらポカンと呆けてしまっている。

二日ぶりに小町が本丸へ来たと思いきや、門前で出迎えた瞬間にこれなのだから。おなまえも刀剣達もまばたきすら忘れる筈だ。



「いや、何してんのコマさん」
「いえ・・・もう・・・命さえ助かるならば・・・全身に馬糞を投げられても構いません・・・」
「ごめん何言ってっかわかんねーわ」

地に伏せたままモゴモゴと話す小町に、おなまえは眉間に皺を寄せる。
そして、後ろに控えていた堀川国広へと視線を向けると、顎で小町の方を指す。

ハッと我に返った堀川が、小町の元へ駆け寄って行く。


「おい! てめーはまたそうやって、国広を顎で使いやがって・・・!」
「あ? おはようからおやすみまで堀川が居なきゃ何もできねえ和泉守バブ定が何様のつもりだよ?」
「バブ定!?」

ここぞとばかりに審神者に牙を剥く和泉守に、ドスの利いた声で言い返すおなまえ。
二人から一歩離れた所では、歌仙兼定が「その呼び名は僕まで余波が来るからやめてほしいな」と静かに呟いている。

「えっと、とりあえず中へ入ってください、コマさん」
「うぐう・・・最近堀川さんもコマさんって・・・小町ですぅ・・・」
「まったく、女人が泥だらけになってどうするんだい」

地に伏せる小町を、堀川と歌仙が力ずくで起こす。
両脇から腕を捕まれ、捕えられた宇宙人状態のまま、彼女は本丸の中へと運び込まれていった。





中に入り、茶を飲み、小町が正気を取り戻してから。
彼女は鉛のように重く感じる胃を擦りながら、なんとか事のあらましをおなまえや刀剣達に語った。

漸く落ち着きを取り戻したこの本丸に、以前ブラック本丸を作り出した問題のある元審神者が来ることになってしまったと。
再教育にあたり、いくつか設けられている条件をクリアする必要がある。ひと月の実地訓練をし、そこで担当役人と現審神者の承諾を得、更に試験に合格することで再度審神者として正式な雇用を受けることができるのだ。

受け入れ先にしてみれば、多少の謝礼はあるが、それ以上にリスクとデメリットの多いこの施策。
おなまえが聞いたらさぞ怒り狂うだろうと予想していた小町だったが、彼女の不安はどうやら杞憂に終わったらしい。


「へぇ、いいよ」

あっさりと。驚くほどに呆気なく承諾の言葉が発せられたのだ。

「い、いいんですか・・・」
「うん」
「ほんとに・・・?」
「良いっつってんだろ」

まるで「これは私の作り出した幻覚なのだろうか」とでも言いたげな小町に、おなまえは少々苛立った様子でそう返す。
小町が恐る恐る承諾の訳を問うと、おなまえはさらりと「昔はよくやってたから」と言った。


「割とデカいチーム・・・ほら、族の頭やってたからさ。舎弟は百人単位で居たし」
「ああ、あの空き地に集まってた、怖いお兄さんお姉さん・・・」
「あれに比べりゃ大人しいモンでしょ」

確かに、赤だの金だのに染髪し、顔やら腕やらにタトゥーを彫り、口だの鼻だの眉だのにピアスをボコボコつけた若者と比べれば、この元審神者が大人しいことは間違いない。
おなまえが敵わないような存在にも見えないし、この本丸ならばもしかすると何事も無くひと月を過ごせるかもしれない。


「んで、そいつって何で再教育されてんの」
「それが・・・個人情報とかで詳しい事案は教えてもらえないんです。あまりに目に余る行いをしたのであれば、再教育すら承認されないので、そう大したことはしてないと思うのですが・・・」
「・・・彼女や政府にとっては大したことでなくとも、その本丸に存在した俺達にとってはどうだったのだろうな」

小町の言葉に引っ掛かりを感じたのか、今まで静かに座っていた三日月宗近がぽつりと呟く。
たしかに、人間と付喪神である彼等の尺度はまるで違う。人間が何とも思わない行為であっても、彼らにとっては害になることだって少なからずあるのだ。
小町は三日月の言葉を聞き、焦った様子で頭を下げた。

「すっ、すみません、私はあの、決して刀剣の皆さまを軽んじたつもりは・・・」
「いや、気にするな。意地の悪い聞き方をしてしまったな」
「・・・そいつが何か仕出かしたんなら、叩き直すなり審神者候補から降ろすなりすりゃいいけどさ」

互いに謝り合う小町と三日月を尻目に、おなまえが低い声で語る。

「もしそいつが被害者だったんなら、間違いなく再発するよ」
「え・・・」
「前にコマさんが言ってたじゃん。刀剣が審神者を愛してそっちの世界に引き込む事があるってさ」

そういった事例も、確かに存在する。

審神者が刀剣たちに心を砕き過ぎてしまい、彼らに恋情を抱かせてしまうといった話は珍しくない。
それだけならまだ救いはあるが、更に隙を見せたり、彼らに気があるような素振りをしてしまったらどうなるか。想像するに容易いことだ。

そしてそういう人種は、男女問わず現代にも居る。
態と思わせぶりな態度を取って、不特定多数の異性を振り回す人物。
その振る舞いのせいで悪質なストーカーやらに目を付けられる。といった事件も時折耳に入るくらいだ。


「そう言う人間ってさ、確かに悪事はしてないワケよ。でも結局、自分にも悪い所はあったとか言いながら腹ん中じゃ『本当に非があるのは相手側だ』って意識がある。だから改善しない」
「ふむ・・・以前の俺達がそうだった。自分たちは人間に虐げられた被害者だから、態度を改めるべきは人間だと思っていたなあ」
「お前達の場合は瘴気だかのせいで人格歪んでたのもあったけどさ。まあ、そこも含めて様子見とくわ」

今までになく真剣に、思慮深く意見を述べるおなまえ。
普段の粗暴な振る舞いとはまったく別物なその姿に、小町はほう、と安堵の息を吐く。

腕っぷしの強さだけでなく、こんな面倒見の良い一面もまた、彼女がチームのリーダーとやらに据えられた所以なのかもしれない。


小町は、先行き不安だったこの案件も、この審神者ならばやり過ごしてくれるかもしれない。というひと筋の希望を見た気がした。
それが実現するか否かは、まだ誰も知らない。






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