詰め込み処


 四発目









審神者と刀剣達が大暴れしたせいで、至る場所がボロボロに壊れてしまった本丸。

その中で、壊れるようなものがなく、比較的無事に残っている場所。
池のある中庭に、ぽつんと一人の刀剣男士が佇んでいた。


白い髪に、萌木色の瞳をした蛍丸だ。
いの一番に手入れを受け、傷が直った彼は、その手に何かを握りしめながら無言で池を見つめている。

そこは、蛍丸のお気に入りの場所であった。
夕暮れになると、稀に蛍がちらちらと飛び回るのだ。
最も、ここ数ヶ月は瘴気のせいで池は濁り、見る影も無くなってしまっていたのだが。

今ではおなまえの霊気で浄化されたのか、その池も元通り底まで澄み切った美しい水に戻っていた。




「おーい、蛍!」
「国俊・・・」

そんな彼の元へ、愛染国俊が駆け寄ってくる。
彼はかなり後ろのほうに並んでいたはず、と蛍丸が思案していたが、愛染は構わず蛍丸へと話しかけた。

「調子どうだ?」
「うん、いいよ」

蛍丸が素直にそう答えると、愛染は嬉しそうににかっと笑う。

「なあ、傷が直っただけじゃなくてよ、なんかこう・・・腹の底がスッとしたよな!」
「そうだね。不思議なくらい、気持ち悪いのがなくなってる」
「あの審神者が言った通りだったなー」

瘴気が抜け、心身ともに清浄な霊力に満たされた。
そんな体の変化を、刀剣達も身を以て体感しているらしい。

彼ら以外の刀剣も、瘴気に侵されていた時の自身を思い出しては、何故自分はあんなにも歪んだ考えをしていたのか、と驚愕していた。


「あっ、蛍もそれ貰ったんだな!」
「・・・これのこと?」

そう言って蛍丸が愛染に見せたもの。
ずっと手の中に握り込まれていた、一つのお守りだった。

鶸色――ひわ、という鳥の羽の色を模した色らしい。
緑がかった黄色は、蛍の光に良く似ていて、何よりも蛍丸の瞳の色と酷似していた。

「なんか、全員にくれてるらしいぜ」
「へぇ・・・」

自身の懐を探りながら、愛染がそう伝える。

彼の言うとおり、おなまえから手入れを受けた刀剣達は皆、揃ってお守りを手に持たされていた。
彼らが使用するお守りは、勿論ただの祈願のためのものではない。
審神者にも作り出せない特別な力が宿ったそれは、刀剣の命そのものを守るという大変な役目を果たすものだ。

もちろん高価で、おいそれと入手できないはずのそれを、全員分。おなまえは用意していたのだ。
そしてそれを惜しむことなく、全ての刀剣に分け与えている。それが、彼らにとって驚くべきことだった。


昔、以前の主がまだ優しかった頃。貴重なお守りは、持つ者が限られていた。
近侍であったり、古参の刀剣であったり、刀として希少価値が高い者であったりと、選ばれし者だけが手に出来るもの。
なのに、それを一振り一振りに配るなんて。と、刀剣達は思っていた。

愛染も同様にお守りを受け取ったようで、つるりと傷の無い手に真っ赤なお守りを乗せて「俺の!」と言った。


「色、違うんだ」
「おう! 俺のは赤っつーか、えっと、猩々緋って言うんだってよ」

その名の通り、酒に酔った猩々を表現する色の一つで、真紅よりも深く、それでいて決して鮮やかさは失わない見事な緋色。
愛染の姿によく似合ったそれを、蛍丸もどこか嬉しそうに眺めた。


「ねえ国俊、あの人ってなんなんだろう」
「審神者か?」
「うん。物凄く乱暴だし、品は無いし、目つきも怖いのに、妙なところで優しくしてくるじゃん」

蛍丸は、冷静になった頭で考え込んでいたことを打ち明ける。
愛染もまた同じことを疑問に思っていたのだろう、彼の問いかけにただ頷いた。

「ああ・・・確かに」
「あの人が怒った時も、俺があの小さい女の人に刀を向けたからでしょ?」
「でも、多分あの人は自分に刀向けられても怒るぜ」
「そうだけどさ」

確かに、おなまえは優しいところがある。
自身の元に初めて小町が会いに来た時も、決して無碍に扱わず、その話をきちんと聞いて審神者になったのだ。
それに彼女の澄んだ霊力。おなまえが心の奥底で、彼らを神として崇めている証そのもの。

付喪神とはいえ、れっきとした神である彼等を冒涜するようならば、その身はみるみるうちに穢れて行くのだから。


だが刀剣として生まれ、審神者に恵まれなかった彼等は、おなまえの複雑な性分を言い表すだけの言葉を知らなかった。
心に答えは既に出ているのに、言葉として上手く表現できず、いまいちしっくりと来ないのだろう。

「あの人の霊力が体に染み込んだとき、俺、ほっとした。体中を巡ってたあの気持ち悪さが消えてさ」
「な! あれが瘴気ってヤツだったんだなー。俺達、知らない間にあれを吸い込んでたんだっけ?」
「うん。それに、あの人の霊力、すごく澄んでて・・・」

先程から、妙におなまえに好意的な言葉を選ぶ蛍丸。
そんな彼の心境の変化に、愛染は何となく、蛍丸が何を思っているのかを感じ取る。

もしかしたら蛍は、あの審神者に主になってほしいのではないか。そして、愛染の予想は、間違っていなかった。
だが、先ほどまで刺々しい敵意に満ちていた自分も、また自身の意志で彼女らに刃を向けていたのだ。
その自分を自らで全否定することは、蛍丸にとって「怖い」と感じることだった。


愛染が言葉に詰まっていると、彼の次に手入れを受けていた少年が現れる。
青い髪を一つにくくった彼は、小夜左文字。
彼はキュッと吊り上った猫のような目で、池の傍に佇む二人を見つめていた。

それに気付いた愛染が愛想よく手を振ると、小夜はトコトコと中庭に出てくる。


「小夜! お前も、ちゃんと直してもらったか?」
「うん。これも貰ったよ」
「へぇ・・・小夜のは杜若色なんだ。俺はね、鶸色だった」

杜若。花の名をそのまま付けた色だ。
名の通り、杜若の花のように鮮やかで、涼しげな紫交じりの青色。
杜若色のお守りは、小夜の首元に紐で下げられていた。


「すごいよな、俺達が傷直してる間にパパッと作っちまうんだからさ。ああ見えて、裁縫も結構得意なんだな」

彼の言うとおり、おなまえは刀剣達を直している間に、このお守りを作って渡しているようだ。
勿論中身の護符までは作れないので、そこは買い付け品ではあるが・・・それでも、違った色味の布を使い、それを人数分作るのは中々の作業だ。

彼らもまた、個々に合わせた一品物を貰うのは、悪い気がしないらしい。

「宗兄様も貰ってたよ。僕のと同じ杜若色の布に、藍白の紐を通したものだけど」
「宗三が青色?」

小夜の言葉に、蛍丸がそう聞き返す。
確かに宗三左文字であれば、まず目につく色は桃色。

彼に合わせるのであれば、それこそ桜のように淡い桃色がぴたりと合うだろう。


「うん・・・あの人が宗兄様に『お前は自分の色よりも、兄弟の色ついてた方が大事にするだろ』って」
「なるほどな!」

審神者の「せっかく作ったものをいかに大切にさせるか」といった考えの末が、このアイデアなのだろうか。
確かに宗三左文字と言えば、己の生き死にに無頓着というか、むしろ消えてなくなってしまえばこの世から解放される。とまで言う程だ。

それでは折角お守りを用意しても、意味の無いことだろう。
だが彼の大切な兄弟刀を思い出させる色を使い、お守りだけでなく、兄弟のために生きるように、と伝えたかったのか。
もしくは、おなまえは何も考えずに、小町のアイデアを使ったのか。それは当人たちにしか知る由も無い。

当の小夜や宗三たちは、そのお守りをとても気に入ったらしい。
あの宗三左文字が、お守りを受け取ったそばから、大切そうに懐に忍ばせたというのだから。


「な、国行がいたらさ、俺達の色のお守り持つのかな!」
「うーん・・・国行は、俺達に自分の色のを持たせるかもよ」
「ああ・・・」

愛染の問いかけに、蛍丸が答える。
その答えを聞き、自然と「蛍丸〜。俺の色、持ってくれへん?」と彼がヘラヘラ言う姿が思い浮かび、愛染は小さくため息をついた。


蛍丸と、愛染と、小夜がお守りを手に談笑しているその時。
本丸の方からぱたぱたと小刻みで軽い足音が響いてきた。

三人がそちらに目を向けると、廊下から先程まで審神者と共にいた小町が駆け寄ってくるのが見える。


「あのう、すみません、お願いが、あるんですが・・・」

少し息を切らしながら語りかける小町。
今度は三人とも、彼女を威嚇することなく言葉の続きを待っている。

「差し出がましいかもしれないんですが、まだ意地を張っていらっしゃる刀剣男士さまがいるみたいで・・・力ずくでも良いので、手入れ部屋に運んでいただけませんか? このままだと、本当にボキボキのぐにゃぐにゃにされかねないんですぅ」

そろそろ、おなまえの手入れが一通り終わろうとしている最中、未だに仲間の説得にも応じず、手入れ部屋に向かっていない刀剣が数人いるらしい。
大広間に居座っていたり、自室にこもってしまっていたりと様々だが、一貫して言えることは「手入れを受けなきゃ叩き折られるぞ」という点だ。

小町はそんな刀剣男士を見ていられないのだろう。おなまえが怒る前に、どうにかして手入れを受けさせようと奔走しているようだ。


「あの、審神者でもない私から、刀剣の皆様にお願いをするなんて差し出がましいかもしれないですが・・・このままだと、その」
「あのこわーい審神者に、ぼきぼきにされるんでしょ」
「そっ・・・そうなんです!」

先程宣言されたその言葉を、小町に向かって繰り返す蛍丸。

小町は刀剣達のことを思ってこう言っているのだし、彼女はきちんと分を弁えて発言している。
審神者ならぬものが頼み事をすることで、厚かましいと敵意を向けられる可能性だってあるというのに。
彼女は全て了承した上で、こうして彼らに頼み込んでいるのだ。
更に話を伺うと、彼女はこの調子で本丸中の刀剣男士に声を掛けて、頭を下げて回っているらしい。


「そろそろ皆さんの手入れが終わりそうで、あの、終わってしまうと、審神者さまがまたお怒りになって」
「わかってるって、俺達も説得しに行こうぜ」
「そうだね。僕も兄様たちを連れて行くよ」

快く頷いてくれた三人に、小町はぽかんと目を開く。
あの頑なに人間を拒絶していた刀剣・・・それも、自身に刃を向ける程だった蛍丸が、まさかこんなにもすんなりと話を聞いてくれるとは思っても居なかったのか。


「それとさ・・・あの、さっきのことだけど」
「は、はい? さっき?」
「首! えっと、ごめんね、怖かったでしょ」

蛍丸にそう言われると、先ほど広間で起きた事を思い出した小町が「あっ!」と声を上げる。
その顔にはありありと「そういえばそうだった」と言いたげな表情が浮かんでいる。どうやら、蛍丸の刺々しい雰囲気が失せたことにより、彼女もそこまで恐怖は感じていなかったようだ。

彼女は「大丈夫です! 審神者さまのお蔭で、このとおりくっ付いてますし」と首を擦った。


「怒んないの?」
「いえ・・・もう、審神者さまが怒ってくださったので、私からは良いんです」
「・・・そう」
「はい」

穏やかに笑う小町に、蛍丸はつい毒気を抜かれる。
彼女が審神者になっても、それはそれで良い信頼関係を築けそうなほど、小町という女性は柔らかかった。

蛍丸は見開いていた目をニヤリと細め「効果あったよ、審神者でとっくす?ってやつ」とからかう。



「さ、審神者さまのせいで・・・私の黒歴史が今も尚・・・」
「じゃあね、あんまり気が立ってる刀に近づいちゃだめだよ」

三人に手を振られ、小町はその小さい手を振り返す。

そして立ち去って行くみっつの背に「お達者で〜」と見当違いの声を掛けた。

















一方手入れ部屋では、自主的に訪れた刀剣の中で、最後の一振りに差し掛かっていた。


太刀としては少々小柄で、体中を硬質な筋肉が覆い包む、同田貫正国。
彼は式神による手入れを受けながら、器用に針と糸を操るおなまえの手元をぼうっと覗き込んでいた。


「あんた、器用だな」
「まあね。昔から色々自分で作ってたから。特攻服とか、旗とか」
「へぇ・・・なあ、さっき使ってた武器、なんて刀なんだ?」

新しい審神者に興味があるのだろう、同田貫はいつもより饒舌に質問を繰り返している。
おなまえも質問されることは嫌ではないらしく、そのひとつひとつにきちんと答えていた。

「ありゃ刀じゃなくて、ロッドだよ。鉄棒」
「へぇ・・・んじゃあ切るんじゃなくて、叩いてぶっ壊すんだな」
「そういうこと」

おなまえは同田貫を見もせずに頷くが、正面に座る彼は何やら嬉しそうに「へへへ」と笑う。
その反応を奇妙に思ったおなまえが、手元から視線を外して同田貫を見た。


「俺さ、切ることもまぁ得意だけどよ、叩き壊す事に関しちゃここの誰にも負けねえんだぜ」
「へぇ」
「見ろよ、これ」

そう言って同田貫は、なにやら頭頂部の割れた兜をおなまえに見せる。
彼の誇らしげな顔をは裏腹に、おなまえはなんだか不可解そうな顔をしている。

それもそのはず。一見してそれは只の壊れた兜であり、何がそんなに良い物かわかる由も無い。


「ここ、兜割り、俺が成功させたんだぜ」
「兜割り・・・え、兜って鉄製しょ?」
「おう」

ひとつ頷き、同田貫が兜を指で叩く。
ゴン、ゴン、と鈍い金属の音がするそれは、中々の厚みを誇っているようだ。

「お前も鉄製だよね」
「鉄っつーか、鋼だぜ」
「へぇ、なにそれすっげ」

元々大きな三白眼を更にぱっちりと見開くおなまえ。

飾り気のない彼女の言葉だったが、素直に驚いている様子が同田貫は嬉しかったのだろう。
その顔をにんまりとご満悦そうに緩ませ、頭頂部に亀裂の入った兜をバシバシと叩いた。


「今度、俺を使ってくれよ。俺はあんたみたいなやつに仕えたかったんだ」
「そりゃ光栄だね」
「ここに居る奴らは、あのチビ娘が言ってたようにナントカ文化財とか、ナントカ指定とか、なんか大事にされてるやつが多いんだよ」
「お前の説明ってわけわかんないけど、嫌いじゃないわ」
「でも俺は、大事に飾られて眺められるような生き殺しは御免だぜ。最後は錆びて朽ちるより、戦場で折れてえんだ」

同田貫はそう言いながら、おなまえの手に握られているお守りを見て「だからこれも、別に必要ねえぜ?」と言う。
が、彼女は最後のひと縫いをし、糸をプツンと切りながら反論した。


「折れたらそれまで。もう戦えないだろーが。折れるんなら、敵の頭蓋骨これでもかって叩き割ってから折れな」

その言葉と共に、彼女は出来上がったお守りを同田貫にパスする。
同田貫は美しく縫われたそれを眺めながら、彼女の言葉を反芻して笑った。


「おう、あんたの言うとおりにするよ。主だからな」

この本丸で、初めて口にされた「主」という一言。
その一言が心外に心地よかったらしく、おなまえもどこか嬉しそうににんまりと口角を吊り上げた。




「ちなみにそれ、本丸に居る時も肌身離さず持ってて」
「あ? 何でだよ」
「私がお前達を折っちゃったらどうすんだ」
「・・・・・・えっ」
「力加減間違えて、ついパキッといっちゃうかもしれないだろーが」


どうやらこのお守りには、刀剣達が思っていた以外の用途もあったようだ。

せっかくの刀剣とお守りが審神者の手で破壊されないよう、彼女には細心の注意を払ってもらいたい。








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