詰め込み処


 三発目







見事、手入れ部屋を奪還したおなまえと小町。

彼女たち・・・主に片方だけだが、過激な敵意を向ける刀剣を片っ端から叩き潰していった。
そして、荒れ果てた大広間に、あろうことか本丸に存在する全ての刀剣を集めたのだ。

そんな彼女を、新たな審神者ではなくまるで強襲者のようだった、と後に刀剣達は語った。



「これで、全員だな?」
「ええ・・・これが、この本丸に存在する全ての刀剣です」

おなまえの問いかけに答えたのは、水色の髪をもつ一期一振。
彼は堀川国広と似たタイプだったようで、おなまえの霊気を浴びるうちに、ふと自我を取り戻したのだ。
それからは冷静そのもの・・・彼の大切な弟たちが、彼女の手にかかっていないということも一つの要因なのだろう。

広間の上座に仁王立ちするおなまえと、その横にちんまりと正座する小町。
刀剣男士たちは、立ったままおなまえを見つめる者や、座り込み、苦しそうに息をする者と様々だ。
ちなみに、先程叩き伏せた三日月宗近、和泉守兼定、歌仙兼定、宗三左文字、石切丸は既に意識を取り戻している。

ただ、受けたダメージが大きすぎて、壁に寄りかかっていないと座る事すらままならないと言う、危機的状況にはあるが。


彼らの後に、おなまえに成敗された刀剣は、今も広間の床にへばり付いている。
意識こそあるものの、今は身体を持ち上げる事すらできないようだ。

着物がズタズタに破れ、鼻が妙な方向に曲がってしまっている小狐丸。
髪がぼさぼさと乱れ、顔のあちこちに青やら赤やらのアザが出来ているにっかり青江。
「顔はやめて」と言ったにもかかわらず、頬に特大の殴り跡ができた燭台切光忠。
腕を脱臼したのか、ぶらんと右腕を垂らしたまま呻く江雪左文字。

そうそうたる面子が、なんとも見ていられない程に痛々しい状態まで痛めつけられている。
その成果と言ってしまってはなんだが、確かに本丸じゅうを渦巻いていた混乱と狂気が、成りを潜めているのは確かだった。



「んじゃあ、ようやく話ができるなぁ」
「少し待ってくれ、これでは話どころじゃないだろう。先に手入れをしてはくれないか」

おなまえの声を遮るように発言するのは、純白の着物を身に付けた鶴丸国永だ。
彼もまた、仄暗い殺意を瞳に宿している。

「手入れしてどうなんの? 全員元気に全回復しました、それじゃあこれから邪魔な審神者を殺しましょう!って流れが見え見えだろ」
「しかしこれでは、あまりにも」
「元気になった刀剣男士に切りかかられました、私は応戦しました。その結果、今と何ら変わらない状況ができました。おしまい。何も実りのねぇ殴り合いで、ただ時間を浪費するだけだろうがよ」

淡々と告げられる、予想の数々。
未だに半数近くの者が、動けるようになったらこの女を今度こそ、と思っていたらしく、気まずそうに目を逸らす。

「鶴丸さんよ。いい加減黙らねェと、その頭カチ割って本物の鶴にしてやるよ」
「俺の話をもっと、まじめにっ・・・」

おなまえの忠告も聞かず、再び口答えする鶴丸の行く先は、誰もが目に見えた。
ゴゥッと風を切るかのような速さで振り上げられた、彼女の長い足。
その足が重量と共に、鶴丸の脳天にガツン!と振り下ろされたのだ。

身長の高い鶴丸に合わせ、若干おなまえも宙にジャンプしていたらしい。
彼女の全体重と重力が組み合わさり、その全てが細く固いヒールに集結される。


そんな一撃を喰らってしまえば、その後の彼がどうなるかは手に取るようにわかるだろう。
おなまえの言葉通り、頭に裂傷の出来た鶴丸は、本物の鶴よろしくじわじわとその白い頭部を赤に染めていく。


「お・・・ほ、星が・・・飛んでらぁ・・・」
「死にゃしないよ。そろそろ黙って話聞いてな」

鶴丸を早々に黙らせたおなまえは、先ほど小町から聞いた話を刀剣たちにもした。

元の主から貰った霊力が尽きかけ、その代わりにこの穢れた瘴気をその身に取り込んでいるのだと。
そして、その瘴気に穢された憑代に清浄な霊力を流し込む事によって、彼らの穢れが祓えるのだと。
そのためには本丸の瘴気を祓うと同時に、直接彼らに自身の霊力を流し込む必要がある。


「つまり、審神者デトックス効果だ」
「審神者さまやめて」
「ちなみにこの作戦名を名付けたのは、このコマさんだ」
「やめて」

刀剣男士の視線が向けられるたびに、更に更に小さく縮こまっていく小町。
そもそも彼らに「デトックス」などと言ったところで、意味など微塵も伝わらないだろうに。
前述の説明で大方把握したらしき刀剣達が、黙ったままおなまえを見据えている。


「本丸自体の浄化は、私がここに居ることで勝手にされるらしい。もう、それを体感したヤツも居るらしいしね」

その言葉に、堀川と一期一振が小さく頷く。

「けどまだ完全には浄化されていないから、やっぱり私の霊力を直接注ぎ込む必要がある。そのために、今から全員に手入れを行うから、テキトーに手入れ部屋来い」

まるで喧嘩の申し入れのような態度のおなまえだったが、彼女の体内から迸る霊力を彼らも感じ取ったのだろう。
口も目つきも態度も悪いというのに、彼女の持つ霊力は澄みきっていて、山奥にひっそりと湧く泉のように限りなかった。



だが、彼女に滅多打ちにされた刀剣の中には、その話すら信じられないと首を振る者もいる。
その筆頭である和泉守は「誰がてめえなんかの霊力を」と吐き捨てるように言った。

しかし、おなまえがそんな彼らを優しく待ってくれるはずもない。それはここに居る誰もがわかることだ。


「ちなみに今日のうちに来なかったヤツは、明日全員強制連行すっから。私に逆らうクソ野郎どもは両手足叩き折って、ぐにゃぐにゃのクラゲにしてやるよ」

考えただけでも恐ろしいその発言。
それが、ただの脅しではないという事も、皆よくよく身に染みている。

この女は「叩き折る」と言ったら、本当に叩き折るのだ。
おなまえが話し終わると同時に、部屋に居た半数もの刀剣が我先にと手入れ部屋の方へかけて行く。

まるでヌーの大群でも通っていったような地響きに、怪我をしている者たちは顔を顰めた。


「怪我してる奴らは、そのうち元気になった連中が運びにくるだろ」
「えっ、運んであげないんですか!?」
「引き摺ってもいいなら二人ずつ運んでやるけど」

何のけなしに言われた申し出だったが、そこに居る全員が首を横に振る。
きっと彼女のことだ、二人の足をそれぞれ掴み、本当に引きずったまま手入れ部屋へと向かうだろう。
その間に何度頭を敷居や角にぶつけるか、わかったものではない。

それならば大人しく、仲間の帰りを待った方がいいだろう。


「あと、そこのショタ大太刀」
「審神者さま、蛍丸さんです」

彼女が呼びかけ、小町が訂正する。
おなまえの視線の先に居たのは、小町の言葉通り、大太刀の蛍丸だった。

おなまえが手を下したわけでもないのに、彼は全身ズタボロだ。この本丸の中で一番の重傷者だろう。


「蛍丸、お前は一番先に直してやるよ。そこまで酷い怪我だと、ほっといたら死ぬよ」
「・・・いいっ、俺、後からで・・・」
「蛍やめとけって、直してもらえよ、な?」

彼の傍に寄り添っていた、赤い髪の短刀。愛染国俊が助言するが、蛍丸は頑なに頷こうとしない。
傷が深いということは、以前の主に一層ひどく扱われていたのだろう。
傷もそうだが、心に刺さり込んだ棘は、他の誰よりも深い。


「なぁ、あんまり口答えすんなって。鶴丸、見ただろ」

ぼそぼそと耳打ちする愛染の声は、広間中に聞こえていた。
おなまえは特に言及することもなく彼らのやり取りを待っているし、彼女の隣では小町がうんうんと深く頷いている。

そして、見かねた小町はそろそろと蛍丸に近づき、話しかけた。


「あのう、本当に折れちゃいますから、直してもらいましょう?」

だが、その時だった。
今まで力なく項垂れていた蛍丸が、ギラリと光る刀身を小町に向けたのだ。
少し力を込めれば、彼女の細い首など呆気なく飛んでしまうだろう。

しかし、それを易々と許すおなまえではない。

小町が自身の置かれている状況に気づく前に近づき、蛍丸の頭を掴み、これでもかと床に打ちつけた。
頭部にダイレクトに衝撃が走り、蛍丸は一瞬にして意識を失った。


「蛍!」
「ったく・・・コマさん怪我は?」
「は・・・はいっ・・・? い、いま、わたし、首・・・刀が・・・」
「切れてない切れてない、ちゃんとくっついてるよ。まだ」
「これからもくっ付いてますとも!!」

真っ白な顔で、自身の首を両手で撫でる小町。
膝が笑って上手く立てないらしく、おなまえの蛍丸を引き摺っていない方の腕をつかみ、何とか共に歩く。



広間に残された刀剣達は、果たして怪我が治ったところで、彼女に太刀打ちできる者がいるのか・・・と一抹の不安を胸に抱えていた。










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