詰め込み処


 二発目








襲い来る三日月宗近と堀川国広を見事討ち取ったおなまえ。
二人の男を軽々背負ったおなまえと、そんな彼女の後ろをてくてくと歩く小町。二人は更に本丸の奥へと進み、比較的綺麗な一室に二人を下ろした。


小町が敷いた布団に、無造作に転がされる三日月と堀川。
顔を流れてこびりついた血液もそのままに、おなまえは手当てするでもなく、ただ二振りの刀剣をそこに転がしただけだった。

「それで、コマさん。私は何すりゃいいの?」
「・・・まず、この本丸の穢れを祓わなくてはなりません。空間を漂う瘴気は、審神者さまがこの本丸に座することで自然と取り払われます」
「瘴気・・・あの黒い、臭そうなやつ」
「それです。無味無臭ですけどね」

先程まで酷く取り乱していた小町も、おなまえと共に居れば死ぬ事は無いと確信したのだろう、幾分落ち着いて受け答えしている。
要注意と言われている三日月宗近をいとも簡単に打倒したのだから、何を言うよりも説得力のある行為だろう。


「次に審神者さまがなさるべき事は、刀剣男士との対話と浄化です」
「もっと噛み砕いて」
「えっと、尊厳を踏みにじられて、彼等は今荒御霊・・・悪霊の神様バージョンと言えば分かり易いですかね・・・それになりかけています」

リクエスト通り大分噛み砕いた説明をする小町。
彼女の話を聞くと、まさに「対話してから彼らの魂を浄化せよ」というだけのことだった。

頑なに閉じた彼らの心を対話によって解きほぐし、同時に穢れを己の霊力によって浄化する。
なんとなく理解したらしいおなまえは、何度か頷いた。

「でもさ、霊力を流し込むっつったってどうすんの?」
「そうですね、審神者さまはまだ霊力の扱いに慣れていらっしゃいませんし・・・一番簡単なのは、手入れを行う事です。式神を媒介して審神者さまの霊力を直に込められます」
「手入れね、了解。じゃあ手入れ部屋でも探してこようかな」

手入れ部屋と呼ばれるその部屋は、どの本丸にも必ず作られている筈の部屋だ。
普通の部屋とは違い、刀剣を手入れするための式神が据えられている場所であり、戦事が耐えない本丸において必要不可欠な要所。

そこを探す為、おなまえはこの部屋を出ようとする。
が、後ろから再び小町が「一人にしないでぇ!!」と情けない声を上げた。


「平気だって、大丈夫大丈夫」
「お、起きたらどうするんですか! 私今度こそズタズタのボロボロにされて、庭の片隅に埋められるんです〜!!」
「でも誰か見張ってないとさ、勝手に動き回って折れられても面倒だし」

案の定、三日月と堀川が目覚めることを前提に話を進めるおなまえ。
その二振りの見張りを、この小町にさせようというのだから、この女相変わらず容赦がない。
必死にイヤイヤと首を振り続ける小町に、おなまえはどうしたものかとため息をついた。


「・・・あ、の・・・僕が見てましょうか」

部屋の中で騒がしくしていたからか、怪我の程度が幾分軽度な堀川が目を覚ます。
軽度とは言ったものの、それは三日月に比べての事。苦しげに腹を押さえながら起き上る彼は、十二分に痛々しかった。

「えっと、脇差の」
「堀川、国広です。お話、少し聞いていたんですが・・・貴女は僕たちを、助けに来て下さったんですよね?」

瞳に幾ばくかの希望を宿らせ、おなまえに問いかける堀川。
彼の視線を受けながら、おなまえは数秒間考えてから「多分そう」と曖昧な返事を返した。
おなまえが発した言葉に、堀川が反応するよりも先に「その通りです! 回りまわって皆さんのためになることです!」と小町がフォローを入れた。

彼女の言葉を聞き届けた堀川は今度こそ頷き、未だ横たわったままの三日月に視線を向けた。

「新しい審神者が来るから、始末するのに手を貸せと言われました。僕も、同じ轍を踏むくらいなら、いっそのこと言葉を交わさないうちに殺してしまおうと・・・何でそんな事思ったんだろう」
「瘴気のせいです。ここは、貴方がたの心を蝕む瘴気で溢れています。この部屋には審神者さまがいらしたので、浄化されてはいますが・・・」
「そっか。それで、こんなに体が軽いんだ。お腹は痛いけど」

痛む腹を押さえながら、堀川は憑き物が落ちたかのような顔をする。
未だ直接的な浄化すらしていないのに、随分な変わりようだ、とおなまえは疑問をそのまま口にした。

「僕たちは、確かに刀に宿った魂です。でも、その身を構成する物は、鋼だけじゃない」
「審神者さまの霊力で象られている身体から霊力が欠落すると、それを補おうと代わりになるものを取り込むんです。それが、今回はこの瘴気だったんでしょうね・・・審神者さまがこの部屋に清浄な霊力を満たしたことによって、堀川さんの身体に蓄積されていた瘴気がすげ変わったのだと思います」
「長い、10文字で纏めて」
「・・・審神者デトックス効果!」
「よしわかった」

おなまえの無茶振りにも怯まず応える小町。
もしかしたら彼女は、小心者と自称しているだけで、実のところは結構大物なのかもしれない。

小町の説明の通りであれば、先ほどまで敵意をむき出しにしていた三日月宗近も、目覚める頃には幾分まともになっている可能性が高い。
堀川は「それならば僕にも説得できます」とほほ笑む。
早急に仕事を終わらせたいおなまえと、審神者から一時たりとも離れたくない小町は、有難く堀川の申し出を受けることにした。


















「ねえ、手入れ部屋ってここだよね」
「はい・・・審神者さまが式神の気配を感じるならば、ここで間違いありませんけど」
「扉があかない」
「えっ?」

数分立たぬうちに、手入れ部屋と思わしき部屋を発見したおなまえ。

この部屋は先ほどの部屋からそう遠く無く、中からは確かに何者かの気配がしている。
これが式神なのかはおなまえには分からなかったが、人間とも、刀剣男士とも違うと言うことだけはわかった。

「まぁ、式神っぽい気配はあるけど刀剣男士の気配もすんだよね」
「ええっ!?」

カタカタと襖を弄っていた小町が、瞬時に後ろへと飛びすざる。
それもそうだ。先程、堀川が障子越しに襲い掛かろうと息を潜めていたのを見たばかりなのだから。
数度襖を触り、内側から何かつっかえ棒のようなもので抑えられているらしきことを突き止めたおなまえ。

彼女はスゥ、と息を吸い「オイ、ここ開けろ」と中へ呼びかけた。


「だから、審神者さま? もうちょっとだけ丁寧に・・・」
「こっちは人質預かってんだよ。脇差の堀川と国宝の三日月、折られたくなきゃ大人しく開けなァ!」
「審 神 者 さ ま !? 違うんです〜誤解ですよお刀剣男士さま〜」

小町の否定も空しく、部屋の中からはザワリとした刺すような空気が漂い始める。
これが本物の殺気ってやつか。などと呑気に考え事をしていると、おなまえの背後から一人の青年が姿を見せた。

黒い長髪を流し、赤と水色の着物を身に付けた青年。和泉守兼定だ。
先程の堀川国広と共に、同じ主に仕えていたとされている。

彼は双眼に灼熱の怒りを宿しながら、おなまえを睨みつけた。


「テメェ、国広に何しやがった・・・!」
「ちょっと吹っ飛ばしただけだっつの」
「見ろ・・・だから、俺はもう、人間なんて入れるべきじゃねえって言ったんだよ!!」

怒り狂った闘犬が吠えるように叫ぶ和泉守は、帯刀していたその刃に手を掛ける。
だが、狭い通路のなかでは打刀である彼もまた、三日月同様に不利な状況下にあった。

一歩で更に間合いを詰めたおなまえは、片腕を伸ばして和泉守の首の真中を思い切り突く。
気管を押しつぶされるような攻撃を受けて、和泉守は思わず怯む。
彼の一瞬の身体を強張りを見逃さず、おなまえは更に追撃を掛けた。

首を押さえる和泉守の手を掴みながら、足払いを掛けて引っ張る。
体勢を崩した彼の懐に膝を叩きこむと、咳き込む和泉守を思い切り襖の方へと蹴り飛ばした。

ズドン、と音を立てながら襖ごと吹っ飛ぶ和泉守。
奇しくも、相棒の堀川と同じ境遇を受けることになってしまったらしい。


ついに開かれた手入れ部屋の中には、数人の刀剣男士が息を潜めていたようだ。
刀を構えている者が三振りと、その後ろには怪我人と思われる者が二振り。

おなまえはこき、と音を鳴らしながら肩を回す。
暗い通路からぬるりと現れる彼女の、鋭い三白眼の恐ろしいことといったら。
闇夜に輝く狼の瞳のようである、と誰かが思った。


「くっ・・・ここは、絶対に」

通しませんよ、と桃色の髪をした青年が続けようとしたその時。
おなまえはその手に握っていたロッドを振りかぶり、彼の・・・宗三左文字の右頬にそれを叩きこんだ。

横殴りに吹っ飛ばされた彼は、何が起こったのか理解できずにいるようだ。
ただ分かるのは、頬から顔全体に襲い来る、猛烈な痛み。
そして、自分が地に伏せているという事実だけ。


「コマさん、こいつらは?」
「はいぃ・・・今、審神者さまがふっ飛ばしあそばされたのが、宗三左文字さん、重要文化財です! 隣にいらっしゃる紫の髪の方が歌仙兼定さん、そして恐怖の大太刀の石切丸さんです!」
「恐怖の大太刀? ああ、でっかくて長い刀ね」
「重要美術品指定されてますっ!」

部屋の隅で小さく縮こまりながらも、小町ははきはきと答える。

「へぇ・・・美術品じゃあ、怖かないねぇ」
「それはどうかな」

石切丸が話をしている途中から、再び戦闘を始めるおなまえ。
またもやどこからか例の鎖を取り出すと、石切丸目がけて振りかざした。

顎すれすれを通り過ぎて行った錠前を、石切丸は恐々とした顔で見送る。あんなものが鼻っ面にでも命中していたら、鼻の骨が折れていただろう。
おなまえは攻撃の手を休めることなどせず、次いで石切丸の喉元目がけてロッドを振る。
その攻撃の最中で、左手の錠前を歌仙兼定目がけて飛ばした。

砲丸投げよろしく飛び出していった錠前は、油断していた歌仙の眉のあたりに命中する。
ジャラッ、と音を立てて床に落ちる鎖と錠前。
それを視線で追う歌仙の視界は、今や額から滴る血液で真っ赤に染まっていた。

「この、卑怯者め・・・」
「なーにが卑怯だよ。一人の女相手に寄ってたかって刃物構えてる男が、よく言えたね」

長い足を振り上げ、石切丸に上段回し蹴りをくりだすおなまえ。
土足で蹴り技を使っているせいで、青々と美しかった畳が見るも無残に擦り切れてしまっている。

一点集中とでも言うように執拗に顔を狙い続ける彼女と、それを何とか躱す石切丸。
蹴り技から一転し、おなまえは再びロッドを握りしめた。
思わず顔を庇った石切丸に襲い掛かる、自身が経験した事のない激しい痛み。

全身を貫くようなその痛みは、おなまえが振り上げた足・・・ちょうど彼の股ぐらの部分に食い込むブーツから成されるものだった。


「顔ばっか気にしてちゃあ駄目じゃんか、美術品さん。男の急所っつったらまずココだろうが」


得意げに言い放つ彼女の周りには、昏倒した石切丸と宗三、そして頭から血を流している歌仙が倒れ込んでいる。
またしても、彼女は一撃たりとも喰らわずして、和泉守含め四人もの刀剣男士を叩き伏せたのだ。


巻き添えの恐怖から解放された小町が、小さく拍手しながら「ブラボー! おお、ブラボー!」と歓声を上げていた。








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