FF夢


 9-10



 私がザックスとエアリスに救出された頃、鉄骨の間を飛び回るユフィに向かってバハムート震がペタフレアを放つ予備動作を行った。逃げ場を無くして硬直するユフィだったが、ペタフレアが放たれる直前にシドによるジャンプ攻撃が炸裂し、そのままシドは槍を梃子のように使ってバハムート震の頭の向きを変えた。

シドの機転によってペタフレアがユフィに命中することは無かったが、今度はペタフレアが当たって崩壊した鉄骨がバレットの頭上に降り注いだ。迫り来る鉄骨の雨に声を上げることしかできないバレットだが、寸での所で細い腕がバレットの胸倉を掴んで救い出す。
バレットの事を少々雑に助け出したのは、皆が待ち望んでいたクラウドその人だった。

「か、かっこいい…かっこよすぎる…生きててよかった…!」
「おーい、奈々? どこトリップしちまってんだよ」

クラウドのスーパーアクションを目の当たりにした私には、目の前で手をパタパタと振るザックスに返事をする余裕など無かった。トリップしてるんじゃなくてトリップして来たんだよぉ。
今この瞬間まで「でもなぁ、アドベントチルドレンで見た方がカメラワークのおかげでちゃんと見れるしぃ? 言うてそこまででもないでしょ?」と思っていた私がバカだった。やはりライブの威力は半端じゃない。今、そこで、クラウドが戦っているのだ。これを実際に見れるなんて本当に幸せだ。

クラウドは一瞬だけ呼吸を整え、そしてバハムート震に向かって勢いよく飛び出した。一撃目はバハムート震に受け止められてしまったが、クラウドは諦めずに二撃、三撃と斬りかかる。
しかし、バハムート震の非常に硬い表皮により中々決定打を与えることができずにいた。
威力が不足しているのだと理解したクラウドは一度鉄骨の上に着地し、合体剣を組み合わせて一つの大きな剣にした。バスターソードと似た形状になった合体剣を振り回し、再びバハムート震へと向かって行くクラウド。
相変わらず金属を叩いているかのような硬い音が響いてはいるが、先ほどよりもバハムート震の怯みが大きくなっていることが目に見えて分かった。

バハムート震の攻撃を見事に躱しながら空中で何度も斬撃を繰り出すクラウドは思い切り力を溜め、体を垂直に一回転させながら渾身の一撃を放った。ズガン! と今までとは違った打撃音が響いた次の瞬間、バハムート震の顔回りを覆っている硬い表皮がバラバラと砕け散ったのだ。
頭部に大きなダメージを負ったバハムート震が体勢を崩し、ついに地上へと落ちて行った。

さあ、私たちが傍観していられるのはここまでだ。
少し離れたビルの上では、もうじきルーファウスが白い布を脱ぎ去って顔を晒し、自らがずっと隠し持っていたジェノバの首をカダージュに見せつけるように放り投げるあのシーンが進行し始めることだろう。叶う事なら彼の肉声で紡がれる「気付けよ、親不孝者」のセリフを聞きたかった。

私は叶わぬ望みを頭の隅に追いやり、今にも起き上がろうとするバハムート震を見据える。口からペタフレアを放つためのエネルギーが漏れており、バハムート震が大きな反撃を企んでいることは火を見るより明らかだ。

「お前ら! アイツが飛び立つ前にどうにかするぞ!」

シドが大きな声で呼びかけると、皆は残っている鉄骨の中で最も背の高いものに登り始めた。作戦を語らずとも全員合致でクラウドを天高く送ることを選択するなんて、何というチームワークだろうか。
私もここに居る以上は参加しなければならないのだし、バレットの次くらいに待機していよう。

「クーちゃん、ちょっとそこまで連れてってくれる? クラウドを空に押し上げなくちゃ」
「クゥエェー!」

一層気合の篭った鳴き声を上げたクーちゃんは、私を背に乗せたまま鉄骨を垂直に登り始めた。その勢いは留まることを知らず、グイグイと高度を増していく。

「あ、あの、クーちゃん? もうそろそろ降ろしてくれていいよ!」
「クェッ!」
「どこまで行くのクーちゃん!?」

もう既にシドやナナキを追い越したクーちゃんは、ユフィから投げかけられた「いいぞー! もっと上まで行っちゃえ!」という余計な一言にやる気をみなぎらせてしまった。
クーちゃんが私の言う事を聞かないなんて、中々のレアパターンだ。
ヴィンセントとティファの姿がちらりと見えたあと、その上にはエアリスを抱えたザックスまでもが待機している。ああ…彼らが参戦したこの戦いを、出来ることならば遠めからぼんやり眺めていたかった…

ついに鉄骨の最先端に来てしまった私は、あまりの高さに全身の震えが止まらなかった。何度も何度も高所から落ちたり落とされたりしてきた人生だが、こうして自力で高い所にとどまっているのはどうも苦手だ。いつか旅したコレルの線路で、高所に怯えてブルブルと震える私の手を引いてくれたティファを思い出した。これ、一種の走馬灯かな…
下を見るのが恐ろしいが、下を見なければクラウドを押し上げることなどできない。二律背反に苦しみながら、私は恐る恐る鉄骨の下を覗き込んでクラウドの姿を探した。

上昇してくるバハムート震が邪魔でハッキリとは見えなかったが、それでもスタンバイした仲間たちに次々押し上げられているクラウドが時折見える。やがて私の真横をバハムート震が通過すると、視界がクリアになった。
ヴィンセントがクラウドの左腕を掴んで勢いよく上空へと投げ、勢いを増したクラウドを今度はティファが「まだまだ!」という掛け声と共に放り投げる。

本来であればクラウドはこのままバハムート震へと突っ込んでいくのだが、この世界はそれでは終わらない。
鉄骨の間から飛び出したザックスがクラウドの腕を掴み、ニッと笑って「行ってこい!」と叫ぶ。その次にエアリスがふわりと軽やかに宙を舞い、クラウドの手を握って「はいっ」と微笑みを浮かべた。
エアリスが何らかの保護を施したのだろうか、クラウドの体からオーラが溢れ出し、彼を包み込んで守っているかのように見えた。

私は、こうして共に戦ってくれるエアリスとザックスの姿を見た瞬間にジワジワと視界がぼやけてしまった。しっかりとクラウドを見なければいけないのに、次から次へと浮かんでくる涙が止む気配がない。
ギュッと目を閉じれば、瞳を覆っていた涙が雫となってひと粒、ふた粒と落ちて行く。一時的にクリアになった視界にクラウドの姿を捉え、私は自身の腕に風魔法を纏わせた。
エアリスの加護を受けたクラウドが猛スピードで上昇して来る。彼との距離がゼロになる頃には、不思議と私の体の震えは収まっていた。そういえば、運命の日を迎える前にクラウドと再会した時も、クラウド目掛けて飛び降りる瞬間は少しも怖くなかったなぁ。

少しも躊躇せず鉄骨から身を投げ出し、こちらに差し伸べられたクラウドの手を握る。ほんの一瞬、力強く握られたクラウドの手を私も握り返して「クラウド、がんばって!」と風の音に負けないように声を張り上げた。
風魔法に押し上げられたクラウドの後姿を見送り、私の体は地上へ向かって急降下し始めた。

「やっ、やっぱり怖いよおおおぉ!」

胃がヒュッと浮かぶような嫌な感覚が私の体を包み、先ほどクーちゃんが登って行った鉄骨を見送りながら落下する。その途中で、視界の中に赤い布がひらりと舞い込んだと思いきや首がギュッと締まるような心地がして、思わず「ぐぇっ」と声が漏れた。

「ヴィ…ヴィンセント…」
「よし、生きているな」

首根っこを掴まれ、母猫に運搬される仔猫のような格好で運ばれているようだ。私は思わず「もう少し、ザックスみたいに助けてくれてもいいのに…」と小声で文句を言った。

「自力で降りるか?」
「いやすいません、助けてくださってありがとうございます」

半ばポイ捨てされるように鉄骨の上に降ろされた私は、遥か上空からバハムート震が落ちて来るのをぼーっと眺めた。うーん、流石にこれだけ離れてしまうと何も見えない。
青い炎に包まれたバハムート震の体が鉄骨の間に落下し、空が静かになった頃。大役を終えたクラウドがくるくると体勢を整えながら私のすぐ隣へと着地した。…つくづく、この身体能力の向上はどういうことなのだろうと問いたい。

こちらの戦いがひと段落すれば、今度はクラウド対カダージュ一味の本格的なバトルが始まる。そう、あのミッドガル・ハイウェイでのカーチェイスだ。
私はおそらく仲間と共にシエラ号から行方を見守ることになるだろう、とクラウドの体に回復魔法を放った。少しでもバハムート戦の傷が癒えれば良いのだが。

クラウドに言葉をかける暇もなく、次の瞬間には数百メートルほど離れたビルの上から青白い光と中規模の爆発が見えた。大丈夫、見える、私の脳裏に「フン」と鼻で笑いながらカダージュに銃を向けるルーファウスの姿が見える。
思わず「カダージュだ」と声を上げれば、クラウドがハッとした表情で私を見た。

「奈々」
「うん?」
「協力してくれるな?」
「はっ? えっ?」

クラウドの言葉の意味を理解できなかった私が間抜け面を披露していると、クラウドは答えも聞かずに私の事を抱えて地上へと向かう。おいおい「協力」ってそういう意味です?
ものの数秒でフェンリルの元へと戻ったクラウドは私を後部に乗せ、有無を言わさずにバイクを発進させた。

いや、ちょっと待って、ヤズーとロッズに追い回されるよね? 攻撃されるよね? 危険だよね?

嫌な予感しかしないが、もう発進してしまったものは仕方がない。あれだ「俺たちの列車は途中下車はできねえんだ!」というやつだ。正直こんな所で名台詞を回収したくなかった。
私は事前に自分とクラウドにシールドを掛け、少しでもダメージを防げるようにと準備をした。

カダージュを視界に捉えたままつかず離れずの追走をするフェンリル。その後ろをビタリと追いかけて来るヤズーとロッズ。猛スピードで進む四台バイクはものの数分でエッジの街を抜け、やがて『HIGHWAY』と書かれたコンクリート製の道路へと突入した。
前方を走るカダージュが弾き飛ばした看板が、まるで首を刈るギロチンのように迫って来る。こんなのが命中したらヘルメットを被っていたって頭ごと吹っ飛んでしまうだろう。
私は叫び声を上げながら看板を避け、今度は側面に回り込んできたヤズーに悲鳴を上げた。

「撃って来てる! 撃って来てる!」
「ああ」
「はぎゃあー!! 掠った!」

言っておくが私はバイクの運転ならできるが、こんな荒々しいカーチェイスなど好きではない。以前クラウドと共にハーディ=デイトナに乗ってミッドガル・ハイウェイを駆け抜けた時も、私はクラウドに戦闘を一切合切押し付けて運転に専念させてもらったのだから。
だが今回はそうも言っていられない。バイクの車体を力任せにぶつけてきたロッズに対抗するため、私はロッズのバイクの進路へ向かってピンポイントでブリザドを放った。一瞬にして凍り付く道路にロッズがバランスを崩しかけた瞬間、クラウドは合体剣を収納してある部分の蓋を勢い良く開き、その反発力を使ってロッズをバイクごと弾き飛ばした。

すると今度はヤズーが前方に躍り出て、真正面から銃弾を撃ち込んでくる。前方はクラウドに任せきりにするしかないため、私は身を縮こませてクラウドの背中に隠れた。
ヤズーの銃とクラウドの剣が鍔迫り合いのような状態になり、そしてクラウドが弾き飛ばされる。横転しないのが不思議なほどの勢いで開店するバイクの上で、私は遠心力に負けるものかとクラウドの腰にしがみついた。こんな状況で抱き着いたって嬉しくないんだからね!

「体重移動がコントロールできないんですけどぉ!」
「捕まっていろ」
「言われなくても!」

律儀に私の不平不満を拾い上げてくれるクラウドに心が少しだけ和んだその時、ハイウェイの分かれ道が見えてきた。カダージュはクラウドから逃げ延びんと伍番街方面への道を進み、ロッズとヤズーはクラウドを引き離すために全力で妨害をしてくる。
バイクから身一つで飛び出したロッズが、フェンリル目掛けてデュアルハウンドを振り下ろす。その衝撃でフェンリルはバランスを崩し、大きく回転しながらカダージュが向かった方向とは別の道路へと誘い込まれてしまった。

すると、フェンリルを追走していたヤズーのバイクからマシンガンのように銃弾が放たれた。おいやめろ、それは私に当たる。

「ひゃあああファイガ! クラウド! 避けて避けてー! お尻撃たれちゃう!」

ヤズーに魔法を撃ち込みながら必死に訴えれば、クラウドは車体を揺らして銃弾を見事に避けてくれた。しかし、銃弾が頬を掠めて行く感触は何度経験してもゾッとする。
しばらくそのまま走っていると後方から黒光りするスキッフが追いつき、ヤズーとロッズ目掛けて銃撃をしてくれた。この瞬間だけはレノが私を雪山に置き去りにしたことを許せそうだ。

しかし、私は知っている。この直後に繰り出されるルードのロケットランチャーによる攻撃を。
攻撃の手を止め、改めてクラウドの体にしっかりとしがみ付いた。よし、いつでも来るがいい。

私が心の覚悟を決めた瞬間、計ったようにルードが大型のロケットランチャーを撃ち、ハイウェイの道路を破壊した。広範囲に渡って崩落する道路を何とか走行するクラウドと、ひたすら彼にしがみ付くしかできない私。もう、この状況で私のような一般人が生存していることが奇跡だと思う。
何とか体のバランスを崩さないように全身で踏ん張りながら、上空からかすかに聞こえる「はぁ〜あ〜あ〜!?」というレノと思わしき人の叫び声に少しだけ口元が笑んでしまった。

崩れた道路を滑走路に見立てたヤズーが、バイクごとスキッフに攻め込むシーンは私が大好きなシーンである。ヤズーの銃撃によって操縦桿を破壊されてしまい、レノとルードはコントロールが出来なくなったスキッフと共に道路へと落下するのだ。
そして、墜落したスキッフはちょうど私たちが走行している道路の真上に落下し、コンクリートとスキッフの残骸が雪崩のように襲い掛かって来る。それらを防ぐため、私は真上の道路が崩落してくるその瞬間に合わせて最大出力のトルネドを放った。

「飛んでけーっ!」

強風に煽られて吹き飛んでいく瓦礫。とりあえず私も多少役に立つことができ、安堵の息を吐いた。瓦礫の嵐を潜り抜けた先は、ハイウェイ名物の長いトンネル。ヤズーとロッズとの戦いはここが正念場となる。
トンネルの壁を縦横無尽に走るロッズが、クラウドの頭上から襲い掛かって来た。再びバイクがグルグルと回転し、私は「目が回るうぅ」と絶叫マシンにでも乗っているかのような気分になった。
ヤズーとロッズの猛攻に反撃するクラウドの妨げにならないよう、私は姿勢を低くして出来る限りコンパクトに収まる努力を続けた。もう彼らの動きは私の目では捉えきれない。

クラウドがヤズーとにらみ合っているその瞬間、数メートル前方でロッズが自身の乗っていたバイクを投げ飛ばしてくるのが見えた。こんなのどう回避しろっていうんだよー! と叫びたくなる気持ちを抑え、私はクラウドの体から手を放す。
クラウドはしっかりと私の意思をくみ取ってくれ、剣を片手に宙へと舞い上がった。
そのまま空中で宙返りしたクラウドは、その手に握った合体剣でバイクを真っ二つに両断する。その姿を間近で見られたことに感激しながら、私は運転手を失ったフェンリルのハンドルを握りしめた。

「かっこいい…かっこいい…! クラウドかっこいいー!」

なんとか座席の前方に移動して車体のバランスを保ち、両断されたバイクの下を潜り抜ける。クラウドはロッズの攻撃を受け流しながら、ロッズ自身をも彼のバイクの方へと放り投げた。
漏れ出たガソリンに火花が迸り、一瞬にして爆発が起きる。私はその爆風が首筋をじりじりと焦がすのを感じながらフェンリルの走行スピードを上げた。
私が必死に運転しているバイクの上に着地し、再びロッズと空中戦を繰り広げるクラウド。着地と跳躍の衝撃で横転しそうになるバイクを立て直すのに必死な私は、彼らの華麗な戦いを眺めることすらできなかった。いや、普通に考えて運転中に脇見ができるわけがない。私は比較的善良な部類のライダーなのだ。

アドベントチルドレンでの無人走行が嘘のようにふらつく車体に少しイラつきながら「まあでも、あの自動運転がちょっとおかしいレベルだもんね!?」とやけくそのように声を上げる。
ひたすら前を向いて運転に集中していると、右方向で小規模の爆発が発生した。今のはロッズのデュアルハウンドが爆発した瞬間のものだろうか。クラウドが二人の武器を一斉に破壊した回転斬りを見逃してしまったことが悔やまれる。
そして私の後ろにドサッと着地したクラウドが、いつぞやのように私の腰に腕を回す。いやあの、運転代わってくれませんか。

私の願いも空しく、クラウドが背後で「そのまま走ってくれ」と囁く。その声で言われたらなぁ〜! 走るしかないな〜! 命の限り走ってみせようじゃないかという気持ちにさえなってくる。
この後に控えた決死の大ジャンプだってしっかりこなして見せようじゃないか。

トンネルを抜けた私たちは、トンネル出口でタイミングを待ち構えていたレノとルードの間を勢い良く駆け抜ける。スピードが速すぎて彼らとはアイコンタクトすら取れなかったが、まぁそれは良いだろう。
彼らの間を通り抜けた数秒後、背後で大きな爆発音が響いた。爆風に車体のバランスを失いかけるが、なんとか体を傾けながら道路の左端へと寄る。そして、迫り来る爆風を追い風にして道路の向こう側へと飛び出した。

頭上でポンポンと花火が上がるような音が何発も響き、ルードがこの爆弾を指して言っていた「威力はともかく、派手だ」というセリフを思い出した。いやあ、威力も凄まじいですけどね、これ。
落下の勢いでお尻がふわりと浮かんだが、腰をがっしりと掴んでいるクラウドの腕のおかげで私は辛うじて車体に繋ぎ止められた。なんとか着地の角度を調整し、クラウドが剣を握っている側の側面をカダージュの方へと向ける。
クラウドが上手くカダージュの二枚刃の刀を防いでくれ、私たちはその膠着状態のまま途切れた道路から伍番街スラムへと投げ出されたのだった。

再び浮遊感が私に襲い掛かるが、クラウドの腕が思い切り私の体を抱きかかえる。すっぽりと彼の腕の中に納まった私は、もう成すがままに急斜面を滑り落ちて行くことしかできない。
この急斜面でよくもまぁ車体が横転しないことだ…と他人事のように考えていると、私のすぐ後ろからクラウドがカダージュへと合体剣を突き出した。

あ、これ、この方向はまずいぞ。と冷や汗がぶわりと浮かび、私は咄嗟にクラウドの右腕の方へと体を避けた。コンマ数秒の差でカダージュの刀が合体剣と交差し、私の背中を撫でるようにクラウドの服を切り裂く。やべーこえー。と呟きながら、アドベントチルドレンのシーン展開を細部に至るまで記憶していた自分の頭に感謝した。
そのままカダージュは伍番街スラムの教会がある方へと走り去って行き、私とクラウドはなんとかその場で一度ブレーキをかける。もうこんなデスレースは嫌だ。

一息ついてから合体剣をフェンリルに格納するクラウド。彼はカダージュに切り裂かれてしまった袖を掴み、一息に破り捨てた。
その下から見える腕には黒々とした星痕症候群の痣が広範囲に広がっており、この病を彼に与えてしまったのが自分であるという罪悪感で胸が満たされた。

「クラウド…腕、大丈夫?」
「ああ、痛みはない」

優しい眼差しでそう言ってくれたクラウドは「今度は俺が運転する」と言い、再び彼がバイクのハンドルを握りしめた。
彼をはじめ、星痕症候群に苦しんでいる人はこの後でちゃんと救えるのだろうか。
正直なところ、原作でも「エアリスが助けてくれた」という曖昧な知識しかない上に、この世界ではエアリスがライフストリームとなって星を巡っているわけでもない。
もしも星痕に対する治療法が無くなってしまったら。そんな嫌な想像を頭から追い出し、私は「まずは、生き残ること」と自身の口の中で唱えた。

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