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新学期が始まってから2日目、スリザリン生の一番最初の授業は"妖精呪文"だった。
この時間はスリザリン生だけの授業だったので、大した問題も無くスムーズに一時間が経った。


だが、次の授業はそうもいかない。
魔法生物飼育学。スリザリン生が、最も毛嫌いしている授業だ。
授業内容もさながら、元森番に教えを請うのが相当に嫌らしい。

今日もスリザリン生の悪口は冴えわたっていた。




カノンは、久々の学校生活を存分に楽しんでいるようで、移動中もパンジーやドラコと会話をしながら歩いていた。


だが、魔法生物飼育学が始まり、授業の内容を聞くと思わず顔を引き攣らせてしまった。

ハグリッドは、この1年で"尻尾爆発スクリュート"という、名前からして嫌な予感しかしない生物を飼育する、と。そう言ったのだ。
勿論スリザリンの面々から激しいブーイングが飛び交い、普段ハグリッドと仲の良いグリフィンドール生も、流石に良い顔はできなかった。


ハグリッドが誇らしげに指差す木箱の中には生まれて間もない尻尾爆発スクリュートが犇めいている。

大きく育ち過ぎたナメクジのようで、身体のあちこちから生えている触角らしきモノはよく見ると足。
だが好き勝手に生えているので、足としての役割はあまり果たしていない。

そしてその名の通り、尻尾が爆発するようで、その爆発の衝撃で前進をしているようだ。


ぬめっとした胴体に、頭の無い頭。
頭、というよりは"尻尾の反対側"と表現した方が良いだろう。
そして、その生物からは異様な臭いがたちのぼっていた。


「う・・・うわぁ。なんか、こんなにおい、どこかで嗅いだ事ある・・・」
「こんな、悪臭をか!?」

カノンとドラコは口と鼻をハンカチで押さえながら喋っている。
他の生徒達は、鼻をつまんだり、自身の袖で空気をシャットアウトしているようだ。



「えーっと、うーん・・・あ! 思い出した!! シュールストレミングだよ! あのニシンの缶詰!」
「確か・・・スウェーデンの、だったな・・・食べた事あるのか?」
「ないない! 養護施設にいたときに、ボランティアで街中の空き缶集めをやらされた事があって、その時にシュールストレミングが入っていた缶を拾っちゃったの。ちょうどこんな臭いで気絶しかけたよ」


遠い目をしたカノンがしみじみと呟くと、ドラコはぞっとした顔で言った。

「空き缶でこの臭いか・・・いや、臭い食べ物の話はやめよう。気分が悪くなる。」
「そうだね・・・ああ、やだ。髪とか制服に臭いが付いたらどうしよう。消臭薬とか作っておいた方が良さそうかなぁ・・・教授に相談してみようっと」
「作れたら僕にも分けてくれ。毎回これじゃあたまらない」


その後スクリュートは、喜ばしくないことだが各生徒に一匹ずつ配られた。
餌をやったり散歩をしたり、と世話をするように指示が飛んだ。

だが箱の中に手を伸ばそうという、勇敢な生徒は中々現れなかった。
そんな中、恐る恐る手を入れたのは矢張りハリー・ポッター。
その姿を見たグリフィンドール生は、続いてそっと手を伸ばし始めた。

「すごいなぁ、ハリーを尊敬するよ。あんなのに触ろうと思えるなんて・・・友情って強いね」
「お美しいご友愛だな。僕はそんなものまっぴら御免だ」
「いやー、ヒッポグリフは可愛かったけど、これはなぁ・・・」
「僕はずっと不満だらけだ! あの馬鳥、芋虫に引き続き、こんな気味の悪い生物! 時間の無駄としか思えない」


カノンは、ヒッポグリフなどの獣に近い魔法生物は好きだったが、レタス食い虫やスクリュートに関してはドラコと大体は同意見だった。
だが、ハグリッドがあまりにもワクワクした表情で授業を進めているので、それを口に出せないだけだ。


「仕方ない・・・こんなことで成績が落ちでもしたら面倒だし、とりあえず一匹ずつ持ってくるよ」
「だ、大丈夫か? 怪我しないようにな」
「大丈夫。皆、なんで手掴みしようとするのかな」

カノンが「アクシオ」と杖を振るうと、木箱から2匹のスクリュートが浮かび上がった。
そのまま2人の足元へ下ろされたスクリュートは、柔らかな芝生の上でうごうごと蠢いている。

カノンとドラコは揃って溜息を吐き、スクリュートに視線を落とした。




「とりあえず・・・何食べるのこの子。口ないんだけど・・・」
「というか、頭が見当たらないんだが」

スクリュートと一緒に、餌も一揃い呼び寄せたカノン。
彼女等の手元にあるのは生肉、キャベツ、ネズミの死骸、虫、などなどだ。
だがカノンが肉やキャベツを近づけても、スクリュートは微動だにしない。

「私、虫だけは絶対に触りたくない」
「ネズミも嫌だけどな・・・あ、こいつ蝿が好物らしい」

ドラコが手に持っている皿には、カノンの呪文によって足と羽をもぎ取られ、身動きの取れなくなった蝿がひしめいている。
その中に入り、心なしか活発に動き回るスクリュート。どうやら口で咀嚼するのではなく、直接消化器官に流し込んで消化をするようだ。


「最悪。 観察だけでこんなに気分が悪くなるなんて」
「ああ、僕も臭いで気分が悪くなってきた」

ドラコは観察を早々に切り上げ、スクリュートを鎖で近くの木に縛り付けると、新鮮な空気の吸える場所へと移動した。
なにせ、このスクリュートを連れた一団のいる部分は、ゴミ処理場のような生臭さと腐臭が漂っていたからだ。
カノンも同じようにスクリュートを括り付け、丁度良い機会だと言わんばかりにハリー達の元へと向かった。














「久しぶりだね、3人とも」

カノンは、背後からハリーの肩をつついて声をかける。
彼女のネクタイカラーを見たハリーは一瞬嫌そうな顔をしたが、話しかけてきた人物の顔を見た瞬間、にこりと笑顔を浮かべた。


「カノン!」

その声に反応したロンとハーマイオニーもこちらを向いて手を振って来る。

「久しぶりね! 夏休みはどうだった?」
「とっても素晴らしい休みだったよ。家でのんびり、だったけど」

カノンの目の前に立ったのは、ハーマイオニー。
去年よりも髪が伸びていて、体つきもぐんと女性らしくなっている。

そして、その横から顔を出したのはロン。
彼の成長は目覚ましいもので、2ヶ月前よりも格段に背が高くなっていた。
ロンも口角を上げて「やぁ」と声をかけた後、眉を下げて心配そうに問いかけた。

「去年の怪我はもういいの? 痛んだりとかは」
「とっても良好だよ。心配してくれてありがとう」

カノンが伸びをしながら答えると、3人は目に見えて安心した表情になった。

「そっか、良かったなぁ。ハリーもハーマイオニーも君の話になるとそればっかりでさ」
「あら、ロンだってうるさかったじゃない! ねぇハリー」
「うん、一言めには"あいつの背中、良くなったかな?"って」

照れくさそうに頭を掻くロンを見て、思わず笑いを洩らす3人。
カノンは幸せそうにふっ、と微笑んだ後、演劇のような抑揚をつけて言った。

「心優しい友人がいて、私は幸せ者でございます」
「あはは、フレッドとジョージみたいだよ」
「そういえば・・・カノンはスクリュートをどうしたの?」

ハーマイオニーは、カノンが手ぶらで歩いているのに気付いたようで、小首をかしげながら問いかけた。
すると名前1は、自分とドラコがいた場所を振り返り、そちらを指差した。


「あそこらへん」
「ほったらかして来ちゃったの?」
「でも、万が一逃げ出した時は捕まえておいてね、ってクラッブに言っといたから平気だよ」
「それって、つまり・・・押し付けて来たって事だよね?」

至極面白そうにニヤッと笑いながらハリーが聞くと、カノンも同じような表情をした。

「まさか。同じ寮の友人に、ちょっと頼みごとをしただけだよ」

すると3人も、可笑しそうに笑いを浮かべて「いい気味」と、声を揃えた。








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