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大広間での宴のあと、カノンはスリザリン寮に向かって歩いていた。


「うぅ・・・調子に乗って食べ過ぎた・・・おぇ、気持ちわるい・・・」

足取り重くフラフラ歩くカノンは今にも倒れ込みそうな様子だった。
そんな彼女を後ろから心配そうに見つめる男子生徒が一人。



「あ、おい、カノン・・・だ、大丈夫、か?」
「ん、ドラコ?」


おずおずと彼女に声をかけたのは、あのドラコ・マルフォイだった。
彼は、グリフィンドールVSレイブンクローのクィディッチ対抗試合で
カノンの怒りを買ってから、「二度と私の前に現れるな」という言葉の通り、彼女に声をかける事もしていなかった。

まぁ、ハリーたちと悶着を起こした時に彼女が睨みを効かせていたのを交流と呼ぶならば、結構な頻度で会っていたのだが。


「すまない、その、調子が悪そうだったから・・・」
「別に、平気だよ」

そっけなく言い返したカノンの言葉に、ドラコは小さく「そうか」と呟く。
そのまま何を言うわけでもなく立ち止まっているドラコへと、カノンが視線を向けた瞬間だった。

彼の薄いアイスブルー色の瞳から、ほろりと一筋の涙が零れるのが見えた。


「えっ」

カノンがドラコの顔を見て、思わず驚愕の声を上げる。
あのドラコ・マルフォイが人前で泣くなんて。

カノンは、思わず狼狽えた。
それはもう、大量殺人犯のシリウス・ブラックが眼前に現れた時の方が冷静だったほどに。
つい、彼に言った言葉も忘れ、自身のポケットから柔らかく良い香りのするハンカチを取り出し、ドラコの頬を優しく拭った。



「ええと、ドラコ」
「な、何も言わないでくれ。すまない、取り乱して。君を煩わせるつもりはないんだ」

そう言い残して立ち去ろうとするドラコを、カノンは呼び止める。

「一つだけ・・・入院中、三日おきに新しい本を持ってきてくれたの、ドラコでしょ」
「な、何で分かったんだ」
「メッセージカードの筆跡と、カードについてた百合の香り。クリスマスに貰った香水と同じ香りだったから」

何で分かったんだ、と言う割に、カードに香りづけをしていたドラコ。
きっと、自分だと気づいてほしかった気持ちもあるのだろう。


「その、酷い傷だと聞いて、お見舞いに行ったんだが断られてしまって・・・僕はもう君に会う資格すらないのかと思ったんだ」
「ええと・・・面会は全員謝絶で・・・中に入れたのは、スネイプ教授とミネルバ先生と、ダンブルドア先生くらいだよ」
「面会謝絶? 僕だけじゃ、なくて?」
「うん、パンジーやザビニ達も同じ」

面会謝絶は自分だけではなかった、とほっとした様子のドラコだったが、自分の勘違いに気付いてすぐに顔を紅潮させた。
だがそのお陰で、かなり落ち着きを取り戻したようだった。


「その、眠っている君となら一緒にいれると思って・・・」
「会いに? いつ?」

怪訝な表情のカノンに、ドラコを思い切って口を開いた。

「ま、ま、真夜中に、君とマダムが眠ってから会いに行ってたんだ! どうせ今年もグリフィンドールが優勝だったし、減点されてもいいと思って・・・」

もはや、ロンの髪色と同じくらい赤いドラコの頬。
そんなドラコに対して、カノンは軽い溜息をついた。
そのため息の意味を図りかねているドラコは緊張した面持ちになったが、カノンは次の瞬間にはふわりと笑みを浮かべてドラコを抱きしめた。


「ごめんね、強く当たりすぎちゃって。ドラコが持ってきてくれた本、どれも良いチョイスだったよ」

カノンの柔らかな言葉を聞き、ドラコはぐっと何かを堪えるように押し黙る。
そして、彼女の細い背中にそっと自身の手を添えた。

「でも、そんなに寂しいなら、さっさと謝りに来ればよかったのに」
「こ、これ以上嫌われる事の方が怖かったんだ・・・それに、"見限った"って言われて、もう、友達には戻れないって思って・・・」

あの日、パンジーとの会話を聞かれていたのだろう。
カノンが口にした冷たい言葉は、彼の心を鋭く貫いていた。

彼女は流石に申し訳無さを感じたのか、ドラコの頭を優しく撫でた。

「ごめん」
「良いんだ、僕が悪いんだから。君はもう謝らないでくれ」
「わかった。じゃあドラコももう謝らなくていいからね」

お互いに体を少し離して、向かい合う。
眉を下げて笑うカノンと目を合わせて、ドラコもようやく笑顔を浮かべた。

「じゃあ、また君の隣にいても・・・」
「好きにして。ドラコが私の前から消えてから、ちょっと味気ないなって思ってたの」
「それじゃあ、後で写真を撮りたいんだ・・・あのアルバムを一杯にするために。新しいカメラを父上に頂いたんだ、だから君と、僕と・・・しょうがないから、あいつらも」
「そうだね、あの分厚いアルバムを満タンにしなきゃならないのに、私たちは半年もの期間を無駄にしてしまったらしい」







その後スリザリンの談話室では、久々な光景が見られた。

笑顔のカノンと、上機嫌なドラコ。
ドラコが元気になって嬉しいやら、再び彼がカノンにひっつくようになって悔しいやらで複雑な顔をしているパンジー。
談話室でも馬鹿食いを続けているクラッブ、ゴイル。
カノンの肩を抱いてドラコをやきもきさせたザビニ。

その他にも、カノンに連日見舞い品を送っていたファンクラブメンバーが
カノンの満面の笑顔を見て、興奮のあまり卒倒したり、彼女が写っている写真が超高額で裏取引されたり。
高額取引されていた何枚かの写真のうち、一番素晴らしい笑顔の一枚をスネイプが寮監権限で奪ったことも。


学年最後の日は、いつも静かなスリザリン寮が
グリフィンドールにも負けないほどに活気づいたのだった。




***




それから数時間後。



ホグワーツの生徒達は、キングズ・クロス駅までの道のりを名残惜しく思いながら汽車に揺られていた。

カノンは、学期中の埋め合わせをする、という理由でドラコと2人、コンパーメントを占領していた。

穏やかに会話をしながらカノンが出した紅茶を飲んでいると、コンパーメントの扉がガラリ、と急に開いた。



「ハリー?」
「カノン! やっと見つけた! ・・・・・・マルフォイと居るの?」
「おいポッター、何だその言い方は!」

扉を開けたのはハリーだった。
ドラコの抗議を無視したハリーは、カノンに少し皺のついた手紙を渡した。

その手紙には小包が付いており、宛名は無いようだ。



「これは・・・誰から?」
「クロからだよ」

シリウス、とつい言いそうになったハリーだったが、カノンが彼を呼ぶ時に使ったニックネームを口にした。
当然、ドラコは訳がわからない、と言うように首をかしげたがカノンは「ああ」と一声洩らすとハリーににっこり笑いかけた。


「ありがとう、ハリー。ということは、この子は無事でいるんだね」
「うん。空飛ぶお友達と一緒にね」
「よかった」

そのあとカノンはハリーと少し会話したのち、また来学期会おうと言って別れた。
ハリーが笑顔で出ていった後、不思議そうな顔をしたカノンがドラコに問いかける。

「そういえば、めずらしく大人しかったじゃない。どうしたの?」
「別に・・・もうこれ以上君と喧嘩したくなかっただけさ」

若干ふてくされたような顔でそう言ったドラコに、カノンはクスクスと笑った。
そしておもむろに持っていた包みを開けると、中には美しいクリスタルのネックレスが入っていた。

日の光にあたって、淡い虹色に輝く透明なクリスタルはドラコのクリスマスプレゼントと少し似ていた。
入ってた手紙は短いものだったが、その文面にカノンは笑みを浮かべた。


『我が愛しのマスターへ

 休暇はどうお過ごしの予定ですか。
 もしどこかへ出かける用事などありましたら
 素敵なコサージュとネックレスをつけてお出かけ下さい。
 きっと、夏の装いには大輪の向日葵が咲くことでしょう。
 また、チキンとターキーのお礼をお送りします。
 どうぞ、休暇をお楽しみくださいませ。

 クロ』


あの無記名のクリスマスプレゼントはシリウスからのものだったのか。
カノンは1人頷き、あの素敵なコサージュを思い出していた。
コサージュは元の箱に入ったまま大切に保管されているはずだ。

カノンは、夏に出かける時にはダンブルドアから贈られたワンピースにコサージュを着けて行こうと約束した。
あの可愛らしいワンピースに、瑞々しいコサージュをつけて、この素敵なネックレスをつけて、最後にふわりと百合の香りを身にまとって出かける。

考えただけでも胸が弾むような予定に、カノンは静かに笑みを浮かべた。




ドラコとの静かな時間も終わり、カノンはキングズ・クロスにいた迎えの車で聖マンゴへ向うことになった。

駅でマルフォイ夫妻、ウィーズリー夫妻、グレンジャー夫妻、そしてダーズリー夫妻にも礼儀正しく挨拶をしたカノンを見て、周りの人々はそっと感心した。


カノンに訪れた、人生初の自由な夏休み。
聖マンゴへと向かう車の中から過ぎ去っていく景色を眺めながら、カノンは大きく深呼吸をした。






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