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例の事件が収束し、ホグワーツにも落ち着きが戻ってきた。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は入院した翌日の昼には退院したが、体力のないカノンは当分の間、医務室に繋ぎとめられてしまっていた。
病室暮らしに慣れている上、スリザリン寮へと帰りたがらないカノンは、嫌がりもせず優雅な毎日を過ごしているようだ。
今日も、面会謝絶になっているカノンの元へと沢山のお見舞い品が届いていた。
パンジー、ミリセント、ザビニ、ダフネ、などいつも行動を共にするメンバーや、スリザリンの上級生、何故か一度も話した事の無いような人からも高価なプレゼントが届いている。
カノンは自分にファンクラブが出来ている事や、そのファンクラブのクラブ員の多くが良家の子息や令嬢で、こうして高価な貢物が贈られている、という事情を知る由もなかった。
知らない人のお見舞い品は後回しにして、カノンは親しい人からの贈り物のみを開いていた。
するとその中から、無記名で水色をした包みが目の前に転がった。
カノンは不思議に思い、その包みを開ける。中には、彼女が以前欲しいと思っていた本が丁寧に包まれていた。
入院中は寝ることしかできなかったので、これはカノンにとって嬉しい贈り者だった。
中に入っていたメッセージカードには『君の回復を強く願う』と一言書かれており、そのカードからは芳しい百合の香りがした。
「ふふ」
カノンは少しだけおかしそうに笑ったかと思うと、そのカードを大切そうにサイドテーブルへと置いた。
彼女が本を読み始めてから数分たったころ。
窓から一羽の梟が入ってきて、カノンの前にとまった。
カノンは梟の足から手紙を取ると、すぐに宛名を確認して開封した。
「ルーピン先生から・・・?」
『怪我の具合はどうだい?痛みは減ったかい?酷い傷跡が残らないといいけれど・・・
君を傷つけてしまった張本人である僕が心配する権利なんてないかもしれないけれど
どうか君の無事を祈らせてほしい。本当に申し訳ない。
実は、今日限りで教師を辞めたんだ。
ちょっとした事で、私が人狼であるということが皆に知られてしまってね。
おそらくこの手紙が届く頃は、私はホグワーツに居ないだろう。
君と直接会うのが恐ろしくて、こんな形になってしまった。
今更だけど、私は教師失格だね。
また、何か縁があったら再開できるかもしれない。
もっとも、君はそれを望まないと思うけれど
どうか元気で幸せな日々を送ってほしい。
それだけ伝えたかったんだ。
あの夜に言ってくれた"信じる"っていう言葉、すごく嬉しかったよ。
それじゃ、元気で。
リーマス・ルーピン』
カノンは眉を顰めながら手紙を畳んだ次の瞬間に、羊皮紙と羽ペンを握った。
『ルーピン先生、お見舞いのお手紙ありがとうございます。
怪我の回復は順調で、痛みはどんどん減っています。
授業を受けずに医務室でのんびりできて、とても快適です。
でもルーピン先生の授業が受けられないのは残念でなりません。
先生の授業はいつも楽しくて、日常で役に立つことばかりだったから。
でも私、先生にひとつ怒ってもいいですか?
いくら面会謝絶でも、一度くらいお見舞いに来てくれてもいいと思うんです。
まぁ、マダム・ポンフリーが許可しても、スネイプ教授が絶対駄目!って言いそうだけど・・・
とにかく、私は先生にもう一度会いたかったです。
ちゃんと直接「おつかれさま」と言いたかった。
だから、次に会って「さよなら」を言うまでは先生は先生のままです。
そのくらいは良いですよね?
また、お返事下さい。その時には美味しいチョコレートの銘柄を教えてほしいです。
カノン・マルディーニ』
カノンは手紙を猛スピードで書き終えると、勝手にお見舞い品のクッキーを啄んでいた梟を引っ張り、その足に再び手紙を括り付けた。
梟は少々迷惑そうな顔をしたが、すぐに飛び立つと真っ直ぐ空へと消えて行った。
それを確認したカノンは再び、本へと視線を戻したのだった。
***
面会謝絶が解除されないまま、彼女の医務室暮らしは2週間を突破しようとしていた。
その間、色んな人からの手紙や贈り物が届き、一々開封するのも面倒になったカノンは、仲の良い人からのもの以外は
全て部屋に直通で送っていた。
それでも、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ハグリッド、パンジー、ミリセント、ザビニ、ダフネ、セドリック、フレッド、ジョージ、更にはマクゴナガル、スネイプ、そして"例の無記名のカードの人"・・・と、毎日相当な量になるのだが。
スネイプはというと、主にグリフィンドールの3人に対してのみ、怒りを爆発させていたようだった。
あの事件の翌日、スネイプが見舞いに来たときは、カノンが怯えきってシーツから顔を出さないといった小さな事件が起こっていた。これにはスネイプも参り、様々な見舞い品を持ってひたすらに彼女の頭をシーツ越しに撫でるといった光景があった。
あれから二週間経った今日も、スネイプは空いた時間にカノンの様子を見に来たらしい。
「カノン、今日の調子はどうだ」
「昨日よりも良くなりました。すっかり肩の傷もなくなって」
「そうか」
素っ気ない返事だが、スネイプの掌はカノンの頭を優しく撫でていた。
面会謝絶で他の生徒が絶対に来ないからこそ、彼はこんなにも柔らかな表情をしているのだろう。
「そうだ、試験の結果出たんですよね? 私の成績はどうでした?」
「グレンジャーと同点1位だ。数占いや呪文学はグレンジャーがリードしていたが、魔法薬学と変身術はお前が1位だった」
「よ、良かった・・・その2つで誰かに負けたら、どうなってたか」
ニタリと満足げに笑ったスネイプに、カノンは嫌なものを感じる。
もしも学年一位の座を逃していたら、きっと彼女の夏休みは補習の予定ですべて埋まるだろう。
だが、大好きな先生2人と一緒ならばそんな毎日も悪くは無いと、薄々思った。
***
それから更に数日後。
学年末のこの日になってようやく、カノンに退院の許可が出た。
夕刻ではあるが久しぶりの外出に、カノンの気分は晴れやかなものになった。
彼女はまず、退院と同時にマクゴナガルの自室へ行き、健康状態を報告した。
マクゴナガルも毎日のように見舞いに訪れていたが、改めて元気なカノンを見た瞬間、両目に涙を浮かべて祖母が孫を抱きしめるように、彼女を腕の中に収めた。
カノンも親のような存在のマクゴナガルに抱きしめられ、照れくさそうな笑みを浮かべながらその背に腕を回した。
「すっかり元気になったようですね」
「はい、もう大丈夫です」
「私としては、カノン、貴女が病室にいる姿はもう極力見たくはありません。危険なことに首を突っ込むのはおやめなさい」
お説教じみた言い方ではあったが、それがマクゴナガルの親心から来るものであると、カノンはすぐに理解した。
「それから・・・今学期の貴女の成績はもう聞きましたか? すばらしい出来でしたね」
変身術の最終的な成績を褒められ、気分最高潮のカノンは、るんるんと鼻歌を歌いながら大広間へと向かった。
そう、今日は学年末パーティ。
マクゴナガルは、どうにかして滲む涙をおさえてから大広間へ向かう、とのことでカノンは1人で大広間までの道を歩いていた。
彼女が大広間の扉をくぐり、中へ顔を出すと、雑談をしていた生徒たちが静まり返る。
突然、大広間に沈黙が走ったことに顔を引き攣らせたカノンだったが、目の前が急に暗くなり、彼女はあたたかい何かに包まれていた。
カノンが何とか温もりの正体を確認すると、それは友人のパンジー・パーキンソンだった。
彼女はぎゅうぎゅう、とカノンにしがみ付き離れようとしない。
だがカノンは無理に剥がそうとせず、パンジーの背を優しく撫でた。
「ただいま、パンジー」
「あんたねぇ・・・ずーっと面会謝絶ってどういうこと!?」
ありありと目に涙を浮かべたパンジーがカノンに怒鳴る。だがそれも、カノンの事が心配で心配で仕方が無かったのだろう。
カノンがにっこり笑うと、パンジーはついにぐすぐす鼻をすすりだした。
「ごめんごめん、泣かないでよ」
「な、ないてないわよ! ばかじゃないのっ!!」
「はいはい」
カノンを抱きしめながら、彼女に「バカ」だの「心配させて」だのと言いたい放題言うパンジー。
そんな彼女らの姿を見て、スリザリン生に笑顔の波が広がっていく。
そして珍しいことに、スリザリン生の嬉しそうな雰囲気に釣られ、彼女と仲の良い他寮生もカノンへと声をかけ始めた。
「うう・・・無事でよがったぁ・・・・・・」
「心配掛けてごめんね、パンジー」
カノンは泣きわめくパンジーをどうにか宥め、スリザリンの椅子に腰を下ろした。
そのあとすぐに学年末のパーティは始まり、なんとかマクゴナガルも間に会ったようだ。
結局優勝はグリフィンドールだったが、カノンは特に気にはしなかった。
周りのスリザリン生が憎々しげに寮旗を見ているなか、1人大きな拍手をしている。
「魔法薬学と変身術で一位だったし、寮杯は別にいいかな」
「スネイプ先生は寮杯が欲しかったみたいだけどね」
朗らかに笑いながら、ホグワーツのしつこい料理をアイスティーで流し込むカノンに、パンジーは少し拗ねたような言い方をした。
結局その日、カノンは早々に胃袋がダウンし大広間を出て行った。
パンジーもミリセントも、もはや慣れっこなのでその背中を追う事はなかった。