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涙を浮かべながら殺気立ったカノンと、心配そうにそれを伺う3人。
目の前のスキャバーズに夢中なルーピンとシリウス、そして部屋の奥でうなだれたままのスネイプ。

そんな奇妙な光景のなか、新たな登場人物が姿を現そうとしていた。



「さぁリーマス、一緒にやろう。・・・・・・いち、にの、さん」

ブラックの掛け声で2人の杖から青白い閃光が迸り、その閃光は真っ直ぐスキャバーズを貫く。
ふわりと宙に浮いたスキャバーズは、青白い光を放ちながらその姿を変え始めた。

変化が表れてからはとても速かった。
あっという間にネズミは1人の小男に変貌し、少年少女4人はつい言葉を失った。


「やぁピーター、久しいね」

とても気軽な言い方だったが、ルーピンの瞳にはわかり易いほどの侮蔑の色が篭っている。

ペティグリューはチラチラと部屋のドアの位置を確認していた。
逃がしてなるものか、とすかさずカノンが扉を閉めてその前に立ちふさがると、その男は絶望の表情を浮かべる。

ピーター・ペティグリューがこうして実際に姿を現してしまえば、信頼の天秤がルーピンとシリウスに傾くのは早かった。
2人が投げかける質問に、しどろもどろになりながら応えるペティグリューだったが、その返答はどうも曖昧で言い逃れをしているようにしか聞こえない。

そしてハーマイオニーがルーピンに対して質問した問い「なぜ13年間、ペティグリューはハリーに手出ししなかったのか」という事にシリウスが答えた。
「ペティグリューは自分以外のためには何もしない」という男だと、そう言ったのだ。
闇の帝王が消え去り、ほとぼりが冷めるのを今か今かと待っていたのだろう。

するとハーマイオニーは、次にシリウスに至極丁寧な問いかけをした。

「あの、Mr.ブラック? ・・・シリウス?」

と、呼び掛けると、シリウスは何故か飛びあがるように驚いた。
きっと投獄されてから12年間の間、丁寧に呼ばれるどころか名前を呼ばれること自体無かったのだろう。


「あたながアズカバンから出る時、どういう手段を使ったの? その、闇の魔法を使わなかったのなら」

ハーマイオニーの問いは、誰もが知りたい事だった。
ペティグリューは、彼女に対して「ありがとう!」と声を上げる。これでシリウスが闇の魔法を使っていたり、質問に答えられなかったりしたのなら、やはり彼が死喰い人なのだと声高に言い放つつもりだったのだろう。


シリウスは、自分でもよくわからないと言った。

幸福を吸われ、絶望の底にいたが、自分の中の執念だけが己を保たせていたということ。
そして犬に変身し、孤島のアズカバンから身一つでここまで来たこと。
やせ細った犬の姿ならば、アズカバンの檻は易々と通り抜けることができた上に、アズカバンの看守が吸魂鬼しかいないことが幸いした。やつらは目が見えないから、人間ではない生き物が刑務所内をうろついていてもそれを認識できないのだろう、と言った。

最後に、ハリーの箒捌きのことも。父親に負けないくらい上手い、と。


その言葉で、ハリーはシリウスが真に父親の親友だったと確信したようだ。シリウスの「信じてくれ」という言葉に、無言で頷いた。

その後シリウスは、カノンにも視線を向けた。
先程まであんなに牙を剥いていたのが嘘のように、穏やかな視線だった。
カノンもまた、その視線に応えるように、彼の目を真っ直ぐ見た。


「さっきは済まない、あんな言い方で。君には本当に感謝してるんだ。飢え死にしそうだった俺を助けてくれた」

先程の言葉と同じものだったが、今度は皮肉や嫌味など一切無い純粋な感謝の言葉だった。
だが、カノンはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「言い方? それよりも先に、もっと謝るべき事があるでしょ」

その言葉を聞いたシリウスの視線が、ハッとカノンの肩へと移る。
犬の姿をしたシリウスが、咄嗟に噛みついたその場所だ。
先ほどハーマイオニーが巻いてくれた包帯が、今や真っ赤に色を変えている。

「そうだな、君の言う通りだ。すまない、こんな大怪我をさせてしまって」
「全くだよ。あんな暴言は吐くし、さっきって頭から血が出たんだよ? まぁ、実際にそれをやったのはハリーたちだったけど」
「うん? 何の話だ?」
「え?」

もっと先に謝るべき事。その認識がカノンとシリウスとでは些かずれているようだ。
彼女がスネイプへの謝罪を望んでいるという事に気づいたシリウスは、一転して「スネイプに謝ろうと思ったことは無い」と、むきになって言い返した。

「俺は、君の肩の傷について謝ったんだ! あいつの姿は自業自得だな」
「こんなかすり傷はどうでもいいの! それ以上教授に無礼な態度を取るなら、本当に許さないからね」

むっすりとした顔のカノンは、ペティグリューを見、シリウスを見、そして言った。


「ピーター・ペティグリューは信用できない。それは確かだけど、私は貴方の事もよく知らない」
「・・・ああ」
「でも、ルーピン先生の事なら多少は知ってる。先生が貴方に味方するなら、私もそれを信じてみる」

カノンが発したその言葉に、ルーピンが小さく息を呑むのが分かった。
シリウスは、その答えでも十分に満足したらしい。厳めしかった表情を和らげ、カノンに「ありがとう」と告げた。


「シリウス」
「なんだか、君にそう呼ばれるのはむず痒いな」
「じゃあ、可愛い可愛いグッドボーイって呼んだ方がいい?」

カノンも表情を和らげた、そのほんの一瞬、穏やかな空気が流れた。
だがそれを引き裂いたのは、またしてもあの男だった。

「いけない! あの男に惑わされてはいけない!!」

そう言ったペティグリューは、ルーピン、ロン、ハーマイオニーの順番に擦り寄っては、憐れみを請うように縋った。
だがどの人もペティグリューの汚さに気付いているようで、手を差し伸べようとする者はいなかった。


「賢いお嬢さん・・・冷静で正しいお嬢さん・・・2人なら私を助けるように言ってくれるでしょう・・・?」

ペティグリューがハーマイオニーのローブに触れようとした瞬間、隣に立っていたカノンがその手を踏みつける。

「失せろ」

これまでに無いほどに凍りついたカノンの瞳。
冷たく射貫くようなその視線を正面から見てしまったペティグリューは、さっと方向を変えてハリーに向き直った。
だが、ハリーに話しかけるや否やシリウスが怒涛のごとく罵声をあげ、ペティグリューはとうとう孤立した。

すると今度は、成人男性がだらしなく泣き声を上げて泣き出したのだ。
目の前のおぞましい男に、カノンは心の底から軽蔑の感情が沸き上がっていた。

――この男がどうなろうと知った事ではない。
―――早くこの不快な存在が目の前から消えてなくなってほしい。
その思いだけが頭の中をぐるぐると回っている。
ルーピンとシリウスがペティグリューに杖を向けた時も、カノンはそのまま殺してしまえば良いとすら思った。

だが、ハリーは違った。


「駄目だ、こいつは殺すに値しない」

ペティグリューの前に立ちふさがり、殺す価値の無い人間だと言う。


「さっき、カノンが僕に言ってくれた。"友人の手を罪人の血で汚したくない"って。僕の父も、きっとそう言ったはずだ」

最終的に、全ての当事者であるハリーが決定権を得た。

ハリーはキッパリと、ペティグリューはアズカバンに入るべきだ。と言った。
その意見を尊重したシリウスとルーピンが、ペティグリューを縛り上げ、叫びの屋敷からホグワーツへと戻る支度をし始めた。







「はぁ・・・またあの通路かぁ・・・」

げんなりとしたカノンの声に、ハリーとハーマイオニーは苦笑し、ロンとシリウスとルーピンは不思議そうな顔をした。


暴れ柳とシリウスのせいで骨折してしまったロンの足も、ルーピンの出した添え木で何とか歩ける状態になり、ルーピンとロンの両名がペティグリューと腕を縄でつないだ状態で歩く事になった。

そしてその後ろに、スネイプを人体浮遊呪文で浮かべたシリウスが。
シリウスのすぐ後ろにハリー、ハリーに手を引かれたカノン。
最後尾にハーマイオニーという並び順で、狭い洞窟を進み始めた。



「カノン。辛そうだが、大丈夫か?俺が背負って行った方が・・・」
「いや、だいじょぶ、ありがと。も少し、頑張れる。」
「見るからに大丈夫じゃないんだが・・・」

息も絶え絶えなカノンを見て、酷く心配そうなシリウス。
ハリーもハーマイオニーも同じような表情で、彼らがやっと、カノンが体力のない女の子なのだと実感した日だった。


「見ろ、外だ」

前の方でロンが声を上げる。
その声の方に目を向けると、そこには最初に入った穴があった。

クルックシャンクスが先に出て、柳の節を押してくれているらしい。裂け目からあのフワフワの尻尾が見え隠れしている。
前にいる人から順に外へ出て行く。
するとシリウスは一歩下がり、ハリーとハーマイオニーを先に出した。

カノンはというと、皆が穴をよじ登っている間に少しでも息を整えようとその場に座り込んでいた。
必然的に、最後にはシリウスとカノンがそこに残った。



「なぁ、カノン」
「・・・うん?」

幾分顔色が良くなったカノンに、シリウスが話しかける。

「君には申し訳無い事をした。女の子の身体に大きな傷をつけてしまった」

カノンの赤く染まった包帯を見て、もう一度苦々しく言う。
だがカノンは別段気にする事もなく、さらりと言いのけた。

「別に気にする事ないよ。たとえキズ物になったとしても、良家のご子息からは引く手数多なんだから。ほらこの顔に純血家だし?」

そう言ったカノンは、自信たっぷりの笑顔でモデルのようなポーズをとった。
そして彼女はとどめにこう言った。

「いざとなったら名門ブラック家のシリウスがお嫁に貰ってよ。年の差婚も流行ってるらしいよ」

言い残して穴の上に出るカノン。
シリウスはポカンとした表情になったが、すぐにニヤリと笑って「流石に離れすぎだろう」と一人呟いた。





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