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「さて」と語りだしたルーピンは、ハリーが納得するまで事細かに説明を続けた。

自分がホグワーツの道という道を網羅した「忍びの地図」の製作者の一人であり、その地図上であり得ない人の名前を見たということ。忍びの地図、という名前に聞き覚えのないカノンに対して、その説明も付け加えつつ。
ハリーの両親との関係、12年前にシリウス・ブラックとピーター・ペティグリューの身に起きた本当の話。

そんな話をしていた、ルーピンの口から出た信じられない言葉。


「ロン、君のネズミは、アニメーガスなんだ。本当の名は"ピーター・ペティグリュー"知っているだろう?」
「嘘だ、こいつは僕のペットで、ずっとウチにいたんだ! 12年間!」

突拍子のないルーピンの話に、ロンが勢いよく言い返す。
だが、彼のいう事は一考する価値があるとカノンは思った。

「12年間・・・ブラックが投獄されていた期間と一致するね。スキャバーズの年齢とも」
「カノン、こいつの話なんか聞いちゃだめだ!」

妙に共通する「12年」という年数に、カノンとハーマイオニーが目を見合わせた。
だが、ロンは頑なにルーピンの話を否定する。

「ピーター・ペティグリューはブラックに殺された!」


そう、ハリーが烈火のごとく言い返すと、今まで苛々とした顔で黙っていたブラックがついに実力行使に出た。
ロンの腕から力ずくでスキャバーズを奪い取ろうとしたブラックが、依然として座り込んでいるロンに飛び掛かる。

「12年前、俺はあの卑怯者に嵌められた。今度はそうはさせん!」

ブラックがロンに触れるか否か、その瞬間にカノンが鋭く杖を振った。

「インカーセラス!」

カノンの杖から飛びだしたのは細い縄。
その縄は一直線にブラックの首に巻き付くと、犬のリードのように彼を部屋の柱に繋ぎ止めた。


「貴方たちには、こちらに事情を説明する義務がある。何も聞かずに2人揃って吸魂鬼に引き渡す事も出来るんだよ」

変わらず冷徹なカノンの態度に、ブラックは皮肉な笑みを浮かべた。

「クリスマス前はあんなに優しかったのになぁ、カノン」
「躾がなってない犬をしつけ直すのも、愛情だよ」

愛情、とは口ばかり。カノンの表情は恐ろしいほどに侮蔑の色を含ませている。
だが、ブラックがクールダウンした事を確認すると、もう一度杖を振って縄を消失させた。


すると、今度は黙りこくっていたハーマイオニーがルーピンに話しかけた。

「あの、ルーピン先生。ペティグリューがアニメーガスなんて、あり得ないんです」

おずおず言葉を紡いだハーマイオニー。
ルーピンはそんな彼女を優しく見つめ、穏やかないつもの声で「どうしてだい?」と話の続きを促した。

ハーマイオニーが言うには、アニメーガスになるには魔法省への登録が必須であり、今世紀の魔法使いで登録されているのは僅か7人。そしてその中にピーター・ペティグリューの名は無かったと。

カノンも確かにそうだったと思い出し、そのリストの中にマクゴナガルやダンブルドア、スネイプの名もあった、とぼんやり考えた。
だがルーピンは、ペティグリューが未登録のアニメーガスだと言った。穏やかに笑いながら話すその姿は、昔を懐かしんでいるようだった。




そんな中、突然部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
ルーピンとカノンは咄嗟に扉の外を確認するが、そこには何もいない。

「誰も、いません」
「ここは呪われてるんだ!」

静かに杖を構え、踊り場やドアの周りに向けるカノン。
しばらく部屋の外へと警戒を向けていたが、ロンの必死な声に振り向き、杖を下ろした。


「ここは呪われてなどいない。ホグズミード村の人間が聞いた叫び声や物音は私が出したものだったからね」


それから、ルーピンは自分の生い立ちを語り始めた。

少年の頃に人狼に噛まれ、自分も狼人間になったこと。
そんな自分を、ダンブルドアは救ってくれたということ。

そしてルーピンは、学校生活の中で素晴らしい友人に出会ったと言った。
ブラック、ペティグリュー、そしてハリーの父であるジェームズ・ポッター。

その3人は、ルーピンが人狼だと言う事を知って尚、離れるどころか満月の日にも共に居られるよう、未登録のアニメーガスになったそうだ。

ルーピンは学生時代の美しい友情を語ると同時に、自身が強い自責の念に囚われていることも仄めかした。
ダンブルドアを裏切り、友に法律違反をさせてしまったこと。
叫びの屋敷から抜け出し、人知れず村の人間を危険に晒していたこと。


「・・・・・・ある意味では、スネイプは正しかったんだ」
「スネイプ? あの陰険野郎に何の関係があるっていうんだ」
「シリウス・ブラック。スネイプ教授への口の利き方に気を付けて」

スキャバーズから視線を外して、スネイプに対する不快な感情を隠さずに出すブラック。
ブラックの言葉を聞いたカノンはというと、杖を突きつけながら眉間に皺を寄せた。

だがブラックはカノンの杖をかわしながら、ルーピンに視線を向けた。

「シリウス、スネイプもこのホグワーツで教えている」

そして再び、ルーピンの説明が始まった。
スネイプはルーピンやブラックと同期生だった。学生時代、ブラックが仕掛けた悪戯でスネイプが死にかけたことがあった。
そのせいで、彼は人狼であるルーピンがホグワーツの教師に就く事を猛反対した。

だが静かで客観的なルーピンとは逆に、ブラックは嘲りの表情で「当然の報いだ」と言い放った。

「あいつはコソコソと俺達のことを嗅ぎ回っていたんだ。良い見せしめだった」

そのあまりの言いように、カノンは思い切りブラックのむこう脛を蹴り飛ばした。


「この・・・じゃじゃ馬!」
「口の利き方に気をつけろと、さっき言ったでしょう。私の恩師に!」
「恩師? なるほどな、それで嫌味っぽい性格してる訳だ」
「そっちこそ、大人ぶってたくせに化けの皮が剥がれてきたんじゃないの」

激しく言いあうカノンとブラックをよそに、ルーピンの話は続いていた。

スネイプがルーピンの正体を知ってしまった、という処になり、ようやくブラックとの言い合いがひと段落したカノンも話に加わろうとしたその時。

「その通り」という、あのねっとりと地を這うような声が聞こえた。






「スネイプ教授!?」

ブラックへと鋭い視線を向けていたカノンが、一転してその瞳をパッチリと見開く。
そして、この場に居る全員がスネイプを見つめている中で、カノンだけが彼に駆け寄った。

スネイプはカノンを背に庇いながら、ブラックとルーピンを眼前にして、まるで獲物を見つけた猛獣のような怪しい笑みを浮かべていた。漆黒の瞳は爛々と輝き、狂気をともしているかのようにも見えた。

ルーピンがスネイプに歩み寄り、状況の説明をしようとする。すると、バーン!という轟音と共にスネイプの杖先から何本もの縄を放った。

迷いなくルーピンへと向かっていく縄。足、腕、胴体、口元、と余すことなく縛り上げられたルーピンは、バランスを崩しその場に倒れ込んだ。
怒ったブラックはスネイプに飛びかかるも、スネイプに杖を突き付けられ、その場に立ち止まる。


重い静寂。
それを引き裂いたのは、ハーマイオニーだった。
「あの、先生・・・」と、恐る恐るスネイプに話しかけ、ルーピンの話を聞くように促そうとするが

「黙れ! この馬鹿娘!!」

と怒鳴られ、肩を震わせて黙りこくってしまう。
全く関係のないカノンまでもが、スネイプの鋭い怒鳴り声にびくりと身を縮ませる。





スネイプが吸魂鬼を呼ぶべく部屋の出口に向かおうとすると、扉の前にハリーが立ちふさがる。

スネイプの冷たく鋭い、じわりと狂気が滲むような眼は戸を塞ぐハリーに向けられた。
だがハリーも、毅然として扉の前からどかなかった。

「さっき、カノンが言った事がわかる。ルーピン先生だって、僕を殺す機会はいくらでもあった。今学期、先生と僕は何度も2人きりになったんだから。」
「我輩に人狼の考えを推し量れとでも言いたいようだな。全く虫唾が走る! 親子揃って傲慢極まりない!! さっさとそこを退け! 退くんだポッター!!!」

胃袋が竦み上がるような怒声が響き、カノンはその場に固まる。
だがハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は日ごろから慣れているのだろう、カノンのように思考停止することはなかった。

それどころか。


「エクスペリアームス!!」

3人は声を揃えて武装解除呪文を唱えた。
3人分の呪文をいっぺんに受ければ、その威力は数倍にも膨れ上がる。
スネイプは扉にこれでもかと言うほど打ちつけられ、意識を失って頭を垂れた。

するとそれまで絶句していたカノンが我に返り、ガックリとうなだれるスネイプのもとに駆け寄った。

「きょ、きょ、教授!」

スネイプの、乱れた前髪の間から一筋の血が垂れ落ちる。
カノンは両の目に涙を浮かべながら、必死にスネイプに呼びかけ、その血を袖口で拭った。
自身もぐすぐすと鼻を鳴らし、それでもスネイプの応急処置にあたるカノン。

そんな彼女の姿に、ハーマイオニーは酷く申し訳なさそうな顔をしている。
ハーマイオニーに縄をほどいてもらったルーピンも同様だ。



ブラック、ハリー、ロンの3人は、未だにスキャバーズをめぐって言い争いをしていた。
だが、突然カノンが部屋の中心を横切り、ロンの前に行きネズミを渡すように言い出したのだ。

「ロン、アニメーガスかそうでないか調べる呪文は、本物の動物には無害なの。スキャバーズが只のネズミなら、無傷で君のもとに帰ってくるよ」

ロンは静かに話すカノンに反論しようとしたが、彼女の顔を見てぎょっとしたように固まった。
あの強気で怖いもの知らずなカノンが、両目を真っ赤にして泣いているのだから。
ハリーも怒りを忘れ、緑の両目をこれでもかと大きく見開いている。

「あー、あ、うん、あの、君、えっと、大丈夫?」
「大丈夫な筈がないでしょ」
「え?」
「教授が、ひどい出血なの。ロン、見ればわかるでしょう? ここでネズミを渡す渡さないの問答をしている暇があったら、すぐにでも医務室につれていかないと。ねぇ?」

カノンはゆっくりとロンに手を差し伸べ、「スキャバーズを貸して?」と言う。
恐ろしい程に無表情に言うカノンの様子は、いつものスネイプが冷酷に物を言う時のそれによく似ている。

「わ、わかった、ブラックは信用できないけど、君が言うなら」
「ありがとう、ロン」

カノンはロンからそっとスキャバーズを預かり、首の付け根あたりを摘まんで持ち上げる。
こう持たれてしまっては、スキャバーズがどんなに抵抗しようが彼女の手を噛むことすらできないだろう。

「ギィギィ」と狂ったように鳴きながら暴れる憐れなネズミは、ついに2人の男性の前に突き出された。







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