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6月6日。


二日間の試験が終わり、無事すべての教科をクリアしたカノンは一通の手紙を受け取っていた。
今は午後八時を過ぎたころだったか。通常の梟便の時間とはだいぶずれた時刻に届いたそれは、メモ書きのようないびつな羊皮紙に、決して上手いとは言えない文字が書かれているものだった。

ハグリッドからの、バックビークが敗訴した。処刑は今夜行われる。というメッセージ。
それはところどころが涙でにじんでいて、彼がどんな表情で、どんな気持ちで書いたのかが一見してわかるものだった。

処刑は今夜、その文章をもう一度読み、カノンは時計を確認する。

「もう八時を回ってる・・・」

外はもう日が暮れつつあり、おそらくシリウス・ブラックが校内を騒がせている今、この暗さでは外に出たら減点か罰則ものだろう。
だがカノンは、ハグリッドから届いた手紙を握りしめ、躊躇うことなく夜の校庭へと走り出した。


今学期はじめにバックビークがドラコを傷つけたことから始まった、ハグリッドとバックビークに関する裁判。ハーマイオニーとカノンで、ハグリッドを交えて『いかに普段のヒッポグリフが無害であるか。また、危険な特性については前もって指導されていた』という口頭弁論を作ったり、類似している危険魔法生物の傷害事件や監督不届きによる訴訟で無罪判決が出ているものなどのデータ集めをしてきたのにも関わらず、こんなにもあっさりと有罪判決が下るなんて。

釈然としない怒りをかみしめながら、カノンは静かに、だが素早くハグリッドの小屋の近くまでたどり着いた。
小屋の中からは数人の男の声が響いており、もう既に魔法省の役人が来ていることが分かった。
流石にこの中には踏み込めない、と二の足を踏んだカノン。その時だった、彼女が悔し気に握りしめている手が、突然に引っ張られたのだ。


「なっ・・・に・・・!」
「シー! カノン、静かに!」
「ハリー・・・?」

何もない所から、友人の声がする。と虚空を睨むカノン。
すると、バサリと布のようなものがカノンの頭の方から被せられた。
マントだろうか、布の内部に入るとそこにはハリー、ロン、ハーアイオニーも揃っている。
被った人の姿を見えなくさせる「透明マント」 その貴重な魔法道具の名前がカノンの頭によぎった。

大き目のマントとはいえ、流石に四人目が入ると、誰かしらの足がチラチラと見え隠れしている。
それを感じ取ったのか、ハリーは急かすように「早くここから離れないと」と言った。


「ハグリッドとバックビークは? 敗訴したって聞いて急いで来たんだけど・・・」
「もう、処刑が始まる。僕たちがあそこにいちゃいけないんだ、ハグリッドが更に不利になる」
「あんまりだわ・・・有無を言わさずに処刑だなんて、酷い・・・」

魔法省の決定には逆らえない。誰も口にはしなかったが、ここにいる四人全員がそれを痛感していた。
そして、生き物一匹も守れない自分の無力さを痛いほど思い知らされた。

ハグリッドの小屋からだいぶ離れた場所。小屋の方からはガサガサという物音や、誰かの声、バックビークの鳴き声が風に乗ってここまで届いてくる。生憎と言うべきか、幸いと言うべきか、視界が悪くバックビークの様子を伺うことができない。


「早く離れよう」

ハーマイオニーがすすり泣く声をかき消すかのように、ハリーが声を張って言う。
立ち去らなければいけない、でも動く気になれない。
4人が立ち尽くしていると、突然ロンの服のポケットから「キィキィ」というネズミ特有の鳴き声が聞こえてくる。

「ネズミ? ロンのネズミはクルックシャンクスに食べられたって・・・」
「生きてたんだ、ハグリッドの小屋に隠れてた・・・こら、何で暴れるんだ、おとなしくしてろ」

ロンとスキャバーズのやり取りに気を取られていたその数秒間。
その間に、ハグリッドの小屋の方からのざわめきが、先ほどよりも大きくなっていることに気づいた。
誰の声かはわからないが、男性が声を荒げている。

そして一瞬、森中が静まり返ったと思うと、次の瞬間に斧が振り下ろされ、重たい何かが地に落ちる。そんな音がここまで響いてきた。
ああ、とうとう駄目だった。その一念だけが4人の頭の中をぐるぐると渦巻き、胸の中に重苦しい何かがずっしりと流し込まれたかのような気分に陥った。



「あいたっ! コイツ、噛みやがった!」

重い沈黙を破ったのは、ロンだった。
スキャバーズに噛まれたらしい、指からぷっくりと血がにじんでいる。

ロンの手が緩んだ瞬間、スキャバーズは一目散に地面へと飛び降り、チョロチョロと素早い足取りで校庭の方へと走っていく。
勿論、ロンはその後を追って透明マントから飛び出してしまう。
流石にこの暗さの中を、生徒がうろついていたらまずい。今日はそれでなくとも魔法省の人間が来ているのだから。ホグワーツの管理体制がどうのこうの、と文句をつけられるかもしれない。

マントの中に残っていたハリー、ハーマイオニー、カノンは顔を見合わせて、一斉にロンの後を追いかけた。


「ロン! 早く捕まえて城に戻らないと! 見つかったら大変だ」
「わかってる・・・よし、捕まえた!」

走り回ってようやくスキャバーズを捕まえたロン。
いつの間にか、暴れ柳の周辺にまで来てしまっていたらしい。
まだあの柳の枝が届く範囲ではないが、あまり安全とも言えない場所だ。

これでようやく城に帰れる。そう、ほっと息をつくハリーとハーマイオニー。
そんな中で、カノンだけが真っ暗闇の中からこちらを睨んでいる、一対の光る灰色の瞳に気が付いた。

明らかに人間のものではないその眼光は、まっすぐにロンを睨んでいる。


「ロン、早く・・・こっちに・・・」
「どうしたの、カノン」

地に座り込んでいたロンが立ち上がり、スキャバーズを両手でしっかりと握り込んだ。
その時、暗闇でじっとしていた『何か』が勢いをつけてロン目がけて飛び掛かってきたのだ。


「インセンディオ!」

咄嗟にカノンが唱えた呪文により、彼女の杖先から炎が噴出する。
その火の粉を顔に浴びたらしい影が「ギャウン!」と声を上げて立ち止まる。

その隙に、両手がふさがっているロンを庇うようにカノンが前に踊り出る。
炎の明かりで照らされたその影に、カノンはハッと両目を見開いた。


「クロ・・・?」

そう、あの人懐っこくて賢い黒犬が、牙を剥きだしてこちらを睨んでいる。
可愛らしかったあの犬が何故。そう、カノンが僅かに狼狽えた瞬間だった。
彼女の杖先が微妙に揺らいだのを鋭く察知したクロは、目にも止まらぬ速さでカノンの肩目がけて牙を突き立てた。

「きゃあっ!」

悲鳴を上げて倒れ込むカノン。白いカッターシャツが、じわじわと赤い血で染まっていく。
クロはカノンを軽々と飛び越え、ロンに襲い掛かると、彼の足を銜えてズルズルと引きずっていってしまう。

ハリーやハーマイオニーの抵抗も空しく、ロンは瞬く間に遠ざかる。
倒れ込んだカノンをハーマイオニーが支え、ハリーがロンを追いかけて踏み出すと、突然ハリーの頭に衝撃が走り、彼もまた同じように倒れ込んでしまう。


「何なの?」
「ルーモス!」

カノンが唱えると、彼女の杖先に光がともる。
そして先程の衝撃の正体―――暴れ柳がその姿を見せた。

先ほどまでは射程範囲外にいたのに、今では3人とも暴れ柳のすぐ下にいる。
太い枝をしならせ、今にも襲い掛かってきそうな暴れ柳となんとか距離を取る3人。
そうこうしている間に、柳の根元の裂け目へとロンが引きずり込まれていく。


3人は途方に暮れた。
この枝の雨を避けきってロンを助けるなど、出来るのか。と、二の足を踏んでいると、突然枝が動きを止める。

不思議に思い、辺りを見回してみると木の根元にクルックシャンクスが立っていた。
クルックシャンクスは暴れ柳の幹にある節を押さえている。あれが、暴れ柳をおとなしくさせる方法なのだろうか。そもそも、クルックシャンクスは何故その事を知っているのか。

カノンが思い浮かべたその疑問を、ハーマイオニーが口に出す。

「何でこんなこと知っているのかしら・・・」
「クルックシャンクスは、あの黒い犬と友達なんだよ・・・とにかく、僕達も行こう」

何か心当たりのありそうなハリーだったが、それだけ言うと歩き始めてしまう。
カノンとハーマイオニーも、その後を追う。
静止したままの枝を恐々と潜り抜け、木の根元にある裂け目の中へと入っていく。
全員がその裂け目に入ったことを確認すると、クルックシャンクスは尻尾をピンと立てて3人を先導し始めた。


「カノン、君は引き返すか、ここで待っていた方がいいんじゃないかな」
「そうね・・・傷がひどいわ」

ひどく心配そうにカノンを見る、ハリーとハーマイオニー。
だがカノンは緩く首を振って、その申し出を断る。

「やだ。・・・このまま帰ったら、私は寮監のスネイプ教授に事情を説明しなきゃならないし、十中八九怒られるのはわかってる。どうせ怒られるならハリーと一緒に居れば、教授の怒りは九割九分ハリーに行くでしょ?」
「あなたってビックリするくらいスリザリンよね」
「ありがと」

確かに、どれだけこっそり城に戻ったとしても、マダム・ポンフリーの治療を受けるとなれば必ず寮監には連絡がいく。そして、カノンが大怪我を負ったという報せを受ければスネイプが瞬時に飛んでくることも間違いない。
そうすればどうなるか。あとは想像するに容易かった。
カノンが事情を説明し、ハリーの名前を出した瞬間にこれ幸いとスネイプが駆けつけ、3人のグリフィンドール生を嬉々として捕まえて大量の減点をするだろう。

かといって、カノンがスネイプの尋問を耐えられるとは思えない。

「言っておくけど私、スネイプ教授に何か聞かれたら驚くほど正直に話すよ」
「うん、知ってる。連れていこうハーマイオニー」
「そうね。手当だけするわ」

ハーマイオニーがカノンの肩に向かって杖を振ると、その杖先から清潔そうな包帯がしゅるしゅると飛び出て、カノンの肩にしっかりと巻き付いた。


「ありがとう、ハーマイオニー」
「それじゃあ行こう」

カノンの様子を見届けたハリーは、再び前を向いてクルックシャンクスの後を追う。
ハーマイオニーとカノンも、彼の背中に続いて狭い穴の中を進んでいった。







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