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和やかだったホグワーツにも、ついに怒涛の学期末試験日が訪れた。
この間は、生徒たちもシリウス・ブラックもどこへやら。ただただ教科書とノートにだけ視線を向けなくてはならない。
二日間という日程の中で、全教科のテストを実施するこの期間。
宿題や課題のレポートのように、人のものを真似て書き写すといった小細工が一切通用しない試験では、日頃の怠慢が成績として露になる者も居れば、努力が実り先生方からの評価が良くなる者もいる。
カノンはというと、たった今も得意科目のひとつである変身術の試験を受けていた。
試験内容は一年間のおさらいとして、変身術の呪文を実技形式で採点してもらうというもの。
今年の三年生の多くが、その課題の中にある「ティーポットを陸亀に変える呪文」に苦戦しているようだ。
今もまた、試験会場となった教室から青い顔をしたパンジーが飛び出してきた。
両頬を手のひらで抑えながら「私の亀、白磁色に金の模様が残っちゃった!」と叫んでいる。
ティーポットから完全な陸亀に変えることができれば高得点…即ち、少しでもティーポットの名残があれば減点対象となるのだ。
パンジーがあわあわと周りを見渡している、ちょうどその時だった。
バキッ、どしゃあん!という何かが壊れるような轟音と共に、マクゴナガルの「Ms.マルディーニ! やりすぎです!」という、悲鳴にも似た怒鳴り声が響き渡った。
スリザリン生の多くは「あの優秀で本番に強いカノンが、まさかヘマをするはずが無い」と思ったが、マクゴナガルの尋常じゃない様子に、内心気が気ではなかった。
廊下で試験終了の合図を待っていたスリザリン生の前に、けろりとした笑顔のカノンが現れた。
「ちょっと・・・成功し過ぎたみたい」
「カノン、あんた一体何したのよ」
皆が恐々と見守る中、パンジーが代表してカノンへと問いかける。
その問いに答えたのは、カノンに続いて教室から出てきたマクゴナガルその人だった。
「今まで私が請け負った生徒の中でも、群を抜いて素晴らしい出来でした・・・Ms.グレンジャーと同じくらいに。ですが、まさか机を真っ二つに割るほど巨大な陸亀は初めてですよ」
「以前マグルの生き物図鑑で見た、ガラパゴスゾウガメがふっと頭に浮かんでしまって。最大で300kgほどになるという説明があまりにも強烈で・・・」
「確かに変身術において明確なイメージは大切ですが、限度というものがあります! 確かに、ティーポットの色も柄も残さず完璧な陸亀に変化しました、素晴らしい出来でした! でも、グレンジャーはきちんと、机に乗るサイズでしたよ」
「でも先生、呪文は完璧でしたよね?」
カノンの、少々不安げな問いに「勿論! 呪文の出来は十二分です。ええ、文句のつけようがありません・・・」と言い残し、珍しくふらふらとおぼつかない足取りで職員室へと向かうマクゴナガル。
その姿は、スリザリン生の同情を買う程度には疲れ切っていた。
「さーて、次はいよいよ魔法薬学だね。楽しみ」
「今この学校でウキウキしてるの、あんただけよ」
パンジーがぽつりと呟いたその一言は、魔法薬学で頭がいっぱいになったカノンには届かなかった。
***
魔法薬学の試験では、まさに完璧というスピードと正確性で、二時間用意された試験時間の中の僅か15分で、今回の課題である混乱薬を作ってしまったカノン。その上位薬である錯乱薬を空いた時間に作り、大幅な加点を手に入れていた。
そんな優秀なカノンだったが、この日の最後の試験では学年一位に躍り出ることができなかった。
闇の魔術に対する防衛術。これも、彼女が得意とする教科の一つではあったが、その試験内容に若干の問題があったのだ。
今年の試験は、教師であるルーピンオリジナルの障害物競走方式だった。
グリンデロー、レッドキャップ、ヒンキーパンク、そしてボガート、と魔法使いに害をなす魔法生物が配置され、それらを正しい方法でやり過ごしていくことが課題とされた。
闇の魔術に対する防衛術を大得意とするハリーは、ルーピンが思わず拍手を送ってしまうくらいに完璧にやってのけた。そもそも、ルーピンの授業は楽しく、わかり易く、相当に苦手な者でなければ試験もクリアできるようにしてあるのだ。
ハーマイオニーはもちろんのこと、ロンも十分に点数を取っていた。
だが、カノンが大きなトランクの中でボガートと相対した瞬間だった。
「きゃああああ!!」という絹を引き裂くような悲鳴がしたかと思うと、次の瞬間「ズドン!」という爆発音が上がった。
「あの中にいるのは・・・」
「カノンね」
そう呟くハリーとハーマイオニーの言葉を聞いたルーピンが慌てて駆けつけるも、彼はトランクから黒煙が立ち上るのを見て、思わず頭を抱えた。
「カノン、出てきなさい、もう虫の駆除はいいから・・・」
彼が杖を一振りしてトランクを開け放つと、中から半泣きのカノンが、まるで虐げられた野良猫のように勢いよく飛び出してくるのが見えた。
「大丈夫かい? リディクラスの呪文はうまく行かなかったのかな?」
「あ、あ、あんな、虫の大群、お、面白おかしく? できるわけがない!」
「だからと言って燃やさなくても・・・」
「知ってますか、恐怖には理性的な恐怖と本能的な恐怖の二種類があるんです」
「わかったわかった、君にとって虫は本能的に恐怖を感じる存在なんだね・・・」
真っ青な顔で冷や汗を流しながらそう言うカノンを落ち着かせるように、ルーピンは何度か彼女の背中を撫でる。
そして、深呼吸するように促しながら、それとなくスリザリンの生徒の中へとカノンを押し戻した。