09




時は移ろい、今日はクリスマスの朝。


休暇が始まってからずっと聖マンゴの個室に閉じこもりっぱなしだったカノンは、学期末の時よりは幾分顔色が良かった。

そして彼女は今日、ベッドの脇に積まれたプレゼントを見つけ、瞳を輝かせながらそこに飛び付いた。



「わあ、こんなに沢山のプレゼントを貰ったの初めてだ・・・やっぱ最初はドラコのから開けなくちゃね」


カノンは、休暇が始まる前から大切にしていた包みをそっと取り出す。

桃色の包装紙を剥くと、中から真珠色の箱が出て来た。
彼女の手に乗るくらいのサイズだが、見た目よりも重い。

蓋を持ち上げると、思ったより滑らかに開いた箱の中には美しいクリスタル製の瓶が入っていた。

「こんなきれいな瓶、初めて見た」

今まで彼女にとっての『瓶』とは、ゴミである空き瓶もしくは、魔法薬を保存するものでしかなかったのだ。

光を反射して虹色に輝く瓶の中には、透明な液体が入っている。
中にあったクリスマス・カードを開くと、そこにはドラコの字でメッセージが綴られていた。


 カノンへ

 メリークリスマス、休暇をどうお過ごしですか。
 僕からは君にピッタリ合うだろうと思った香水を贈ります。
 瓶も綺麗だろう?きっと気に入るから、是非一度嗅いでみてくれ。
 それでは、良いクリスマス休暇を。

 ドラコ・マルフォイ



カードにあったように、瓶の中の液体は香水らしい。
カノンは透明な瓶の蓋を開き、瓶口から香りを嗅いだ。

ふわりと優しく香る匂い。
百合やジャスミンなどの花の香りを基調にしたもので、爽やかで甘いが、華やかさもあるその香り。
ひと嗅ぎですっかり気に入ったカノンは、そっと瓶の蓋を閉め、その感動を便せんへと綴り始めた。


ドラコへの手紙を書き終わった彼女は、手元にあったプレゼントの包みを順番に開けて行く。

ハリーからは、マグルの女の子が欲しがるようなビーズや宝石の髪飾りとブレスレットが何種類か入っていた。
ピンク、ブルー、グリーン、透明、金色 など、様々な色と形のアクセサリーはどんな服を着た時でもコーディネイトできそうだ。
動かすたびにしゃらり、と涼しげな音をたてるアクセサリーに、カノンはうっとりとため息をついた。

 メリークリスマス、カノン!
 君っていつもお洒落な服を着ているから、こんなプレゼントにしてみたよ!
 いつも相談に乗ってくれてありがとう。本当に感謝してるよ。
 君も、何か悩んでる時は僕に言って!力になれるかどうかわからないけど
 とにかく出来る事をするから!じゃあ、またホグワーツで会おう。
 心をこめて ハリー・ポッター



ロンからは、何故か3つもの包みが届いていた。

1つは、ロン・ウィーズリー本人から。ハニーデュークス特製のココアとお菓子が入っている。
ホグズミードに行った際、菓子屋に寄る余裕が無かったカノンにとってはとても嬉しいプレゼントだった。

 メリークリスマス!
 ハリーから聞いたんだけど、君ホグズミードに行かなかったんだって?
 じゃあこれも飲んだこと無いよね、このココア最高なんだ!
 バタービールにも匹敵するくらいだよ!それじゃ、良いクリスマスを! ロン 
 P.S.一緒に入ってる小箱、開ける時は油断しないで。フレッドとジョージが君に送るんだって言って聞かなかったんだ。


最後の追伸部分はかなり字がぐにゃぐにゃしていて、きっと双子の猛攻に耐えながら書き足したのだろう。
カノンはそんなロンの忠告に従い、二つ目の小さな包みを開けるのは最後にした。

そして謎のウィーズリーから届いた包みを慎重に開けると、そこには真っ白なふかふかのカーディガンと手作りのお菓子が入っていた。
クリスマスカードを読むと、どうやらそれはロンの母からのプレゼントらしい。
面識が無いのに、と驚いたカノンだが『ロンやフレッド、ジョージからの手紙でよくあなたの話を聞く』という文に笑い、そのカーディガンを寝巻の上から羽織る。
とても柔らかく、ふわりとあたたかいカーディガンだった。


次に開いたのは、ハーマイオニーからのプレゼントだった。

プレゼントよりも先に目が行ったのは、まるでスネイプが宿題に出すレポートのような量の手紙。
マグルの、可愛らしい柄でツルツルした便箋を使っているが、言うなればそれは『紙束』だ。

カノンとハーマイオニーは友達になってからあまり話をする機会が無かったため、こんなに長い手紙になってしまったのだろう。
現に彼女も、彼女が書いたものと同じくらいの手紙を送っていた。

 メリー・クリスマス!カノン!
 こんにちは、クリスマス休暇はいかがお過ごしですか?
 私はハリーやロンと一緒にホグワーツにいます。
 ホグワーツのクリスマスってとっても素敵!
 まるで学校中が巨大なツリーのように沢山の飾り付けがしてあるのよ!
 先生方、すごく張り切っているの。
 中でもフリットウィック先生は一番活躍しているみたいで
 とてもお忙しいようだったわ。
 あ、そうそう・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・

 ・・・ ・・・ ・・・それと、休暇前に貰った魔法生物裁判の資料、すごいわ!
 特に大蛇を飼っていたアーロン・マグディールが無罪になった記事なんて
 信じられない!
 今回のハグリッドよりよっぽど酷い事してるのに!
 ああ、もうこんなに長くなっちゃった。私の悪いクセだわ。
 休暇明けは沢山お話できるといいわね!
 それじゃあ、良い休暇を! ハーマイオニー



長い長い手紙を読み終わったカノンは、一度背伸びをして身体を伸ばしてからプレゼントを見た。

薄い雑誌のような本が何冊か入っており、それは全てマグルのお菓子作りや料理の本だった。
可愛いお菓子から本格的な異国料理ものまで、沢山のレシピがあり、カノンは「学校に戻ったらしもべ妖精に手伝ってもらいながら、覚えよう」と心に誓った。



次にカノンは、オレンジ色の包みに手を伸ばした。

開けてみると、可愛らしい苺柄のティーカップが2つと紅茶の缶が入っている。
誰からだろう、と首をかしげるカノンはカードを見てハッと目を見開いた。

 やぁ、カノン メリークリスマス。
 身体の具合はどうだい?
 この所寒い日が続いているから、風邪をひかないようにね。
 この間ホグズミードに行ったら、そのティーカップが売ってて
 ふっと君を思い出したんだ。何でだろうね?
 可愛いからプレゼントにピッタリかなって思ったんだ。
 もし良ければ、休暇が終わってからゆっくりお茶でも飲まないかい?
 その時に守護霊の呪文のコツでも教えてほしいな!
 じゃあ、またホグワーツで。良いクリスマスを。 セドリック・ディゴリー


丁寧かつ綺麗な字で綴られたカードの差出人はセドリックだった。

ホグワーツ特急で相席になったセドリックとカノンは、学校が始まってからも度々世間話をしたり、一緒に散歩をしたりと仲良くなったようだ。
だが如何せん学年も寮も違うと、腰を据えて話をする事もできないことの方が多く、最近はめっきり会話をしていなかった。
カノンは優しい彼の笑顔を思い浮かべて、微笑みを浮かべながらお礼の手紙を書いた。


次に彼女が手に取ったのは、お洒落なクラフト紙に包まれたプレゼント。
中身は、スプレー式になっている瓶と、髪を結ぶためのリボンだった。
白金色と、すみれ色のリボンは新雪のようにキラキラと細かく煌めいており、彼女の黒髪に結んだらよく映えることだろう。

 メリークリスマス、カノン!
 学校生活を始めてから最初のクリスマスなんだってね。
 私も学生だったころを思い出すよ。
 詰まれたプレゼントを見てドキドキしたなぁ・・・
 あまり豪華なものは贈れないけれど、君に似合うと思ったリボンを贈ります。
 他の子には秘密だよ。
 そんなに派手じゃないし、日常生活で使ってほしいな。
 もう1つの瓶、あれ気になるだろう?
 超強力殺虫剤さ!セブルスに調合して貰ったんだ、効き目は折り紙つきだよ。
 名前の通り、どんな虫でも即殺虫できるから、肌身離さず持っておきなさい。
 では、またホグワーツで会おう。 リーマス・ルーピン


いつぞやボガートの授業をした際に、箪笥に向かって焼却呪文を唱えた彼女に対する皮肉だろうか。
カノンはこの瓶だけは死んでも手放すものか、と固く誓った。


後のプレゼントは、大体予想がつく人たちからのものだった。

朱色の包みは、マクゴナガルからのプレゼント。ガラスでできた宝石箱のオルゴールだった。
淡い色が付いた宝石箱は、ちろりちろりと音楽を奏でながらくるくる回り、とても美しい。
オルゴールは日によって流れる音楽が変わるようで、今日はジングル・ベルだった。

 メリークリスマス カノン
 楽しいクリスマスを過ごしていますか?
 きっと今年は、今までよりも素晴らしいクリスマスになっていることでしょう。
 貴方が沢山の友人に恵まれるように祈っています。
 それと、たまには私の部屋へおいでなさい。
 美味しいお茶とジンジャークッキーを用意しておきます。
 良い休暇を。 ミネルバ・マクゴナガル


きらり、きらり、と美しく光るオルゴールを眺めながら、彼女は次の包みに手を伸ばした。


次に白い包みを開くと、中からは真っ白なワンピースが出て来た。

薄手で、チューブトップスタイルになっていて、腰の部分には太い黒のリボン。
そこからふわっと広がるように膝元までスカートが続いている。

清楚で可愛らしいワンピースだが、カノンが鏡の前でそれを身体に合わせると、白いワンピースがたちまちサーモンピンクに変わった。
腰のリボンは真っ白になり、今度は随分可愛い女の子らしいイメージだ。

 親愛なる孫娘へ
 メリークリスマス、きっと今年は沢山のプレゼントに囲まれている事だと思う。
 わしからは"気持ちを表すワンピース"を贈ろう。
 君の感情を感じ取って、色で現してくれる素敵なものじゃ。
 以前、同じ生地で作ったシャツをセブルスに贈ったのだが
 結局黒か白にしか変わらなんだ・・・残念じゃ。
 だがきっと君ならば、ワンピースを鮮やかに染めてくれることじゃろう。
 それでは、プレゼントを開封する邪魔をする前に終わろうかの。
 またホグワーツで。 アルバス・ダンブルドア


ダンブルドアから贈られたプレゼントを抱きしめるカノン。
サーモンピンクだったワンピースは、いつの間にか幸せの色であるレモンイエローになっていた。


「さて」とカノンが今日一番笑顔で手に取ったのは、グレーと深緑色の包み。誰が贈ったのかは一目瞭然だ。
だが、中身を見たカノンは驚きのあまりあんぐりと口を開けた。

箱の中に入っていたのは様々な化粧品。
ファンデーションやアイライナーなどの必須アイテムのほかに、アイシャドウは何十色と揃った『プロ仕様』というやつだ。
口紅もピンクから赤色まで幅広く揃っている。
中でも一番凄かったのは、ネイルカラー。カノンがざっと数えただけでも50本は入っている。
色は勿論の事、パール風だったり、ラメが入ってキラキラしてたり、とショップのような揃いようだ。

極めつけはその化粧品を入れるためのメイクボックス。
黒と白でゴシック系のペイントがされた可愛いボックスで、驚くほど軽くそして沢山のメイク道具が入った。
山のような化粧品をどうにか整理してボックスに詰めてから、カノンはカードを拾い上げた。

来学期はもう少し淑やかに。S.S

プレゼントとは真逆の素っ気ないカードだったが、カノンにはその人のあたたかさが充分に伝わった。
しかし、こういった物に関して無頓着そうな彼が、どうやって必要な物を買いそろえることが出来たのだろうか。
その謎はきっと、本人しか知り得ないのだろう。




友人や保護者達の心がこもったプレゼントに囲まれながら、カノンは今までで一番幸せなクリスマスだと感じた。

そして改めてそれぞれのプレゼントを眺めていると、彼女の病室の窓の外に大柄な梟が降り立った。
カノンが窓を開けて梟を迎え入れると、その梟は机の上に降り、彼女に向かって足に括られた黒い箱を差し出している。
その包みをほどくと、梟はすぐさま飛び立ち、空の彼方に消えて行った。

カノンが不思議そうな顔で真っ黒な箱を見つめるが、宛名も無ければ心当たりも無い。
怪しさ満点だったが、生憎この部屋には彼女の好奇心にストップをかける者はいない。カノンは興味の赴くままに包みをひらいた。


中には、豪華なコサージュが入っていた。

白いバラやスノーフレークとカスミ草のアレンジメントのようなコサージュはとても瑞々しく、生花だということがわかる。
カノンはそのコサージュを一目見て気に入り、先程のワンピースと一緒に鏡の前で合わせる。
すると、レモンイエローのワンピースに重ねた瞬間コサージュが動き、バラが咲いていた部分には大輪のカサブランカが花開いていた。

先程の箱の中には、このコサージュの説明書きと思われる紙が入っていた。

 "貴女に合わせて変化するコサージュ"をお買い上げいただき
 ありがとうございます。
 このコサージュは、貴女が着ている服に合わせて変化します。
 シンプルなワンピースだったら、主張しすぎないガーベラに。
 豪華なドレスローブだったら、華やかなバラの束に。
 コーディネートは貴女次第。色んな服に合わせて下さい

 同シリーズ製品・貴女に合わせて変化するワンピース 好評発売中


カノンは説明書きを読んで納得した。
たしかに、最初のままのコサージュだとワンピースとはあまり合わない。
が、大きなカサブランカが加えられる事によって、とても素敵な組み合わせになったのだ。

カノンはコサージュを丁寧に箱に仕舞い、これをつける時まで大事にしておこうと思った。



今度こそ全てのプレゼントを開封した彼女が、ぽつんと残ったあの小箱に視線を移した。
その小箱を手に取ると、そっと蓋をあける。

すると、箱の蓋が半分開きかけた瞬間、ひとりでに蓋がパタンと開き、中から何かが勢いよく噴射した。
驚いたカノンが噴射されて出て来たものに視線を移すと、驚きから感動の目に変わった。

勢いよくでてきたものは小さな無数の花。
天井近くまで舞い上がり、その後ひらひら、ふわふわと踊りながら散ってくる。
色とりどりの花は床につく前に消えてしまうが、部屋の中に良い香りが漂った。

そして小箱から花が出なくなると、箱の底にメッセージが記されていた。

 メリークリスマス!
 素敵なクリスマスの日に、ロマンチックな悪戯はどうだい?
 一回しか使えないけど、凄いだろ?俺達で造ったんだ。
 今はこの中にプレゼントを入れられるように試行錯誤中さ。
 なんたって、このままじゃあ花と一緒に
 プレゼントやカードまで飛びだしちまうんだ。
 もし何か良いアイデアがあったら教えてくれ!
 それじゃあ、素敵な休暇を! フレッド・ジョージ



それで、箱の底にぐにゃぐにゃとしたメッセージが書かれていたのか。
納得したカノンはくすくすと笑いながら、一度きりの素敵なびっくり箱を目線の高さまで掲げた。

そして、この2人にもプレゼントを贈らなくては、とまた頭を悩ませるのだった。






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