07






カノンがルーピンの盛大な誤解を解いた次の日。

休日だが、やる事が無いカノンは"1人ピクニック"と称して禁じられた森の手前まで来ていた。
念のため言うが、彼女は決して友達がいない寂しい子ではない。
だが、未だ大げさに包帯を巻き付けた友人と、その友人の横に金魚のフンのようにくっつく女子生徒が煩わしく、マイナスイオンに癒される為にこの場所に来ているだけだ。

彼女が持つ白いバスケットの中には、食べきれないほどのサンドイッチやチキンソテー、ケーキなどが入っていた。
昼ごはんを大広間で食べずに、わざわざバスケットに詰めて来たのだ。



「はー・・・いい天気。涼しいけどお日様出てるから暖かいし。さぁて、どこで食べようかな」

カノンがあたりをキョロキョロ見まわしていると、森の中に黒い影が見える。
ガサリと揺れる草の音に引き寄せられるように視線を移したカノン。

「ん?」

その影はサッと森の奥へ引っ込んだが、彼女の旺盛な好奇心を刺激するには十分なようで。
カノンはワクワクした面持ちで森の中へ飛び込んで行った。



「誰かなぁ、でておいでー」

カノンは、森の浅い所を歩きまわって先程の黒い何かを探していた。

「出て来なくていいのかなー?こっちには美味しいサンドイッチとチキンソテーがあるのにな」

大きめの声でそう投げかけると、数メートル離れた草の陰から、一匹の黒い犬が姿を現す。
ガリガリに痩せこけ、今にも倒れてしまいそうだ。


「犬・・・!」

カノンが犬の前にしゃがみ込んで、「よしよし」と頭を撫でると、犬は嫌がるどころか気持ち良さそうに目を細めている。
そんな利口な犬を気に入ったのか、カノンはその場に座り込んでバスケットを広げ始めた。

「汚いし、誰かの飼い犬ってワケでもなさそうだし、エサあげてももいいよね。こっちにおいで、君、パリのモデル並みにガリガリだよ?」
「くぅ・・・」

汚いと言われたのがショックだったのか、少ししょげたように耳を垂らしながらも従順にカノンの前まで来てその場に座る黒犬。
カノンはサンドイッチやチキンを一口サイズにちぎってから、大きめのプレートを出現させて、その上に混ざらないように置いた。

「えっと、これとこれと・・・あ、そのサーモンのやつは玉ねぎ入ってるから食べちゃ駄目だよ」
「ワフッ」
「よし、こんなものかな。さぁお食べ、消化に悪いだろうからよく噛んでね」

プレートの上に山ほど積まれた食糧に、犬は目を輝かせてあり付いた。
そんな姿を微笑ましそうに見ていたカノンは、自分用にとっておいたサーモンマリネのサンドイッチとケーキに手を伸ばした。

しばらくカノンと犬は無言でモグモグと食事をしていたが、皿とバスケットが空っぽになると、眠たそうな顔で座り込んだ。
ふと、カノンが黒い犬に話しかける。

「君、名前はあるの?」
「くぅ?」

首をかしげる犬に向かってカノンがため息をはいて首を振る。

「ごめん、私は君の言葉がわからないから名前があっても仕方ないね。うーん・・・じゃあ私がニックネーム付けてあげる」

しばらく考え込んで、カノンはニックネーム候補を挙げ始めた。

「じゃあ、これがいい、っていう名前の所で教えてね。黒いからブラック・・・は捻りがないし・・・シュヴァルツ、ネグロ、ジェット」

ゆっくりと名前の候補を上げていくカノンと、それを黙って聞いている犬。

「カーボン、チェレン、ノワール、クロ・・・」
「ワン!」
「クロ?クロがいいの?」
「ワン!」

満足そうな犬、クロにカノンは「かわいい名前を選ぶんだねぇ」と言いながらも嬉しそうに微笑んだ。

「ちなみに、今挙げた名前は全部"黒い色"を示す言葉なんだよ。いろんな国のね。クロはジャパニーズ・ブラックの事」
「クゥー。」
「あはは、感心してる?そんな声色だったけど」

カノンの問いにコクコクと頷くクロ。

「君は本当にかしこいねー。お陰で私もクロの言いたい事がわかってきたよ」
「ワン!」

そして2人の胃袋が落ち着いてきたころ、カノンが腰を上げた。

「そろそろ帰らなくちゃ。最近はうす暗い時間に外に出ると怒られるんだ。騒ぎの原因は全部シリウス・ブラック。まったく困っちゃうよ、ねぇ?」
「キュウゥ・・・」
「まぁ文句ばかり言ってもいられないね。先生達も生徒を守るために必死なんだから。クロ、もしクリスマスプレゼントが欲しかったら学年末の日にここにおいで」

うなだれたクロの頭をぽふぽふと撫でて、カノンが伸びをした。

「クリスマスの日にはターキーでも持って来るね」
「わふっ!」

カノンの言った言葉に、また良い反応をしたクロは、彼女の後姿が見えなくなるまで見送っていた。







***







「ねぇドラコ」
「ん?どうしたんだ?」
「ドラコの家って犬は飼ってないの?」
「いや・・・何で?」

スリザリンの寮に戻ったカノンの唐突な質問に戸惑いながら応えるドラコ。

スカートやらカーディガンやらに草をくっつけたままのカノンを見て、杖を振り服を綺麗にしてやるドラコは彼女の兄のようだった。


「んー、犬カワイイなぁって」
「ホグワーツじゃあ犬は飼えないしな」
「そうそう。猫もいいけどやっぱり犬が可愛いよね」
「カノンは猫の方が好きそうだと思ってたんだけどな・・・」

意外そうな反応のドラコを見て、カノンは不思議そうな顔をした。

「確かに猫も好きだけど、やっぱり従順な方がかわいいじゃない?」
「ああ、それは言えてる」


カノンの返答に、ドラコは妙に納得したような表情で頷いた。
彼は、カノンの隠れた女王様気質に気づいているようだった。

「飼うならやっぱ大型犬だよね。黒いのか・・・ハスキーも可愛いなぁ」
「僕はラブラドールかな。利口そうじゃないか」
「うんうん、ドーベルマンもシェパードもいいよね」
「・・・カノン、もしかして結構強面の犬が好きなのか?」
「そうかも」


ぐっ、と両手の拳を握って力説するカノン。
だがドラコの目にはそんなカノンも可愛らしく映るようで、青白い顔に赤みがさしていた。

(犬を飼って、彼女を家に誘おう!)


それが彼の新たな目的になった、記念すべき日だった。






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