06




ハロウィーンの夜。

いつものようにコッテリした夕食に胃をやられたカノンは、自室のベッドで横になっていた。
まだ宴会が続いている中、彼女は1人だけ早くリタイアしたのだ。


「うう・・・食べ慣れないなぁ・・・」

彼女がそう呟いた瞬間、自室の扉がバーン!と開かれる。
その音にビクッと肩を揺らしたカノンは、急いで振り向いた。

この部屋は1人部屋で、いつもならカノン以外の人間が扉を開く事は無い。
だがそこに立っていたのは、見覚えのある女子生徒だった。


「ちょっと!何悠々と寝てんの!?早く来てよ!!」
「えっと・・・パ、パーキンソン?」

そこには、いつもカノンに「フン!」の攻撃をするパンジー・パーキンソンがいた。
パンジーはカノンの事をあまり快く思っていないようで、今も自分から訪ねてきた割には非常に不愉快そうな顔をしていた。

「・・・どしたの?」
「どうしたじゃなくって!いいから談話室!!」

彼女はズンズン部屋の中に入って来ると、カノンの腕を掴んでベッドから引きずり出した。
そのままの勢いで廊下まで進むパンジー。もちろんカノンの腕は掴んだままだ。
カノンは廊下から伝わるヒヤリとした空気に身震いし、椅子にかけてあったカーディガン片手に談話室まで降りて行った。






「何?この騒ぎ」
「ああ、カノン!こっちだ!」

談話室まで降りたカノンが見たのは、談話室いっぱいのスリザリン生。
150人近い生徒が一気に談話室に降りて来たのだ。
いつも人気の無い談話室も、今は超満員。いつもより室温も高くなっている。

そんな中、カノンに声を掛けたのは3年生なのにソファを占領しているドラコ・マルフォイ。
きっとこのスリザリンでは、彼の父親が一番の権力者なのだろう。上級生にも彼に逆らう人間はいなかった。
それはともかく、カノンはドラコの元へ歩み寄ると事情を訊きだした。


「ドラコ・・・どうしたの?これ」
「ホグワーツにあのシリウス・ブラックが侵入したらしいぞ」
「ブラックって、あの大量殺人容疑で投獄された脱獄囚?」
「な、なんだ、詳しいじゃないか」

ドラコは、カノンが「誰?それ」と訊くのを予想していたのか、意外なそうな顔で新聞の切り抜きをポケットにしまった。
チラッと切り抜きを見たカノンは不覚にも笑ってしまう。
あのドラコがカノンに説明するために、ブラックの新聞記事を切り抜いて持ってきていたのだ。

「笑い事じゃないぞ!これから大広間に行って、連中と一緒に寝なきゃいけないんだ!」
「みんなで?大広間で?一緒に?」
「ああそうだ。僕は耐えられないね!医務室にでも行きたいよ」
「・・・・・・・・・」
「どうしたんだ?」

いきなり黙りこくったカノンを、心配そうに見つめるドラコ。
カノンは暗い面持ちでドラコに耳打ちをする。

「わ、私、ここに来るまで聖マンゴにいたって言ったよね」
「ああ」
「こっちに来てからも1人部屋で・・・人の気配がする所だと眠れないの」
「そうか・・・それならスネイプ先生に言ってみたらどうだ?」
「うん、そうしてみる」

心配そうにカノンの背を支えるドラコと、そんなドラコに耳打ちをするカノン。
傍から見ると不安な恋人を勇気づけるボーイフレンドのようなその光景に約1名、とんでもなく機嫌が悪くなった女子生徒がいた。
その子はいつも以上に盛大な「フン!!」をかますと、自分がよくつるんでいるグループの女子と良く聞こえるヒソヒソ話を始めた。

そして5分後にはスネイプが生徒の数を確認し、全員を大広間まで引率した。





***





カノンが部屋から出て10分も経っていないだろう。
だが大広間にはもう全校生徒が揃っていた。

グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。
それぞれの寮生は同寮同士の塊を作って、他寮とのトラブルを避けているようだった。
そうこうしているうちにダンブルドアが全員に事情を説明し、大量の寝袋を出現させた後、先生方と一緒に大広間を後にした。

カノンはここしかない、と思いスネイプの背に話しかけた。



「あの、スネイプ教授」
「・・・なんだね、Ms.マルディーニ。用事ならば早くしたまえ」
「はい。私、大広間で眠るなんてできません」

スネイプの顔には一刻も早く城の捜索に回りたい、そうありありと書いてある。
だがカノンも退くわけには行かなかった。

「今は、一生徒の我儘につき合っている暇は無いのだが?」
「あ、えっと、できれば我慢したいんですが・・・私、孤児院でも病院でもココでも1人で眠っていたので、人の気配がある所だと・・・」
「そうか・・・そうだったな」

いつもと違いおずおずと言葉を紡ぐカノンの言い分に、スネイプも思い当たる節があるようで、仕方なさそうに息を吐いた。

「ならば、我輩の自室の隣に予備の部屋がある。助手がいる時にはそこを使うが、今は空だから、そこで眠りなさい。防衛魔法はかけておく」
「ありがとうございます・・・」

カノンはほっとした様子で息を吐き、スネイプの後に続いて大広間を出て行った。






***






そして11月初めの朝。


ブラック侵入事件から数日が経ったある日
カノンは授業が終わり、廊下を歩いている途中にルーピンと会った。

「やあ、カノン」
「ルーピン先生、こんにちは」

相変わらずにこやかなルーピンだが、少し具合が優れないのか、顔色が悪いようだった。

「先日の事件は大騒ぎだったね。吸魂鬼がいる場所に乗り込んでくるとは・・・」
「はい、とっても。ブラックの気が知れませんね」

やれやれ、というように首を動かすカノンと、深刻な顔のルーピン。

「そういえばハロウィーンの夜、大広間で君の姿を見かけなかった気がしたけど・・・」
「ああ、私、その時スネイプ先生の部屋で寝てたんです」
「セッ、セブルス!?」
「は、はい・・・」

ルーピンは先程までの深刻な顔を引っ込め、驚愕の表情に切り替えた。
大声を出した後、1人でブツブツ言う姿に若干の不気味さを感じたカノンは、遠慮がちにルーピンへ声を掛けた。

「あの・・・何か大変な事でもあったんですか?」
「大変? 今まさに、だよ!!私もね、人の事情をとやかく言う方じゃないんだけどあんまり公言しない方が良いんじゃないかな。そういう事は特に」
「へ?」
「いや、まぁ人を好きになるのは大いに結構だが・・・生徒と教師だと、ねぇ。それにセブルスの方も保護者にバレたら・・・立場がさ」
「ちょっとルーピン先生!先生は何か大きな勘違いをしていらっしゃいます!!」

両手を振ってルーピンの話を否定するカノン。
その後事情を説明すると、ルーピンはやっと納得した顔で頷いた。

「そうか、そうだったんだ。すまないね、てっきりそういう"関係"なのかと」
「ひいぃ・・・変な事言わないでください」

身震いするようなジェスチャーをとるカノンが面白いのか、ルーピンは眉を下げて笑った。
その笑いがおさまるころ、カノンはまた笑われてはかなわないと思い、全く別の話題を出した。

「あの、そういえば以前先生のお部屋にお邪魔した時に聞きそびれてしまったんですけど・・・」
「何だい?」

落ち着きを取り戻したルーピンはいつもの微笑みを浮かべていた。

「先生は授業で使う生き物以外に、何かペットとか飼われてるんですか?」
「んー・・・いや、心当たりがないな。どうして?」
「そう、ですか。何だか、先生から動物の匂いがしたんです」
「・・・動物とは」

カノンが呟いた言葉に、ルーピンの表情が少し強張った。
だが微々たる変化で、更にカノンは宙を見つめて考え込んでいたので、それには気付かなかった。

「犬とか猫みたいな。私、昔から鼻が敏感で・・・んー、もしかしたら誰かの匂いが移ったのかもしれないですね」
「そう、だね。毎日沢山の生徒たちと触れ合っているからね」

カノンがこの話題を自己完結した事に、ルーピンはほっとしたが、それを表に出す事は無かった。

「変な事をお聞きしてすみませんでした」
「いや、気にしないで。加齢臭って言われなくてほっとしたよ」
「あははは、ルーピン先生は加齢臭がしても素敵ですよ」

今度はカノンが笑いだし、ルーピンはそれに乗るようにして「ほんとかい?」と、かのギルデロイ・ロックハートのような"格好良い"表情を作った。


その後ルーピンは新しい荷物が届くから、と言ってカノンと別れ、自室へ向かって行った。

カノンも晩御飯までどうやって時間を潰すか、そう考えながら肌寒い風の吹く廊下を歩いて行った。






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