05
季節は移り、10月。
クィディッチの練習が始まったり、勉強が本格化したり、とホグワーツの生徒達は大忙しだ。
そして今日はハロウィーン。
3年生以上の生徒が待ちに待った、今年初のホグズミード週末だ。
ホグズミードへ行ける生徒達はみな、お洒落な装いで玄関ホールに集まっていた。
カノンの所属するスリザリン寮も違わず、皆浮足立っているようだった。
カノンが談話室で本を読んでいると、男子寮の方から降りて来たドラコが不思議そうな顔をした。
「カノン、ホグズミードはどうしたんだ?まさか許可証を持ってない訳じゃないよな」
「許可証はスネイプ先生に渡したよ。特に買いたい物もないし、今回はゆっくり休むよ」
さほど興味が無いのか、ページを捲りながら答えるカノンに、ドラコは残念そうな顔をしてみせた。
「なんだ、一緒に回ろうと思ってたんだけどな」
「そうなの?じゃあ、次に行くときは一緒に回ろう」
そう言ってカノンがにこ、と笑うとドラコは満足したのか、いつもの取り巻きを連れて談話室を出て行った。
パンジーは当たり前のようにドラコの腕を取り、いつもの「フン!」をかました。
きっとあれは「ドラコの誘いを断るなんて、どうかしてるわ!」の意味だろうとカノンは思った。
談話室が完全に静かになったころ、カノンは本を読み終えてしまい、時間を潰す手立てを考えていた。
「課題はもう終わってる。予習も十分。借りて来た本は読み終わっちゃった。さて、どうしようかな」
とりあえず談話室にいては暇になるだけだと思い、カノンは図書室で借りた本を持ち、ブラウスの上にカーディガンを羽織ってからスリザリン寮を後にした。
***
カノンが図書室へ向かう途中、見慣れた後ろ姿があった。
「ん・・・ハリー!」
「カノン?」
カノンの2m先を歩いていたのはハリー・ポッターだ。
「どうしたのカノン?3年生は全員ホグズミードに飛んでったのに」
「今日はゆっくりしようと思って。ハリーはどうして行かなかったの?」
肩をすくめて答えるカノンに驚いた表情を見せたが、ハリーは自分の話題になると暗い面持ちになってしまった。
「僕は、許可証にサインを貰えなくて・・・」
詳しく訊くと、ハリーの家はガチガチのマグルで、魔法使いの世界に理解が無く、許可証にもサインを貰えなかった、そう。
「そっか・・・先生方もその辺は配慮してくれればいいのにね」
「うん、僕もそう思った」
カノンの言葉にハリーは少し笑ったが、やはり折角の週末を友人と過ごせなかったのは痛手らしく、元気が出ないようだ。
そのままどこへ行く訳でもなく2人で廊下を歩いていると、黙っていたハリーがぽつりと声を出した。
「そういえば、カノンってホグワーツに来る前はどんな生活してたの?」
「私?ずっと聖マンゴっていう病院に入院してた。それの前はマグルの児童養護施設・・・・まぁ、孤児院だね」
「入院?確か組み分けの時も"健康上の理由"って言ってたね」
「うん。私も詳しくは聞いてないんだけど、結構やばい呪いをかけられてたみたいでね。それを治すのに2年もかかっちゃったの」
ハリーはどんな表情をしていいのかわからなかったようで、眉間に皺をよせながら口の端だけ笑う、という奇妙な顔になっていた。
「あはは、もう治ってるから大丈夫だよ。だからこうして学校に来れてるんだし。ね?」
「そうだね。・・・でも、カノンもマグル出身だったんだ。ロンが『マルディーニ家ってすごく有名な名家』って言ってたから、マルフォイと同じかと思ってた」
マルフォイと同じ、そう言った時のハリーは申し訳なさそうな顔になっていた。
きっと彼らグリフィンドール生からすると『マルフォイ』とは『陰険で卑劣』と同義語だろう。
「私も、ってことはハリーもマグル出身なの?」
「うん。親は2人ともホグワーツ卒業生らしいんだけど、おじとおばの家で生活してたんだ」
「へぇ、じゃあ入学するまで魔法界のことは知らなかったの?」
「なーんにも」
「そっか、私も一緒だよ」
生まれた直後からマグルの世界で育ち、親を知らないまま大きくなり、11歳で自分が魔法使いだと言う事を知り、魔法界では2人とも名の知れた魔法使いだった。
『生き残った男の子』と『名家マルディーニの御令嬢』
2人の生い立ちはとても似通っていた。
そんな2人はとても話が合うようで、キングズ・クロス駅の壁を通り抜けた時の感動から、今に至るまで驚いた事、マグルの世界との比較、お互いの寮のこと・・・様々な話に花を咲かせていた。
「何だか、僕たち似ているね」
「うん、本当に」
廊下を歩きながらの雑談だったので、ちらほら下級生とすれちがう事もあり、1・2年生はグリフィンドールとスリザリンの上級生が仲良さげに話しているのを『満面の笑みを浮かべたスネイプを見た時用』の表情で眺めていた。
2人が廊下で盛り上がっていると、部屋の扉を開けて顔を覗かせた人がいた。
「おや、ハリー、カノン、何をしているんだい?」
振り向いた2人ににこやかに笑いかけるルーピン。
ルーピンは、2人が仲良く並んで立っていても特に驚かなかったらしい。
「ロンやハーマイオニー・・・それからドラコはどうした?」
「「ホグズミードです」」
声を揃えて答えるカノンとハリー。
その後「私っていつもドラコと一緒にいるイメージなのかな」とカノンが呟いていた。
「そうか・・・うん。2人とも、ちょっと寄って行かないかい?次の授業で使うグリンデローが届いたんだ」
その言葉に頷いたカノンが部屋に入り、その後にハリーが続く。
部屋に入ってすぐの所に大きな水槽があり、その中には水魔が入っていた。水槽には魔法がかけてあるらしく、水魔はそこから出る事ができないようだ。
「わぁー、これが水魔・・・教科書のものとは少し姿が違うんですね」
「ああ、多くの教科書に載っている姿は河童とごちゃ混ぜになってしまっているんだ」
部屋に入るや否やベタリと水槽にはりつくカノンに、ハリーはハーマイオニーと同じようなものを感じる。
「だから教科書の方は頭が禿げてたんですね」
「ははは、その通り」
カノンとルーピンの話を聞いていたハリーは、確かに教科書には河童が2種類いたような・・と思いだしていた。
カノンが水槽にはりついている間に、ルーピンとハリーは部屋のソファに座っていた。
やっと満足したような表情でカノンがソファまで来ると、そこには温かい紅茶が置かれている。
「観察は充分にできたかい?さぁ、ティーバックで申し訳ないが、紅茶でもどうぞ」
「ありがとうございます」
紅茶に息を吹きかけるカノンと、ルーピンと話しの続きをするハリー。
ハリーとルーピンはボガートの授業の事で話をしているようだった。
「ボガート、ハリーはやらなかったんだ」
「ああ、私が遮ってしまったんだ。大勢の生徒の前でヴォルデモートの姿を見せるのは良くないと思ったんだが・・・ハリーは吸魂鬼を思い浮かべたんだってね」
「へぇー・・・吸魂鬼かぁ。確かに追い払えないと怖いよね。そういえば私は・・・」
「君は確か・・・蜘蛛に、百足に、毛虫に、蛆虫に・・・」
ルーピンが呟いた名前の羅列に、カノンは身を震わせて叫んだ。
「お、思い出させないでください!」
そのあまりに必死な姿に、ルーピンは大きな声で笑った。
「はははは!すまないね、非常に女の子らしいな、と思っただけなんだ」
「カノンにしては意外だなぁ・・・僕、君に怖いものなんて無いだろうと思ってた」
「ハリー、君は私を何だと思ってるの?」
目を吊り上げたカノンだが、さきほどの慌てっぷりを見た後だといつもの冷淡さが無く
ハリーもルーピンと一緒になって笑った。
2人の笑いがおさまった頃、カノンが外を見ると空は薄暗くなっていた。
そろそろホグズミードに行っていた生徒達が帰って来る頃だ。
「あっ、私ドラコ達が帰って来る前に本を返してこなくちゃ」
ずっと膝の上に乗せていた本を見て、用事を思いだしたカノン。
その後、間髪いれずに立ちあがったカノンはルーピンとハリーに挨拶をして、早歩きで部屋を出て行った。
「・・・いつも思うけど、彼女は行動が早いね」
「そうみたいです。言いたい事もすぐ言っちゃうし・・・でも嫌いじゃないですよ」
このハリーの呟きで、2人のクスクス笑いが再発した。
怪しい黒マントの教授が、怪しい薬を持ってくる、ほんの10分前だった。
***
図書室へ急いでいたカノンは、ルーピンの部屋を出てすぐに曲がり角から黒いマントがひらひらと出てくるのを見つけた。
「あっ、スネイプ教授、こんばんは!」
明るいカノンの声に顔を上げたスネイプ。その手には湯気の立ち上るゴブレットを持っていた。
「Ms.マルディーニ。ホグズミードはどうした?」
「気が乗らなくてお留守番でした・・・その手に持ってる薬はなんですか?」
普通の人が見れば、その怪しさに顔を顰めるであろうゴブレットを、興味津々な表情で見つめるカノン。
そんないつも通りのカノンを若干微笑ましそうに見つめるスネイプだが、薬の名前は言わずじまいだった。
「最近開発された新薬だ。校長からの頼まれ物で、今は配達途中といった所ですな」
あのスネイプが珍しく、ジョークを交えた口ぶりで喋っている。
だがカノンは驚く素振りも見せずに、薬の匂いを嗅いでいた。
「頼んだ上にデリバリーもさせるとは・・・流石ダンブルドア先生。んー、嗅いだ事の無いにおい・・・あっ、トリカブトと月光草」
「ほう、よく分かったな」
空中に向かって鼻をスンスン動かすカノン。
そんな彼女を見ながらスネイプが声をかけた。
「それよりも、随分早歩きをしていたが何か用事でもあったのかね?」
「用事・・・あっ!私、図書室に本を返さないと。じゃあ教授、失礼します」
「廊下は走らんようにな」
「はい!」
さっきよりも早足でスタスタ歩くカノンを見送った後、スネイプも目的地であるルーピンの部屋まで足を進めた。