04
ヒッポグリフ事件があった数日後、魔法薬学の授業に来ていたカノンは
偶然にもハリーと、その友人であるロン・ウィーズリーと同じテーブルについていた。
「あのさ、君、例の編入生のカノン・マルディーニだよね?」
ロンは自分の目の前に座っている編入生に声をかけた。
「うん。呼びやすいように呼んで。君は、ロン・ウィーズリーだね」
「僕の事知ってるの?」
「うん。君のお兄さんに結構絡まれるの。ほら、双子の。家族の話題になった時、私と同級生の弟がいるんだって教えてくれて」
「ああ・・・あいつらお喋りだから」
呆れたような照れくさいような顔で肩をすくめるロンにクスクス笑った後、カノンはハリーに目を向けた。
「君はハリー・ポッター、でいい?」
「うん。よろしくね」
「君の事もよく覚えてる。ハグリッド先生の授業で一緒だったもんね」
今度はカラカラ明るく笑いながらその話題を続けた。
「あの時はファーストネームしか分からなかったけど、その後ね。ドラコの日課のせいですっかり覚えちゃった」
「マルフォイの日課?」
「うん。私は"今日のポッターのコーナー"って呼んでるの。談話室でクラッブ、ゴイル、パーキンソンみたいな取り巻きを集めて君達の粗探しをしてるんだよ。まぁ・・・最近は専らハグリッド先生やバッグビークの事だけど」
大して気にしていない様子のハリーだったが、スリザリン生の矛先がハグリッドに向いていると聞いた瞬間、身を乗り出してカノンに詰め寄った。
「ハグリッドは悪くないよ!悪いのは全部マルフォイだ。」
「わかってる。私が参加してる訳じゃないって事、分からない?」
「あ、うん、ごめん」
カノンは眉をひそめて不安げな表情になり、言葉をつづけた。
「まったく・・・ドラコの傷なんて、3日もあればくっつくはずなのに。ポンフリーは骨が切断されても5日で治せるんだって聞いたもの」
「君、それをマルフォイに言ってやれよ!」
ロンの説得に対して、カノンは眉を吊り上げて反論した。
「言ったって聞かないのは君達がよく知ってるでしょ?」
「まぁね・・・」
ハリーとロンが諦めたような顔を浮かべた瞬間、教室の扉がバタン!と開き、マントを翻しながらスネイプが現れた。
それに気付いた生徒達は即座にお喋りをやめ、教壇に立つスネイプに集中する。
このクラスでは、彼の言葉をうっかり一言聞き洩らせば、その瞬間に一週間の罰則がついてくる。主にグリフィンドール生に、だが。
スネイプはクラス中を見回した後、地を這うようなバリトンボイスで授業の開始を合図した。
「今日は各自1人で縮み薬を作ってもらう。新しい薬だが、前回の授業で題材にした参考資料を確り読んでいれば難しくはない。材料一覧は教科書28ページ、必要な材料は全て棚の中だ。始め」
スネイプの号令がかかると同時に、クラス中の生徒は教科書を確認して必要な材料をメモする。
そんな中、カノンは1人立ち上がりさっさと材料を選別して机に戻り、作業を始めた。
周りの生徒が驚きの目を向けるが、カノンは特に気にせず教科書を開く。
だが彼女は、申し訳程度に置かれた教科書には目も向けずに材料の下準備を進めてゆく。
そんな彼女の姿を見たスネイプは、格段に機嫌が良くなったようで、ネビルが間違えて31ページを見ている事を異常に優しく教えていた。
「Mr.ロングボトム、君の視線がページの一番下を確認する事を、我輩は期待するが?」
「あっ!は、は、はい、先生、すみません」
ネビルは無事に、教科書28ページに辿りついたようで、ハーマイオニーが安堵の息を吐いた。
カノンは僅か1分足らずで雛菊の根を均等に刻み終えると、萎び無花果の皮を剥き出した。
萎びた果肉を崩すことなく綺麗に皮をむいた後、杖を一振りして芋虫を輪切りにする。
そしてすり鉢の中にネズミの脾臓1つとヒルの汁を2滴入れ、ゴリゴリとすり混ぜ始めた。
スネイプはその行動に感心したように眉を上げた。
「ほう、見たまえ。Ms.マルディーニはネズミの脾臓とヒルの汁を鍋に入れる前に擦り混ぜているようですな。これは最近発見されたばかりの縮み薬の作業時間短縮手法で、詳しい文献はあまり出ていない筈だが?」
カノンは内心「某教授に嫌というほど叩きこまれた知識です」と悪態をついていたが、ニッコリ笑って「"熟練者モーテルによる上級応用魔法薬の基本術〜初心忘れるべからず〜"に載っていました」とだけ返した。隣ではロンが「"上級"なのか"基本"なのかよくわかんない」と呟き、ハリーはそれに小さく噴き出した。
「左様、本来ならば魔法薬学士を目指す18歳以上の魔法使いに薦められている本だ。Ms.マルディーニの念入りな予習と深い知識に15点与えよう」
さもご満悦、というニヤリ笑いを浮かべた後、スネイプはグリフィンドール生が集まるテーブルの方へ歩いて行った。
ハリーとロンは自分達に牙が向かなかった事に安堵し、根を刻む事に専念し出した。
しばらくそうして各自が作業を進めていると、教室の扉がひらいた。
作業をしていた生徒達は、薬学の授業に遅れるような命知らずは誰だ、と首を伸ばしたが、入ってきた生徒の顔を見て「何だアイツか」と自分の机に向き直った。
そう、怪我を逆手にやりたい放題してるあのドラコ・マルフォイだ。随分と大幅な遅刻だと、カノンは大きくため息をついた。
怪我をしたばかりの頃は、同寮生ということもありカノンも見舞いに行っていたのだが、最近はそうでもなかった。
包帯を何かの勲章のように掲げ、事あるごとに見せびらかす彼に嫌気が差してきたのだろう。
その代わりと言うべきか、今はパンジー・パーキンソンが水を得た魚のようにドラコの世話を焼いている。
彼の隣にいるべきなのは私なのよ!と言いたげな「フフン」という鼻息も聞き飽きたのか、カノンは彼らと少し距離を置いているようだった。
スネイプはドラコの顔を見て「空いている席に座りたまえ」と言う。
同学年のクラスメイト達はみんな、このクラスでドラコ・マルフォイが特別扱いなのを知っていたが、カノンはとても不思議そうな顔をした。
「ねぇハリー、こんなに授業に遅れたのにお咎め無しなの?スネイプ先生って」
「お咎めなしはあいつだけだよ。僕が1秒でも遅れたら、きっと30点は減点される・・・」
そのあまりの贔屓ぶりに、カノンはハリーが冗談を言っているように思った。
だが至極真面目に眉をひそめて言うハリーと、それに賛同するように頷くロンを見て、本当の事なのだと確信した。
しかしそんな思考を邪魔するように、ドラコがカノンの隣に鍋を置いて椅子に座る。
彼が自分のテーブルに来てくれると思っていたパンジーは、ショックの混じった顔でドラコを見た。
そしてドラコから視線を外したと思うと、今度はカノンをキッと睨み、鍋に向き直った。
隣ではドラコが、材料や道具を用意しながら、時々痛みに耐えるような表情をチラつかせていた。
きっとカノンがパンジーのように「大丈夫?ドラコ、きっと酷く痛むんでしょう?」と聞くのを待っているようだ。
だがカノンは呆れを隠さずに出し、完成間近になった鍋をかきまぜていた。
それが面白かったのか、ロンがくくっ・・・と笑い声を洩らすと、ドラコは包帯を巻いていない方の手を上げて「先生」と声を上げた。
「僕、誰かに雛菊の根を刻むのを手伝って貰わないと・・・」と言う。
「誰かに」と言った時、彼がニヤリとロンを見たのをカノンは目撃した。そしてスネイプは、ドラコの思い通りの返答を返す。
「ウィーズリー、手伝ってやりたまえ」
得意げにニヤリと笑うドラコを尻目に、カノンは完成した縮み薬をスネイプに提出するため、瓶に詰めて席を立った。
教卓に瓶を置き、自分の名前のラベルを貼ると、カノンは自分の席に戻る。
鍋やナイフを綺麗にしてから片付けると、テーブルが妙な空気になっていた。
さっきまでとても綺麗だったロンの根がめった切りになっており、ハリーは2つめの萎び無花果の皮剥きをしている。
「ロン、そのぐしゃぐしゃの根はどうしたの?それにハリーも、無花果は一つで充分・・・・・・ああ、ごめん」
不機嫌そうに机に向かう2人に対して、至極満足そうに意地の悪い笑みを浮かべるドラコ。
ドラコの目の前には、先程までロンの手元にあった綺麗な根が置いてある。
カノンはフーッと息を吐き、ロンのすぐ隣に座った。
肩が触れるか触れないか、くらいの距離に現れたカノンを、ロンは驚いた顔で見た。
「ロン、私が君の分の根を刻むよ。同寮生が迷惑をかけたお詫び。その間に他の作業を進めれば時間内に間に合うよ」
笑顔でそう言ったカノンに、ロンは目を輝かせて「え、いいの?本当に?」と訊き返す。
「勿論」と小さくウインクをしてみせるカノンに、ニッコリ笑ったロンはナイフと根の乗った板を渡した。
「ハリーも、無花果の皮むきは置いておいて。まだまだ時間はあるし」
「ありがとう、助かるよ」
ハリーも2人に対してにこり、と笑い、ドラコだけが不満げな表情になっていた。
そこにスネイプが歩み寄り、あの暗く底冷えする声でカノンに声をかけた。
「Ms.マルディーニ。君にそのような指示は出していないが?」
思わずハリーとロンが身を固くするが、カノンはけろりと言い返す。
「はい教授、これは私が自主的にやったことです」
「我輩は君に、関係のないトラブルに手を出さないよう御忠告申し上げたつもりだが?」
流石に、カノンに対してはそこまで冷淡ではないようで、幾分柔らかい声でそう告げるスネイプ。
カノンは少し眉を下げながら、首を傾げて言った。
「Mr.ウィーズリーは本来なら根を刻み終わり、無花果を潰す作業に取り掛かれるはずでした。でも今から新しく刻むのでは、時間が足りません。私は既に調合を終えてすることが無いので、Mr.マルフォイのサポートに回ろうと思ったのですが」
最後に小さく「駄目でしたか?」と付け加えるカノン。
そんな彼女にスネイプは若干渋い顔をしたが、実際に手持無沙汰な様子を見ていたのだろう。
「・・・勝手にしたまえ、Ms.マルディーニ」と言い残して踵を返した。
「ありがとうございます、教授」
カノンはそう返すと、滅茶苦茶になった根をあっと言う間に切り揃え、ドラコの材料にも手を伸ばす。
「おいウィーズリー、芋虫を輪切りにしろ」
「ドラコ、私がやる。後はかきまぜるだけだから君にも出来るでしょ」
ドラコの高圧的な物言いに片眉を上げたカノンは、材料が乗っている皿を引き寄せた。
「君の手を煩わせる事は無いよ。君はこういうのが苦手だろう?」
ドラコはこういうの、という所で芋虫の死骸を見る。だがカノンは顔色を変えず、杖を振って芋虫を輪切り状態にした。
「いい?君は"やって頂く"立場なんだから、とやかく言う権利は無いんだよMr.マルフォイ」
完全に据わった目で言い聞かせるカノンに、ドラコは青ざめた顔で頷くだけだった。
その後無事に縮み薬を作成した3人だったが、最終的にグリフィンドールは5点の減点を受け、不満満載の顔で教室を出て行く。
カノンは、数人のスリザリン生から嫌な視線を送られたが、軽く流して昼食を食べに大広間へ向かった。