03






ホグワーツ城の外に位置する、魔法生物飼育学の教室。

屋外授業なので、教室と言うのは少々語弊があるのかもしれない。
カノンたちは授業を受けるため、大きな教科書を抱えながら校庭を歩いていた。


「ドラコ、魔法生物飼育学って、どういう実技をするの?」
「ああ・・・君は筆記しかしたことが無いのか。去年までは実際に生物に触れて、その生態を学んでいたんだが・・・今年からはどうなることやら」
「先生は確か、あのひときわ大柄な人だっけ」
「森番如きが教師だなんて、僕は認めないがな」

鼻先をツンと空に向け、そう言い切るドラコ。
別に君が認めずとも、校長であるダンブルドアが是と言えば終わりなのに。
そんな呟きを飲み込んで、カノンは素知らぬ顔をしながら教科書に目を落とした。


毛むくじゃらでブルブルと震えるその教科書。
タイトルは『怪物的な怪物の本』まさにその通りである。
ドラコを始め、他の生徒たちはベルトや紐で、教科書をぐるぐると縛り付けていた。
何故だろう、どカノンが首をひねっていると、その視線に気づいたドラコが忌々しそうに教科書を持ち上げる。

「こいつ、タイトルの通りメチャクチャに噛みつくんだ。君は何もつけていないようだけど、大人しくさせるコツとかあるのか?」
「ううん・・・私のは買ってきて頂いたその日から、ずっとこうして大人しいよ」

新学期前に、スネイプが彼女の教科書を購入してきたその日。
学期前にあらかた目を通しておくカノンのために、彼がなにかしたのだろうか。
むしろ、それしか思いつかず、カノンは乾いた笑みを浮かべた。

「・・・後で、スネイプ教授にでも相談してみたらどうかな」
「ああ、あのデカブツよりもずっと頼りになるだろうね」



他の生徒達が歩く流れに沿って禁じられた森前に行くと、そこには大広間で教員席に座っていたハグリッドが立っていた。
周りを取り巻く生徒たちが、まるで5歳児のように見えるほどの巨漢だ。
スリザリン生達が語るには「汚らわしい半巨人」だそうだ。


「おお、来たか。よしよし、んじゃあ・・・そうだな、えーと」

ハグリッドは初の授業に緊張しているのか、随分しどろもどろになっていた。
そんな姿を見たスリザリンの生徒は野次を飛ばすような笑い方で彼を嘲る。
が、その中で1人、全く違った声を上げる生徒がいた。


「先生、落ち着いて深呼吸をなされば宜しいと思います」
「お、おう、深呼吸か。そうだな。ちいっと緊張しちまってな。大丈夫だ、ありがとな」

カノンがそう呼びかけると、その言葉の通りに一度深呼吸をするハグリッド。
ひと呼吸おくと幾分緊張がほぐれたようで、彼は生徒たちを放牧場へと案内した。

「親切だな、君は」

皮肉めいた口調でドラコがそう言う。
周りのスリザリン生もそうだが、随分とハグリッドを嫌っているらしい。

「私は初めての授業を素晴らしいものにしたいだけだよ。先生にもしっかりと教鞭をとって頂かないと」

カノンがそう言い、ドラコに笑いかけながら放牧場へと歩を進める。
その笑みに絆されるかのように、口を尖らせていたドラコも同じように歩き出した。









「ほうら、見えるか?あれはヒッポグリフっちゅう生き物だ」

ハグリッドが指差す方には、数体の生き物が佇んでいる。

馬のような体にビッシリと生えそろった羽。
顔は鷲のような形をしていて、まさに半鳥半馬というものだった。

鋭い嘴と鉤爪がギラリと光を浴びている。
だが、陽の光を受けて光るのはそれだけではない。
体中を覆う羽はツヤツヤと輝き、猛禽類のそれと似通った瞳は鋭く美しい。


「誇り高くて、礼儀正しい。だが怒ると凶暴だからな、絶対に侮辱しちゃなんねえ」

ハグリッドの的確な説明を聞き、生徒達は皆怖々と後ずさりした。
誰もが「あの鉤爪の餌食にはなるものか」と言わんばかりだ。

だが、カノンはとても興味深そうに彼らを見つめ、身を乗り出している。

「うわあ、ヒッポグリフ・・・実物を見るのは初めてだ」
「お、おい、危ないぞ。もっと下がらないと」
「大丈夫だよ、侮辱しなければ無差別に人を襲う様な生き物じゃない。私もっと近くで見て来るね」
「カノン!」

ひょこ、とスリザリン生の群れを抜けたカノンは、最前列まで身体を滑り込ませて行った。




「あー、んじゃあ、誰か、前に来て、こいつらと触れ合ってみてえ奴はいるか?」

後ろの方では、スリザリン生が"そんな人間がこの世にいるわけ無い"とでも言うようにクスクス笑い声を出している。
ハグリッドと比較的仲の良いグリフィンドール生でさえ、困り顔で顔を見合わせていた。


その中で、おずおずと手を上げた男子生徒。
くしゃくしゃと癖のついた髪に、グリーンの瞳をした生徒――ハリー・ポッターだ。

「あの・・・僕、やってみる」

彼はグリフィンドール生の中でもひときわハグリッドと仲が良い。
ハグリッドの授業を、何としても成功させてあげたいという気持ちから挙手したのだろう。

そして、同じタイミングで勢いよく挙手したカノン。

「あの黒くて綺麗な子は?」
「黒い・・・ああ、あいつぁアルティミスっちゅう名だ。お月さんみてえに綺麗だろう?」
「ええ、とても」
「よし、んじゃあカノンとハリー、順番にやってみるか」

2人の勇気ある立候補にグリフィンドール生は拍手を送り、スリザリン生は気に入らないという表情をした。

驚いた表情で隣の女の子を見るハリー。
カノンはそんなハリーに見向きもせず、希望通り黒色のヒッポグリフの前へと躍り出た。
迷いなく進んでゆくカノンに、ハグリッドは一瞬不安げな表情を見せる。
だが、カノンがヒッポグリフから1メートルほど離れた場所で止まったのを見ると、ホッと息を吐いた。

「ごきげんよう、アルティミス。カノン・マルディーニよ、どうぞよろしく」

右足を引き、胸に手を当てながら膝を折るカノン。
その流れるような美しい動作に、アルティミスは一瞬目をぱちぱちと瞬かせる。
そして、間髪入れずに自らも膝を折り曲げ、頭を下げた。

「おお、お手本のようなお辞儀だ。よくできた!」

ハグリッドの声を合図に、カノンが顔を上げる。
するとアルティミスはゆっくり彼女に近づき、自身の頭をカノンの肩口へと擦り付けた。

「近くで見ると益々綺麗な毛並だね。撫でてもいい?」

そう囁くと、アルティミスは嬉しそうに嘴をカチカチと鳴らす。
心地よさげに目を閉じて甘えるヒッポグリフと、そんなアルティミスを微笑ましい面持ちで撫でるカノン。

そんな光景を目にしたハグリッドは、感動したように大きな拍手をした。

「すんばらしい!ほんとにすげえぞ、よくやったな!」
「ありがとう、先生。ほら、生徒がしっかり課題をこなした時は?」
「おお、そうだ。俺はもうこの台詞が言えるんだな。スリザリンに10点だ!」

頬を綻ばせて喜ぶカノンを見たスリザリン生は、既に先程までの不満げな顔を引っ込めていた。
それどころか、グリフィンドールの生徒に対して自慢げな態度まで出している。


だが、カノンの隣では、ハリーがバッグビークという名のヒッポグリフと対面し、見事にお辞儀を返してもらっていた。
今度はグリフィンドールの一団から大きな拍手と歓声が響き渡る。

気を良くしたハグリッドは、ハリーにバッグビークの背へ乗るよう提案する。
そして、突然バッグビークの尻を叩き、彼らを空へと送り出したのだ。

ハリーの必死の形相を見たカノンは丁寧にそれを辞退し、アルティミスの背に乗り放牧場を散歩するにとどめた。


なめらかな背中の羽毛を撫でられ、気分良さそうにゆっくりと歩くアルティミス。

遠巻きに見ていた生徒達も、おずおずとヒッポグリフに近づき始める。
ハグリッドは、生徒たちが自分の組んだカリキュラムに参加してくれた事に感動したのか、とても嬉しそうに声を弾ませていた。


カノンが放牧場の真ん中に戻って来ると、周りにはスリザリンの女子生徒が群がった。
誰もがカノンにヒッポグリフの手懐け方を教わろうと必死だ。
カノンは女子生徒達を「私よりも先生の方がずっと詳しいよ」と爽やかに一蹴し、ハリーに代わりバッグビークの嘴を撫でているドラコに目を向けた。

いつも通りの尊大な態度だが、バッグビークが許していると言う事は、彼もしっかり礼儀正しく接したのだろう。

その様子にほっと息を吐き、アルティミスの背から降りるカノン。
アルティミスの方はもう少しカノンと一緒に居たいようだったが、周りの女子生徒から一度にお辞儀をされ、それを返すので精いっぱいになっていた。


カノンがバッグビークの方へ行こうとすると、ハリーが驚いた顔でドラコを見ているのがわかる。
遠くからでよく聞こえなかったが、ドラコから信じられない言葉が発せられたようだ。


「・・・・・・なぁ?醜いデカブツの野獣君」

あろうことか、彼は誇り高いヒッポグリフに大して侮蔑の言葉を浴びせたのだ。
バッグビークは、嘴を撫でられてうっとりしていた顔を急に怒らせ、鋭い鉤爪でドラコに襲いかかった。

放牧場には、ドラコの叫び声や周りの生徒が叫び、逃げる音、バッグビークの怒りの声が響き渡った。
混乱はどんどん広がり、ハグリッドはバッグビークを抑えつけようと必死だが、怒り狂ったヒッポグリフには誰も手出しができなかった。

バッグビークの爪が、再びドラコに襲いかかった瞬間、カノンが鋭く杖を振るった。

「インカーセラス!」

カノンの杖から勢いよく極太の鎖が飛びだし、バッグビークの体中に巻き付く。
鎖は絡み合い、首輪と足枷を同時に嵌めたかのようにバッグビークを大木に縛り付けた。




カノンはドラコの元に駆け寄ると、すぐに傷の状態を確認した。

「範囲が広いし結構深い・・・すぐに医務室へ行かないと」
「あ・・・ああ、そうだな、俺が連れてく。先生だからな」
「フェルーラ」

次にカノンは先程よりも優しく、そっと杖を振るう。
今度は鎖ではなく、白く清潔な包帯とガーゼが飛びだしてドラコの腕に巻き付いた。
今までボタボタと垂れていた血は止まったが、出血が止んだわけではないので、白い包帯がすぐに赤く染まってゆく。


ぐったりしたドラコはハグリッドに抱えられながら医務室へ向かう。

放牧場に残された生徒達は、呆然とその後ろ姿を見ていた。








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