02






汽車を降りたカノンがたどり着いた先。
そこには、ホグワーツ副校長であるミネルバ・マクゴナガルが立っていた。


「ミネルバ先生」
「ああカノン。無事に到着したのですね」

マクゴナガルは、普段見せないような穏やかな笑みを浮かべながらカノンの肩に手を添える。
彼女もまたカノンの面倒を見てきた人であり、カノンからすればスネイプ同様に親よりも信頼できる相手なのだ。
本心を言えばここまでピッタリ付き添いたかったのだろう。

マクゴナガルは一度頷いてから、ホグワーツ城の中へとカノンを誘った。





「これから貴女は、組み分けの儀式を行います。ホグワーツにある四つの寮は・・・いえ、必要ありませんね」
「はい。入院中に数えきれないくらい"ホグワーツの歴史"を読みましたから」
「私としては、貴女がグリフィンドールに来てくれればそれほど嬉しい事は無いのですが・・・血筋の事もありますし、きっとスリザリンになるでしょう」

大広間脇の小部屋の中で、マクゴナガルがそう語る。
自身が手塩にかけて育てた秀才を、何としても獲得したかった。と顔にありありと書いてある。

「優秀な貴女ですから、レイブンクローでも不思議ではありませんがね」
「ありがとうございます。先生にそう言って頂けるのが、一番嬉しいです」

カノンもまた、普段の落ち着いた笑みとは違った、幸せでとろけそうな笑顔を浮かべた。

「貴女がどの寮に入ろうとも、私の接し方は変わりません。選ばれた寮へ胸を張って、堂々とお行きなさい。Ms.マルディーニ」
「はい、ミネルバ先生」
「では、後程会いましょう」


そう言い残して、マクゴナガルはひと足先に大広間へと入っていった。

カノンは新入生の組み分けが終わった後で編入生として紹介されるため、まだこの小部屋に居る必要があるのだ。
扉の向こうからは、教員が名簿を読み上げる声、組み分け帽子の声、その後の歓声、と繰り返し聞こえてくる。

そのうち、新入生全員が組み分けの儀式を終えたようで、大広間中にざわざわという話し声が響きだした。
例年であればダンブルドアが一言挨拶をし、生徒たちがようやくご馳走にありつけるのだが。




「待たせたのう、Ms.マルディーニ。こちらに」

扉越しだというのに、柔らかくよく通る声だ、とカノンはぼんやり思う。
木製の扉を押し開くと、ギギギギ・・・という古い蝶番の音が響き、全校生徒の視線がカノンへと注がれる。

ダンブルドアが指し示す先、教員席の前に立ったカノンは、ぐるりと大広間を見渡してから口を開いた。


「カノン・マルディーニです。今年から3年生に編入します、どうぞよろしく」

緊張しているのか、やや固い声でそう述べるカノン。
簡潔極まりない挨拶に、在校生たちは互いに顔を見合わせている。
教員席ではマクゴナガルやスネイプ、そしてダンブルドアが微笑ましげにカノンを眺めていた。
まるで孫か子供を見守る家族のような視線が、カノンの背中に注がれている。

頬笑みを携えたダンブルドアが立ちあがると、続いてマクゴナガルも席を立って組み分け帽子を用意する。
もう一度歌いたそうにウズウズしている帽子に「歌はもう結構ですよ」と言い切ったマクゴナガル。
帽子は、至極残念そうにふんにゃりとひしゃげた。


「彼女には3年生に編入してもらう。先日行った編入試験では、なんとO.W.Lレベルまでクリアしておったがのう」

ダンブルドアがそう言うと、広間内がザワザワと騒がしくなる。
カノンはというと、僅かに口元を引き攣らせてダンブルドアを見る。

(O.W.Lレベルと言っても、魔法薬学と変身術だけなのに)


それはもちろん、保護者の中にプロフェッショナルがいたからだろう。
マクゴナガルとスネイプ。そして、元変身術の教授であったダンブルドア。
元々カノン自身が優秀な魔女なのだから、英才教育を受ければ成績は抜きん出る筈だ。


「ほっほ、では早速組み分けの儀式を始めようかの。Ms.マルディーニ、椅子へ」

ダンブルドアの言葉に頷いたカノンは、丸椅子に腰かけて帽子を被る。


『ほう・・・これはまた、珍しい血統のお嬢さんが来たものだ』

頭の中に流れる組み分け帽子の声。
カノンは思わず上を見上げながら首を傾げた。

『サラザールの子供かい。懐かしいね』
「あら、バレちゃった」
『私はサラザールたちに作られた帽子だからね、お見通しさ』

得意げに語る帽子に、カノンは少しだけ口角を上げる。
この汚れたボロ雑巾のような帽子に、千年前のご先祖の魔力が今もなお通っていると思うと、なんとも不思議だ。

『さて、君はこのホグワーツでどんな生活を望むのかな?』
「へえ、選ばせてくれるの?」
『もちろん、決めるのは私さ。君は勇気がある、知性も、誠実さもある。どの寮に行っても上手くなじめるだろうよ』
「勇気、知性、誠実さ・・・じゃあ、狡猾さは?」
『それだがねえ、君の中で一番大きな個性が、それだよ。手段を選び、最も最善の道を行くが、そこには鋭い狡猾さがある』
「最高の褒め言葉を、どうもありがとう」
『君の寮は、スリザリン!!

帽子の声が高らかに響くと同時に、スリザリンのテーブルからは割れるような大歓声が響いた。
彼女の第二の姓である"マルディーニ"が、純血の名家と言われているからだろう。

もっとも、彼女がスリザリン家の末裔だと知られた日には、まるで女王の如く祀り上げられるのだろうが。


カノンがくるりと背後を振り返ると、残念そうな顔で拍手をするマクゴナガル。そして、ニヤリと怪しい笑みを浮かべるスネイプの姿があった。








スリザリンのテーブルに到着したカノンは、手招きされるがままに空いている場所へ腰を下ろした。
カノンに手招きしていたプラチナブロンドの男子生徒は、早速彼女へと手を差し出している。


「僕はドラコ・マルフォイだ、君と同じクラスさ。宜しく、カノン」
「宜しく、ドラコ。まさか、マルフォイ家の君に招いてもらえるなんて」


差し出された手を取ったカノンは、薄く上品な笑い方でドラコに話しかける。すかさず家名を褒めると、純血の御曹司である彼はまんざらでもない顔で頷いた。


「僕こそ、あのマルディーニ家のご令嬢と友人になれるなんて、光栄だよ」
「君の所と違って、半ば没落しつつあるけどね」

肩をすくめながらそう返すカノン。
今や彼女しか残されていない家だが、その歴史の長さ故に一部の純血家から未だに支持されている。最盛期にはあのブラック家と肩を並べていたほどだ。もっとも、そのブラック家も没落してしまったのだが。

彼女が間違いなく、混じり気のない純血だと言う事を確信したのか、ドラコは一層親しげに接するようになっていた。

「君のような人がスリザリンに入ってくれて嬉しいよ」
「ありがとう、私も君と友達になれて嬉しいな」
「今度、信用できる友人を紹介するよ」

信用できる、とはきっと人柄ではなく血筋の事だろう。とカノンは感じ取った。

彼女は、スリザリンに入った以上、最初のうちは人柄だけで友人を作ることは敵わないと覚悟はしていた。
そのうちスリザリン生が表立って文句を言えなくなったら、自由に交流してやる、とも思っている。



長い事孤独だったカノンは、個々の性格はどうあれ、自分を温かく迎えてくれる友に囲まれる事に、希望と喜びを感じていた。

だから彼女は、当たり前のように威張りちらした上級生にも
彼女の顔を見ては「気に入らない」と言うようにフン、と鼻を鳴らす女子生徒にも友好的に接する事が出来た。

こうして、彼女の組み分けの儀式はつつがなく終わり、生徒たちは待ちに待ったご馳走へと手を伸ばし始めた。








皆が美味しいご馳走に舌鼓を打ち、カノンが久方ぶりの通常食に胃を痛めていると、ダンブルドアが今学期の諸注意を言い渡す。

吸魂鬼と呼ばれる生物がホグワーツの警備をする、という点についてだ。
アズカバンの看守。人の希望を喰らう。その目は特別で、透明マントを被っていても獲物は見逃さない。

飢えた彼らに、こちらを攻撃する口実を与えてはならない、と。

汽車の中で出会った生物を思い出しながら、カノンは守護霊の呪文を覚えていて心底よかったと実感していた。


安全な筈の城に、危険な生物をむざむざ放つとは。
納得していない、と言いたげなダンブルドアの顔を眺めながら、カノンはギュゥ・・・と小さな音を立てて痛むお腹を、そっと擦った。








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