ちょっとした事でナーバスになってしまった私は、感情を上手くコントロールできないまま自室にこもっていた。紫陽花で埋め尽くされた泉を直哉くんと共に眺め、遣る瀬無い気持ちを押さえつけたまま、直哉くんにおやすみの挨拶を告げて部屋に戻った。それからずっと、こうしてベソベソと涙で枕を濡らしているのだ。

 多少の冷静さを取り戻した頭で、今は何時だろうと部屋の中を見回す。暗い部屋では時計の針すらまともに見えなかったが、窓の外の空がうっすらと白んできているのが見えた。もうすぐ、朝がやってくる。この家に来てから、早朝の景色の美しさを知って早起きが嫌いではなくなった。だけど、今だけは、この静寂に包まれた夜が永遠に続けばいいと思ってしまう。

 布団の中で身じろぎして、ひんやりと冷えてしまった足先を丸める。母親のお腹の中に居る胎児のように膝を抱えたまま、私は再び直哉くんのことを想った。

 そもそも、なぜ直哉くんは私のことを京都に呼んでくれたんだろう。幼い頃の口約束を律儀に守って、何年も手紙を交わしてくれた直哉くん。盲目になっていた私はずっと、彼も自分と同じ気持ちでいてくれているのだと信じていたが。真偽の程はわからない。

 初めて彼の胸の内が知りたくなったけれど、詮索されるのを好む人ではないから。もしも彼に拒絶されてしまったらどうしようという不安ばかりが頭の中を渦巻いた。──恋人と別れて「死にたい」と言う友人を何人も見てきたけれど、自分もそう思うことになるなんて、過去の私に言っても信じてはくれないだろう。

 再びじわりと滲み出てきた涙を拭うと、目尻のひりつきが酷くなった。夜通し涙に濡れ、何度も擦ってしまった目がどうなっているのかは鏡を見なくても容易に想像ができる。私は重苦しいため息をひとつ吐き出して、一睡もできずに火照った頭を起こすため、洗面台へと向かった。


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