Cafe & Bar 〜Sky Rosa〜 【5】
シエラ side


仕事の合間に仕事を捻じ込むような、そんな多忙な二ヶ月間を乗り切った私。ジムチャレンジのシーズンが始まり、ようやく一息つけるようになった。
私の担当ジムは最終関門であるナックルジムなので、ジムチャレンジが始まったばかりのこの時期はまだまだ暇なのだ。数日後から使用する食材の搬入立会いのため、私はナックルスタジアムの入り口にぼうっと突っ立っていた。
納品自体はもう終わったのだが、あまりにも多い食材の量に呆然としているのだ。
いや、私が発注した分の食材がしっかり注文通りに届いてはいるのだが、紙面ではなくこうやって実際に見てみると…凄まじい。
ため息を1つだけ吐いて、私は頭の上に乗ったキャップ帽をギュッと被り直した。いつもは滅多に被らない帽子だが、今日は日差しが強いので持ってきておいた。目の色素が薄いせいで、私は強い光に弱いのだ。
特にここ二ヶ月間は事務所に缶詰になっていたので、尚更陽の光が目に刺さる。


ローズさんから言い渡された、ナックルジムの担当というポジション。最初こそ「何の策略だろう」と思った配置だったが、一つ目のジムであるターフジムやルリナちゃんの所のバウタウンジムなんかは挑戦者があまりにも多いため、マクロコスモス・フーズのように大量のスタッフを派遣できる企業でなければ対応し切れないのだ。企業にとっても大きな宣伝の場になるだろうし、そういった理由から前半3つの「登竜門」と呼ばれるジムの担当は企業が受け持つことになったらしい。
逆に、ナックルジムのように勝ち進んでくる挑戦者が限られてくるジムは、そこまで大掛かりな人数は必要ではない。企業も、チャンピオンカップに先んじてシュートスタジアム付近に出店する特設店舗の準備に取り掛かりたいのだろう。
自分の仕事を片付けながら、私と同じくらいヘロヘロに疲弊したマクロコスモス・フーズの担当さんがそう語っていたのを、私は「なるほどなぁ」と聞いた。

しかし、チャレンジャーの人数は少ないとはいえ、やはり大仕事であることに変わりは無い。
私にはノウハウが無いし、動かせる人員の数も限られている。ローズさんに言えば応援スタッフを派遣してもらえるだろうが、あまり迷惑をかけるようなことはしたくないのだ。
しかし、ここまで来ればとりあえずは一安心。
私は「さて、取り掛かるか」と袖をまくり、山のような食材を睨んだ。その時だ。

「お疲れ様です、お手伝いに参りました!」
「あ、ありがとうございます」

ナックルスタジアムの中から、3人のジムトレーナーが姿を現した。
キバナくんがパーカーの下に着ているユニフォームだ。と気付いた私は、何となく彼の姿を探してしまう。

「今回、皆さんのお食事を手配させていただくことになりました、シエラと申します」
「よろしくお願いいたします!」

彼らは丁寧にも1人1人名前を教えてくれた。
リョウタくん、レナちゃん、ヒトミちゃんという礼儀正しいトレーナーの力を借りて、私はとりあえず運びやすそうな小麦粉の袋を持ち上げた。ぐっ…これが25kgの重みか…イーブイ3匹を抱えていると思えば少しだけ幸せな気持ちになれる気がする。…やっぱウソ、なれない、重い。

普段あまり持ち上げない重さにふらついていると、背後から「お、大丈夫かぁ?」という声が響くと共に逞しい腕が伸びてくる。その腕は私が必死に抱えていた袋をヒョイ、と持ち上げる。片手でだ。

「って、シエラさんッ!?」
「キバナくん!」

私の後ろから現れたのはキバナくんだった。そうか、私が珍しく帽子を被っていたから、後姿でピンと来なかったのだろうか。キバナくんは顔を真っ赤にして「ひ、久しぶりだなっ」と言いながらそっぽを向いた。
先日、2週間ほど会えなかった時からずっと彼はこの調子なのだ。ちょこちょこ会うたびにキバナくんの方から声をかけてくれるので、別に嫌われたわけではなさそうだが。

「元気だった? キバナくん」
「あ、お、おう! そりゃあもう元気だぜ。ジムチャレンジに向けての調整もバッチリだ」
「そっか。また時間が出来たらご飯でも食べに行こうね」
「マジで!? …へへ、楽しみだぜ」

久々に会ったキバナくんは本当に嬉しそうに笑ってくれて、私までほっこりと心が温まる。
キバナくんは会話もそこそこに「コレ、倉庫に運べばいいんだよな」と言って小麦粉の大袋をもう2つ担いで歩き出した。…えっ、1つ25キロだったよね、あれ。
私とキバナくんの事を見ていたレナちゃんとヒトミちゃんが、何やらわくわくとした表情で「シエラさんってキバナさまとお付き合いされてるんですか!?」と聞いてきたので、謹んで否定しておいた。リョウタくんは1人で大量のオボンの実を抱えて「重っ…!」と呻いている。私も働かなければ。

「あー! シエラさーん! 箱が壊れて荷崩れしてます!」
「えっ! やだもう」

レナちゃんが教えてくれたダンボール箱は今にも裂けそうで、既に亀裂から小粒のクラボの実がポロポロとこぼれ落ちてしまっている。あれは放っておくと大惨事になりそうだ。
ヒトミちゃんの手持ちポケモンであるユキノオーが「んぶう」と低く唸りながら、地面に落ちたクラボの実を拾い集めてくれた。しかし、きのみを探そうとくるりと振り返ったユキノオーのお尻がダンボールに当たってしまい、その衝撃でダンボールが限界を迎えたようだ。「ドザァ」という音を立てて夥しい量のクラボの実が流出した。

「あー! ユキノオー、ダメじゃない!」
「んぐうー…」
「気にしないで、ユキノオー。拾ってくれてありがとうね」

目に見えてしょんぼりと落ち込むユキノオーが、申し訳なさそうに拾い上げた数個のきのみを差し出してくる。強面な上に体長が2メートルを超えるポケモンだが、なんとも優しいところがあるみたいだ。
さて、手早くこの大量のきのみを拾わなければ。私はリョウタくんに大き目の箱を用意してもらい、その中にクラボの実を集め始めた。

「すげえ事になったなぁ」
「はは…辛口カレーに使おうと思ってて、沢山注文しちゃったの」
「シエラさんがカレー作んの?」
「うん。キバナくんも良かったら食べてね」

ガラル地方で大流行中のカレー。私も料理人の端くれだし、かねてより作ってみたいと思っていたのだ。
いくつか試作品を作ってみたがどれも美味しくできたので、きっと喜んでもらえることだろう。
せっせと手分けしてきのみを拾っていると、どこからか現れた緑色のポケモンが「うきゃあ!」と言いながらクラボの実を私に手渡してくれた。
中型くらいの大きさのこのポケモンは、確かくさタイプのバチンキーだったか。
人懐っこく笑っているバチンキーからきのみを受け取り「ありがとう」と言うと、バチンキーは私たちの真似をしてきのみ集めを手伝い始めてくれた。


「おーい、バチンキー!」
「きゃう?」
「待ってよ、ホップ〜」

それからすぐ、バチンキーのトレーナーと思わしき少年がこちらに駆け寄ってきた。紫色の髪に金色の目をした少年の後ろから、茶髪の少年も姿を現した。

「あれっ、キバナさんだ!」
「よう。ホップ、マサル。これからラテラルタウンに行くのか?」
「はい、ラテラルジム突破のために、2人でワイルドエリアで特訓してたんです」

ホップ、マサル、と呼ばれた2人の少年はキバナくんの知り合いだったようだ。
ジム突破のため、と言っているし、彼らも今年のジムチャレンジャーなのだろう。

「バチンキー、きのみ集めのお手伝いしてたのか。偉いぞ!」
「うきゃあ!」
「ホップ、僕たちも手伝おうよ」
「ああ、もちろん!」

心優しいホップくんとマサルくんは、そう言うや否やヒョイヒョイと身軽な動きで広範囲に散らばったきのみを集めてくれた。お陰さまで、私たちだけで集めるよりもずっと早く集め終えることができた。
私たちがきのみを拾っている間にキバナくんとリョウタくん、それとユキノオーで重たい荷物の殆どを運び終えてくれていたようで、ナックルジムの入り口からはすっかり荷物が消え去っていた。

「みんなお手伝いありがとうね! すっごく助かっちゃった」
「いえ、僕たちがこれからお世話になるんですから、当たり前のことです」
「シエラさんのお料理、楽しみにしてます!」

ナックルジムの子たちは何ていい子なのだろう。私も彼らが満足できるよう、全力で職務にあたらなければ。
せっかく食材も届いたことだし。と、私は手伝ってくれた皆に昼食を振舞うことにした。
手伝ってくれたホップくんとマサルくんもお誘いすると、2人とも最初こそ遠慮していたが「シエラさんの料理はウマイぜ」というキバナくんの一言に目を輝かせた。うう、頑張ろう。

あまり時間をかけて待たせるもの悪いので、手早く出来るサンドイッチと自信作のフィッシュフライを沢山拵えた。ユキノオーがまたもや大皿を運ぶのを手伝ってくれて、なんだか可愛く思えてきてしまう。
お皿をひっくり返さないようにそろそろと歩く姿が、実にいじらしい。

せっかく天気が良いし、スタジアム近くの広場で食べようぜ。というキバナくんの一声によって、私たちは急遽ピクニックスタイルでランチを食べることになった。
率先してきのみ集めを手伝ってくれたバチンキーにもポケモン用のサンドイッチをあげると、きゃっきゃと喜んでそれを受け取ってくれた。そしてバチンキーは、私の膝の上にちょこんと座ってそれを食べ始めたのだ。
5歳前後の子供くらいの大きさであるバチンキーが美味しそうにご飯を食べている姿は、とても心温まる。
大して重くもないし膝の上がポカポカ温かいので、そのまま座らせておくことにした。

「シエラさん、ごめんな。オレのバチンキーが」
「ううん、懐いてもらえて嬉しいから大丈夫。かわいいね」
「きゃう?」

つい顔がにやけてしまうのを堪えながら、ほっぺがパンパンになるまでサンドイッチを頬張るバチンキーを撫でる。ああ…かわいい…この適度な重さがまた良い…
ふと視線を感じて顔を上げると、正面に座っているキバナくんがビックリするくらいの真顔でこちらを見つめていた。キバナくんは数秒間真顔のままバチンキーを見つめ、そして私を目が合った瞬間に「にぱっ」といつもの笑顔に戻った。



沢山あったお昼ご飯をぺろりと平らげ、ジムトレーナーの3人は仕事があるということでジムへと戻っていった。ホップくんとマサルくんもこれからラテラルタウンに向かうらしく、バチンキーを連れて旅立って行った。
ということは、静かな広場の中に残ったのは私とキバナくんの2人だけ。
キバナくんはお仕事とか無いのだろうか。ここに残っていて大丈夫かどうかは分からないが、彼のことだし仕事に追われてあっぷあっぷするような事は無いだろう。

さわさわと涼しい風が通り抜けるこの場所は、聞けばナックルスタジアムの敷地内に類するらしい。
だから、先ほどから他の人の姿が見えないのだなと思った。こんなに居心地のいい場所が公共の場なら、こうして外で昼食を食べるに来る人が沢山現れることだろう。

しばらく静かな空気の中で黙り込んでいると、向かい合わせに座っていたキバナくんが私の横に移動してきてゴロリと寝転ぶ。いつぞやのように私の足の上に頭を乗せた彼は、幸せそうに「はぁ〜」と息を吐いた。

「ここはオレさまの指定席だからな」
「ふふ…久しぶりの、わがままキバナくんだね」

彼が先ほど不機嫌そうな顔をしていたのは、どうやらバチンキーにやきもちを妬いていたからみたいだ。
あんな小さいポケモンにまで嫉妬しなくてもいいのに。と思ったが、同時に彼が示してくれる独占欲が心地良く思えてしまう。

「シエラさん、頭撫でて…」
「うん、いいよ」

とろん、と瞳を眠たげに垂らすキバナくんはとっても可愛い。赤ちゃんポケモンに勝るとも劣らない可愛さだ。
両手を使って頭やほっぺを撫でてあげれば、彼は嬉しそうにふんにゃりと笑う。
ああ、ダメだなぁ。私の方がキバナくんに癒されてしまっている。依存したらダメなのに。
きゅう、と胸が苦しくなって、思わずキバナくんの頭を抱きしめてしまう。このまま私だけのものになってくれないかなぁ。

「ふわっ! シエラさん、ど、どうしたんだよ」
「んー、えへ、ごめんね。キバナくんが可愛かったから」

キバナくんの頭を抱き締めたまま、私は物思いに耽った。出会ってからしばらくの間、何度も言われた「好きだ」の言葉。最近言われなくなったなぁ。なんて思ってしまうような欲深い自分が汚らしく感じる。
もしも今、彼から好きだと言われたら、私は1秒で頷いてしまうだろう。
キバナくんにばれないよう、こっそりと彼のバンダナに小さいキスをして「離れていかないで」と吐息に乗せて吐き出した。キバナくんの耳に届く前に風がさらって行ったその言葉は、私の胸の中でポツンと浮かび上がったままで。誰に知られることもなく消えていくのかなと思うと、ちょっとだけ涙で視界が滲んだ。



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