Cafe & Bar 〜Sky Rosa〜 【1】
ここ最近、ガラル地方のトップジムリーダーであるキバナは、ずっと物憂げな表情でため息ばかりを吐いていた。
誰かと話している時は普通なのだが、いざ1人になった瞬間「はぁ…」と重苦しい息を吐くのだ。
その理由は、彼がこれまでの人生で味わったことのない悩み…所謂「一目惚れ」をしてしまったことにある。


数日前のことだった。キバナは同じジムリーダー仲間のルリナと共に、とある用事でシュートシティに訪れていた。
今しがたその用事も終わり、どこかで昼食でも食べよう。と2人並んで歩いている時だった。ルリナが何かを思いついたかのように「あ」と小さく声を上げる。

「ん?」
「ランチ、あそこで食べましょうよ。”スカイローザ”」

ルリナが挙げたレストランの名前は、キバナも聞き覚えがあった。
ローズタワーの1階に店を構えるカフェダイニングであり、普段はローズタワーに入っている会社で勤務している者たちが社員食堂として利用している店だ。
キバナのスポンサーであるマクロコスモス・バンクもそのうちの企業の1つであり、キバナのもとには『スカイローザ』の優待券などが定期的に届いているのだ。最も、彼がそれを使う事は一度も無かったのだが。

「別にどこでも良いけどよ。あそこってマクロコスモスグループの社食だろ?」
「オーナーであるローズさんが、リーグ関係者も入れるようにしてくれてるのよ。結構美味しいんだから」
「へぇ〜」
「もしかして、行ったこと無いの?」

パッチリとした目を瞬かせて、ルリナは信じられない! と言いたげな顔でキバナを見た。

「無えな」
「ふーん。じゃあ、尚更良いじゃない。行きましょう」

ルリナがこうして気に入るのだから、味はそこそこ期待ができそうだ。とキバナは思った。
だが彼はどうしても「社員食堂」というイメージが先行しており、「エプロン着けたおばちゃんが作ってくれる店か?」といった予想を立てていた。

空飛ぶタクシーでローズタワーに向かい、慣れた様子でローズタワーのエントランスに進む2人。
受付のコンシェルジュとアイコンタクトを交わしてから、正面に位置するエレベーターではなく『Cafe & Bar 〜Sky Rosa〜』と看板のかかった扉を開いた。
その中はキバナが思っていた内装とはまるで違い、シンプルながらもお洒落な雰囲気が漂っていた。
白とベージュを基調にした店内は、明るく落ち着きのある空気に満ちている。飾られているインテリアや花も主張しすぎずセンスが良いし、他の客のテーブルに提供された料理から既に良い匂いがふんわりと香っていた。

「ルリナさん、いらっしゃいませ」
「こんにちは。今日はシエラ、いる?」
「ええ、後ほど伺いに参りますね」
「ありがと」

店員と慣れた様子で喋るルリナは、この店によく通っているのだろう。店員はキバナにも礼儀正しく「キバナさん、ご来店ありがとうございます」と挨拶をしてから2人を席へと案内した。
通された席はちょうどパーテーションで他の席から区切られているテーブルだった。どうしても注目を集めやすい2人にとって、こういった細やかな気遣いは嬉しいものだ。

「私もあなたも外だと目立つじゃない。ここはマクロコスモスグループの人間とリーグ関係者しか居ないし、こうしてテーブルも配慮してくれるからゆっくりできるのよ」
「なるほどなぁ。思ってたよりも綺麗でビックリしたぜ」
「でしょ?」

お気に入りの店を褒められたことで嬉しくなったのか、ルリナは「このお店のこれが美味しい、このドリンクはオススメ」と、キバナが好きそうなメニューをピックアップし始める。
ちょうどその頃だ、この店の店主であるシエラという女性が2人の座るテーブルに現れた。

「こんにちは、ルリナちゃん」

フワフワとウェーブしたプラチナシルバーの髪を束ね、水色のエプロンを着けたシエラ。彼女がにっこりと微笑んだ瞬間、キバナは目を見開いてシエラのことを凝視した。

「シエラ、久しぶりね」

彼女の、澄み渡った空のような明るいシアンの瞳が優しく細まる。
窓から差し込む陽の光を受けてきらめく髪と瞳が、まるで本物の空をみているかのような錯覚を起こさせた。
キバナはというと、彼女を見つめたまま動けないでいた。初めて会う人だと言うのに、彼女にドキドキと心臓が高鳴るのを止められないのだ。
せっかく彼女が「ジムリーダーのキバナさんですよね。お会いできて光栄です」と言ってくれたのに、頭が働かず言葉が出てこない。そんなキバナを不審に思ったのか、ルリナが「キバナ?」と彼の名を呼んだ。

「好きだ…」
「はぁ?」

突拍子も無いキバナの一言に、ルリナが心底不可解そうな顔をした。
そして、顔を赤らめたまま硬直しているキバナに「あんた、いきなり何言ってるの」と鋭く突っ込みを入れた。
シエラはというと、突然「好きだ」などと言われて一瞬固まったが、何事も無かったかのように微笑んでテーブルに水の入ったグラスを置いた。

「ふふふ、彼、どうしたのかしら。とりあえず、メニュー置いていくわね」
「ありがと、シエラ」

ルリナに2人分のメニューを手渡して立ち去るシエラ。彼女の姿が見えなくなるや否や、ルリナは「キバナ、あんた何言ってんの?」と少し怒りながら問いかけた。

「いや…思わず…」
「思わず、じゃないでしょ。一言も話さない内から口説くなんて、随分失礼だと思うけど?」

きゅっと眉を吊り上げて不機嫌そうな顔をするルリナ。大切な友人に失礼な行いをされたことを怒っているらしい。キバナはようやく我に返り、ルリナに「悪い」と謝った。

「オレさまもビックリしてんだ…人生初だぜ、こういう、一目惚れってやつ?」
「一目惚れね…とにかく、次あの子が来たら謝りなさいよ」
「そーする」

シエラがさほど気にした様子も無く立ち去ったから良かったものの、もしも嫌悪感でも露にされていたら。なんて考えると、キバナの背筋にゾッと冷や汗が浮かんだ。
それにしてもファーストコンタクトとしては最悪だ。早くこれを挽回しなくては、とキバナはルリナから手渡されたメニューを開いた。

それからすぐにオーダーが決まった2人は、テーブルに備え付けの呼び鈴を鳴らす。店内が落ち着いているせいか、十数秒で現れたシエラが「ご注文はお決まりですか?」とにこやかに問いかけた。

「わたし、いつものランチプレートにするわ」
「オレさまはカットステーキセットと、フィッシュフライも頼む」
「はい、かしこまりました」

2人のオーダーを聞き届けたシエラが立ち去ろうとした瞬間、キバナは「あ、ちょっと良いか?」と彼女に声をかけた。

「いかがなさいました?」
「さっきは妙な事言っちまって、ゴメンな」
「ふふ…ええ、大丈夫ですよ」

本当に申し訳なさそうに謝るキバナに、シエラは朗らかに「改めまして、スカイローザの店主のシエラです」と名乗った。

「ナックルシティジムリーダーのキバナだ」
「もちろん、存じ上げております。ご来店ありがとうございます」

シエラは2人に軽く一礼し「すぐにご用意いたしますね」と言い残して去っていった。
彼女が踵を返してキッチンの方へと歩いていくのを、ぼーっと見つめるキバナ。彼女の後姿だけでなく、束ねられた髪がふわふわと揺れる動きすらも美しく見えてしまっているようだ。

「ねぇ、物凄くだらしない顔になってるわよ」
「ああ…自分でもそんな気がしてる…」

ルリナの一言をすんなり受け入れたキバナ。彼は結局、料理が届くまでチラリチラリとパーテーションから顔を覗かせ、笑みを絶やさず働くシエラの姿を目で追い続けた。

そして数分後、驚くほどの速さで提供された料理に2人は舌鼓を打っていた。
キバナが注文したステーキセットは焼き加減がバッチリだし、ソースも絶品だ。ルリナがオススメしていたフィッシュフライもサクサク・ふわふわとした食感で、キバナを唸らせる美味しさだった。
ルリナはというと、高タンパクかつ低カロリーな食材が沢山載せられたランチプレートを美味しそうに頬張っている。新鮮な野菜に、柔らかそうな赤身肉に、ちょっとしたデザート。
そんなプレートを見て、キバナはあることに気がついた。

「なぁ、そんなメニューあったか?」
「ああ、これ? 私だけの特別メニューなの」

ルリナがフフン、と得意げに笑いながら放った言葉に、キバナは「何だそれ!」とあからさまに羨ましがる。
聞けば、以前は普通のメニューをオーダーしていたルリナが「体型維持のために外食を控えなければいけない」とぼやいた時に、シエラが「それなら、栄養を計算したオリジナルプレートを作りましょうか?」と提案したのだ。このオリジナルプレートのおかげで、ルリナは食事制限の時でもスカイローザに来る事ができるようになった。

「低カロリーなのにいつも美味しいし、制限が多いのに色々とメニューを変えてくれるのよ」
「何か…自分だけのメニューって羨ましいぜ」
「あの子と仲良くなれば作ってもらえるかもね。せいぜい何回でも通いなさい」


そんな会話を繰り広げながらも食事を食べ終わり、会計も済ませた2人。店を出ようとしたところに、シエラが現れて「ルリナちゃん!」と声を上げた。

「ね、今週末って空いてたりする?」
「週末? …確か、雑誌の取材と撮影だった気がするけど、どうしたの?」
「そっか…実はワイルドエリアに行きたくて、予定が無ければ一緒に来てもらおうと思ったんだけど…それなら大丈夫!」

にっこり笑って「いきなりゴメンね」と言うシエラに、ルリナは「ワイルドエリア…」と独り言で返す。
シエラは、あまり流通していない食材を求めてワイルドエリアに行くことがよくあるのだ。しかし、トレーナーとしての腕前がそこまでではない彼女にとって、ワイルドエリアは危険な場所だ。
夢中になって食材を探している最中に、後ろから野生のポケモンに襲われでもしたら。そう心配したルリナが、ワイルドエリアに行くなら自分を呼ぶように。と彼女にきつく言ってあったのだ。

しかし、今回は自分が同行できない。かといって彼女を1人で行かせるのはとても心配だ。
そう考えたルリナの視界に入ったのが、未だにぼうっとシエラに見とれているキバナの姿だった。

「そうだ、キバナはどう? 週末の予定」
「んあ? …オフだったと思うが」

彼がそう答えた瞬間、ルリナが目で「あんたが同行しなさい」と強く語りかけた。
キバナも、シエラと共に行動できる口実ができたのをこれ幸い、と「オレさまで良けりゃ一緒に行くぜ」と言った。

「ええ! そんな、今日初めて会ったばかりなのに、申し訳ないですよ」
「気にしなくて良いのよ。私よりも力だってあるし、沢山荷物も持たせられるわよ」
「ああ。見た通り、力仕事は得意だからな。あんたが嫌じゃなければ、だが」
「嫌だなんてそんな…あの、それじゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」

おずおずと問いかけられ、キバナが断ることなどあり得るのだろうか。
彼は、ここ数年でそんなに朗らかな顔をしたことがあっただろうか? と感じるほどに嬉しそうな顔をした。

「よっしゃ! それじゃあ、連絡も取れるようにしといた方がいいよな」
「あ、そっか。勤務中なので手元に電話が無くて…今、番号書きますね」

シエラはポケットから出したメモにサラサラと自身の電話番号を書き、それを畳んでキバナに手渡す。
キバナはそのメモをとても大切そうにポケットに入れ「じゃ、また連絡するな!」と言った。

ローズタワーの外に出たキバナは、握りしめていた両手を真上に振り上げて「よっしゃあ!」と盛大なガッツポーズを取った。
昔から、自ら女性にアタックする必要など無い人生を送ってきたキバナにとって、シエラとのやり取りは非常に新鮮で刺激的なのだろう。

「言っとくけど、あの子に妙なコトしたら許さないからね」
「分かってるって。オレさまこう見えてもガラル紳士だからよ、心配すんな!」

ルンルンと足取り軽く歩くキバナに一抹の不安を感じながらも、ルリナは「まぁ、大丈夫か」とキバナの後ろを歩いた。とりあえずは、彼女がワイルドエリアで野生のポケモンに襲われることはなさそうだ。


***


そんなやり取りをした数日後。

今日はついにキバナが彼女と共にワイルドエリアに行く日だ。キバナはこの日を心待ちにし過ぎて、一日に何十回ため息を吐いてきたか分からない。どんな話をしようか、どの服を着ていこうか、彼女のことを何と呼ぼうか。そんなことばかりがグルグルと彼の脳裏をめぐり続けた数日間だった。

ナックルシティとワイルドエリアを繋ぐ大階段を降った先。そこでぼうっと待っていた彼の耳に「キバナくん」という鈴を転がすような声が聞こえた。

「ごめんなさい、お待たせしました」
「全然待ってねえよ? 久しぶりだな、シエラさん」

数日振りに見た彼女の姿は、相変わらずキバナが一目惚れをしたそのままの姿だった。
もしかしたら、出会いの思い出を美化しすぎている可能性もある。と構えていたキバナだったが、それはどうやら杞憂だったらしい。
直射日光を受けてキラキラと透けるプラチナシルバーの髪が、彼女自身をも輝かせているかのように感じられた。

「今日は何を採りに行くんだ?」
「水辺のハーブが沢山生っているみたいだから、きのみの生る木を探しながら水辺も回りたいなって」
「りょーかい。ボディガードは任しとけよ」
「ふふ、頼りにしてます。キバナくん」

宝石のようにきらめく空色の瞳が細まるたびに、キバナは自分の胸がギュゥ、と狭くなるのを感じた。
こんなに心臓に悪い感覚を今日一日味わうことになるのか…と、キバナはまた小さなため息を吐いた。

ゆっくりとワイルドエリアを歩きながら目当てのハーブを収穫していく2人。
最初こそぎこちなかったが、少し会話を交わせば次第に口数も増えていった。

「この間のランチ、すげえ美味かったぜ。また食いに行くな」
「本当に? 嬉しい、トップジムリーダーに褒められちゃった」

言葉の通り嬉しそうに「うふふ」と笑うシエラ。モモン色をしたつやつやの唇が弧を描くのを見ていると、キバナはその唇に触れてみたい衝動に襲われた。
いかんいかん、と無理やり目を逸らすために辺りを見回す。幸か不幸か、特に異常は見受けられないし、こちらに敵意を持っていそうなポケモンも見当たらない。

「うちのお店、この間のパーテーション席の他に半個室になってるテーブルもあるから、ゆっくりお食事したい時はぜひ言ってね」
「助かるぜ。別に見られるのも嫌じゃねえんだけどさ、最近はこっそり写真撮られることも多くてよ」
「うわぁ、大変だね…ご飯食べてる時も気を抜けないなんて、疲れちゃうよね。でもキバナくんっていつもスマートに対応してて、尊敬しちゃう」

彼女の言葉の一つ一つを聞くたびに、キバナの胸にひっそりと溜まっていたストレスが溶け出して行くような感覚がした。自分の苦労を理解してもらえて、その上で褒めてくれる。そんな言葉をかけてくれる人は意外と少ないのだ。

「そう見えるか? なら、頑張った甲斐があるぜ〜」
「でも、あんまり溜めすぎたら体にも心にも悪いから、ちゃんとガス抜きしなきゃね。私で良ければお話聞くことくらいならできるし、いつでもお店に来てね」

一目惚れした相手からこんなに優しい言葉をかけてもらっては、更に心を掴まれてしまうのも無理は無い。
キバナはあまりに優しい言葉の数々に、じぃん…と喉の奥が痛くなってしまった。これはまずい、と思った時には既に手遅れで、彼の明るいブルーの目からぽろりと一粒だけ涙がこぼれた。

「うげ、わっ、悪い、なんか突然…なんだろうな、ハハ」

サッと涙を拭って誤魔化し笑いを浮かべたキバナ。
ここのところ、よく知らないモデルとのありもしない熱愛疑惑がかけられたり、彼のSNSに熱心なアンチからのコメントが立て続いていたりと、様々な事柄が相次いでいて彼の精神は疲弊していたのだ。
メンタルが安定していれば笑い飛ばせるようなことが、精神状態が不安定な時には思わぬダメージになることは往々にしてある。

キバナの、たったひと粒の涙を見逃さなかったシエラは、彼の頬にそっと触れて「今日は頑張らなくてもいいんだよ」と静かに言った。
さわさわと、風にあおられる草の音にもかき消されてしまいそうなほどに小さな声。しかし、キバナの耳はその言葉をしっかりと聞き届けていた。


「オレさま、トップジムリーダーだから、ガラルのトレーナーの模範でいなきゃいけねえんだってさ」
「今日は? 今日ここに居るのは、トップジムリーダーのキバナさん? それとも”ただの”キバナくん?」

澄み切った瞳でまっすぐに見つめられ、まるで「立場を選ぶのは自分だ」と言いたげな質問を投げかけられる。キバナ自身が選んでも良いのだと分かった瞬間、彼が辛うじて張っていた虚勢がガラガラと音を立てて崩れ落ちて行った。

「今は…ただのキバナでいたいな」
「じゃあ、弱音吐いても、愚痴言ってもオッケーだね。シエラさんが許可します!」

親指を人差し指で輪を作り、顔の横に持ってきて「マル!」と言うシエラ。
眩しいくらいの笑顔を浮かべる彼女に、キバナは文字通り心を奪われた。心臓を鷲掴みにして無理やり引き寄せられたかのように、抗いようのない感情が彼の中に爆発した。

「ああ〜…好きだ…」
「また言ってる。キバナくんって恋愛体質?」
「ちげーもん。その、返事とかいらないから、時々こうやって会って欲しいんだけどよ」

会ってすぐの男から告白されても困るだけだろう。と思ったキバナは、とりあえず次に繋げる事を考えた。
もしかしたら嫌だと言われるだろうか、と不安そうに彼女の顔を伺うキバナだったが、シエラは普段と変わらない笑顔で「もちろん」とあっさり頷いた。

「じゃあ、またボディガードお願いしてもいい?」
「ああ! 他のヤツに頼むくらいなら、オレさまに声かけてくれ」
「ふふ、ありがとう。すっごく助かっちゃう」

彼女の全てを包み込むような包容力を目の当たりにしたキバナは、なんだか夢を見ているようなフワフワとした感覚の中にいた。拒絶されなかった安心感も相まっているのだろう。

「なんかちょっと元気出た。ハーブ探し、続けようぜ」
「よかったぁ。ハーブを使ったメニュー、作ってみたい試作品が沢山あるの!」

あの香りと独特の辛味はお肉にもお魚にも合うと思うの! と目を輝かせて語る彼女の脳内では、次々と試作品のレシピが生まれているのだろう。
キバナはそんな彼女から活力を貰ったような気持ちになった。ここ数日の物憂げな表情から一転して、彼の顔は穏やかな笑顔を浮かべている。

「試作品ができたら試食させてくれよ!」
「ボディガードだけじゃなくて試食係もしてくれるの? キバナくん、なんでも屋さんだね」
「シエラさん専属だけどな」
「わぁ、すごく贅沢」

地に落ちた特選りんごを拾い上げながら言うシエラ。彼女の役に立てるなら何でも屋だろうが雑用係だろうが構わない、とキバナは本気で思った。


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