ワールドチャンプに恋する竜 3
ナックルスタジアムで血が滾るようなバトルを交わしてから5日。
今日は久々に彼女と会う予定になっている。オレさまは今日案内する予定のシュートシティで彼女の到着を待っているところだ。
いつもとは違った私服に袖を通し、シュートシティの中でもさほど人通りの多くない場所を待ち合わせ場所に選んだおかげで、今のところ誰にも声をかけられずに済んでいる。


5日前、あの日は楽しかったぜ…と思い返したり録画したバトル動画を見る度に、彼女とダンデが随分と親しげだったという事実がオレさまの頭にチラつくのだ。
本来ならば純粋かつ最高に楽しい瞬間だったというのに、そのことばかりがオレさまの思考を支配してしまう。
ダンデとはいつ知り合ったんだ? ダンデのやつ、オレさまに何も言わなかったが…彼女が「ダンデくん」と親しげに呼ぶものだから、もしかして深い仲なのではないかというバカみたいな疑問が浮かんでは消える。

結局あの日オレさまは肝心なところでチキン野郎に成り下がり、2人の関係性に探りを入れることが出来なかった。
数年越しの念願叶ってワールドチャンプとお知り合いになれたのに、このタイミングで「実は付き合ってます」とか言われたらマジで立ち直れねえ。しかもオレさまが知らないどこぞのトレーナーならまだしも、万が一その相手がダンデだったとしたら…多分オレさま、ガラルから人知れず姿を消して一生戻らねえと思う。

この5日間、その事だけを悶々と考えすぎて絶賛寝不足中だ。
ジムチャレンジのシーズン中じゃなくてよかったぜ。こんなクソみたいなメンタルでバトルに臨んだら、きっと初戦敗退などというオレさま史上最低の体たらくを見せるところだった。


「キバナ!」

待ち合わせ場所に、彼女の声が響く。
今日はトレーナールックではなく普段着姿で来てくれたようだ。オーバーサイズの白いニットとスマートな脚のラインが出ているスキニーデニムを着ている。こういう格好も好きだな。
ていうかオレさまも今日は私服だし? これもしかしてデートっぽく見えちゃったりするんじゃねえの?

「ごめんね、待たせちゃった?」
「全然! それにまだ30分前だぜ、随分と早く着いたんだな」

オレさまの姿を見つけて走ってきてくれたらしき彼女は、乱れた前髪をサッと直している。
しかし、ソワソワしてしまって1時間前からここで待機しているオレさまは兎も角として、集合時間の30分前に彼女も到着するなんて。時間を伝え間違えていただろうか、と疑問に思う。

「へへ…その、楽しみで。予定よりも早く来ちゃった」

彼女が照れくさそうに目を逸らしながら言ったその一言に、オレさまの胸の中でグルングルンと巡り巡っていた不安が一瞬にして消え去った。楽しみで? 早く来ちゃった? マジ?

「まさか、キバナがもう居るなんて思わなかった」
「実はオレさまもすげえ楽しみでよ〜、早く来ちゃった」

彼女の真似をして言ってみると、ガーネットはなんだか嬉しそうに笑ってくれた。
ハァ〜〜〜無理だ〜〜〜会うの3回目なのに、この可愛さに耐性がつかねえ〜〜!!
オレさまが心の中で盛大にのた打ち回りながら悶えていると、ガーネットは赤茶色の綺麗な目でオレさまを見つめてくる。なんだなんだ、かわいいぞ。

「…キバナって、おしゃれなんだね」
「んおっ…そ、そうか?」

あくまで趣味の範囲ではあるが、ファッションには少しばかり自信がある。しかしカントーとガラルでは流行も違うだろうし、彼女の好みと言うものもある。気に入ってもらえるかどうか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。
彼女に褒められた嬉しさのあまり、咄嗟に変な声が出ちまったが…きっと聞き流してくれることだろう。

「そもそも身長が高くてスタイルも良いから、どんな服でもかっこよく着れそう」
「そんなに褒めても何も出ないぜ?」

いや、何かしら出そう。オレさまの中の何かが出そう。とりあえず金ならいくらでも出す。
いや確かに自分自身の見た目が整っていることは、重々承知だ。別にナルシストとかそういうワケじゃなくて、自分を客観視した上でオレさまはイケてる。それは間違いない。
でもこうして好きな人に褒められると、自己肯定とは比べ物にならない嬉しさがあるよな。

「それより、チャンプも今日の服いい感じだな。シンプルだけど好きだぜ、こういうの」
「ほんと? ありがとう、ダサいって言われなくて良かった」

彼女はファッションにあまり自信が無いのか、ホッとしたような顔でそう言った。
いや、ガーネットだって元々の素材がすっげえ良いんだし、それこそ何着ても似合うだろ。

「私、洋服選ぶの本当に苦手で…殆ど兄さんが選んでくれたものを着てるの」
「へぇ。流石兄貴だな、あんたに似合うものを選んでる」

そうか、兄貴か。そういえばワールドチャンプにはめちゃくちゃバトルが強い兄貴がいると、何かの雑誌で読んだことがある。

「私も実の兄もセンスが全然無くて、もう1人の兄さんがあれこれ用意してくれるんだ」
「2人も兄貴がいるのか?」
「1人は血のつながりはないんだけど、実の兄と幼馴染だからか私の事は『妹だ』って言ってくれてるの」

ふーん、へえー、と彼女のデータを着実に揃えて行く。
血の繋がらない兄というのは少々気になったが、彼女の口ぶりからして男女の関係になるような間柄でもなさそうだ。
しかし、どうにかしてその役目をオレさまが譲り受ける事はできないだろうか。オレさまだって彼女に洋服選んだりとかしたい。この子をオレさま色に染めたい。

「良い兄貴に恵まれてるんだなぁ」
「えへ…」

家族を褒められて嬉しがる時のへにゃりとした笑顔は、もはや天使だ。
前回会ったときにポケモンバトル中の凶悪的に美しい表情をこれでもかと見たせいか、こういう邪気の無い表情を見ると本気でドキドキしちまってしょうがねえ。

このまま立ち止まって延々お互いを褒めあってもいいが、私服でシュートシティを歩き回ってデート気分を楽しむという目標もある。
あわよくば誰かオレさまと彼女のツーショットを盗撮でも何でもいいから撮ってくれ。そんでSNSで「トップジムリーダー、熱愛中!?」とか噂立てちゃってくれ。今回ばかりは許す。

…いやでも彼女の可愛い私服を世に知らしめるのはダメだ。これはオレさまだけの特権だ。やっぱ無しの方向で。



シュートシティをぐるりと見て回り、ガーネットが何処に何があるかを大体把握した頃。オレさまたちはショッピング街を見て回っていた。

その中の一件。少しフォーマルな服を取り扱うブティックのショーウィンドウを見つめて立ち止まったガーネット。オレさまも釣られて立ち止まり、彼女の視線を追った。
ショーウィンドウの中でポーズを取るマネキンが着ていたのは、華やかな装飾が施されたシャンパンゴールドのイブニングドレス。こういうのが好みなのか? と思ったがどうやら違うらしい。

「思い出した、ドレス買わなきゃいけないんだった」
「ドレス?」
「来月、ローズ委員長主催のパーティに招待されてて…確か、ジムリーダー達も来るって言ってたかな」
「ああ、あれか!」

それならばオレさまも覚えがある。ローズさん主催で、各所のお偉いさんやスポンサー企業の取締役だの会長だのを集めるパーティだ。確かにジムリーダー全員も招集されていた。
つい先日そのパーティに向けて、新しくネイビーのタキシードを購入した記憶がある。

「招待してもらったはいいんだけど、着ていく服が無くて」
「そうだよなぁ…じゃあ、今から買っちまうか?」
「いいの? 迷惑じゃない?」

迷惑なわけがあるか。そりゃあ世論では「男は女の買い物に付き合うのが最大の苦痛だ」みたいな意見がある。オレさまも「確かにな」と思う事だってある。
しかし、一緒に行く相手がこのワールドチャンプであれば話は別だ。何時間だって付き合う。

「迷惑ならこんなこと提案しねえさ。ただし、1つだけ条件がある」
「条件?」
「ドレス、オレさまに選ばせてくんねえ?」

そんな提案をすれば、ガーネットはパッと表情を明るくした。
そう、ここには彼女が頼りにする兄貴とやらは居ない。きっと彼女も「ドレス買わなきゃ…でも選べるかな…」と先延ばしにしていたのだろう。それならばオレさまが選んであげようじゃないか。
オレさまは選べて楽しい、彼女は選んでもらえて安心。Win-Winってやつだ。

「おねがいします!」
「よし、んじゃあ適当に店入ろうぜ」

ちゃっかり彼女の細い背中に手を添えて、ブティックの中までエスコートする。
ガーネットは特に気にした様子でもないし、これはもう付き合ってから2ヶ月は経ってるカップルにしか見えねえだろ。

「いらっしゃいませ、キバナ様」
「どーも」

何を隠そう、このブティックはオレさまもよく利用する店なのだ。それこそ、先日タキシードを購入するときもこの店だった。

「本日はどういったものをお探しでしょうか?」
「連れにドレスを選びたくてな」
「あら…素敵なお連れ様でございますね」

にっこりと笑った店員に、ガーネットが控えめにお辞儀をした。
服を選ぶのが苦手と言っていたからだろうか、いつもとは違って自信無さげな表情でオレさまの陰に隠れている。
こんなに萎縮したワールドチャンプ、一体誰が見たことあるんだ? もしかすると世界中でオレさまだけじゃねえ?

「お色やデザインのご希望などはございますか?」
「オレさまは特にはねえが…なぁ、何かあるか? こういう色がいい、とか」
「えっと、うーん…キバナに全部任せる、でもいい?」

はぁ? 何それ最高かよ?
本当に服選ぶの苦手なんだな! と噛み締めているオレさまに「何選ばれても文句言わないから!」と両手を握りしめて力説する彼女。愛おしいぜ。

しかし、そうなると選択肢が無限にある。
ドレスの丈、素材、形、袖の有無、色、柄…全てオレさま好みにしても良いとはいえ、せっかくだし彼女の魅力を最大限に引き立たせるものを選んでやりたい。

オレさまは改めて彼女の全身をじっくりと見つめた。
艶やかな髪に、白い肌に、赤茶色の瞳。写真や映像で何万回と見た彼女だが、実物はどれだけ見ても見飽きない。
数年に渡って追いかけてきた彼女だ、顔の造りなんかはしっかりとこの頭に記憶されている。が、実際に会ってみた結果、悉くイメージが覆されたのも事実だ。

バトル中の、激情の中でも冷静さは欠かずに指示を下す姿を見れば、かなりパキッとした色や素材のものを選んでいただろう。だが、今のオレさまは彼女が意外と女の子らしくて可愛いのだと知っている。

「そうだなぁ…色は暖色系、素材は柔らかめのもので、丈はミモレくらいが丁度良いか」
「何点かご用意いたします、少々お待ちくださいませ」

オレさまがいくつか条件を指定すると、すぐに希望のものをイメージして用意してくれる店員。やっぱこの店のスタッフは優秀だ。
店員がドレスをピックアップしている間に、オレさまも棚に並んでいるものを見て回る。

時々「おっ」と思ったものを手に取り、彼女を呼んで合わせてみる。どれも似合っているのだが、オレさまの中のファッショニスタな部分が「もっと上を目指せるだろ?」と首を縦に振らない。

「パフスリーブはちょっとあざと過ぎるか…オフショルなんか似合いそうだな」
「おふしょる?」
「肩らへんのデザインの形の事だぜ。あんな感じで、デコルテとか肩が出てるヤツの事をオフショルダーって言うんだ」
「へえぇ…!」

ガーネットは他にも色々と気になることがあるようで「じゃあパフスリーブって?」「ミモレってどのくらいの丈なの?」「ドレスの種類ってどれくらいあるんだろう」と饒舌に質問をしてきた。
自分の苦手分野をなんとか克服しようとしているのだろうか。そんな真面目なところが好きだが、服のチョイスは今後もオレさまに一任して欲しいものだ。
彼女からの質問にひとつひとつ答えながら、オレさまは例の兄貴とやらを超えるような服選びをしてみせようと意気込んだ。

「キバナ様、お待たせいたしました。ご用意ができましたので、こちらへどうぞ」
「ありがとな」

店員の案内によって、オレさま達はフィッティングルーム付きの別室に通された。
オレさまもよく利用する部屋だ。オレさまが服の試着をしているとどうしてもギャラリーが出来てファッションショー状態になってしまうので、毎回ありがたく使わせてもらっている。

「じゃあ、片っ端から着てみるか!」
「え? こ、これ全部?」
「この中からオレさまが吟味してやるから大丈夫だ。安心して任せとけって」

店員が持ってきたドレスは10着を超えていた。
ある程度の条件を出して限定したとは言え、彼女のポテンシャルならばどれも着こなせるだろうと様々なデザインを持ってきてくれたに違いない。
オレさまはハンガーにかけられたドレスの中から、まず薄いサーモンピンクのカクテルドレスを手に取った。

「とりあえずコレから試着してみようぜ」
「わかった、着てくるね」

少し緊張した面持ちでフィッティングルームに入っていくガーネット。オレさまはその後姿を見送ってから、次に試着してもらうドレス選びに取り掛かった。



ドレスを試着し、オレさまがチェックし、また次のドレスに着替え、を何度も繰り返し、ようやくオレさまは納得の行くものに巡り合った。
薄い赤色のミモレ丈のドレスだ。肩まわりはオフショルダーになっており、鮮やかな赤い花の装飾が沢山施されている。赤い布に白いチュール生地を重ねたかのような、鮮やかだが派手ではない色合いが彼女にとても似合っている。

「いいんじゃねえか? オレさま的にこれが一番だな」
「ほんと…? こんなに可愛いの、大丈夫かなぁ」
「めちゃくちゃ似合ってるぜ」

6着ほど試着をしたが、これが最もピタリとイメージ通りなデザインだ。
もちろんその他の5着も最高に可愛かったので、しっかり心のアルバムとスマホのカメラロールに保存した。
今回はロトムに喧しいことを言われないように彼女の許可もしっかり取っての撮影だ。「ドレスの比較をするために写真撮るぜ〜」と言ったから、永久保存されるとは思ってないかもしれないが。言葉って難しいよなー。

「じゃあ、これにする」
「他のやつはもういいか?」
「キバナが『これが一番』って言ってくれたから、信じるね」

微笑みながらそう言って、再度フィッティングルームに戻るガーネット。何だ今の、殺し文句だろ。
彼女がドレスを脱いで私服に着替えているうちに、オレさまは店員に会計をしてもらうために自分のカードを手渡す。きっと彼女は「そんなの申し訳ない!」と言うだろうが、オレさまの自己満足のために支払いをさせてもらおう。

「あ、そうだ。こないだ採寸してもらったのって、まだ残ってるか?」
「キバナ様の…でございますか? ええ、残っております」
「適当に黒色のタキシード作ってくれよ。あと、赤いポケットチーフもセットで」

口頭でサッとオーダーをすれば、店員はオレさまが何をしたいのかすぐに察したようだ。
「まぁ…」と口に手を当てて笑ってから「先ほどのドレスに使われているお色と同じものをご用意いたしますわね」と応えてくれた。
オレさまのイメージに合わせて作ったタキシードでも良いが、どうせ同じパーティに出席するならば同じ色のものを身につけたりしたいじゃねえか。それに、もしもパーティの最中に彼女と共に行動するならば、せっかく着飾った彼女の邪魔をしてはいけない。
控えめだが最も魅力的に見える、王道の黒が正解だ。

「頼んだぜ。こないだ作ってもらった物は、また別の機会で着ることにするな」
「恐縮でございます」

深々と頭を下げ、会計を済ませに行く店員を見送る。
今日もカメラロールが潤った一日だったぜ…我ながらいい口実を見つけたものだ。
服のサイズも知った事だし、今度は普段着も選びてえな。と、着せたい服を頭の中でピックアップしながら彼女の着替えが終わるのを待った。




「キバナ、ねぇ、お代金!」
「いらねーって。あれはオレさまが選んで、オレさまが買ったんだよ」
「でも私が着るものだし…申し訳ないよ」

店を出ると、ガーネットはオレさまの予想していた通りの反応を示した。
まぁ、ワールドチャンプともなれば充分な財力もあるだろうし、彼女からしてみれば選ばせた上に買わせてしまった! という罪悪感があるのだろう。

「残念だったな。オレさま、デート中は女の子にゃ財布出させねえのがポリシーなのよ」
「うぐ…でもさ、安いものじゃないし…」

何故か悔しそうにする彼女。てか今、ナチュラルに「デート」って言葉を受け入れたよな?
それどころじゃなくて聞き流しただけかもしれないが、それだけでオレさまの気分は最高潮だ。
デート「気分」じゃなくて、ガーネット公認な正真正銘のデート。たまんねえぜ。

「じゃあ、今度何かでお返ししてくれよ。プレゼント交換って感じでさ」
「交換? …わかった、何か用意するね」
「値段とか気にしないでいいからな。オレさまに合いそうなやつ、頼んだぜ」

上手いこと、彼女からプレゼントを貰える算段まで立ててしまった。
彼女から貰えるものならば、なんかこう、使用済みのタオルとかでもいいんだけどな。流石にこの発言はドン引きされるだろうし黙っておくが。

「さて、他に何かやりたいこと、あるか?」
「やりたいこと? うーん…」
「もし無いなら、またワイルドエリアにでも行くのはどうだ? 今日はげきりんの湖で野生のドラメシヤが見つかってるらしいぜ」
「ドラメシヤ? 聞いたことない、見てみたい!」
「決まりだな。じゃあ早速タクシーで向かうか!」

ふと、待ち時間に見かけたドラメシヤの出現情報を持ちかけてみると、彼女はコロリとそちらに気を取られてくれた。ポケモンの話題になると10歳の新米トレーナーくらいチョロくて、オレさま心配になってくるぜ。
ノリで誘ってみたが、もしかしてまた一緒にキャンプする流れになったらどうしようか。5日間まともに眠れていないから、今回は普通に熟睡できるかもしれないな。


***


午後過ぎからワイルドエリアに赴き、濃い霧がかかったげきりんの湖で野生のドラメシヤを観察した。
それからダイマックス状態で暴れていたポケモンとバトルして鎮めたり、きのみを集めたりと実に充実した数時間を過ごしていたオレさまたち。
やはり今日もキャンプするつもりで居たらしいガーネットは、街からかなり離れたポイントで「ここを拠点とする!」と高らかに言い放った。めっちゃ可愛いぜ。ヨダレ出そう。

テントの設営を終えたちょうどその頃、日中は晴れていた筈の空が急に暗くなっていた。
日没に伴うものかと思っていたが、空が分厚い雲に覆われていることに気がついた。これはもしかしたらひと雨来るかもなぁ。
そう思っていたが、オレさまの肌をヒヤリとした風が掠めていく瞬間に悟った。これは雨じゃねえ、あられが降るな。

キャンプは中止にして街まで戻った方がいいか。とも思ったが、今日に限って運悪くオレさまの手持ちはジュラルドン一匹。そしてガーネットもエーフィしか連れて来ていないと言っていた。
徒歩で街に戻るのでは、きっと天気が崩れ切るほうが早いだろう。
オレさまの予想は見事に的中し、あたりの気温がどんどん下がって行き、次第に空からはあられが降り始めた。

「イタッ、何か降ってきた…?」
「霰だな、テント入ろうぜ」

今日のあられはかなり大粒のようだ。頭にそれが命中したらしいガーネットは、頭のてっぺんをさすりながら空を見上げていた。
テントはかなり強い素材でできているため、ボヨンボヨンと氷のつぶてを弾いてくれる。この中に居ればとりあえずは安全だろう。

急いでテントの中に逃げ込んだオレさまたちだったが、ここでもう1つの問題が浮上した。


クッソさみい。

今日は私服でデートの気分だったから、シンプルな薄手のカットソー1枚しか着ていないのだ。
テントは霰を防いではくれるが、保温性に関してはあまり期待できない。そもそもオレさまは冷気の類が少々苦手だし、防寒具といったら眠るときに使うための毛布が一枚のみ。正直なところ、この寒さはかなり堪える。

ちらりとガーネットの方を見れば、彼女はまるで平気そうな顔をしていた。
まぁ、彼女さえ大丈夫ならそれでいい。もしも彼女が凍えていたならば、低体温症覚悟でオレさまの分の毛布も彼女に譲っていたところだ。

「キバナ、大丈夫? 震えてるよ」
「ああ〜…大丈夫だぜ。いざとなったら身体動かして体温上げられるしな」

オレさまとしたことが、格好悪いところを見せてしまった。
その辺で筋トレでもすれば体温を上げる事はできるだろう。と思ったが、彼女は真面目な表情で首を横に振った。

「エネルギーを燃焼させることで一時的に体温を上げても、発汗を伴うから結果的に体温は低下しちゃうよ」

なんというマジレス。いや確かにそうだけどよ。
するとガーネットは、自分が膝に掛けていた毛布をオレさまの肩に掛けた。

なんだ? イケメンか?

どちらかと言えばオレさまがコレやりたかったんだけどなぁ…と思いつつ「寒いだろ? 自分で使ったほうが良いぜ」と毛布をつき返す。
しかし彼女はそれを受け取ろうとせず、頑なに首を横に振った。

「私、寒いの全然平気なの。故郷で、雪山に篭って修行とかしてたから」
「…風邪引いたらどうすんだよ」
「大丈夫。キバナは寒いの苦手みたいだし、とりあえず毛布巻いてて?」

寒さのあまり縮こまるオレさまに、まるで母親が言い聞かせるかのような言い方で語りかけるガーネット。聖母か何かか…?

「バトルパーティだけじゃなくて、ウィンディもガラルに連れてくれば良かったなぁ…そうだ、ちょっと外でお湯だけ沸かして来るね」
「お湯?」
「すぐ温かい飲み物用意するから、ちょっとだけ待ってて」
「オレさまも一緒に…」

立ち上がろうとすると、彼女の両腕がオレさまの肩を押さえる。
その気になればお構いなしに立ち上がることはできるが、何となく「それは違えな」とその場で留まった。
すると彼女の腕が両肩から離れ、その内の片方がオレさまの頬をするりと撫でた。

「寒いけど、ガマンできる?」
「で…できる…」
「すぐ戻るね」

正直に言おう。オレさまは彼女のイケメンオーラに負けた。
傘と火起こし道具を持ってテントの外へと出て行った彼女を見送り、オレさまはその場で身悶えた。

ほっぺた撫でられたぞ!?!?
いや、分かってるんだ。多分彼女はオレさまと違って、あくまで自然体でやってるんだ。
ポケモンと接するのと変わらない感覚なのだろう。しかし、受け手であるオレさまはそれどころじゃない。

たった一瞬、自分の頬を撫でて行ったあの柔らかい指先の感触。
それがどうしても脳裏に焼きついてしまい、胸がドコドコと脈打つ。全身にその鼓動が伝わっているみたいな感覚を味わいながら、オレさまはどうにか呼吸を整えようと冷たい空気を吸い込んだ。

先ほどまではあんなに寒く感じていたテントが、妙な暑さをはらんでいた。




prev next

【選択式の感想フォームはこちらから】