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瞳の裏に原色を抱え


 逃げようと身を捩ると背中の下で、湿気を含む柔らかい苔にも似た草からじわりと染みだした緑の液体が、シャツを汚す感触に肌が粟立った。
 手放した丸みを帯びた真鍮の如雨露から、残った水が石から切り出したタイル張りの床を滑っていくのが見え、思わず取っ手に伸ばした手は、結局それを掴む事はなく大きな手に乱暴に引き戻された。
 空いた手で押しやろうと触れた肩は、分厚い布の上からでも煮える様に熱く、発汗も伴っているのだろうか噎せ返るような土と獣のような匂いに唇から逃げた呼吸さえ貪る様に唇に固い犬歯が当たった。



瞳の裏に原色を抱え



 べろりと大きく唇を覆う様に這う濡れた感触に背が震えたのは、その熱さと感触にだけではない。
常ならば気遣われ、もどかしいまでに密やかに行われる口付けは、今や獣が獲物の皮膚を裂いてその肉を咀嚼する捕食行動となんら変わりがなかった。
 鋭い牙に裂けて血を滲ませる傷口を、舐め取る様に執拗に舌先で撫でられれば、そのたびに背中が震え目の前の彼は体の下で怯える肌すら味わうように唇や頬を舐め続けた。
 荒れて固く太い指が、いつもより酷く手荒な動きで肉の穴に潜り込んで縁をぎちぎちと広げる。
 性急さに腹を裂いて内臓を直接暴かれるような本能的な恐怖で体が強張る、それでも痛みが薄いのは水音を立てて中を暴き立てる手助けをする特注の潤滑剤のせいだ。
 温室の中でも異界の植物を挟んだ更に奥、滅多に人の訪れぬこんな場所にどうしてそんなものをと問う前に、体は室内で数少ない土の盛られた地面の上に引き倒された。
 一方的に欲望を叩きつけてくるそれは強姦という単語では生易しい、強い獣が獲物を狩って腹を満たす行為そのもの。
 全力で抗えないのは、組み敷かれた体が男としての尊厳を手放し雌のように泣き呼吸すら奪われ蹂躙される快絶を心底知っているからだ、それはもはや本能に近い所まで長い時間をかけて刷り込まれている。肉体的にも精神的にも彼に抗うのはなまえにとっては無意味だった。

「や、やら、やめ」

 顔を逸らし身を捩ると靴を履いたままの足が土を伸ばしてタイルの上を滑る。
ずり上がる肩を喉を低く鳴らして掴んだ手の大きさと強さに、必死に前髪で陰った顔にいつもの優しさを探していたなまえの体が怯えるように跳ねた。
足が絡み合い互いに挟まれた狭い場所に伸びたその手が、残酷な金属の音をさせ取り出した熱量に腰が怯えて逃げるのは、凶器を目の前に突き出されて生命の危険を感じるのに近い。
 実際、彼のエレクトしたペニスは性行為を行う上ではその大きさだけで身の危険を感じるレベルの脅威だ、本来なら肉体をそれを受け入れるための肉の塊に作り替えてしまうような、執拗で熱く飽きる事のない愛情深い愛撫でどろどろにされてから、欲しくて欲しくて堪らないと身も世もなく泣きながら懇願するような混沌の中で受け入れさせられるものだ。
 腹の中に潤滑剤をチューブ一本丸ごと使われたそこは、熱で溶けだした粘度の高い液体をまるで漏らしていように垂れ流してはいるが、性急に入り口だけを引き延ばされた肉は異物の侵入を未だ本能的に拒んで固いままだ。
素肌に触れただけでそこが焼けただれてしまいそうな熱量が、濡れた臀部の谷間に押し当てられる。
 抱えられ折り曲げられた膝を捻っても動かしても、目の前の岩のように重く固い存在は揺らぎもしない、ただ何度も深く吸っては吐き出す呼吸に肩を上下させ、肌には幾筋も汗が浮いている。
 前髪で狭まり四角いレンズ越しに見えた薄暗い影の奥で、揺らめくように緑色が燃えていた。

 ほんの一握り縋る様な気持ちを込めて瞳を覗き込んだまま、緋色のジレの胸元を握り締めるが、目に見えて空気を揺らすような身の内で荒れ狂う熱に支配された体は、絶望的な力強さで前傾した。
 本能的な恐怖に収縮して常より余計に異物の侵入を拒む直腸の入口が、熱く濡れた丸い先端に掻き分けられるのを感じる。

 こわい

 名前どころか言葉ひとつ発して貰えない事が心底恐ろしかった、まるで意志の通じない獣そのものだ。
 揶揄される事はあれどそうでないと思っていたはずなのに。
 体の内側で肉が悲鳴を上げている音がする、みちみち、と繊維を力任せにちぎる様な音だ。
 恐怖した痛みはさほど訪れなかった、潤滑剤に混ざった鎮痛剤かあるいは弛緩剤だろうか、ただ途方もない圧迫感に腹の中が全てそれで満たされるような心地に頭が真っ白になる。
 景色も感覚も遠くなった耳に聞こえたのが、喉首を締め上げられて捻り出す断末魔のような己の声だと気づくまでに酷く長い間があったような気がした。

「あ゛あ゛あ゛あ゛」

 直接神経を握られるような強烈な衝動は、それが痛みなのか快楽なのか、もっと別の何かなのかすらよく分からず、ただ体は電気を流されたように足が痙攣して暴れ回り、押し返そうとする腕は突っ張ったまま強張って動かない。
 喉の奥、気道の弁が詰まったように呼吸が出来ない。
 けれど太い先端が奥の、彼しか暴けない奥の奥に無理矢理届いたと思った瞬間、腹の底から溶け出すような涙と嗚咽を伴って肺がその機能を思い出す。
 むずがる子供のような、身を伏してさめざめと泣き濡れるような嗚咽が喉の奥からせり上がり、怒涛のような勢いで涙が頬を濡らしているのを、遠くを見ているようなおぼろげな感覚で感じる。
 泣いてジレの表面を掻き毟り名前を呼んで暴れても、それは急所を奪われた上ではなんの抵抗にもならない、むしろその声にすら興奮しているような熱量で律動がゆっくりと再開される。
 己の肉欲を満たす以外に興味のないような性急な体の繋げ方でそれでもなお、脊髄を直接真下から叩かれるような衝撃に反り返って草と土に濡れる後頭部を、支える様に回された大きな手にクラウスの優しさを見るような錯覚に熱い涙が余計に零れた。
 前戯が未熟でも名前を呼んで貰えなくても言葉を解さなくとも、目の前に居る男が、確かに自分が心から愛する相手なのだと、体は覚えている、酷い話だ。
 暴虐と吐き捨てても違いない性行に、体はゆっくりとしかし確実に慣れ始め、圧迫感はインサートの度に遠のき、受け入れてるそれが何かを思い出したように、直腸が口を開いて熱い塊を咀嚼するように蠢くのが分かる。

 いやだ、やめて、おねがい、くらうす

 全て言ったような気もするし、どれひとつ言葉にならなかったような気もする。
酷く惨めさに濡れた声と荒い息に下品な水音、わずかに葉の擦れる音が耳に入って、けれど強制的に叩き込まれる快絶に頭はそれをただの音としか認識できない。
 大きな体が突っ張った腕をもろともせず、より乱暴に我儘に貪るための前傾を取ると体は深い影に抱き込まれる。
 陰茎の裏筋が固いジレの表面に擦れて初めてなまえは己が勃起している事に気づいた。

笑い出したいぐらい絶望的な気持ちだった。

 こんな暴力がないだけの精神を蹂躙する強姦のような交わりですら、この体は肉欲に涎を垂らして快楽を乞うなら、相手がクラウスでなくとも良いのではないかとすら思う。
 知りたくなかった。彼に愛されるからこそ愛されていると感じられるからこそ許した体は、理性の皮を剥いでしまえば強い雄に屈服して喜ぶただの浅ましい肉袋に成り果てていたなんて。
 意識が腹の底を肉の棒が擦り上げる度に身体から生み出される快楽に判然としなくなる、いっそこのまま性器を扱く尻の穴の事しか考えられなくなるぐらい、酷くしてくれればいい。
 そう願いながら咎める者も居ないと鼻をぐずらせて涙を流すと、深く背を抱える様に近づいたネクタイすら乱れていない体に腕を回した。

「ッ……はッ…っぅ……なまえ…!!」

 荒い呼吸の中に埋もれてしまうような細やかさで呟かれた己の名に、なまえは目の前にある赤いネクタイに大きな口を開けて歯を立てた。



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