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表面だけ愛して


 傅いた目の前で、べろりと、牙を覗かせる唇から差し出された分厚い舌にその味を覚えた体が思わず食いつくように腰を浮かせようと動いたが、口の両端に引っかけるようにして差し入れられた両の手の親指だけで、簡単に床へと縫い止められてしまう。


「表面だけ愛して」


 散々に嬲られた唇は互いの唾液で濡れ力の入らなくなったジーンズの膝は、頬を包む手に押されるまま磨かれたリノリウムの地面についたまま、顎を掬い上げる様に包む手に座り込む事も立ち上がる事も許されずなまえはクラウスの前に傅くような姿で上向いた。
 閉じようとする顎を押さえ込むように、固い皮膚が覆う親指の腹が奥歯の窪みを撫でれば、その太さに開いた咥内でのたうつ舌が蠢く。
 ほとんど垂直を見上げるように傾いた頭の後ろがわずかに痛む。
 外気に晒されて荒い呼吸が通る口の中は乾く端から滲み出る唾液が溢れて、親指を伝って頬へと今にも溢れ出しそうだ。
 腰から下に上手く力が入らず、頭を掴む手をシャツの袖ごと掴んでなまえは自重を支えていた。
 太く老成した木の幹のように分厚く固いそれは、成人男性として平均的な身長と体重が負荷をかけてもこれっぽっちびくともしない。
 鋭い犬歯の隙間から伸ばされた舌を伝って、ゆっくりとクラウスの咥内から滲み出た唾液が大きな滴を作る様を、膝をついて頭を包み込むように添えられた手に爪を立てながら、なまえは期待を隠し切れない灰色の瞳で見上げ震えた。
 無類の紳士が何をしようとしているのか、舌先を舐めるように濡らしていく体液の滴を見れば、人が思うよりもずっと恥辱を与える事が好きな男に愛され続けた体は、情欲を隠しもせずに燃え上がらせる。
 膨れ上がった体液の塊が自らの重さに圧されて、厚い肉の色をしたそこから尾を引いて落ちる瞬間、押さずとも自ら受け入れようと大きく顎を開く事で抵抗の重圧が軽くなった指先に、クラウスは口の端を見えない程度の小ささで笑みに歪めた。
 気持ちがはやるのか空中に放り出されたそれが落ちきるまでが酷く緩慢に感じられたが、時間にしてみればほんの瞬く程の一瞬を使って、仰向くなまえの唾 液が水溜りのように溜まる咥内の奥にどぶりと、重い粘質な音を響かせながら落ちた甘露はまるで身の内に精を注がれる瞬間にも似て、クラウスの手の中で熱く 蕩けきった顔が激しく跳ねた。

 濡れた咥内から抜き出した親指に絡みつく唾液の粘度が、相手の興奮を知らしめてくるようで、クラウスは愛しいものに口づけるかのように己の指を口に含んでそれを舐め取った。
 開いた片手で顎を掬い上げた顔は招き入れたそれを味わうように薄く開いたまま口の中で舌を転がし、赤く染まった目尻から今にも瞳が溶け出しそうなほどに蕩けた表情でクラウスを見上げている。
添えた指が浮いた喉仏を撫でれば飲み込もうと上下するそれが衝動を耐えるように震え、なまえの唇から熱をもった吐息が水音と共に漏れた。
まるでお預けをされた犬のように従順に唾液を味わいながら言葉を待つ手が、憐れみを求めてクラウスのスラックスを掴むと喉を撫でていた太い指が顎の骨をなぞるように滑りその頬を包んだ。

短い亜麻色の髪が激しく振れる度に耳に届くほどの卑猥な水音が立ち、下半身からじわじわと末端にまで広がるような鈍い悦楽に牙を剥く唇から細く息がおしだされる。
引き抜く時には上顎のざらつく部分で先端を擦りあげ飲み込む時には窪ませた舌を浮き出した裏筋に沿わせて、空気と共に奥まで招き入れる。
先走りを溢す先端が骨より柔く肉より少し固い何かに触れ、その感触に思わず腰を使って突き上げそうになるのを歯噛みして堪えた。
着衣に乱れなくただスラックスの前だけを開けてそこから溢した性器に、公私共に認める恋人が蕩けた表情で唾液が滴るのも気にせずしゃぶりついている光景は、なかなかに激しいものがある。
 咥内全体を使って絞る様に吸い付いたかと思えば、先端のつるりとした感触を楽しむように唇で挟んで鈴口に舌をねじ込み、指で血管の浮き出した幹を扱く動きは性急で、甘い濁りを濃くした灰色の瞳は時折クラウスの表情を伺うように上向いては、口の端に微笑みを浮かべた。
 味わうと言うよりは早くその奥にある熱を吸い出したくて仕方ないといった動きに、抗う理由もないそこはなまえの喉が音を立てて啜り上げた分だけ質量を増していく。
 膝立ちになった肩に添えるように手を置いて、空いた片手が指先の背で赤く染まって汗をしっとりと滲ませる頬を撫でると、むずがるように肩を竦ませながら甘い吐息と舌であやすように起立の先端を舐めて潤んだ瞳が見上げる。
その一連の仕草は昼間の貞淑な姿と相まって、クラウスの息を乱す程に淫猥だった。
両手で包むように掴んでしまえば握り潰せそうな大きさの頭を、思う様揺さぶりまるで淫具のように扱ってその喉の奥で独りよがりな欲望を吐き出したとしても、愛しい彼はきっと怒るまい。
どこまで自分を甘やかしてくれるのだろうかと時々、底が知りたくなるのは傲慢だ。
 見下ろしながら頬を撫でそんな風に思っていたのが彼の機嫌を損ねたか、手の平に頬の柔らかい感触が擦り寄り切なげに皺を寄せていた眉間が深く溝を刻んでいる。
 声をかける前に咎めるようにちらりと向いた視線が外れる間もなく、大きく喉を開こうと頭を上げたままずるりと、本当にまるで温かい泥の中に沈み込むよう な心許なさで敏感に張りつめた先端が奥へと沈んでいく感覚に、刈りそろえられたクラウスの後頭部がぶわりと毛を逆立たせた。
 血が沸騰するような強烈な快楽だった。
 すっぽりと入り込んだそこは喉と食道の境目なのか、ぎゅうと狭く先端を四方から包み込むように圧迫して小刻みに痙攣している。
そこまで入れれば呼吸もままならないだろう、なまえが頭を引くと奥からがぽりと濡れた靴を脱ぐような間抜けな音がして、まるでそれを聞かせるように何度も髪を乱して頭を振る姿に肩を掴んだ手に知れず力がこもる。
 口から咎める意味で名前を紡ぐ暇もなく、何度目かの奥への抽挿の後に亀頭が蛇腹になったなまえの上顎のざらつきを撫でた瞬間、果ては呆気なく訪れた。
 口の中で跳ねたそれを離すまいと先端近くの括れに甘く立てられる歯の感触すら駆け抜ける快楽を煽るばかりで、クラウスは食いしばった歯の奥で短くうめき声を漏らした。
 慈愛というには体液にまみれ余りに淫靡さを纏った灰色を納める目元が甘く蕩けて、キスをねだるように白濁を吐きだし続ける先端を吸い残末までもが彼の口の中へと落ちていく。
 口淫も性生活を営む恋人同士であれば正常な行為の範疇内だとは思うが、彼が行うそれはクラウスに例えようもない背徳感と凶暴な情欲を催させた。
 日に焼けない肌に覆われ突出した彼が男だという証拠の一つである喉仏が、嚥下のために上下するとまるでその喉を汚しながら落ちていく子種の音さえ聞こえてきそうだ。
 一滴も残したくないというようにすぼめた唇で拭うように先端から離れた唇には、唾液と精液が混ざる白い糸が筋を引いて絡め取るように赤く熟れた舌がそれを掬って咥内へと引き入れる。
 目の前で緩く先を垂らし唾液まみれになった強直をおさめてしまうのが名残惜しい、深く溜息をつきながら頬を寄せ筋の浮く幹に頬擦りをすれば、持ち上げたそれがひくりと跳ねるのが愛おしくなまえは根元に鼻先を潜り込ませる。
触れた髪の色と同じ深い臙脂色の下生えからは濃い汗の匂いがした。
 わずか焦ったように唸りの混ざる己の名前を呼ぶ声に笑う様に漏らした吐息にすら反応するのか、先端の丸みをくるりと親指で撫でると粘質な感触に指の腹が濡れる。
 下生えを逆撫でるように大きく伸ばした舌で舐めあげながらそのまま、手の平の上に乗せた起立を根元から先端の括れまで舐めあげると鋭く息を飲む気配に、まるで頬に朝の挨拶をするような軽さで赤く充血した亀頭に口付けて薄く開いた目で相手を見上げる。
 何かを堪えるようにきつく噛み合わされた歯の並びが、頬を引き攣らせて開いた唇の隙間から見えてレンズを通した奥にある深いオリーブグリーンに灯った鈍く重い色に尾てい骨から脳天に突き上げるような震えが走る。
 見せつけるように視線を合わせたまま、未だ吐き出された独特の青臭さがする残末を味わう咥内から薄まった白濁を絡めた唾液を乗せる舌を、熱を取り戻し始 めた先端に触れるか触れないかの距離でちらつかせると、退けようと肩を押していたはずの分厚く力強い手が有無を言わせぬ力で二の腕を掴む。
そのまま体を引っ張り上げられる浮遊感に、今度こそ音を立ててなまえの喉から笑い声が漏れた。



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