小説 | ナノ

都合よく素知らぬ振りをしてああ、


今日も今日とて、世界の平和と均衡のため、命がけで戦ってきた帰りである。
自室のベッドで眠りに落ちる恋人の姿を見て、クラウス・V・ラインヘルツは眩暈を覚えた。こちらが命をかけているときにのうのうと眠りをむさぼっていることに思うことがあるわけでもない。しかし非戦闘員で事務方でもある彼は、いつもは健気に寝もせずに待っていてくれているのだし、今回はたまたまだろう。そもそもクラウスたちの仕事は、彼が今そうしているように、誰かの健やかな眠りを妨げず、安心して眠れるように努める、そういう仕事だ。すよすよと快眠できるならばそれはクラウスへの信頼と考えられるし、自らの務めの正しさとその成果を知ることができる。

だから、そう。彼が――恋人であるなまえ・みょうじが、眠っていることが問題ではないのだ。

すらりと伸びた白い足が眩しい。風呂上りだったのだろう、寝間着代わりにクラウスのシャツを着込んだなまえは、ズボンを履いておらず――恐らくは、下着をつけてもいない。
クラウスとなまえの体格差は大きく、彼がクラウスのシャツを着込むと、膝まで隠れてしまう。だからこその油断があったのかもしれない。

そもそも。そもそも、だ。クラウスのシャツを着込んでいること自体がこう、アレなのに、下には何も履いていない時点で誘われているのでは、と考えるのは、男としては当然のことだろう。クラウスのベッドで、クラウスのシャツを着て、クラウスを待ちながら眠ってしまった――これほど男冥利に尽きるものはなく、震いつきたくなるものはない。
なまえは無防備にもクラウスのベッドで横になり、膝を立てている。局部はシャツで隠れているものの、白い足と、そこから続くまろい臀部が見え隠れしているのだ。また、クラウスは戦闘後の興奮冷めやらず、理性は脆くなりつつあり、自らの凶暴性や獣性を辛うじて抑え込んでいるような状態なのである。これはもう襲うなという方が無理だ。無理では、あるのだが。

普段のなまえの様子や口ぶりに、二の足を踏んでしまう。
なまえの思考は幼く、また性的衝動といったものともあまり縁がない。そしてクラウスに、全幅の信頼を寄せている。
クラウスとて立派な成人男性であるし、何よりなまえのことを愛しく思っているので、触れ合ったり、キスをしたり、その先のこと――セックスをしたいとも、思うのだ。けれどなまえはクラウスがそうした衝動や想いとは無縁と思っているらしく、無邪気に無防備にその欲を煽っては、期待を裏切ってくるのである。

「クラウスはそんなことしないよ」

その一言に、何度煮え湯を飲まされたことか。
そっと肩を落とすクラウスに、スティーブンやザップは優しかった。その優しさが辛い。ハグやキスをする機会はあるが、それ以上のことはない。
想いを告げ、恋人として過ごすようになって半年ほど。クラウスの理性をスティーブンもザップも讃え、そしてその境遇を憐れんだ。クラウスを気遣い、なにがしかのフォローを入れてくれるものの、前述の一言でその気遣いすらぶち壊される。性的衝動の塊であるザップが何を言おうとも聞き入れようとしないのだ。わざととしか思えないが、そうでもないらしい。ややこしい。

なまえはクラウスに対して、理想が高すぎるのである。現実を見ていないのかもしれない。クラウスをまるで聖人か何かのように思っているのだろう。
クラウス・V・ラインヘルツという個人を好いて交際してくれているのか、たまにわからなくなる。なまえの欲するように、理性を総動員させて清く正しい交際をしているものの、真実、クラウスのことを好いていてくれているのか、わからなくなるのだ。「理想のクラウス」を求めているだけで、本来のクラウスのことを本当に好いてくれているのか。そして本来のクラウスを知ったとき、まだクラウスのことを好きでいてくれるのか。

そういうことをうだうだ考えて半年経過し、今のこの現状である。鬼の所業か。
ひっそりと溜息をつき、クラウスは己のベッドに近づいた。眠るなまえの姿に湧きあがる衝動に知らんぷりして、風邪を引かないようにと毛布をかけてやろうとする。

「んゃ……」

暑いのか重いのか、毛布を嫌がるようにむずがるなまえが寝返りをうち、隠れていた場所が露わになった。つまるところの局部である。横臥の体勢になったから、ぷりんとした尻まで見えて――クラウスの理性は、焼き切れた。





触れたい、と思うことは、恐らく人を愛すると自然と湧いてくる感情なのだろう。
舐めたい、と思うことは、恐らくは滅多に湧かない情動のはずだ。クラウスは、舐めたいという情動の強い人間だった。
柔らかな頬を、細い指先を、美しい眼球を。なまえのすべてを余すところなく舐めつくしたいと、そういう衝動を今までやり過ごしてきた。しかし理性の焼き切れた今、衝動のままに行動することに躊躇いはなかった。

ベッドの上に腰を下ろし、なまえの右足を掴む。掴んだ足首は細く、クラウスが力を込めればやすやすと折れてしまいそうだ。気遣いながらなまえの足の甲に口づけ、はあ、と熱い息を落とす。ぴくりと揺れた爪先さえ愛おしく、クラウスはその足の親指を口に含んだ。
風呂上りだったためだろう、ふわりとボディソ−プのにおいがする。クラウスの住まいとはいえ、この扇情的な姿で歩き回ったのか、誰かに見られてはいないのかと心配になりつつ、口内の親指を、舌先で愛撫する。

「んぅ」

くすぐったいのか身を捩るなまえを宥め、指の腹、爪、甘皮の部分、指の付け根まで舌でなぞっていく。満足するまで舐めれば、次は人差し指だ。ふやけるまで舐めつくしたいという思いと、まずは全身を舐めたいという思いで悩んだが、とりあえずは今まで抱いてきた思いを昇華することにした。
ふやけるまで舐めるのはまた次にしよう。最も、次があるのかどうかわかりかねるところではあるが。だからこそ、今までの舐めたいと思ったところすべて、舐めることにする。

満足するまで五指を舐めると、足の甲へと舌先をスライドさせる。触れるだけのキスの時も思ってはいたが、今ほど己の牙が邪魔だとおもったことはなかった。傷つけぬように丁寧に足の甲を舐め上げ、足の裏へと舌を動かす。
踝まで舐めきると、左足に移行する。クラウスの唾液で濡れる右足に充足感を覚えながら、同様に親指から舐めしゃぶっていく。指の一本、爪一枚の形を覚えるように、じっくりと味わう。眠りの深いなまえのことだ、目覚めるのは当分先のことだろうという確信があったし、たとえ目覚めたとしても、クラウスのこの想いを思い知ればいい。

左足も踝まで舐めきり、そのまま舐め上げていく。足を持ち上げ、ふくらはぎやすねを舌先でなぞる。そこに小さな古傷を見つけては、なまえのことをまたひとつ知れたのだと嬉しくなった。膝あたりにある擦り傷の痕は、子供の頃に転んだ時の名残だろうか。そんな過去を思い描いては、微笑ましい気分にさえなる。
求めている最奥と、硬さを帯び始めた前に触れるつもりはまだなかった。胸にもだ。子供がショートケーキの苺を最後にとっておくような心地で、そこには最後に触れると決めた。

両足を丹念に舐め、足の付け根へ。シャツをたくし上げると、触れずにいようと決めた部位を避け、へそのくぼみを念入りに愛撫し、滴るほどの唾液をくぼみに残しながら、体を裏返して背中に触れる。

「ああ……」

思わず感嘆の溜息が漏れる。戦うことも知らず、クラウスが守ってきた彼の背中は、眩いほどに白く美しい。傷ひとつないその場所を、新雪に足を踏み入れるような気分にさえなりながら、手のひらで触れる。手のひら全体でそのなめらかさを堪能し、体をかがめてその肌に吸い付く。しっとりとしたその感触に、クラウスは陶酔した。恋い焦がれた彼に触れているのだと、今更ながらに思い知る。そのすべてが見たくなってなまえの体を抱き起した。

後ろ抱きにしてなまえを抱えた。シャツのボタンをひとつひとつ丁寧に外しながら、涎を垂らして眠るなまえの頬に口づけ、その涎を舐めとる。シャツの前を肌蹴ると露わになった胸と、局部はピンク色に色づいているのが確認できる。
ごくりと喉を鳴らしながら、クラウスは目の前の誘惑から逃れ、シャツを脱がせた。当初の欲求通り、なまえをうつ伏せに寝かせ、その背中を堪能するのだ。

指先で白い背に触れ、口づけを落とす。吸い付き、赤い痕を残しては、与えた痛みを取り払うように舌でなぞる。白雪に散る赤い花のごとき光景にクラウスの息は更に荒く、熱くなる。必死に衝動のままに行動しそうな己を律しながら、丹念に、丁寧に唇で、舌で、手のひらで愛撫していく。牙のあるせいでことさら傷つけぬよう気をつけねばならなかったが、それもなまえのためと思えば、全く苦にはならなかった。

どこかの作家が、肩甲骨は人間が天使だったときの名残だといった。そう表現したくなる気持ちが、今のクラウスには痛いほど理解できる。愛おしいからこそ手放したくなくて、どこか遠くに行ってしまうのではと、不安になる。
いつかここから羽が飛び出して、どこかへ飛んでいきませんように。そう願いを込めて、肩甲骨を愛撫する。

「ん、ぁ」

クラウスの愛撫の応えるように、なまえから声が上がる。眠りが浅くなってきているのだろう、ん、ん、と浅くうめき声が上がる。はあ、と熱を持つ吐息が、なまえの体の反応を如実に伝えるようだった。もぞり、なまえが足を捩らせる。その行動の意味を、クラウスは正しく理解していた。視線を落とすとまろい臀部が暗がりでうっすらと光を反射し、クラウスの作る影の中でも輪郭を見せていた。

――嗚呼。

クラウスの愛撫に、なまえの体が応えてくれているのだと、それだけで昂揚する。彼の体の最奥を無慈悲にこじあけ、思うままにその無垢な体を揺さぶり、貪りつくしたい。欲望というものはこうしたものなのだと、クラウスは実感した。性経験がない訳ではなく、性的衝動がなかったわけでもない。けれどここまでの情動や衝動、昂揚を、感じたことはなかった。心から愛するひととのこうした行為は、こんなにも心揺さぶるものなのか。
意識のないなまえに無断であることに罪悪感を覚えないわけではないが、それ以上に背徳的な行いに興奮してすらいる。新たな自己発見に驚き、そしてそうした自分の在り様を教えてくれたなまえに感謝の念を抱く。いっそうなまえを愛しいと、そう思う。

なまえのうなじのあたりに額を押し付け、様々に到来する衝動に耐える。はあ、息が漏れ、なまえの体がびくりと震えた。そのうなじを舐め上げ、唇で触れる。香るボディソープの中に彼のにおいを見つけ、クラウスの高まりは増した。
意識のないなまえに触れるのもいいが、今目覚めてくれれば、と思う。クラウスが求めるだけの分を、なまえも求めてくれれば、どれほど幸福だろう。けれどこのままでもう少し、とも思う。なまえは恥ずかしがり屋なので、こうしてクラウスに身を任せ、舌での愛撫を受け入れてくれるとは思えない。

このような行為が過ぎれば、いつしかなまえも目覚めるだろう。
この行為の到達点を思い描き結論付ける。ある程度の衝動が収まったのを確認し、クラウスは再度動き出した。うなじを食み、肩に舌を這わせる。ぬらぬらと光る唾液のあとが淫靡だ。首筋に吸い付き、赤い痕を残しながら、クラウスは耳を目指す。耳朶を舐めようとし、以前なまえは「耳が弱い」と言っていたことを思い出し、少しの逡巡のあと、唇を離した。
ここはまた、あとで。そう心に決め、なまえの体を再度抱き上げた。くたりとクラウスに体を預けるなまえの頬は赤く染まり、悩ましげな吐息を漏らしている。すでに目覚めているのかと思ったが、腕にかかるその重さにまだだと知る。意識があればもう少し軽くなるはずだからだ。

仰向けに寝かし直したなまえの額に口づけ、クラウスはその肢体を見下ろす。白い無垢な体だ。うっすらと赤く色づいた肌と、わずかばかりか天井を仰ぐそれこそが、クラウスの愛撫への応えだ。
あえて今まで注視しなかったそこを見下ろす。丁寧に処理されたそこは、クラウスに余すところなく、なまえの今の状態を教えてくれる。桃色に色づくそこはふるふる震えながらも、空を仰ごうとしていた。その様子に、自然と満足げな息が漏れた。そこを愛撫したいと思わないでもないが、まだ触れたい場所が山ほどある。

なまえの体を跨ぎ、クラウスは身をかがめた。首筋から右腕、指先へと丹念に舐め下ろし、手のひらから脇へと舐め上げてゆく。腕を持ち上げれば脇まで丁寧に処理されていた。清潔であることを信条とするなまえらしい。ざらざらとしたそこを舐ると、くすぐったいのか体を捩った。起こしてしまわぬようクラウスは顔を離し、鎖骨を伝い、左腕へと移行する。同じように二の腕、指先から脇へと辿り、クラウスはようやく待ち望んだひとつに唇とつけた。
鎖骨からゆっくりと、胸へと舌を移動させる。つんと上向いたふたつの頂に触れることなく、その周囲を丹念に舐める。視線だけはなまえの顔に向ける。はあ、となまえから洩れる息は相変わらず熱い。目を閉じたまま頬を染め、眉を寄せて堪える様は、クラウスの興奮を煽る。

ちゅう、と頂のひとつに吸い付く。びくりと震える体に充足感を覚えながら、クラウスは口内に含んだそれを味わう。無垢な体は、まだそこで快感を得られるわけではないのだという。なまえの反応は薄く、そのことに喜びながらクラウスはもう片方に唇を移した。口内にあるそれを舌で舐り、吸い上げ、歯を立てる。すでに固くなっているそこをいじる度、なまえの体はびくびくと震える。クラウスの舌によって感じられるようになってきているのだろうか。そうだとしたら、とても幸福なことだと思えた。

ひとしきり舐り、ある程度満足すると、クラウスはようやく、待ち望んだ場所へと向かった。体を起こし、なまえの足元に膝をつく。両足を掴み。開き、なまえの足の間に腰を下ろす。
ぱかりと開かれたなまえの足の付け根には、すでに反応しきっているなまえのそれがあった。無毛のそれはひくひくと震え、透明な液体を零している。指先で掬いあげ、口の中に含むと、なんとも言えない味がする。けれどこれがなまえのものだと思うだけで、甘みがあるような気さえしてくるのだから、恋とは盲目であるという先人の言い伝えも理解できる気がした。
これが、なまえの味なのだ。荒くなりそうな息を深呼吸で誤魔化し、クラウスは先端の指でくりくりと撫でた。びくびく震えるそこからあふれ出す液体に、クラウスの体がさらに熱を帯びる。唇を噛みしめながら、ふうふうと漏れる自らの呼吸を飲み込んだ。

大きな深呼吸をひとつ。無理矢理興奮を抑え込み、クラウスは顔をなまえのそれに寄せた。興奮のあまり、クラウスのズボンの中のそれもきついほどだったが、それよりも目の前のものを口に含むほうが重要だった。
ねろり、舌先で先端を掬いあげ、溢れたものを舐めとってから、口に含む。興奮のためか、喉が渇いて仕方ない。それを補うように、なまえの先端からそれがあふれ出ているのではと、そんなことを思う。

クラウスのそれより控えめな大きさのなまえのものは、クラウスの口内に収まるかどうかといったところだ。体格差もあるから、仕方のないことだろう。胸の頂にしたように、舐め上げ、吸い、食む。啜りあげるのは、クラウスが刺激するたびあふれ出るもの。段々と粘度を帯びてくるそれを飲み込むのは苦しくなりつつあるが、構わずクラウスは啜る。
クラウスの唾液と、なまえからあふれ出る液体、そして顔を伏せた状態であるために、飲み込み切れなかったものがなまえの肌の上を伝い落ちていく。零れたものがなまえの睾丸を伝い、クラウスが求めてやまない最奥の、その入り口や臀部を濡らす。欲望に導かれるままに、伝う滴の先を求めた。

両足首を掴んで持ち上げる。なまえの足は細く、クラウスの片手で簡単に両足首を掴むことができた。そのことに少し驚いたものの、興奮の前にはささやかなものだ。求める最奥に至る、その部分に触れようとしても、片手では心もとない。
思考は一瞬だった。なまえを抱き上げ、膝に乗せると、そのまま頭をベッドの上の枕に誘導する。なまえの両足はクラウスの肩の上に乗せれば、目の前になまえの局部が来る。俗にいうところのちんぐり返しのような体勢であるが、クラウスの知るところではない。ズボン越しに触れるなまえの背中に刺激されながら、クラウスは無心にそこにむしゃぶりついた。
陰茎と睾丸を愛撫しつつも、両手で双丘を掴み、広げた先にあるアヌスへと舌を伸ばす。閉じられたそこは固く、なまえの体液とクラウスの唾液を伴い、舌先でほぐしていく。

「……?」

湧き上がる違和感に、クラウスは眉をしかめた。固いはずのそこは、クラウスが思うほどのものではなかった。唾液と舌、指で道筋を作っていても頑ななはずのそこは、少し手入れをしただけで道筋ができていくようだ。

――一体、誰が。

そう考えただけで、強烈な嫉妬がクラウスを苛む。この、無垢であるはずの体を、クラウスの愛しいひとの体を、踏み荒らしたのは、一体誰なのか。殺気立った己を自覚しながらも、クラウスは怒気を抑えることができなかった。
心から愛するひとなのだ。相思相愛であることを、信じさせてくれたひとなのだ。彼が理想の中のクラウス・V・ラインヘルツを愛しているのだとしても、それでも。向けられる愛は、クラウスの糧になっていることは確かだ。その慈しみが、優しさが。疲弊したクラウスを何度救ったか、なまえは知らない。おかえり、クラウス。そう微笑んで迎え入れてくれるなまえに、どれほど救われたか。それなのに――それなのに。

「っぁ!?」

無意識の間に、臀部を掴んでいた指に力が入ってしまったらしい。なまえの体がびくりと大きく震える。視線を落とせば、混乱の表情のなまえが、クラウスを見上げていた。持ち上げられた太ももの間に顔を埋めるクラウスが、一体何をしていたのか、すぐに理解できないようだった。無理もない。なまえは求めるクラウスは、清廉潔白な紳士なのだから。

「く、クラウス?」

「なまえ」

「いったい、なにし、て……っ!?」

べろり。なまえの反応しきった陰茎を舐め上げると、なまえの足が跳ねた。抑え込むように足に腕をからめ、そのままじゅうじゅうと音を立てて啜る。抵抗する間もなく、できるのは声を抑えることだけだったらしいなまえは、手の甲を己の唇に押さえつけ、必死に堪えていた。クラウスが触れなくても白濁を流し続けていたそこは、クラウスの追い上げにあっという間に昇りつめ、解き放つ。解放の瞬間、ピンとひきつるように伸ばされた足が、力なくクラウスの腕にのしかかった。
はあはあとなまえの荒い息が聞こえる。それすらクラウスの興奮材料だった。全身を舌で愛撫する間、なまえの反応が欲しいと思った。それが今、叶っている。羞恥にか、目元を両手で隠すなまえの開かれた口の、歯と歯の間を銀の糸が伝う。覗き見えた赤い舌がクラウスの欲を煽る。

今まであえて意識せず、触れもしなかったことに触れたいと思った。
キスがしたいと、そう思った。

なまえの足を肩から下ろす。なまえの足の間に腰を下ろした状態のまま、その体に乗り上げる。目元を隠す手を掴むと、力が入らないらしく容易く外れ、目を合わせることができた。

「――キスを。してもいいだろうか」

クラウスの申し出に、なまえは目を見張り、くすりと笑った。

「いろいろ順番がおかしすぎるよ、クラウス」

その微笑みに、クラウスの無体を責める色はなかった。クラウスが掴んでいる手と反対の腕が、クラウスの肩に触れる。促されるままにクラウスは体を傾け、なまえに覆いかぶさるような体勢をとる。なまえの両手はいつしかクラウスの首に回り、ゆっくりと唇を重ねた。
触れる唇が心地いい。舌で唇をなぞると、迎え入れるようになまえの唇が開く。そのままクラウスの肉厚の舌がなまえの口内に忍び入る。今までの触れるだけのキスとは違う。何もかもが、違った。お互いを高めあうように、唇を重ね、舌を絡め合う。呼吸のための寸暇すら惜しく、クラウスはがむしゃらになまえを求めた。
クラウスの欲に充てられたのか、なまえは首に回した腕の力を強め、投げ出していた足をクラウスの腰に絡める。白濁と唾液で汚れたそれが、クラウスのシャツを、ズボンを汚す。そんなことにすら煽られ、ズボンの中の熱を、なまえの腹にこすりつける。

「……もっと」

呼吸のために唇を離すと、なまえが艶めいた声で催促してくる。快感に潤む瞳はクラウスだけを映していた。腕が首から離れ、指先がクラウスの襟元にたどり着く。おぼつかない仕草でシャツのボタンを外していく姿は、確かになまえも、クラウスを求めているのだと実感させた。
再度、口づけを交わしながら、クラウスは自らの衣服を脱ぎ捨てていく。時折なまえの手を借りながら、キスはそのままで。いたずらをするように、合間合間に唇や喉元に吸い付けば、なまえはくすぐったそうに笑みを零した。

そうしてまた、キスを。

その頃には、クラウスもすべての衣類を脱ぎ去っていた。生まれたままの姿で、ベッドの上で二人。恥ずかしそうに頬を赤く染めるなまえと、膝を突き合わせて座る。クラウスの興奮をあからさまで、下着などひどいものだった。視線をそこから逸らして俯くなまえの耳元も、頬も、首筋も何もかも赤い。けれど逃げることを考えもしない様子に、クラウスの心臓はぎゅうと締め付けられたようだった。つまり、それは。それが、答えだ。

「なまえ」

「…………はい」

「君の言うとおりだ。私は順番を間違えた。きちんとこういうことは、君の了承を得るべきだった」

「う、うん」

「君と愛し合いたい。君を、抱きたい。許してくれるだろうか」

その体を、蹂躙することを。
クラウスの言葉に、なまえは俯くばかりで応えを出さなかった。沈黙は永遠のようで、一瞬のようでもあった。クラウスが膝の上に置いていた拳に、なまえのそれが重なる。されるがままにしていれば、なまえはクラウスの拳を緩め、その手を握った。

「許すとか、許さないとかじゃ、ない。この体は、ずっと前から、クラウスのものだ」

俯くなまえの顔が見たいと思う。けれど必死に伝えようとしてくれる様も愛おしく、クラウスは動くことができなかった。言葉の先を促すように握り返せば、力を得たようになまえは言葉を紡ぐ。

「君の体も、ぼくのものだ。すべてではなくても――そうだろう?」

世界を救うために日夜闘っているのだと、なまえは知っている。非戦闘員であっても、それがどれだけ過酷なことなのか、察することはできる。クラウスの激務を知っていて、それでも。すべてではなくていいからと、控えめながらも占有権を主張してくれることに、クラウスの心は震えた。
すべてを明け渡すわけにはいかない。心も体も、なまえだけのものである訳にはいかない。なまえを優先できない事態も、この先あるだろう。それでもいい、少しでもいいからと求めてくれる心が嬉しく、少し、哀しかった。

「……そうだな」

クラウスの言葉に、なまえはようやく顔を上げた。潤む瞳に胸が締め付けられるような心地を味わう。

「そうだ。君のものだ、なまえ」

君を、愛している。
囁く言葉は、なまえの口内に消えた。口づけを繰り返しながら、なまえの体をベッドに押し付ける。
今、この瞬間だけは。
この体と心全て、君のものだ。




もうやめて、悲鳴のような声が上がっても、クラウスは止まらなかった。
まだ柔らかくないから、まだ傷つけてしまうかもしれないから。そうした言葉でなまえをあやし、宥め、アヌスを念入りに舌で、指で愛撫する。クラウスの舐めつくしたいという情動故の行動であったが、それだけでもなかった。どれだけ慣らしても、不安が残る狭さだった。それだけ、クラウスのものは固く、太かった。興奮が高まっている今だからこそ余計に、だ。一度なまえの太ももを借りて達していたものの、剛直は未だ力強くそそり立っている。
なまえが何度達したかは、数えてはいなかった。けれど腹に散る白濁の量を鑑みるに、体力の限界は近づいているのかもしれない。快感にどろどろになった顔は、涎と涙で汚れている。いやいやと子供がするように首を振る様は哀れで、クラウスはなまえを呼ばれる度に、その頬に口づけた。

「もう、むりぃっ…くらうす、くらうす」

はやく、ちょうだい。
その言葉を受けてクラウスは身を乗り出した。なまえにキスをしながら、正常位の体勢に持ち込む。ぐずぐずにとろけ、クラウスの熱心な愛撫によって性器と成り果てたそこに、熱く滾る剛直をこすりつける。早く、という言葉通りに、なまえは腰を揺らしてクラウスを誘う。
ぐぷり。先端を埋め込む。えらの張った場所まで埋めるその手前で、クラウスは体を停止させた。なんで、と声を上げるなまえの頬を撫でながら、忘れかけていた疑問を口にする。

「初めになまえのここに触れたとき、想像よりもスムーズだった。どう考えても、その」

口ごもるクラウスに、なまえの顔はざっと青ざめた。先ほどの興奮や高まりが醒めた様子に、クラウスは己の失態を悟った。今、話題にすべき内容ではなかったのかもしれない。それでも答えが知りたくて、目を逸らすなまえに揺さぶりをかけるように、浅く抜き差しを繰り返す。途端甘い声を上げるなまえに、律動を止めると恨みがましげな顔で睨まれたが、そんな顔は欲を煽るだけなのだと、気付いているのだろうか。

「い、いつ、こうなっても、いいようにって、その……準備、を」

「準備」

「……ぼくだって、君とこうなりたかったんだよ」

拗ねるような口ぶり、とがった唇。横目で睨む、そのすべてが愛おしくて。
気づけばクラウスは、なまえの中にその剛直を捩じりこんでいた。一気に貫かれた衝撃でなまえが甲高い声を上げる。その声すら自分のものにしてしまいたくて、唇にかみつき、キスを交わす。
奥へ、奥へ、その最奥へ。覚えているのはそればかりで。背中に立てられた爪の痛みも感じず。クラウスは一晩中なまえの中で、なまえを揺さぶり続けた。




翌日、やりすぎだと力ない拳で叩かれたが、クラウスにとっては、それすらも喜びのひとつだ。
ベッドの上から出られないなまえは、クラウスの献身的な介護を受けながら、ぶちぶちと文句を垂れていた。たとえばクラウスの舐め癖や、焦らし癖について。

けれど、とクラウスは思う。
澄ました顔で無垢な振りをしていたなまえに言われたくはない、と。



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