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終わりかけのそれに全てなすりつけて


彼の髪色に似た深い紅色の布が四方から垂れ下がる、飴色の柱で支えられた天蓋付きのベッドにシーツの擦れる衣擦れを立てな がら寝かせられた体は、交わしたキスで膝から下にはもうまともに力が入らず、肌触りのよい感触がシャツから覗く腕や爪先を擦るとなまえの背筋が期待に震 えた。
いつもはきっちりと髪の色と揃いのネクタイで綴じられたYシャツの首元は、第二ボタンまでが外れて筋の浮いた太く逞しい首が露わになっている。
引き抜いた緋色のタイを指先に絡ませた仰向けの手を、指を絡めるように上から握られると柔らかなシーツに沈むのがまるで逃がさないとでも言いたげで、名残惜しく唾液で濡れた唇だけで笑うと獣のように喉を詰める呻きを上げた少し恐ろしげな顔が降りてきた。



「終わりかけのそれに全てなすりつけて」



 押し入れた舌に熱い吐息が絡む度に、視界の端で白い布の上になまえの亜麻色の短い髪が身悶えるように散り、脇腹を分厚い布越しに撫でる細やかな指の動きにクラウスは堪らず喉を鳴らす。
 人より大きな作りの体に合わせてオーダーした黒と赤のツートーンで出来たジレの手触りをなまえは殊の外気に入り、身を寄せ合えばそれを楽しむように指先をその布地に下から上へと這わせる。
 厚い生地で出来たジレと下に着こんだシャツとインナー越しに触れる感触は酷くおぼろげで、けれど時折己が身を寄せればはっきりと感じられる指の存在に、熱を集める劣情が焦れるように燻る。
 髪の一筋、爪の欠片、汗の一滴に至るまで愛しさを込めて触れて慈しみたいという感情と、皮膚を暴き肉を裂いて心臓の裏側にまで噛み痕を残したいという獰猛な衝動が相反しては、クラウスの腹の底でぐるぐると蜷局を巻いて下腹部へと降りていく熱に変わる。
 破壊的な情欲と溢れて零れる愛情の妥協点として、鋭く牙の浮いた唇が隙間を開いて重なったなまえの唇を食み先を求めるように頤を大きく開いたその咥内を、熱く唾液の滴る舌先で何度も擦り上げる。
 あばらの数から骨盤の傾き方まで、皮膚の下にある骨を確かめ数えるようにシャツを開き下着をずらしていくと、腰を捩じるように逃げる体に食んだ舌先を吸えば、足の間に組み敷いた爪先が震えて伸びた。

 しがみついていた指が汗でぬるりと白いYシャツの上を滑る。
 吐き出す呼吸を口の中で粘つく唾液が邪魔をして、逃げる腰を掴む手が肉の上から強く骨を押す力に細い穴を通す様な無様な呻き声しか出ない。
 口で吐息で愛撫を繰り返された体からはすっかりと力が抜け、膝を折って横に開いた足の付け根に潜り込んだ手が腹の底を探る様にそこで蠢く度に、噛んだ唇の隙間から鋭い呼吸が漏れる。
 堅い感触で挟んで痺れた唇を慰めるように舌で舐めあげられてしまえば、堪える事は難しくそれを知っているかのように執拗に唇を舐め回してくるクラウスに、なまえはただ甘くなってしまう喘ぎを漏らす。
 耳にその声が触れる度、細められる深緑の瞳が嬉しげに見えて堪らない気持ちになる。
 潤滑剤と彼の唾液で濡れて武骨な指を二本も飲み込んだそこは、それ以上に熱く身の内を蹂躙するものの存在を知っているように撫でて擦られる度に、緩んでは異物を食むように収縮を繰り返しそれに羞恥を覚える気持ちは与えられる快楽に溶かされて無くしてしまった。
 三本、ずるりと呼吸のタイミングで緩和した孔に差し入れられれば、もうそれは平均的な男性のナニの太さと同じだけの質量で伸びきった穴の皮膚を引っ張り、引き抜かれると内側の肉襞が引きとめるように絡みつくのに羞恥心をわずかに覚える。
 その頃になってしまえばなまえの喉からはもう、愛撫を乞う子犬のような鼻を鳴らすくうくうという呼吸音しか出ず、己が手ずから与える快楽が波のように 表皮を震わせるのが目に見え、クラウスは甘いものを口に含むように枕に頬を擦りつける彼の顔を差し出した舌で大きく顎から米神にかけて舐めあげた。
 キスの合間に指で溶かされあられもない事を言ったような気もするが、ともすれば眠りに落ちる前の陶酔感にも似ておぼつかなくなり始めた思考では、互いの唾液を啜り合った口で何を言ったか詳細など覚えきれるものではなく。
 猥雑さを込めて先をねだる言葉を舌先に乗せようとした瞬間、空気を切り裂くような鋭い電子音に、互いの体を弄りあっていたなまえとクラウスの手が同時に震えあがった。

 ベッド脇のサイドテーブルに置いてあった携帯を取り、短い応答と共にそれを耳に当てて意識を傾けるクラウスの表情が硬くなっていく。なまえはそれを絶望的な気持ちで見上げていた。
嘘だろ、そんな、あんまりだ、頭の隅に剥がれ損ねて残った理性が行儀よく困らせるなともがいているのが聞こえるが、クラウスが破裂させどろどろの性欲の塊にしてしまった思考が濁流のようにそれを押し退ける。
 この先にある、体という器から解放されるような強烈な快楽という、彼しか与えられない彼にしか与えて貰えない極上の悦びがあるからこそ、泣いて懇願して男という性別の持つ矜持すら放り捨ててその手が与える羞恥という愛撫に耐え続けられるというのに。
 放り出すのか、今、こんな、こんな体にしておいて。
 ぐずぐずに蕩けた頭の中で批難する声が弾け飛び交って狂乱する、彼が負った使命の重さとそれを分かち合うと決めた覚悟が肉欲に負けるはずもないと思っていたのは、彼に腹のどん底まで穿つ大きな虚を開けられるまでだった。
 祈るような縋る様な気持ちで馬鹿になった腕の筋肉を叱咤し、震える指先で掴んだシャツの袖を引くと見下ろす深い翠色の瞳の奥に、憐憫が滲むのを絶望的な気持ちで見つめた。
 聞きたくない、次に降りかかる言葉はきっと死神の鎌よりも無慈悲なものだと分かるから。

「すまない」

 そんな気持ちに気づくはずもなく優しい恋人は濡れて芯を失った髪にひとつ、シャツを掴んだ指先を掬い上げてその先にひとつ、そして最後に名残を惜しむような甘く柔い食むような口付けを彼の唇にひとつ落としてベッドを降りてしまった。

ひどいひどいひどいひどい、いっそ傷ついてずたずたになって使い物にならない痛みしか感じないものになってしまえばいいと思う乱暴さで掻き回した所で、興 奮して垂れ流し溢れた体液と過剰に注がれたローションのせいで熟れた肉がスムーズに伸びるばかりで彼の残した体温の名残すら慰めにならない。
指なんかじゃ届かない道具なんか入れたくない、ほんの数分前には入るはずだった。
あの熱くて硬くて大きくて太くて子供の腕程もあるかと思わせる強直が、この穴の奥まで隙間なく埋めて、気持ち良いところを全部伸ばし切って擦って滑って捏ねまわして突き上げて体も心も淫らな泥のように蕩かしてしまうはずだった。
 今は彼の指の太さにすら届かない貧相な自分の指を、空しい水音を立ててしゃぶる事しか出来ない。
 仕事を完璧にこなす彼の執事のおかげで残り香のひとつも残らない枕に、彼の名残を探しながら鼻先を押しつけて俯せになった自重がかかるまま、はしたなく反り返って涎を零す陰茎をシーツと己の腹の間で擦り上げる様に彼は腰をただ揺らし続けた。
 両手を伸ばして鷲掴んだ臀部の隙間に人差し指と中指を這わせ、そこを滅茶苦茶に掻き回しても腹の底に落とされた疼きは増すばかりで、外側から与えられる刺激に込み上げた生理的な射精感のまま精液を吐き出しても、身悶える様な快楽はついぞやってこなかった。
 幾度無駄な射精と後孔への自慰を繰り返したか、無理に伸ばした腕と指が疲労にわずかな痙攣を繰り返して汗と体液で体が冷え切る頃、泣いて乾いて痒みを覚えた頬に虚しさが勝る。
 体を起こすと質の良いシーツは貼りつく事もなくすんなりと肌を離れ、ぼんやりとした頭が痛みを覚える事もなくただ、床に降ろして体重をかけようとした膝だけが少し傾いてベッドの支柱に緩く頭をぶつける。
 側頭部を擦る硬さと冷たさに鼻を啜ると、あげた視線の先にある窓の外は静かに薄らと白んでいた。
 酷く緩慢な動きでシャワーを浴びて夜の帳が終わる頃になっても、覗いた寝室には自分が乱したシーツの山だけが置き去りにされたように残り、愛しい手の平の感触を思い出しながら少し熱くなる目頭を擦って彼は寝室を後にした。



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