小説 | ナノ

さほど好きではございません


「ただいま」

そう、帰宅した家主は、とても疲れていた。
げっそりって擬音語が素晴らしく似合うくらいには、疲れきっていた。このヘルサレムズ・ロットなんて街のおまわりさんは、一介の市民なんかには計り知れないほど、こう、色々あるのだろう。

「おかえり、ダニー。ご飯あるよ」

「ああ……」

僕の言葉を聞いているのかいないのか、曖昧な返事を寄越しつつ、リビングまで這うようにやってくると、ソファに倒れこんでしまった。はじめの頃は慌てて彼に駆け寄ったものだけど、ただ単に寝てるだけなのだと理解してからは、慌てることもない。寝床がとられてしまったことは残念だが、家主は彼だ。居候の僕が強く言えるはずもない。

僕の名前は、なまえ・みょうじ。ソファに沈没したダニエル・ロウ警部補の家の、居候だ。



僕がダニーの家に居候しているのには、勿論訳がある。手っ取り早く説明すると、男娼として生きてきた僕は、ダニーの元で更正中なのだ。
僕の母親は、高級娼婦だった。上流階級の人間ばかりを相手にする娼館で、僕は生まれた。父親が誰なのか、僕にはわからない。娼館のオーナーも、調べるつもりはないようだった。
娼館の女たちには可愛がられたと思う。高級娼婦ばかりだけあって、知識は豊富な彼女たちだ。僕は学校には通っていなくても、最高の教育を受けたと自負している。

最高の教育と、美しい母の面影を引き継いだ僕は、娼館という狭い世界で生きてきた外の世界を知らず、年頃になれば当然のごとく客をとるようになった。それ以外の生き方を知らなかったし、そうなるものだと思って生きてきたからだ。悪いことだとも嫌なことだとも思わなかった。

僕が育った娼館は、オーナーが変わってから悪どい商売に手を出していたらしい。紐育の頃から、売春は違法だ。コールガールやフッカーを見逃しているようなところもあったけど、違法は違法。オーナーはお客さん達と会話するだけのコンパニオンだって言ってたけど、あくまでそれは世間体。組織だった売春組織は、より罪が重いらしい。
紐育からヘルサレムズ・ロットに街の名前が変わって、少し警察の目が緩んできたところで、余計なものに手を出して、警察の目に留まっちゃったんだって。馬鹿だなあって後から聞いて思った。欲をかくからそんなことになるんだ。

一斉摘発されて、オーナーや母を含めた娼婦たちも捕まった。僕はといえば、娼館から出たことがないくらいには世間知らずで、無知で、娼館が違法なことも、オーナーが何をしてたのかも知らなかった。客をすでにとらされてたこともあって、被害者として逮捕を免れた。
ヘルサレムズ・ロットは、異界と繋がってからろくな街じゃない。世界の常識が通じない街で、社会福祉士とか、孤児院みたいなとこもあるようなないような、微妙な場所になった。人型しか見たことがない僕がこの街で生きていくのは辛かろうと、担当刑事だったダニエル・ロウに預けられ、一般常識を含めた学習・更正を課せられた。
普通じゃありえない待遇だけど、なんでかこうなった。僕のいた娼館の事件は、それくらいややこしいものだったらしい。詳しいことは知らないし、教えて貰ってないんだけどね。

で、事情を知る警察官御用達のカフェでバイトしながら、そこのマスターや奥さんに一般常識を教えてもらってるわけだ。今日僕の作った晩御飯は、奥さん秘伝のポークチャップである。
ダニーの家に住まわせてもらってるけど、あくまで彼は僕の保護者や後見人であって、僕の教師ではなかった。忙しい彼が僕に何かを教えてくれるわけではない。一緒にいるときに何か間違えば訂正をくれる程度だ。保護者というよりは、居候先の家主というイメージが強いくらいだ。

警部補という仕事は、相当忙しいらしい。しかも最近何か大捕物があったようで、HLPD自体が騒がしい。疲れはててソファで寝ている様子からすれば、ダニーは捜査を主導していたようだし、事件は無事解決したようだった。1週間ぶりの帰宅だし、安心しきったような爆睡ですぐに家を出る様子もないから、そうなんだろう。
疲れているみたいだし、無理に起こさないほうがいいか。寝床をとられたけどしょうがない。いい機会だし、今日はダニーのベッドで寝よう。一度寝てみたかったのだ。

僕は、ダニーのベッドで寝たことがない。仕事が仕事だったし、職務上仕方なく僕を連れ帰るしかなかったとはいえ、セックスくらいはするだろうと思っていたのに、そういうことは全くない。見事なくらいに健全な関係だ。ダニーは決して僕をベッドルームには入れなかったし、ベッドでもソファでも、隣り合って座ることもなかった。
ホモフォビアかとも思ったけど、僕を嫌ってるとか触りたくないとか、そういうのでもないらしい。とても自然体で、普通のやりとりは普通にこなす。

ただ、僕がいるせいか忙しいせいか、性的なことを家に持ち込むことがない。オナニーすらしてなさそうで、逆に心配になる。
セックスで収入を得ることを禁止されてるし、保護者になってくれてるダニーの体面もあるしで、僕もこの家で居候するようになってから、セックスは控えてる。それでも溜まってしまうから、オナニーくらいはしてるんだけど。ダニーはそれすらない感じだ。このままじゃEDになるんじゃ、なんてのは、余計な心配だろうか。

「……ん、あれ」

せめてコートとジャケット、あとネクタイとベルトくらいはとってあげようと寝こけるダニーの体を起こさせる。それでもダニーは起きなくて少し以外に感じたけれど、それを見た瞬間、どうでもよくなってしまった。

「……勃ってる」

そう、今まで処女かよってくらい性に無縁で無頓着だったダニーのそこが、反応してるのだ。
疲れマラってやつだろうか。僕にも覚えがあるそれは、僕が久しぶりに感じた自分以外の熱だった。

考えてみてほしい。セックスが日常で、毎日セックスして、それを仕事にしてたような僕が、ある日突然、禁欲を強いられることになった。普段は覚えることが多すぎて意識しなかったけど、いきなり目の前で餌をちらつかせられて、どんな風に感じると思うのか。

食べたいって、思うのは当然だろう?

ダニーの信頼とか信用とか体面とか、そんなものはスコンと頭から抜け落ちてしまった。お尻の穴が疼いて仕方ない。その熱を、体の芯で感じたい。
でもどこか冷静な僕もいて、普通に食事してるし、浣腸するような道具も時間もないし、スキンもない。今の僕に受け入れるのはちょっと難しい、と判断してしまう。でも欲しい。ダニーの熱が、欲しいんだ。
だったら、手っ取り早いのは。




「………っ?」

びくん、と体が大きく震えて、ダニーの目覚めを知る。混乱してるのが丸わかりの顔が、僕を見下ろしている。そんなダニーを見上げながら、僕ははあ、と熱い息をダニーの陰茎に浴びせ、竿の部分を舐めあげながら、鈴口を爪の先でえぐった。

「ぁっ!?」

カウパーで濡れそぼる陰茎の先端から、白濁が飛び散る。顔射は構わないけど、結膜炎が怖い。ぎゅと目を閉じて、熱い飛散を受け止める。とろりと顔中に飛び散った精液が口許に垂れてきたので舐めとると、我に返ったらしいダニーが僕の顔を掴み、押し退けた。

「おまっ、何してやがる!」

「なにってフェラだけど。ダニーってばそんなに抜いてなかったの? すごい、濃い」

「こっ……おま、ああ!?」

混乱してる混乱してる。真っ赤な顔で、僕の顔を掴んでない方の手で頭をかきむしっている。ダニーのあの髪型は寝癖なのかセットなのか。ダニーの目覚めに立ち会うことが滅多にない僕の、今のところ最大の謎だ。
顔を拭かないまま掴まれたので、ダニーの手にも、ダニーの精液がついてしまっている。指の隙間からダニーの様子を窺いながら手を舐めてやると、慌てたようにダニーが手を離した。離れた温もりを惜しく思いながら、最後の掃除がまだだとダニーの陰茎にしゃぶりつく。

「う、あっ……おま、」

「おほうひひなひゃ」

「そこで喋ん、な……っうあ、」

じゅるじゅるとバキュームよろしくすすり上げると、ダニーの中に残ったものが、ぴゅっぴゅっと出てくる。と、同時に、またむくむくと大きくなっていって。

「気持ちいいんだ、ダニー?」

「そりゃお前……くそ、こんなはずじゃ」

「?」

先端をぐにぐにして、カウパーで遊んでる場合じゃなさそう。汚れてない手で顔を覆ったダニーの様子がおかしくて、僕は口許を拭ってダニーを見上げた。

「俺はな、なまえ」

「えっ、はい」

「まだお前とこういう関係になるつもりはなかった」

「……はい。あ、え? まだ?」

「お前の更生が認められて、ちゃんと独り立ちした時に、ちゃんと言おうと、だな……っ、おい、そこから手を離せ」

「え、やだ」

ぐにぐに、片手で鈴口をいじったり竿を擦ったり玉を揉んだりしてると睨まれた。いやこれはもう手癖みたいなもんだし許してよ。それよりも、もっと素敵なことがあったんじゃない?

「ダニー、僕のことがすごーく好きなんだ?」

「……立場上、明言できない」

わわ、胸がきゅんとしたぞ。
それってつまり、僕のことがすごーく好きって言ってるのと同じだ。
ダニーが、僕のことを好きだって言ってる。それだけでドキドキが止まらないし、嬉しくて嬉しくて、叫びたくなっちゃう。
どうせなら好きってちゃんとダニーの口から聞きたいけど、言えないってことでもあるんだよね。

「大人ってめんどくさいね」

「そうだな」

「好きじゃないってことにしとかないと、どうなるの?」

「保護者失格で二度と会えなくなるし、俺はHLPDをクビになる」

「……それは、やだなあ」

重々しく頷くダニーに、じゃあ僕のしたことって駄目なことだったんだな、って悟る。申し訳ないことをした。僕だってダニーから離れたくない。ダニーと一緒に、いたいんだよ。
そっとダニーの陰茎から手を離すと、ほっとしたような顔になった。僕はダニーのズボンを脱がせた訳じゃないから、パンツにしまってズボンのジッパーをあげようとしてるけど、多分無理だと思うよ。いじってるうちに完勃ちしちゃったし、カウパーや僕の唾液でズボンはびちゃびちゃだもん。

自分の状態がわかったらしく、思わず絶句してるダニーの前に、僕は立った。思わず、と僕を見上げることになったダニーが、僕の状態を見て落ち着いたはずがまた真っ赤な顔になる。
僕だって正常な男なんだから、興奮したらそりゃ勃ちます。ダニーのを舐めながら、僕は自分で下を全部脱いで前も後ろもいじってたから、丸出しの状態。しかもまだイッてないのだ。

「ね、ダニー」

「おま、おい、勘弁しろ」

「ダニーの立場はわかったし、これからはちゃんと自覚して行動するよ。でも……ね?」

「なまえ」

「訊かれたら無理矢理されたって、抵抗できなかったって言えばいいし、訊かれるまで秘密にしとけば大丈夫だよ」

「……なまえ」

「抱いてなんて今は言わないから……擦りっこしようよ」

「なまえ」

「僕もね、ダニーが好きだよ。しかも信じられる? 多分僕、初恋だよ」

「…………っ」

パクパクと口を開閉するダニーの顔はやっぱり真っ赤で、その太ももの上に乗り上げても、ダニーは抵抗らしい抵抗をしなかった。体をすり寄せて、立ち上がった僕のものを、ダニーのシャツに擦り付けながら、首に腕を回す。キスできそうなくらい顔を近づけて、至近距離で問いかける。

「親愛のキスくらいは、いいかな?」

食らいついてくる唇はカサカサで、あとでリップクリームを塗ってあげようと思った。




「ダニーが僕をそういう意味で好きじゃないってことにしとかなきゃいけないのはわかったけど、僕は? 好きっていっていいの?」

「…………」

「どうせならいっぱい好きって言いまくって、ダニーが絆されたってことにしたら、我慢しなきゃいけない時間が短くなったりしないかなあ。ねえダニー、どう思う?」

「……自己嫌悪中だから、ほっとけ」

「別に入れた訳でもないし、セックスらしいセックスしたわけじゃないんだから」

「うるさい」

「ちゅーと素股くらいだしいいじゃん」

「よくない! うるさい!」




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