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バニラ味にはもう飽きた


 女の嬌声と男の息を詰める音に、空になった器に投げられたスプーンが立てる涼やかな金属音が折り重なって、安モーテルの一室に篭った黴臭い空気がわずかに霧散した。



バニラ味にはもう飽きた



 掌の中に握り込んだ白い柔肌の乳房は、たわわにその皮膚を歪ませて力を入れた分だけ、液体と固形の中間のような柔らかさで指が沈み込んでいく。
 今日の相手は毛綿のように奔放に短い赤毛が跳ね、そばかすがわずかに浮いて見える頬が小さな顔の作りを余計に幼く見せる20代に入るか入らないかの女だった。
 甘い幼さを残した顔と上質に管理されてなお零れ出さんばかりに豊満な肉が、手入れの行届いた皮膚の下にぎゅうぎゅうに詰めこまれたような、ザップ好みのメリハリが効いた抱き心地のよい良い体なのが余計に、黙っていれば女の方から寄ってくるであろう精悍な顔を歪ませていた。
 最後にどうせならと伸ばした手で肉の柔らかさと肌の滑らかさを楽しむと、たわんだ分だけ曲線を描いてすぐに元の形に戻る乳房の張りの良さは流石若いだけはある。
 密着させた下半身を後ろに引けば、弾けてわずかに萎えた陰茎が、女のぬかるんだ沼の中からずるりと姿を見せ、かき混ぜて白く粟立った粘液にまみれたゴムを口を結びもせずベッドの外側に抜いて放り投げた。
 中にぶちまけた白いそれがどのように床を汚そうと知った事ではない、どうせこの部屋も女も全てはベッド脇に置かれたカウチに悠然と座っている人物持ちなのだから、存分に使わせて貰うだけだ。
 薄暗く枕元のサイドテーブルに置かれたランプと壁に埋め込まれているルームランプの淡い暖色の灯り以外は灯っていない室内には、ベッドとその傍に置かれた皮張りのカウチが一足だけ。
 それ以外はシャワーブースに続く擦り硝子の扉と、クローゼットの戸に外の廊下に続く扉しかない本当に「寝る」ためだけの室内には、濃い汗と性の匂いに紛れてわずかに甘い砂糖菓子のような匂いが混ざり、それが余計にザップの腹の際を逆撫でしていくようだった。
 息も絶え絶えに顔を腕で覆い仰向けにしどけなく横たわる女から離れ、一糸まとわぬ汗と精液を露骨にまとった体のままベッドをぐるりと回り込んで、カウチに座る人物の前まで歩み寄る。
 極上の女を抱きながらそれでも分厚い皮一枚隔てた思考の底で、最後まで本能の警戒を解く事がなかった体は背中が少しだけ軋んだが、それを悟らせる程に男は愚かでも傲慢でもなかった。
 黒いシーンズに白いシャツその上に灰色のパーカーを羽織った男は、ただ悠然と膝を組み、肩から下だけがすぐ隣に置いてあるルームランプに照らされて浮き上がっているため、表情の詳細までは読み取れないが、ぶら下げた足が引っ掛ける緑の蛍光色をしたスニーカーと眠たげに瞼から覗く暗い色の瞳だけがいつも暗闇に浮かび上がってやけに不気味だった。

「ホモ野郎が、見てるだけで満足ってか」

 ザップの吐き捨てた言葉に気分を害した様子もなく、いつもと変わらぬ動きで膝の上に抱えた白く甘い氷菓子で汚れた器をサイドテーブルに置くと、男はその隣にいつものように置いてあるバスタオルと紙の切れ端を座ったまま無造作に差し出した。
 いくら覗き込んでも潤みひとつ動きひとつ感じられない瞳は、荒野で獣を相手にしていた時の背筋を撫でる不快さに似て、奪い取る様にそれを引っ手繰るとザップは聞こえるような大きさで盛大に舌打ちをしながらシャワーブースへと向かう。
 タオルの上に置かれた紙切れには、殴り書いたような字でどこかの番地が記載されている。
 男は情報屋だ。
 ザップが彼を使う頻度はそう多くない、使おうとした時は3回に2回は電話が繋がらないしそもそも男を捕まえるために別の情報屋を使わなければいけないという本末転倒さがある。
 しかし暴力と脅しでどうにもならない時、男は必ず捕まったし対価を払って得られる情報は今の所混じりっ気なしの一級品だ。
 ただ最初はこんなものでいいのかと思った対価は、回を重ねるごとにそれ以外何もないからこそこのHLでは逆に不気味に映って、ザップはタオルを洗面台に放り投げてシャワーのコックを捻った。


 男は名をなまえといった。
 褐色の引き締まった彫刻のような、と呼ぶにはまろいしなやかさを持った銀髪の男がシャワーを浴びる音を確認してカウチから立ち上がると、クローゼットに歩み寄りその戸を開いた手とは反対側の指先をぬるりと生暖かく柔らかい何かが這い回る。
 ちらりと視線を降ろした先には犬のような何かが居た。
 そう「犬のような」何かだ。
 それは犬の体はしているが頭部がまるで爆発したような肉の花弁を大輪に咲かせ、ぬめるその割れ目から細い無数の触手を伸ばし、本来の犬がそうするかのようになまえの指先を舐め回している。
 透明な粘液の中に白濁のようなものが薄くなり混ざっているのを見咎め目を細めれば、身を竦ませた犬らしきそれは泣き声というには余りにも不気味な濁った音を立てて後ずさる。
 背中越しにベッドを振り向けば、それと同じ生き物が三匹、そう数えていいのかも分からない得体の知れないそれらが女の体を鈍い音を立てて咀嚼している。
 しかしそこにある女の体は、先ほどまで男が翻弄し堪能し性の坩堝に叩き落としていたものとは似ても似つかない、まるで悪夢を具現化したような醜悪な様相を呈していた。
 赤い猫毛に包まれていたはずの幼い顔があった頭部は首から先が消失し、皮膚が外側にめくれ飛び出した筋肉と脂肪の繊維に骨が露出している。
 豊満に実り男の指先を感触と見た目で楽しませていたはずの乳房があった胸部は、ばっくりと胸骨ごと肉と皮膚が裏返り、中に納まっているはずの内臓はまるで腑分けされたように血の一滴もなく取り除かれ肋骨の繋がる背骨が見える。
 下半身はそのままに汗を滲ませ、粘膜の光沢を纏い快楽の余韻を残しているかのように血色良く色づいている。
そう、女は肉に加工されている家畜のような見た目になりながらも「生きている」のだ。
 きっと文字通り彼女の中身は今頃、別の場所でその人生では到底味わい尽くす事のない許容をはるかに超えた快楽と苦痛と恐怖を味わっている事だろう。
 そんな女の残骸は腕の端や露出した骨の先から、触手の奥に取り込んで噛み砕き咀嚼する獣達が物の数分も経たぬうちに片づけてくれる事だろう。
そう思いながら指先に絡みついた粘液と薄い白濁を、男は薄く開いた唇の隙間に招き入れその舌で大きく指の根元から啜り上げるように舐め含んだ。
 バニラの風味で満たされた咥内に広がるわずかな苦みに、享楽の果てに眉を顰めて苦悶にも似た表情で吐射する瞬間の男の顔が浮かび知れず口の端が笑みに歪む。
 肉の塊と成り果てた女の残骸を、そのベッドのシーツごと飲み込んでいく獣たちの宴を背後に、なまえは開いたクローゼットの中から換えの真新しいシーツを取り出した。



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