小説 | ナノ

狡いんだってば


「ありがと」

別れ際にキスをひとつ。情事を終えたあとの、様式美のようなものだ。
にこりとついでに微笑みをくれてやり、伸ばされた手をひらりと躱す。これも、いつもの様式美。情報の見返りに体を提供してはいるものの、安売りはしない。好きで抱かれている訳でもなし、誰彼構わずセックスするほど、色狂いでもないつもり。
対価に見合うだけの快楽を提供するのがモットーで、本日の収穫は大したものでもない。

「じゃあ、また。なんかよさそうなネタがあれば、連絡よろしく」

「……うん。また、ね」

含みを持っていそうな返答に、ひっかかるものを覚えながら、秘密結社ライブラの構成員のひとりであるなまえ・みょうじは、モーテルを後にした。




その日、珍しく事務所に人がいなかった。いや、いるにはいたが、なんだかんだでみんな出払ってしまったのだ。
【血界の眷属】相手ではない限り、非戦闘員のレオナルド・ウォッチの出番は案外ない。足手まといの自覚はあるので、要請がない限り、無理に出動することはない。大捕り物があるわけでもなく、こまごました事件で大体が出払ってしまうのは滅多にないことだった。

まあ、こんな日もあるか。
買い物に出かけるというギルベルトに留守番を任されたレオナルドがコーラを飲みながらそんな感想を抱いたとき、大きな音を立てて、扉が開かれた。驚きに変な声を出た。振り返れば、そこには肩で息をして扉に体を預ける男がひとり。
その扉をくぐれるということは、つまり彼もライブラの人間であるのだろう、多分。ずるずるとそのまま床に尻をつけてしまった男に、レオナルドは慌てて近寄った。よく見れば彼は、なまえ・みょうじだった。レオナルドと同じ非戦闘員で、彼は情報収集がメインの仕事だったはずだ。

「あの、大丈夫スか」

支えるようになまえの肩に触れれば、びくりと大きく彼の肩が震えた。何かに耐えるように深呼吸を繰り返している。よっぽど重傷なのかと心配になるが、血の匂いはしない。一体どういうことだと首を傾げると、なまえのうなじが目に入った。染めて傷んだ金髪の襟足から、赤い肌が見える。耳まで真っ赤で、両腕で隠すように押さえた下腹部は、ナニかが、滲んでいた。ふわりと鼻をついたのはレオナルドにも覚えのある、性のにおい――。

「なまえ、さん」

「れお、くん、ごめ……スティーブン、さんか、ザップくん、どこか、な」

はあ、と漏れた息は熱く、官能に満ちていた。潤んだ瞳の焦点が合っていない。ぼんやりとレオナルドを見やり、すがるように袖を掴んでくる。その腕の力は、今の切迫した状況を示唆するように強い。

「いま、出払ってます……急になんか、連絡が入ったみたいで」

「ク、ソ……っこれも計算のうちか……?」

「よくわかりませんが、とにかく中へ――」

開いた扉に背中を預けたままの状態で、扉は閉じられていなかった。ひとまずなまえを事務所内に入れてしまおうと背中に手をやり、立ち上がるように促すと、なまえは甲高い声を上げて体を震わせた。驚きに手を離したレオナルドの支えがなくなり、なまえがその場に伏せる。ビクンビクンと震える体を自らの手で抱きしめるなまえから、性のにおいが強くなる。

「お願い、だから……っ、スティーブンさんか、ザップくん、呼んで……っ」

レオナルドは鈍い訳ではない。なまえが何故その二人を求めるのか、彼が一体どんな状態なのか、すでに察していた。今の状態がなまえの本意ではないことも。
己で制御できない快楽は、きっと苦行のようなものだ。なまえの状態から、何度かすでに達しているはずだ。それでも収まりがつかないのだから、相当辛いに違いない。それでもなまえは、レオナルドに助力を得ようとしない。それがなんだか頼りにされていないようで悔しくて、レオナルドはなまえの言葉を無視して、その細身の体を抱き上げようとして、失敗した。ああ、情けない。鍛えよう絶対。出ないと格好つかない。
唇を噛みしめながら、なまえの体を引きずって事務所に引き入れる。バタン、と扉が音を立てたのを背後で確認しながら、レオナルドはなまえから手を離した。少しの刺激でも反応してしまうらしいなまえは、顔を伏せたまま視線だけをレオナルドに向ける。彼が何を求めているのか分かっていたけれど、素直にザップやスティーブンに連絡を取る気にはなれなかった。

「俺じゃ、頼りになんないんスか」

今、そんな状況じゃないのは、レオナルドも理解していた。けれど、切迫した状況で頼りにされないというのは、己の無力さを、無能さを突きつけられているようで、自分への憤りと情けなさでいっぱいになる。

「俺じゃ、駄目なんですか」

床を睨みつけるレオナルドに、なまえはすぐに返答しなかった。なまえの荒い息だけが、レオナルドの耳朶を打つ。
永遠にも思える時間だったが、恐らくはそんなに時間は経過していない。沈黙は、あのさあ、というなまえの一言で破られた。

「自分が、なにいってるか、ちゃん、と、わかってる?」

途切れがちの声で、なまえは告げる。レオナルドにも理解できるように、ゆっくりと。

「おれと、セックスするって、言ってるも同然、なんだけ、ど」

「えっ」

「ばか……」

ふう、ふうと息を吐きながらなまえがレオナルドの顔が見えるように体勢を立て直す。堪えるように唇を噛みしめながら、立ち上がったままの局部を隠すように、三角座りの状態で、じっとレオナルドを見つめた。

「今のー、おれのー、現状、はー。あー、セックスしたくてしたくてたまんないの。わかる?」

「うえっ、は、はあ」

「ちょっと失敗、して……情報提供者に、媚薬盛られたっぽくてー。ふつうのひとなら、そこらへんの人間襲っ……て、セックス三昧になりそうなくらいやばいやつ……感じすぎてやばいから、ほんとはもう動きたくない……」

痙攣するかのように、なまえの体が震える。膝の上に置いた腕に顔を伏せ、何度も深呼吸を重ねる。ぎゅうと自らの服を握りこむなまえの手のひらは、ここまで来る道中で何度も堪えたためか、血が滴っていた。

「一応我慢、とか、コントロール、とか……セックスでそういうの得意な方だか、ら、ここまで来れた感じ、かな。感じすぎて自分でどうにか、できそうにないから……体力なさそうな女より、男に相手してもらいたくて……それに事情が事情だし、うかつなこと漏らしそうでこわく、て……んんっ」

ぶるり。
なまえの全身が震えて、いくばくかすっきりしたような顔になる。なまえが達したのだと、簡単に悟れてしまって、レオナルドの顔が熱をもつ。あー、やばい、と自嘲するなまえの瞳に宿る理性は、灼ききれそうに思えた。焦燥が、その瞳に潜んでいたからだ。

「レオくん、童貞でしょ」

突然の指摘に、バクバクとうるさかった鼓動が一段と跳ねる。心臓が止まりそうだ。一瞬呼吸すら止まってしまって、苦しい。

「おれ、真剣につらいから、レオくんに、むしゃぶりつきたいくらいなんだけど……さすがにレオくんの初体験が、おれみたいなクソビッチっていうのも、可哀想じゃん……」

ああ、もう。
そういうのは、ずるい。

なまえは、馬鹿だ。つらくて仕方ないくせに。少しの刺激で達してしまうくらいには、媚薬で苦しめられているくせに。なのに、こんな時にまでレオナルドを気遣う、なんて。
自分のことばっかりで、無力さに嘆いているばかりの自分が恥ずかしい。深く考えず、俺じゃだめですか、なんて。自分が何をすべきか、わかってないまま提案したりして。実際、いざセックスとなれば躊躇うくせに。怯んでしまうくせに。

だけど彼は、なまえは、こんなときにまでレオナルドを気遣っていて。
狂いそうなくらいもどかしいと口で言いながら、必死で理性を手放すまいとしていて。

レオナルドは立ち上がり、また顔を伏せてしまったなまえの腕を掴んだ。びくりと震えて顔を上げるなまえの腕を引き、なんとか立ち上がらせると、そのまま腕を自らの首裏に回し、よろめくなまえを支えながら仮眠室へ向かう。

「ちょっ、レオ、く」

「ええそう童貞ですよ! 童貞ですから、セックスエキスパートのなまえさんにご指南いただきたいです!」

「え――」

「セックスにびびらずに済むように! 気持ちいいこと教えてください!」

きっと、自分の顔は赤くなっているはずだ。うまい言葉を探せないのが悔しい。童貞丸出しで、スマートにエスコートとか、できる気がしない。なまえがこの先の行為に負い目を感じないような一言が紡げない。
でも。助けたい気持ちは今誰よりも、あるつもりで。

「……うん、いいよ。中毒になるくらい、気持ちいいこと、しよう」

ごめんね、ありがとう。
小さく囁かれた一言に気付かない振りで、レオナルドはなまえを仮眠室まで誘導した。




なんだかんだで、体は正直だ。
荒い息を吐きながら、なまえが自ら衣服を脱いでいく。シャツを脱いで露わになった体は、うっすら赤く色づいている。赤い耳、首筋、鎖骨、そして胸。ツンと立った乳首はピンクに色づいていて、エロ雑誌で見た女性と相違ない。
ズボンのボタンを外し、ジッパーを下ろすと、むわりと性のにおいが露骨になった。べちょべちょに濡れているせいで脱ぎづらそうにしているのを、震える手で手伝う。丁寧に剃毛されているそこは濡れそぼり、天を向いて先っぽからほとほとと滴を零している。触れる度にびくりと震え、滴をあふれさせるその様子に、レオナルドの欲は簡単に煽られた。

(俺、男でも大丈夫なんだ)

そう思いはしても、反応するのはなまえにだけかもしれない。
セックスを仕事の糧にしているだけあって、なまえの痴態は、情欲を掻きたてる。いつもは自分で慰めるだけのレオナルドのそこが、解放を求めている。未知の場所へ到達できるかもしれない。期待に、今までにないくらいガチガチに固くなっている。

「レオ、くん」

なまえが伸ばした手に誘われるままに、覆いかぶさる。首の後ろに腕を回され、求められるままにキスを。ファーストキスではないものの、初めて味わうキスの感触だった。舌を差し込まれ、教えられるままに、舌を絡め合う。逃げるように引っ込んだなまえの舌を追うように、今度はレオナルドの舌がなまえの口内に侵入する。お互いの舌や口内をべろべろ舐めあっているうちに、いつのまにかレオナルドは下着一枚になっていた。

「んあ、」

離した唇から、唾液が零れる。口の端を舐められ、舐め返す。下着を下ろされるその仕草はもどかしく、半分ほど下ろされると、たちあがっているペニスが飛び出てしまう。空気に晒されてレオナルドは一瞬冷静さを取り戻したが、それもつかの間のことだった。なまえが、自分の濡れたそれを、レオナルドのものと重ねて擦りだしたからだ。突然の刺激に、なまえの顔の横に額を預ける。自分以外の熱は心地よく、またなまえの手のひらの熱と、その手技に、びくびくと体が震える。

「はあ、うわっ……」

「キモチい?」

「は、はい……んんっ!」

堪えようもなく、レオナルドは解放した。レオナルドの精液が、なまえの腹にかかる。はあ、はあと荒い息が漏れる。つらいはずのなまえにリードされてどうする、と情けない思いを抱きながらレオナルドが顔を上げると、なまえの上気した顔がすぐそばにあった。そのまま、唇を重ねる。お返しに、とレオナルドもまたお互いのペニスに手を伸ばそうとすると、なまえの腕に阻まれた。
どうして、という言葉は、キスの最中であったために、音にならなかった。なまえは視線ですこし待つように示唆すると、そのままの体勢で、足を折りたたみ、股を広げた。俗にいうM字開脚である。

「――!?」

驚きに固まるレオナルドの唇を舐めながら、見てて、となまえが囁く。熱のこもった吐息が耳にかかり、ぞくりと背筋が震えた。
なまえの腹にかかった白濁の量からして、なまえもレオナルドと同時に達したようだった。腹を伝う二人分の精液を指先で掬い、なまえの指が、下へと――アヌスへと向かう。一仕事してきたのだというなまえのそこはぷっくりと赤く腫れあがっており、誰かと事を成したのだと示していた。察したレオナルドの胸になぜか不快感が生まれ、知らずのうちに眉間に皺が寄っていた。見知らぬ誰かとセックスをしていたなまえへの感情ではない。多分、これは――

「ごめんね」

耳元の謝罪に我に返る。すぐ近くでなまえが、申し訳なさそうな顔をしていた。それが、この行為に付き合わせることへの謝罪だと気づき、違うのだと口にしようとして、口を噤んだ。

何が、違うのだ。どう違うのだ。

気づいてはいけない何かに、触れようとしている。レオナルドはその先の言葉を持たず、なまえに口づけた。ぐちゅり、ぐちゅりと響く水音がどこから漏れているのか、考えなくてもわかる。すでにほぐれているそこは、丁寧に馴らさなくても大丈夫なはずだ。

「気持ちいいこと、教えてくれるんでしょう?」

微笑みながら言えば、なまえはぱちくりと数度瞬き、ふわりと笑った。

「――うん。教えてあげる」

導かれるままに侵入したそこは、狭く、熱かった。
うごめく襞はレオナルドを奥へ奥へと誘い込む。本能のままに突き入れれば、なまえが甲高い声を上げて、震えるそこから熱を吐き出す。イイ、イイとなまえがレオナルドに押しえてくれるものだから、間違ってはいないんだろうと、そのまま腰を動かした。猿みたいに、腰をヘコヘコしている様は、傍から見れば無様なものだろう。けれどそんなことはどうでもよくなるくらいに、セックスは気持ちよかった。ジン、と頭のてっぺんから足の先まで、快感が貫くような感じさえする。

今まで我慢した分まで搾りとるように、なまえもまた腰を振り、快感を追っていた。なまえが求めるままに体勢を変え、様々な体位で熱を交わす。理性を失ったのは、なまえだけでなくレオナルドもだ。今いるのが事務所で、誰が来るともしれない仮眠室であることも忘れて、セックスに没頭していた。
何度達したかわからない。気付けば服もシーツもべとべとのぐちょぐちょで、レオナルドの上で、なまえが腰を振っていた。口の端を伝う涎も気にせず快感を求めるなまえが、ぎゅうとナカを締め付ける。その刺激で呆気なく達したレオナルドは、すでに限界に来ていた。しかしなまえは萎える気配すらなく、もっともっととレオナルドを締め付けている。

(これは、やばい)

疲労と眠気で視界が歪む。ヤリすぎて朝日が黄色いってこんな感じか、とどうでもいい感想を抱きながら、限界を迎えたことをどう告げるべきか、迷っていれば、コンコン、とノックが響く。びくりとレオナルドが震えた刺激でなまえが達したが、やはり萎える気配がない。なまえの持久力と精力に慄きながら扉に視線を向けると、扉の隙間から見知った顔が見えた。

「スティーブン、さん」

「やあ、少年。元気……でも、なさそうだな」

「あーっ、えっと、これは」

「いやいや、大丈夫、なんとなくわかってるから」

全裸で絡み合うレオナルドとなまえに気にした様子もなく、スティーブン・A・スターフェイスは断りもなく部屋に侵入してきた。そのままジャケットを脱ぎ、ネクタイを外すと、なまえの両脇に手を差し入れ、その体を持ち上げた。ずるち、となまえのナカからレオナルドのものが抜ける。くたりとしたそれは力などなく、レオナルドの腹に伏した。

「少年となまえがセックスしてて、今のなまえの状態を見りゃあ、大体のことは察せるさ。なまえは少年の童貞を大事にしてたからなあ」

「え」

初耳ですけど。
セックスの前のやりとりがあったが、あのなまえの思考が随分前から続いており、またそれがスティーブンにまで伝わっていることに、赤面を禁じ得ない。混乱するレオナルドに苦笑を見せたスティーブンは、なまえを腕に抱いたまま、つい、と扉を指差した。

「人払いはしてあるから、心配しなくていい。交代しよう。シャワーを浴びておいで」

「あっ、ハイ! スンマセン!」

ぎしり、とスティーブンの膝がベッドに乗り、鈍い音を立てた。その音に急かされるように、レオナルドは自分の服をかき集め、全裸のまま部屋を飛び出した。バタン、と背中で音を立てて扉が閉まって数瞬で、なまえの甘い声が聞こえてくる。

(うわ、うわわ)

カーッと頭に熱が上がる。ブンブンと頭を振り、レオナルドは人目を気にしながら、シャワー室へと駆け出した。

(うわーっ! うわーっ! うわーっ!)

頭の中で叫びながらシャワー室に飛び込み、服を放り出して水のままのシャワーを浴びる。体中の熱を冷ますように、ぎゅっと目を閉じ、頭から水をかぶる。
頭の中は相変わらず混乱していて、落ち着くことがない。なまえが事務所に現れ、言葉を交わし、セックスして、スティーブンが現れて、交代するまでの一連が頭を駆け巡る。シャワーを浴びるように指示したスティーブンの瞳に宿った、一瞬の感情も。レオナルドに視線を向けたときに潜んでいたその感情に、覚えがある。セックスの最中で感じた、あれは――

(考えちゃだめだ)

ゴン、と拳を額に当て、レオナルドはそこで思考を中断させた。きっと、その謎は解明すべきではないのだ。そのままにしておく方がいいのだ。
苦い思いを誤魔化すように、レオナルドは首を振った。

「狡いなあ……」

シャワーを浴びれば、すべてが水と共に流れてくれると、そう思いながら。



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