まるで肌に吸い付くような感覚だ。
ひたり、と太股の内側に手の平が這い、さすがにこの鳥肌の意味も変わってきてしまう。
ざわざわと下腹部から何かが湧き上がってくる感覚に、当の本人は口を必死に押さえていた手の平から、自身の吐息が知らず知らず漏れ出してることに気がつかない。
「…やめてください…」
狭い密室に響く、消え入りそうなその声は、今の状況を煽る以外の何ものでもなかった。
時間を遡ること1時間前。
レオナルドはとあるバーのスタッフに扮して、潜入調査を秘密裏に行っていた。
3週間ほどの潜入の結果、炙り出された人物が今夜、動くらしいというところまで掴めたのだ。
捕らえるなら今だ。
バーにはザップとクラウス、それにスティーブンが客に扮して紛れ込むことに成功している。
あとはホシが動くのを待つだけ。全ては順調に進んでいるかのように見えた。
しかし、予想外なことが起きた。
23時を回ったと同時に、明るかった照明が落とされた。
残ったのはミラーボールの微かな灯りと薄いピンクの妖しい灯りだけとなった。
このバーのもうひとつの顔が表に出た瞬間だった。
それは3週間という短いスパンでは知ることの出来なかった事態だ。
本日は月に1度の裏パーティーが行われる日だったのだ。
ホシはこのことを知っていて今日という日を選んだのか?
状況把握にスマホと無線で各メンバーに指示を送りながらスティーブンは暗くなった店内を見渡した。ホシを見失うわけにはいかない。
「うへぇー店自体も真っ黒じゃねぇか!店の姉ちゃんたち、やたらとマブいなーとは思ってたけど」
「ザップ、とにかく今はホシを探すのだ。」
突然の薄闇に目がなかなか慣れない。
そんな中、神々の義眼をもつレオナルドにだけは、ホシの動きがハッキリと見えていた。
「ヤバイです!ホシ、移動中!裏通路へ向かっています!」
「でかした少年!挟み撃ちにしよう。俺はこのまま裏から追う!ザップとクラウスは表側から回ってくれ」
「「了解」」
「うわああああ!!」
「!?どうした少年!?」
人ごみを掻き分け裏通路にたどり着いたスティーブンは目視でレオナルドを確認する。
それと同時に複数の人影が見て取れ、スティーブンは人間離れした瞬発力でレオナルドの前に躍り出ると斜めに空を切る蹴りを繰り出した。
発砲音さえも吸収してしまうほどの氷が床、天井をぐるりと囲み、弾自体も時間がそこで止まったかのように宙で氷漬けになって止まった。
しかし、事態は動き続けている。
「っレオナルド、こっちへ!」
いくつかある扉を開け、咄嗟ながらもカムフラージュをいくつか作り、二人は一旦退避に物置らしき中へその身を捻じ込んだ。
時間が動き出したかのように発砲音が耳障りな音を上げる。一気に騒がしくなったことにパーティー会場の客たちが気づくのも時間の問題だ。
「おびき出されたのはこちら側だったというわけか」
「結構な数、いましたよね…」
「ああ、まぁメンツ的に数は問題ないだろう。少年は念のためこのままここに隠れていなさい。」
「わかりました」
「……」
「…スティーブンさん?」
「…あかない」
「えっ」
ガタガタと扉を押して外に出ようと試みるが、おかしいことに一向にその扉は開かない。
「ちょっ!どうするんですか!!」
「慌てるな、無線が繋がっているから大丈夫だ。クラウス、こちらスティーブン」
「どうしたスティーブン」
「ホシ、裏通路にて複数確認。その数30を超えている。すまない、こっちは身動きが取れない状況にある為ザップと協力してくれ。少年と一緒にいて、とりあえずは安全だ」
「わかった。すみやかに捕獲後救出に向かおう」
「ありがとうクラウス。健闘を祈」
そこで激しいノイズ音。
たまらずスティーブンは無線を耳から外す。
「……どういうことだ?この物置、一体どうなって…」
「す、スティーブンさん!あれ!」
見ると足元からなにか得体の知れない気体がもやもやと立ちこめ始めていた。
「!!少年、吸うな!」
身動きしづらい状況だが、スティーブンはすかさずレオナルドを自身の懐に抱え込んだ。
レオナルドも口と鼻を手で覆い、できるだけ体を丸めて謎の気体をやり過ごす。
呼吸が苦しくなり浅く息を吸うと、スティーブンのシャツ越しに甘ったるいにおいが鼻を掠めた。
***
しばらくして気体の発生は落ち着いたようだ。
一時は視界一面真っ白になっていたのだが、それも今は晴れた。
レオナルドに覆いかぶさるような体制を取っていたスティーブンは動かない。ずっしりと重みを感じてレオナルドは何度か名前を呼び、その頬をぺちぺちと叩いた。妙な気体を吸ってしまったのだろうか。僕の変わりに。
レオナルドは僅かに身じろいで再び扉を押す。やはりびくともしない。
「くっそ!…この!!」
蹴り破るつもりで足を動かしたもののその狭さ故にちっとも力が入らない。
やはりクラウスたちが来るのをおとなしく待つことしか出来ないのか。
しかしスティーブンを一刻も早く診てもらう為にもレオナルドは諦めなかった。
僅かな隙間を見つけては指を突っ込んで見たり、どこか緩みがないか叩いてみたりと必死に脱出を試みた。
無線も試してみたが未だに通じない。外はどうなっているのだろうか。
「ん…」
「!スティーブンさん!起きましたか!?」
不安になり始めた時、背中に感じていた熱が身じろいだ。
喜んでその顔を見ようと首を捻ったレオナルドの顎にすかさず手がかかる。
「スティーブンさん?」
「……」
ゆっくりと開いた赤みがかった瞳に自分の姿が映る。
目は合ったもののボーっとしていて状況を飲み込めてないように見えたが、しかし一方で恐ろしく目が据わっているようにも感じた。
顎に添えられた手は動かない。
「あ、スティーブンさん、わかりますか?僕です。レオナルドです」
手をひらひらと顔の前で振ってみる。しかし依然とスティーブンは虚ろな目をしている。
意識はあるようだが、心ここにあらずといった感じだ。
「スティーブンさん、スティーブンさんしっかりして下さい!自分が誰で、ここがどこで、今どんな状況なのか、わかりますか?」
「……」
返事はない。スティーブンはゆっくりと浅い呼吸を繰り返す。まるでなにかに飢えているようだ。
かち合ったままの瞳が助けてくれと訴えているように思えて、レオナルドはスティーブンの両頬をその手で挟んだ。額と額がくっつくほどに近づき、その目に呼びかけ続ける。
「スティーブンさん、レオナルド・ウォッチです。わかりますか!?スティ」
名前は最後まで呼ばせてもらえなかった。
「んんぅ!?」
噛み付くようなキスをされる。
何が起こったのか一瞬分からなくて、それでも現に唇を塞がれている圧迫感に、レオナルドはスティーブンの胸を叩いて抵抗した。
右手は顎をしっかりと捕らえていて、左手によって腰が引き寄せられる。
極度の密着状態にレオナルドの心臓がバクバクと早鐘を打つ。
なんだこれ、なんだこれ!?一体何が起こっているんだ!?
「…っ…すてぃッ…!んっ…!」
開きかけた口が再び容赦なく塞がれる。呼吸さえも奪われてしまう。
酸欠になりかけて必死に口を離そうと試みる。が、角度を変えて、まるで磁石のようにくっついて離れない。口の端からどちらのものかもわからない唾液が滴る。
好き勝手に口内を動き回られ、レオナルドの体がビクリと跳ねる。キスとはこんなにも気持ちのいいものなのか。舌を吸われ、歯列をなぞられ、そのあまりの気持ちよさにレオナルドはいつの間にか抵抗を止めていた。
「ふぁ…ぁ…」
唾液が糸を引き、やっと口が開放される。上がった呼吸はなかなか収まりそうにない。
はぁーーっはぁーーっと長めに息を吐き、肩で呼吸する。頭がぼーっとする。酸素がまだ足りない。
「…っはッ…レオナルド」
あ、名前、と思うよりも早くその腕にきつく掻き抱かれる。
耳にスティーブンの吐く息がかかる。荒々しいそれにスティーブンもまた興奮状態なのが窺えて、ますます心臓が脈打つ。
なんで?興奮している…?僕相手に…?
ギッ、と背中が壁にぶつかる。目の前には瞳を静かにチリつかせているスティーブンが至近距離にいる。
一触即発の空気を感じる。これを越えたら戻れなくなるのではないか?
ヒヤリと思考の一部分が冷静に現状を捉える。
流されちゃダメだ。気を、逸らさなくては。レオナルドは回らない頭でとにかく何か喋ろうと口を動かす。
「あ、あの!たぶんクラウスさんたちがもうじき助けに来てくれると思うんすよ、だからおとなしく…って言ってるそばから!!!」
つつ…といやらしい手つきでレオナルドの耳の裏から顎にかけてをスティーブンの骨ばった人差し指がなぞる。
キスによって火照った体にその行為は毒でしかなく、レオナルドは首を反らして逃れようとする。
「…はぁっ……ッ!…ダメですって!なんだってこんな、「黙って」
それは魔法の言葉だ。
耳元で吐息交じりにそう告げられると、一瞬ビクリと体が震えて、何故だか動けなくなってしまう。
壁伝いにずるずるとしゃがみこんでしまったレオナルドに被さるようにスティーブンが重なる。
以下、冒頭に続くこととなる。
スティーブンはレオナルドの口内に自身の指を差込み舐めさせる。
わけがわからないままにたどたどしく舐めてくる様をひとしきり眺めて恍惚の表情を浮かべる。空いている左手は服越しに何度もレオナルドの太股の内側を掠めるようになぞる。びくびくと体が反応する様を見て満足そうにその目尻に溜まった涙を舐め取る。
右手をレオナルドの口内から引き抜くと見せつけるように自身の口内へ持ってくる。
「…あ…ぁ…」
ゾクゾクとなにかに期待して震えるレオナルドに妖しく笑ってみせ、スティーブンはその濡れそぼった右手をスルスルとレオナルドの服の中に入れる。腹を撫で、骨盤をなぞり、徐々に上へ上がっていく。
「は…っ…あぁっ…!」
たまらず嬌声が上がる。
胸の突起を優しく撫でられ、その快感に従順によがる。
その反応をまじまじと見つめたままその手は止まらない。
こんな間近であられもなくよがっている姿を、同性の、ましてや上司に、見られている。その羞恥心が更に快感を煽る。
「ぅあっ…あぁっ…はあッ…ん!」
上がり続ける嬌声に、お互いに脳内麻薬をたっぷりと浴びている感覚に陥る。
服をたくし上げ、スティーブンは胸の突起に吸い付いた。
「やッ…!」
レオナルドの中で羞恥心の限界が突破した。
「…だっていってんだろおおおおおおおおおお!!!!!」
ドゴォ…!と大きな音を立て、レオナルドの頭突きが炸裂した。
***
程なくしてクラウスたちが救助にやってきた。
やっと外に出られたというのに二人ともぎこちない表情で目を合わせない。
クラウスとザップにはこの小一時間の間に何が起こったのか、ついぞ見当がつかなかった。
余談だが、レオナルドはこっそりと神々の義眼で、元凶である物置の過去の思念を読み取っていた。
なんてことはない。それは物置ではなく裏パーティーを盛り上げる為に使われていた『大人のオモチャ』だったのだ。
謎の気体も特に人体に害はない、媚薬的役割を果たすものだったこともわかった。
けど、これは絶対誰にも言えない。
媚薬の気体を大量に吸っていたのとレオナルドの頭突きによってスティーブンにはあの中での記憶が酷くおぼろげなものになっていた。
レオナルドはそれを知って心底ほっとし、今まで通り、接することが出来る現状に心から感謝した。
…というのは建前で、実はスティーブンの記憶は実に鮮明に残っており、媚薬の力を借りてしまったものの、本人の意思が多大に含まれていたことを、こちらも絶対に誰にも言えないのであった。
END.
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やまなしおちなしいみなし とにかくエロいのが書きたかったんじゃい! 頭空っぽにしてお読み下さい。
テーマは『18禁じゃなくてもエロい』です。笑
15禁くらいかな…
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