memo | ナノ



知ってしまったらもう普通には戻れないわけで。


「レオナルド」

「なんですか」

「今度の案件の資料作成、ちょっと手伝ってもらってもいいか?」

「はい、もちろん」

「レオナルド」

「はい」

「そのあといっしょに食事でも「お断りします」


万事こんな感じである。

クラウスを奪うと宣戦布告をしてから数日。案の定執拗に絡んでくる上司にレオナルドはうんざりしていた。名前もいつの間にか呼んでるし。そこは別に今まで通りでいいのではないだろうか。

邪魔をされるだろうなとは思っていたのだけどちょっと絡み方に違和感を感じる。

そんなレオナルドはスティーブンが実は自分のことを好きなのだということにはこれっぽっちも気づいていなかった。


「食事がダメだったら他にどこか行きたいところとかないか?どこでも連れて行くよ?」

「いや、あの食事を断られた時点で普通引きますよね?」


そのしつこさに逆に引きながらレオナルドが答える。

スティーブンはめげない。なんとしても誤解を解かなくてはならない。

確かにクラウスとは長い付き合いだし、苦楽を共にしてきたことによってお互いのことを割りと解ってるつもりだ。

だけどそれだけだ。親愛なる思いはあれど、どうこうなりたいなどという感情はひとかけらもない。

更にレオナルドがクラウスのことを好きなのだとわかった以上は、このまま指をくわえて見ているわけにもいかない。なんとしても阻止しなければならない。

そして自分の思いも伝えたい。

レオナルドがあまりにもなびかないのでスティーブンは半ばヤケになっていた。

机の上で手を組み、切り札を出す。


「…モルツォグァッツァ」

「!!!!!ひ、卑怯だ!!大人って汚い!!そんなのパブロフの犬状態になるにきまってんじゃん!!!もうううううう!!!!!!!行きますわちくしょうううう!!抗えないっっ!!!!!」


レオナルドは頭を抱えてもんどり打って抵抗を試みたがあっさりと陥落した。

それほど、あそこの料理は魅力的なのだ。

スティーブンはしてやったりと悪い笑顔を浮かべる。気づいていないかもしれないが好感度はダダ下がりである。


結論から言ってしまえばこの作戦は完全に失敗に終わった。

言うまでもないがうますぎる料理に真剣な話は不向きだったのだ。

なんとか一緒に食事を、ということにばかり必死になりすぎて肝心な所を見落としていた。スティーブンらしくない失敗だ。

しかしスティーブンは諦めていなかった。

レオナルドの方も久しぶりに食べる最高級料理に舌鼓を打てて、その点においては大満足だったのだが、スティーブンに食事に誘われた理由は結局よく分からずじまいである。


帰り道、送迎の後にスティーブンの用意した車に乗り換え、助手席に座ったレオナルドはぼんやり窓越しに街を眺める。

夜になっても賑やかなこの街の中で、知らず知らずクラウスを探す。

そんな偶然滅多にあるわけではないけれど、それでもレオナルドの心の中にはいつだってクラウスがいて、無意識に探してしまうのだ。


「スティーブンさん」

「ん?」

「今日はご馳走様でした。」

「なんだい改まって。僕が勝手に連れてきたんだ。別に気にしなくていいんだよ」

「そういうわけには…あの、なんで僕を誘ってくれたんですか?失礼ですけど貸しっていうか裏っていうか…そんなのがあったとしても僕は引きませんからね。クラウスさんのこと、諦める気はないので…」

「少年、そのことなんだが」


気がつくとそこは開けた丘の上に出ていた。

海が一望できるようだが今はもう暗い。架かっている橋の明かりとそこを行きかう車の明かりが、まるで光の粒が滑るように動いて美しい。

だけど今は景色なんて関係ない。

スティーブンは車を止めると、レオナルドの方に向き直って本日の本題に入った。


「僕とクラウスは、少年が考えているような深い仲なんかじゃないよ」

「えっ」


面くらい固まる。

予想していなかった言葉にレオナルドは矢継ぎ早に質問する。


「そ、それはスティーブンさんはクラウスさんのことをなんとも思ってないってことですか?お二人は、付き合ってないんすか!?」

「そういうことだね」


シンプルに答える。

この一言が言えず、どれだけこの数日間やりきれない思いをしてきたことか。

でも今となってはそんなことはどうでもいい。これで晴れて誤解は解けたわけだ。


「す、すみませんでした!そうとは知らずに勘違いして、ここ数日、僕はスティーブンさんに酷い態度を取ってしまって…」

「いや、いいんだよ。僕のほうこそなかなか言うタイミングが掴めなくてね。強行手段に出させてもらったわけだ。だからホント、今日のことも気にしないで」


実に晴れ晴れとした笑顔でそう返すスティーブンだったが、レオナルドの胸中は穏やかではない。

勘違いしていたこととはいえ、仮にも上司に本当に酷い態度の数々を取ってしまっていた。

それは、傍目には分からない。皆といる時はいたって普通にしていたが二人になろうものならあからさまに距離を取り、会話も必要最低限。ことあるごとにクラウスの元に飛んで行き、極力二人の時間を避けていた。

思い返しても自分の子供すぎる態度に顔から火が出そうだ。

レオナルドは残像が見えるほどに、何度も高速で頭を下げて謝った。


「いいからいいから。ちょっと傷ついただけでそんなに気にしてないから」

「うあああもうう謝っても謝りきれない!!!ホントすみません!ホントごめんなさい!ホント申し訳ないです!ああああ……どうぞ…オブジェにでも何でもしてください」


スッと両腕を揃えて差し出す。

おとなしくお縄につきますポーズをするレオナルドを見てスティーブンは吹き出した。


「いや、いいんだ本当に。こうしてまた普通に喋れるのならそれだけで充分だ」

「そんな…でも僕の気が収まらないです…僕と話す為に今回モルツォグァッツァにまで招待していただいて…」

「んーじゃあ少年、こうしようか。たまに食事に付き合ってくれればいいよ。単純に話し相手になって欲しいんだ」

「そんなことでいいのなら喜んで…。」


本当にいいのかな、と未だに恐縮で縮み上がっているレオナルドの頭を優しく撫でて微笑む。

これでやっと元通りだ。


家まで送ろう。

再び車を走らせ、レオナルドを送り届ける。

帰りの車内は実に和やかで、スティーブンは久しぶりのなんてことない会話を楽しんだ。


「今日は本当にありがとうございました」

「いやいや、もう本当に気にすんなよ。明日からはまたいつもどおりで頼む」


そう言って車を出そうとしたスティーブンにレオナルドが嬉々として声を掛ける。


「はいっ!あの、僕頑張ります。クラウスさんのこと、絶対振り向かせて見せますんで!スティーブンさんも応援して下さいね!!」


プァ―――――――――――

派手なクラクションが鳴り響き何度かぐらつきながら車は発進した。

え、今日は飲んでないのになんでそんな運転!?気をつけて帰ってくださいねぇーー!!

と心配したレオナルドが大通りまで見送ってくれた。



暗転。

やらかした。そうだった俺は馬鹿か。誤解を解くことにすっかり気を取られていたがレオナルドがクラウスに思いを寄せていることに変わりはないのだ。

のろのろと車を走らせてたくさんのクラクションを一身に浴びる。しかし放心状態のスティーブンの耳には全くといっていいほど、それは届いていなかったのであった…。




翌日。

あの後やけ酒をしてしまい、二日酔いによる頭痛に苦しみながら出勤したスティーブンに、朝から追い討ちをかけるような光景が目に飛び込んでくる。


「本当ですか?」

「ああ、どうだろう。若い君には退屈なところかもしれないが。レオナルド君さえよければ」

「そんな!もちろんっす!なにが何でも行きます!!」


興奮状態のレオナルドの手には何かしらのチケットが伺える。

大方映画か何かのチケットだろう。クラウスから?これは予想外の展開だ。

スティーブンは焦った。

レオナルドの気持ちは知っているものの、クラウスがどう思っているかなどと考えたこともなかった。

事態は思っている以上に深刻なのかもしれない。


「おはよう」

「あ、スティーブンさんおはようございます!聞いてください、クラウスさんに植物園に一緒に行かないかって誘われちゃいました!」

「そう…よかったね。植物園か。気晴らしにはもってこいじゃないか。僕もしばらく行ってないな。いいよね、植物園」

「はい…」


てっきり一緒に喜んでくれるものだと思っていたレオナルドは、笑っているのに表情筋があまり動かないまま、淡々としゃべるスティーブンの態度に違和感を感じる。


「どこ?それ。うらやましいなぁ。俺も連れてってくれよクラウス」

「……」


スティーブンの発言にレオナルドは混乱した。昨日の出来事は夢だったのではないか。

そう思ってしまうほど、今のスティーブンの目は冷たく、怒りすら感じる。


「ああ、もちろんだスティーブン」


固唾を呑んで喋ることを忘れてしまっていたレオナルドの耳にクラウスの低めの優しい声が、いつもと変わることのない口調で届く。


「え」

「君の分のチケットだ。よかった。無駄にならなくて済みそうだ」


レオナルドの手にあるものと全く同じものをスティーブンの手に渡すと、クラウスはニコニコと上機嫌で部屋を出て行った。


「え」


事態が飲み込めずもう一度疑問符を投げかけるが、当の本人は既にそこにはいない。

呆けたままレオナルドと顔を見合わせると、レオナルドが我に返ったとばかりに噛み付いてきた。


「…ちょっとスティーブンさん!どういうことっすか!なんでアンタも一緒に行くことになってんすか!?」

「いや、うん、そうな、しかし俺も驚いた…」


すっかり毒気を抜かれてしまい、スティーブンは頭をかいた。

クラウス、君は一体なにを考えているんだ?


せっかく二人きりで出かけられると思ったのに、と嘆くレオナルドにすまんなー、と謝る気などこれっぽっちもない言葉だけの謝罪をし、クラウスの真意は分からないまま、三人で出かける日を迎えることとなるのであった。







続く



次回、三人で植物園へ。

続いてしまったのできりがいいとこまで書きたいですね。

もはやギャグですらなくなってしまったこれはなんなのだろう…

とりあえず完結させるのを目標にがんばります





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