異変に気づいたのはいつだったか。
その日は朝からこの街にしてはめずらしく、これといって何も起こらなかったので、実にまったりとした時間を各々好きなことをして過ごしていた。 そんな昼飯時、戻ってくるなりレオナルドはクラウスのところへ直行した。
「クラウスさんクラウスさん」 「なんだね、レオナルド君」 「見てくださいほら!待たせすぎたからっておまけにナゲットもらったんですよ!一個いかがっすか?」 「いいのかね?それではひとつだけ」
大きな手を伸ばしかけたクラウスをレオナルドが制する。
「あ、手ぇ汚れちゃうから僕が食べさせてあげますよ。はいっ」 「ああ、すまない」
プロスフェアー中のクラウスを気遣ってのことだろう。 その様子を見ていたスティーブンが口を挟む
「なんだい、クラウスにだけかい?僕もナゲット欲しいなぁ」 「もちろんいいですよ、はい」 「すきありぃぁ!!」
差し出されたナゲットを受け取る。 その直後、ザップが箱ごと掻っ攫っていき、レオナルドが叫ぶ。 ぶぁーかぶぁーか馬鹿がみるぅ〜と陽気に歌いながらナゲットを食べようとしたザップの頭をチェインが踏みつけ、つぶれたヒキガエルのような声がしたかと思うと、ナゲットが宙を舞った。 それをソニックが超スピードで全て回収して、晴れてナゲットはレオナルドの手の中に戻ってきたのであった。
「えらいぞーソニック!意地汚い最低クズ野郎からよくぞ取り返してくれた!チェインさんもあざぁっす!!」
二人に一個ずつナゲットを渡すと少し離れた位置で佇んでいたギルベルトにもはいっと差し出す。
「はいっギルベルトさんにも」 「しかし、それではレオナルドさんの分が無くなってしまうのではありませんか?」 「ふっふっふ!お気遣いありがとうございます。しかし大丈夫なのです!!なぜなら今、ナゲットは一個増量キャンペーン中だからですっ!!!」 「それはよかった。では遠慮なく」 「はい!これで全員分ですね!よかったぁー」 「ちょおまてや」
なにか足元から聞こえた気がしたがそんなことはなかった。みんなでナゲットを美味しく食べて和やかに談笑する。上司部下関係なくアットホームな雰囲気の職場。それがライブラ!
「な、なっとくいかねぇ…」
めり込みすぎて床と同化しつつあるそれは蚊の鳴くような声で嘆いた。
…以上の流れから異変を上げるとすれば、どこかお分かりいただけただろうか? 一見するとなんてことない普通の光景。しかし、スティーブンただ一人が、ごくごくわずかながら、違和感を感じていた。
それは、レオナルドのスティーブンに対する態度だ。 ちょっと何十行か前を振り返ってもらえればお分かりいただけると思うのだが、そう。 彼はナゲットをクラウスに気遣い食べさせてあげたのに対し、スティーブンには普通に差し出したのだ。 普通のことと思われるだろうが、この時スティーブンはマグカップと新聞を持っており、完全に両手がふさがった状態にあった。 流れからして食べさせてもらえるかな、と淡い期待を抱いていたスティーブンの下心は見事に破れ、たのかは定かではないが、とにかく差し出されたものだから受け取るために多少もたついたのだった。 少年が俺に厳しい気がする。口調もいつもと変わらなかったけどトーンがいつもより半音ほど低い気がした。俺、なんかしたかな…
ナゲット事件により人知れず心に傷を負ったスティーブンはこれを挽回せんと早速動いた。 「デザートにアイスでも買ってこようかな。少年、一緒にどうだ?」 「え、今帰ってきたばっかなんすけど」 「ほ、ほら、スクーターだと早いだろ?もちろん僕の奢りだし!」 「私が行きましょうか?」 「いや、チェイン。これから暑くなるし保存食用に多めに買っておこうと思うから僕らでいくよ。ザップはあの様だし。」 「まーアイス食べたいしいっか。行きましょう、スティーブンさん!」 「よし、じゃあみんな、食べたいのあったらこの紙に書いてくれ」
レオナルドと二人で出かける権利を獲得してスティーブンはテンション高めに支度を始めた。 ここしばらく机にかじりついていたので、丁度気分転換もしたい頃合だ。 どこまで出かけようか。滅多にない二人きりだ。ちょっとだけ遠出をしても文句は言われないだろう。残りのコーヒーを飲み干し、さあ行こうか、と口を開きかけたのもつかの間。
「あの、私が車を出しましょうか?」
ギルベルトが禁断の言葉を言い放った。
「あ、…ああーーー!!!ホントだよ!ギルベルトさんがいるじゃん!!荷物多いなら尚更車のがいいし。危ねぇー!出発する前でよかったーー!!ね、スティーブンさん!」 「ああ……ホントにな……」
こうしてスティーブンはギルベルトと二人、アイスを買いに近場のスーパーマーケットへ出かけたのであった…。
***
「ただいま帰ったぞ、野郎共!!!」 「!!??え、スティーブンさん帰ってきたらキャラ変わってんすけど!!!」 「もういい、なんでもいいからとにかくアイスを食おう」 「(大丈夫かな、この人…)」
スティーブンはひとりひとりにアイスを渡して回る。 普段見ない荒々しい雰囲気に、何かあったのかな…と内心では思いつつも、なんかめんどくさそうだから皆、特にそれには触れない。
「クラァーウス、ちょっと休憩したらどうだ?行く前とおんなじ体制だぞ?お前。」 「ん。少し熱中してしまったようだな。ああ、そうしよう。」
コツンッとカップアイスを頭にぶつけられ、クラウスはようやくパソコン画面から目を離した。 スティーブンもいつもの感じに戻り、笑う。
「ホンット集中すると周りが見えなくなるな」 「うむ、注意する。アイスをいただこうか。……!!スティーブン!」 「んー?」 「こ、これを…どこで…?!」 「ん、ああ、気づいたか?そう、偶然見つけたんだよ。ミルクティー味。クラウス、アイスはこのシリーズが一番好きだろ?紅茶味なんて君にピッタリじゃないか。思わず買ってしまったよ」 「スティーブン、ありがとう!1度食べてみたかったのだ…」
はぁー…とキラキラした瞳でアイスを掲げ、まじまじと見つめる。 大きな手で掲げられたアイスは、その手と対照的にとても小さく見えた。
「お気に召してもらえた様でよかった」
大げさだなぁ、と笑ってスティーブンは最後の一人にアイスを配り終えるべく、レオナルドの元へ移動する。
「ほら、少年はこれだな、」 「ありがとうございます!」
差し出されたソーダ味のアイスを受け取る。棒が二つ付いてる、2本に割れるタイプのアイスだ。 それをパキッと割ると、片方をおもむろに差し出した。
「スティーブンさん、よかったら半分いかがですか?」 「え、いいのかい?」
驚いた。まさか自分がもらえるとは思いもしなかったスティーブンは柔らかく微笑み、それを受け取った。
「ありがとう」
レオナルドの当たりが強いと思ったのは勘違いだったようだ。 安堵し、鮮やかな水色のアイスをかじる。甘い。
ギルベルトが立ち上がる。
「紅茶を入れて参りますね」 「ああ、ありがとうギルベルト」 「あの、私もそろそろ失礼します」
チェインも人狼局から呼び出しが入り、名残惜しそうに事務所を離れた。(アイスはしっかりとその手に持って)
ソファに二人して腰掛けて、一つのアイスを半分づつ食べる。 いかん、こんななんでもないことが幸せに感じる…もう歳かな…スティーブンは今この瞬間のささやかな幸せを噛み締めながら、ゆっくり上体を傾けた。
「わ!ちょっとスティーブンさん?」 傾けた先にはレオナルドの肩があり、寄りかかる形になる。
「なんすか突然!?」 「ちょっとだけ。…ちょっとだけこうさせてくれ」
また無茶な徹夜とかしたんすか?無理はしないで下さいよ。 目を閉じたスティーブンの耳にレオナルドの声が心地よく響く。
しばらくしてすぴすぴと鼻を抜ける空気の音がする。ソニックが一足先に眠りについたようだ。 無理もない。普段は厄介事の多いこの街だが、今日、今、この瞬間はとても穏やかな時間が流れている。
「ごちそうさまでした」
その声に薄らと目を開ける。ああそうだ、静かだったから忘れかけていたけどこの場にもう一人、クラウスがいたのだった。 アイスを食べ終えたクラウスはソファに近寄り、意識まどろむスティーブンの髪にやさしく触れた。
「美味しかった。また買ってきてくれないか」
実にいい気分で眠りかけていたスティーブンは寝ぼけ眼でへらりと笑うとお安い御用さ、と呟いた。
「私はギルベルトの紅茶を頂いてから植物に水を上げてくるとしよう」 「いってらっしゃい」
レオナルドの声がそう答え、事務所の扉が閉まる音がした。 今度こそ二人きりだ。
「はぁー…」
それと同時にレオナルドが盛大な溜息を吐いた。なにか悩み事でもあるのだろうか。 二人きりになり、初めて聞くため息にスティーブンはいい上司らしく相談に乗ってやろうと起き上がろうとした。
しかしそれよりも先に襟首に衝撃がかかり、ぐんっと自分と思っていた方とは逆の方向に引き寄せられる。 何事かと見開いた目にはレオナルドの糸目が映る。 いつもと変わらないその目は、しかし何か言いたげに揺れている。
キスのひとつもできてしまいそうな距離に驚いていると先にレオナルドが口を開いた。
「うらやましくなんかないですからね」 「…ん?」
よく意味が分からなかった。うらやましい?彼は一体何のことを言っているのだろうか。スティーブンは文字通り目が点になり、レオナルドの発言の意味を測りかねていた。
「そりゃ鼻っからわかってましたけどね!でもそんなあからさまに見せつけることもないでしょーが」 「??待った少年、一体何の事を言ってるんだ?」 「とぼけないでください!クラウスさんのことです!!」 「……クラウス?」 「長年そばにいてクラウスさんのことはなんでも知ってるんでしょう?その余裕たっぷりな態度に腹が立つ!!」 「え、えぇ〜…?」
まだ状況の飲み込めないスティーブンは、まくし立てるレオナルドに圧倒されて苦笑するので精一杯だ。 えーっと動け寝起きの俺の頭!少年はクラウスのことをよく知ってる俺に対して怒っているってことか…? だとすると…、とそこまで考えて、先ほどから自分の襟首を引っ掴んで離さないレオナルドの手を自身のそれでそっと包んだ。
「もしかして、俺に妬いてくれてる?」 「アンタ実はあほでしょ」
手を跳ね除けられ冷めた目で見られる。今日はすごいな、初めてみる少年の顔がたくさんだ…嬉しいはずなのにちょっとだけ涙が出た。 レオナルドはその流れでソファからおもむろに立ち上がると、未だ衝撃で呆けているスティーブンに吐き捨てるようにこう言った。
「でも僕、負けませんから。絶対にクラウスさんをアンタから奪ってやりますからね !!!」 「はっ!!!??」
さすがにここまで言われれば分かる。 レオナルドはクラウスに思いを寄せているらしく、そして自分からクラウスを奪うという… って!いやいやいやいやいや!!!!!!
「少年、俺が好きなのは!!!!!」
「クラウスさぁぁーーーーーーん!!お手伝いしまぁぁーーーーーっす!!!」
伸ばした腕はむなしく空を切り、無常にも扉は再びしまった。
そういう、そういうことか。ここ最近感じていた、妙な少年の態度。 思い返せば腑に落ちることばかりで、逆になんで今まで気づかなかったんだと自分の観察眼のなさにほとほと呆れる。 しかしこれはまずいことになった。少年は明らかにクラウスと自分が深い仲だと勘違いしているようだった。
「そりゃないだろ…」
まだ始まってもいないのになんて前途多難なのだろう。 スティーブンはガックリとうな垂れ、再びソファに落ちた。
「これなんてド修羅?」
足もとでザップらしき声がしたがもはや誰も聴いていなかった。
END.
クラウス←レオナルド←スティーブン
続くかもしれないし続かないかもしれない。 一方通行最高!!!!
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