寝不足な体を引きずるようにしてソファに倒れこみ、スティーブンは襲い来る睡魔に身を任せようとしていた。 ああ、そのまま寝てしまうと風邪を引きますよ、とレオナルドは毛布を取ってくるとスティーブンに掛けてやる。
最近では日常になりつつある一連の流れだが、今日はいつもと違うことが起きた。 肩まで毛布を掛けた時、うつぶせに倒れ込んでいたスティーブンがレオナルドの方を見やり、至近距離で一言、こう言ったのだ。
「ありがとう少年、好きだよ」
弾かれる様に距離を置き固まる。 なんか、言ったぞ、この人。 しかしそれは二人にしか聞こえないほどにごく小さな声だった為、周りには聞こえていないようだった。レオナルド一人を置き去りにして、世界は至って通常運転。実に平和そのものである。 周りを見渡してとりあえず気づかれていないことに安堵。 もう一度目の前の動揺の原因を見つめ、すでに夢の中なのを確認する。 一体なんだったんだ、と先ほどのスティーブンの言葉を反芻して、やっとレオナルドの頭は考えることを始めた。 寝言を言うには早すぎる。目だってバッチリあったし。言葉もしっかりしていた。だとするとちゃんと意志を持って発せられたってこと? いや、それでも意味が分からない。じゃあ考えられるのは恋人と間違えられたとか徹夜続きでおかしくなってたとか、そんなところじゃないか?
うんうん、きっとそうだ。納得する答えを自分で見つけ出すと、レオナルドもまた平和な非日常へ安心して加わっていった。
「ウィーッス、サブウェイ買ってきましたー」 「ありがとう、ザップ、少年。そこに置いといてくれ。」
午後、少し寝たおかげでスティーブンはまたキリキリと仕事を始めていた。 目を覚ました時にレオナルドはちょっとだけ緊張したのだが、特にあのことについて触れてくる様子もない。やっぱり聞き間違いだったのかな。覚えているか聞いてみたい気もしたけどそんなタイミングもなかなかない。
「めっしめしー」 「あ!ザップさんそれ僕の!!」
先ほどまでスティーブンが寝ていたソファにザップと二人で並んで座り、自分たちも買ってきたサンドウィッチを食べる。バーガーを食べることの方が多いのだが、野菜たっぷりのサンドウィッチもたまにはヘルシーでいいかもしれない。
「もーほらザップさん!喋りながら食べるからこぼしまくってるじゃないっすか!」 「後でおめーが拭いてくれるんだろー?仕事作ってやってんじゃねーか」 「そんな仕事いらんわ!ティッシュティッシュ…ってあ!スティーブンさん毛布!こんなとこ置きっぱにしてたら汚れちゃいますよ!SS先輩の食べかすの飛距離舐めすぎっすよ!」 「あー、すまんすまん」 「いやスターフェイズさん!?否定して下さいよ!さすがにそんな飛びゃしませんって!!」
ソファの肘置き部分に畳んだ毛布が置かれている。 ウェットティッシュで手を拭くとレオナルドは毛布を持ち、片付けに立ち上がった。
「すまん、いいよ少年、俺が片付けるよ」 「や、でももう立ち上がっちゃったし布巾も持ってこようと思ったから。ついでっすよついで!」 「いやいやいや食事中に悪い」 「いえいえいえいえ大丈夫ですって」 「なーにやってんだか」
言い合いしながらお互い譲らなかったらいつの間にか二人して仮眠室に来ていた。 顔を見合わせて苦笑し、レオナルドは毛布をベットに戻す。 昼間だというのにカーテンが閉め切られた部屋は薄暗く、そこだけ現実と隔離されているような気分になる。
一瞬の静けさに脳裏にあのことが過ぎる。聞いてもいいだろうか? 浮かんだ瞬間、もう心は決まっていた。聞くなら今しかない。
「スティーブンさん、さっき寝る前に僕に何か言ったの、覚えてますか」
「ん?さあな?覚えてないけど?」 「う、嘘だ!その反応、覚えてんでしょ!あれか、寝ぼけて恋人と勘違いしちゃったんでしょ!んで恥ずかしくなってごまかしたと見た!!」 「俺に恋人はいないよ?」 「えっ?…じゃあなんであんなこと言ったんすか?寝不足で頭おかしくなってたんすか?!」 「失礼だな少年。僕は至って正常さ。徹夜だって今回は一回しかしていない。そんなに知りたいのか?」 「そりゃ、だって、気になるじゃないっすか」 「そのまんまの意味なんだけどなー」
「え、ま、まあそりゃあ嬉しいですけど、そんな、改まっていうようなことじゃ、ないんじゃないかなーとか、思ったり?」 「じゃあ少年に聞くが、君はザップとかあのキノコくんとかに親愛の意味をこめて好きだよっていうのか?」 「えええ!言うわけないじゃないッすか!!わざわざそんなの言わないっすよ!…」 「……」 「………え」
「そのまんまの意味だってわかった?」
親愛の意味ではないそのまんまの意味?そんなの、僕にはもうひとつしか思い当たらない。 レオナルドは指先から耳の先まで急激に熱くなっていくのを感じながらぐるぐると眩暈がしそうな頭で次の言葉を考える。
「ブッハ!」
覗き込むようにしてレオナルドの様子を伺っていたスティーブンがついに噴き出した。
「クッ…!…いや、悪い悪い。あんまり真剣に考え込むもんだからおかしくって」 「……は、………はあああああああああ???」
横を向いてお腹を抱え、笑い倒すスティーブンを見て、からかわれたのだ!とすぐさま理解した。 な、なんて人だ!つまりは僕の反応を見て面白がっていただけってことか??わわ、悪い大人だ!!!信じられない!!ザップさんならまだしも、スティーブンさんにからかわれるなんて!!も、もう誰も信用できない…クラウスさん以外…!
「ま、真面目だなぁ少年は。言葉一つにそれほどの意味などないよ」 「ちょっともう訴えていいっすか…出るとこでちゃっていいっすか…」
恨めしそうに見てくるレオナルドをどうどうとなだめ、スティーブンはほら戻ろう、と背中を押して仮眠室から退出を促す。
おせぇーっすよなにやってんすかぁーー全部食っちまうぞーーというザップの声が扉の向こうから聞こえ、レオナルドは駆け出した。
「ごめんな少年、ちゃんと好きだよ?」 「説得力ねぇーーっすわーー!!!」
振り向き様にベーッと舌を出す。 スティーブンは苦笑交じりでそれを見送り、自分もそれに続く。
「言葉が全てじゃないってことも、そのうち教えないとね。」
一人になったスティーブンはそう独りごちた。
END.
お題:好きだから好きって言った
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