memo | ナノ


朝。
今日も一日が始まって、いつものように朝起きて、いつものようにメシ食って、いつものように途中でザップさんに出会い、いつものように口ゲンカを繰り広げながら事務所の扉を開けた。
今日の口ゲンカの内容もほんっと下らない。
今日の天気がいつも以上に悪そうで、湿気のせいで僕の髪のボリュームがちょっとばかり多くなっていたことをいじられた。
朝から最悪な気分だよコンチクショー!

「いや、お前そんな陰毛モジャモジャ生やしてて平気なわけぇ?神経疑うわーエチケットだろぉ?」
「どこの毛の話してんだよ!!あーもーホント朝から最悪だよ!清々しい朝のはずが朝から下ネタブッこんでくる最低野郎のせいで今日も一日テンションダダ下がりだわ!!んでディスりながらすげー触ってくるのなんなんすか止めて下さい!!!」
「勘違いすんなよ、心優しい先輩ザップさんが陰毛野郎の陰毛頭をブフォッ…!…と、整えてやってんだろぉっひゃっひゃっひゃ!」
「後半笑っちゃってんじゃねぇかチクショー!!いい加減にしろよ!こんなの仕事に支障をきたすよ!僕は深く傷ついた!ああもう今日一日やる気が出ないー!」
「八ッ!こんなことでいちいち傷つくようなタマか「ザァァァーーーーーッッップ、しょうねぇぇーーーーーんんん」


それは地を這うような声で、もう「ザ」が聞こえた時から室内の気温がグッと下がったよね。うん。
僕もザップさんもピタリと言いあいを止めた。恐ろしい。足元冷気でひんやりしてる。振り返りたくないなー。ザップさんもおんなじ気持ちだろう。
こういう時はシンクロする。仕方ない。僕ら、この人を怒らせたらどうなるか、身をもって知ってるんだから。

「なんだ、二人とも。黙りこくって。呼んだだけだろ?ほらリラックスリラックス」

こ、怖えええええええーーーー!!!!!
声が全っっ然笑ってない。超抑揚無い!めちゃくちゃ平坦!!イントネーションが来い!!ザップさん涙目、これは貴重。写真撮りたい…ってそれどころじゃない。
お、おかしいなーいつもとおんなじ様な口ゲンカだったと思うんだけどなー…なにがスティーブンさんのお気に触れたのかなー…僕全然わかんないやー…
抑えきれない震え(きっと寒さだけじゃない)でガタガタしてたら肩にヒヤリと何かが触れた。

「ヒッ!!」
「あ、馬鹿!!」

あまりの冷たさに思わずヒッなんて声が出ちゃったけどこれはやっちまいましたね…。僕、今日一日事務所のオブジェになります…
肩に触れたそれはまごうことなきスティーブンさんの手で、飛び上がってしまったので結果としてはじき落とすような形になっちゃいました。合掌。自分に合掌。

「あー見ました?『ヒッ』とか声上げて飛び上がりましたよコイツ!失礼極まりないですねぇー!」

こんのくされSSがッッッッ……!!!!!
手の平返しやがった!自分だけ助かろうと僕を売り飛ばしやがった!!!くずくず!くずの中のくず!キングオブくず!!!くずをすりおろして煮詰めたくずの塊のようなくず!!!
僕の中でくずという言葉がゲシュタルト崩壊するぐらいくずくず思ってたら不意に目の前のザップさんが消えた。

それは一瞬の出来事で、次の瞬間には床にめり込んだザップさんを発見できた。
頭にはチェインさんが乗っている。
この光景も見慣れたよなーむしろ安心する。いつもより顔が変形してる気がするけどきっと気のせいだ。

「チェイン、ちょうどいいところに。ちょっとそのままそのくずの上に乗っていてくれ」
「了解」
「ス、スターフェイズさんんん!!??そんな後生なっ…!!」
「うるさい黙って床とキスしてろ」

ははっいい気味ーなんて顔が緩みかけたけどそんな場合じゃない。
次は自分の番だということを理解しているつもりです。

「さて、少年。問題だ。僕は何徹目でしょうか。」
「っ…!!!……あ、あ〜……えぇ〜〜……んんん〜〜〜…っと、3徹目…とか、です、か?」

もはや今となっては遅いのだけど精一杯従順な態度を示しておこう。ちょっとでも怒りが収まってくれれば。そんな僕の気持ちが滲み出たのか小首をコテッとかしげて上目使いで答えてみる。
おお、あざとい。我ながら惚れ惚れする。

「ブブー、残念。正解は7徹目でした」
「一 週 間 !!!!」

思わず突っ込んでしまったがそりゃあいくらスティーブンさんもこう毎日ギャアギャア騒いでたらさすがにキレるよな。しかも7徹目て。ああもう自分の馬鹿!時間戻したい!今なら7徹目ですって言えるのに!

だけど時すでに遅しだ…もう覚悟は決まりました。凍らすなり凍らすなり凍らすなりしてください。

「徹夜続きの僕の頭に君らの声がどれだけ響くか想像してごらん?もはや騒音だよね?」
「は、はい!おっしゃるとおりで!!ホント、申し訳なかったなと、配慮が足りなかったなと、思ってます!」

な、なんだろう?いやに説教くさい。もういっそひと思いに凍らしてくれ…!!

「少年、こっちに来なさい」
「!?は、はい!」

おおおおおおお!!???なんだなんだなんだ???
初めてのパターンキタコレ。え、え、これからなにが起こるんですか俺はどうなるんですかまさか凍らされない?別パターン??蹴られる?ダイレクトに蹴られちゃう???

目を白黒させながらついて行くと、ん。とソファを指差された。

「座るといい」
「はははい!」

3人掛け用の大きめなソファ。
人一人が余裕で横になれるその大きなソファの実に隅っこに僕はシタッと言われるがままに素早く座った。
座らされたってことは蹴られない?大丈夫?それとも座ってるオブジェを御所望?
とにかく僕は姿勢を正して両手をひざの上に乗せ、行儀よく次の言葉を待った。

のだが、次の言葉はなかった。そのかわりによっこいせ、とスティーブンさんも隣に腰を下ろした。パソコン持参で。
僕は動けない。端っこに座ったのにすぐ隣にスティーブンさんがいる。右半身は全部くっついちゃってるんじゃないかな。それこそ肩から足まで。
近い!怖い!!なに!!??なんか言って!!!!




だけどそれ以上スティーブンさんはなにも言ってくれませんでした。
ずっとピッタリ僕の真横にくっついてパソコンから目を上げてくれません。
僕は動けません。

恐怖のあまり助けてクラウスさん!!と心の中で叫んでみたら、すごいタイミングでドアが開いてクラウスさんが入ってきたのだけど、この状況を見て、なぜかほんの少しニコニコしながらまた出て行ってしまわれた。意味がわからない。
クラウスさんにも見捨てられたのか僕は!
一緒に入ってきたギルベルトさんもおやおやおやまあまあまあと一人でなにか納得してクラウスさんと一緒に出て行かれた。意味がわからない。
なにがおやまあなのか説明してくれ!!!


地獄のような緊張状態が続いて精神的に参ってきた頃、スティーブンさんが動いた。

「ッフー…。ようやく一段落かな」

背もたれにどっかと身体を預けて上を向いて息を吐く。スティーブンさんが、山場を越えられた!!!???これでやっと解放される!!!
僕の顔はそりゃあもう輝いていたことだろう。思わず義眼見開いてキラキラさせちゃったよ。

「終わりましたか!!お疲れ様です!!!いやぁーホント、もう寝てください!!!」

後半涙目の上懇願の色が滲み出た発言になってしまったが喜ばしいことに変わりはない。徹夜、連続、ダメ、絶対。
正常な判断が出来なくなる。目がヤバかったもん。隣にいながら全く顔見れなかったもんね。怖すぎて。

「じゃ、仮眠室に移動しようか!」
「…………へ?」


目の下クマだらけのその人は、既に限界突破したのであろう、普段見たことのない満面の笑顔を僕に振りまいた。
そして、無情にも、あまりのことに放心状態になっている僕の腕を引っつかむと、当然のように仮眠室に引きずり込んでいく。


た、
助けてクラウスさぁぁぁーーーーんんん!!!!!!!


今度こそ本当に叫んだのだけど、もう既に閉まった扉に、なにを言っても無駄だと悟った。
僕の恐怖体験は仮眠編へと続くことになる。




END.





お題:とりあえず隣にいてよ




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